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人形師と、人形の見た夢。

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人形師と、人形の見た夢。
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第七章 お食事と、相談と、勘違いの昼下がり。


「リンスさーん、お仕事頑張ってる? これ、お土産だ、よー……?」
 元気のいい声を響かせながら琳 鳳明(りん・ほうめい)が工房に入ってきた時、リンスは食事中だった。工房全体がトマトリゾットのいい香りに包まれている。
「リンスさんがきちんと食事してるところ、私初めて見たよ……」
 リンスの傍に寄って行った鳳明は、椅子を引いて座る。そして「これ、あげる。お土産」と作業台の上の邪魔にならなさそうな場所にチョコレートを置いた。リンスはチョコレートが好きだから、持って行くと喜ぶ。とはいえ表情は変わらないけれど。
「本郷が振る舞ってくれた。美味いよ、琳も食べる?」
 はい、とスプーンを鳳明に向けてきたので、口を開けて食べた。美味しい。トマトの甘みと、ごはんの甘みと。これを作った人はきっとかなりの料理上手だ。
「負けられないね」
 決意を固めた鳳明の後ろから、セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)がきょろきょろと工房内を見回しながら入ってきた。
「ここが琳の話していた人形工房ですか……」
 真新しい物を見ているせいか、少し楽しげにセラフィーナは言う。鳳明は「可愛いお人形いっぱいあるんだよ!」自らのことのように誇らしそうに胸を張った。
「この人形たちに魂が宿るのですか……機晶技師が聞いたら、感興をそそられるのでしょうね」
「ところでリンスさん!」
 リゾットを食べ終えるのを見計らって鳳明が声をかける。
 ん、と顔を上げるリンスに、
「私、『冒険屋』なんてのに所属してるんだ。だから、リンスさんの困ったを解決してあげたいと思うの」
「報酬とか出せないけど」
「そんなのいらない。だって、友達……が、困ってるから」
 友達、という部分は小声になった。
 だって、鳳明とリンスは明確に友人関係ではない。一度百合園の友人に連れて来てもらって以来、居心地の良さや雰囲気から、ヴァイシャリーを訪れるたびに顔を出しに来る、その程度だから。
――もしも『友人なんかじゃないから、そんな申し出困る』って言われたらどうしよう。リンスさん真面目だから、報酬も出せないのに手伝わせるわけにはいかないとか言い出しそうだし……。
 不安に思いつつもリンスの返答を待つと、
「友達って、俺と琳が?」
「……ち、違う、かな?」
「俺と友達になってくれるの?」
 その問い掛けが、妙に子供っぽくて笑ってしまった。
「リンスさんって、ちょっと変だね」
「クリエイターには変人しか居ないって」
 そして無表情のまましれっと言うから、それがまた変で。セラフィーナも微笑ましそうにこっちを見ている。
 ひとしきり笑ってから、
「ねえリンスさん、報酬はいらないって言ったけど……無事にお人形さんを連れ戻せた時手が空いていたら、私にもお人形さん作ってくれないかな……?」
「俺が作ったら動き出すけど?」
「うん、それでもいいんだ」
「覚えてたらね」
「本当?」
「本当」
 セラフィーナにやった、と言って抱きつくと、「よかったですね」と撫でられた。嬉しさをセラフィーナにもおすそわけ。そして真面目モードに戻り、
「じゃあ、お人形さんが逃げた理由を考えなくっちゃ! セラさん、行くよ!」
「考えるといいつつも捜しに向かうのですか?」
「歩きながらの方が頭回るもん」
「はいはい。では、リンスくん。失礼しますね」
 スキップするような足取りで出て行った鳳明をセラフィーナが追いかけるのを見届けてから、リンスはメモ帳に『琳に人形を作る』と書き残しておいた。


*...***...*


 そうして工房内から一時的に人が居なくなって、しばし。
 リンスは作業に没頭していた。が、複数の生き物の気配を感じて顔を上げる。
 さて、いかに無表情の人間といっても、さすがにゴーレムや茶杯パンダ、毒蛇、そのうえパラミタ虎が工房の前に集まっていれば驚いた顔くらいはするもので。
「……何。サーカス?」
 例に漏れず目を白黒とさせながら、リンスはそう呟いた。
「驚かせてしまって申し訳御座いません」
 ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)は丁寧に一礼し、
「はじめまして。ジーナ・ユキノシタと申します」
 名を名乗った。
「この子はビスマルク、この子はシンシア、この子はリヨンで、この子はポンカです。良い子ですので、工房に入れてあげてもいいでしょうか?」
 ジーナはゴーレムたちを手で示し、そして彼らを撫でて安全性の証明をしてから、問いかけた。元より動物が苦手なわけではないので、リンスは「どうぞ」と軽く答えて作業中の布を押しのけた。
「ヴァイシャリーというのは、素敵なところですね」
「そう?」
「自然がたくさんあって、それにみなさんおしゃれです」
 他愛のない話から入ったジーナの肩に、ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が手を置いた。ガイアスは意志の強い瞳をジーナに向けていて、その目をまっすぐに見たジーナはこくりと頷き、リンスを見据えた。
「お尋ねしたいことがありまして」
「答えられることならなんでも?」
「ビスマルクに……ゴーレムにも、魂はあるのでしょうか?」
 思いつめたような口調。悩みに悩みぬいている、そんな感じだった。一拍置いてから、ジーナは言葉を続ける。
「悩んでいるんです。魂はあるのか。考えていることはあるのか。あるなら、今の状況に満足しているのだろうか。不満だったら、どうしてあげればいいのか――。
 悩んでいたら、教官がリンスさんのことを紹介して下さりました。きっと私のためになると」
「魂はあるでしょ」
 それに対しての答えはほとんど即答だった。
 言ってからリンスは入口付近でおとなしく立っているゴーレムを見る。肩に蛇を乗せ、足元ではパンダと虎がくつろいでいた。三匹の保護者のような存在なのだろうか。ゴーレムは守護者という意味でもある。 
「生きて、動いている。それは魂がないとできないことだよ。
 不満があるかどうかはわからないけど、あの様子ならないんじゃないの」
「どういうことですか?」
「不満、あるいは希望があれば自分で動く。まあ、自我のレベルにも依るだろうけど」
 自我が強ければそれだけ動きそうなものだし。
 かといって、自分に懐く三匹を邪見にする様子もなく、また、工房に入る前はジーナの傍でじっとこっちを見ていた。
 長年、魂の込められた無生物に触れ合ってきた感覚からいえば、
「ビスマルクはユキノシタのことを好きだよ」
「えっ……」
「俺、人形師だから。そういうのも解るし」
「…………」
「ユキノシタは魔法使い? 考えることは素晴らしいことだけど、考えてもわからない――それに携わってきたことでしかわからない感覚って、あると思うよ。
 魔法は万能だ。不思議の権化。だけど、そういう感覚がひしめき合ってるこの世界の方が、大きくて不思議だ」
 わかる? と目で問うと、ジーナは少し逡巡してから頷いた。
「じゃあ、もう答えは出てるんじゃない?」
「……、うっすらと」
「だったら俺の工房に居るよりも、あの子たちと一緒にヴァイシャリー観光でもしたらいいと思う。行ってらっしゃい。今日はいい天気だよ」
 そしてジーナに手を振った。
 長居する理由もないので、ジーナはそれに従い、工房を出るのであった。


 散歩道で。
「少しはすっきりしたか?」
「はい。なんだか……いろいろ、あるんですね。世界には」
「そうとも。世界は広い。ジーナが見たことのない物、感じたことない物、なんだってな」
「わたしの見える世界はこんなに狭かったんですか」
「そうと気付いたなら、まずは蛇を巻いて出歩くことの異常さを実感するのだな」
「……肝に銘じておきます」
 そんな会話をしながら、ビスマルクを見上げた。
 どこか優しい瞳が、ジーナを見下ろしていた。


*...***...*


「リンス氏の危機だと聞いてやってきた」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、工房に入るや否やそう言った。作業机に向かっていたリンスは、
「危機? ああ、しつけのなっていた虎や蛇だったからなんてことはなかったよ」
 しれっと答える。思わず「は?」と言うと、「あ、違う? そう」自己完結してしまった。
 この恩人は、突然変なことを言い出すのがデフォルトだから困る、とエヴァルトは改めて思いなおしながら、
「そうじゃなくて。なんでも納品予定の人形が逃げ出したとか!」
「あ、そっち?」
 それ以外にも危機が迫っていたというのか。
 恩人の危機に俺は……! と身悶えしそうになりつつも、
「手伝わせてくれ」
 詰め寄って、言った。
「リンス氏は俺の恩人も同然だ。手伝わないわけにはいかん」
「それよりも、その右手のフィギュア。調子悪そうだけど、修理依頼じゃないの?」
「恩人よ……!!」
 某『戦闘機から人型に変形するロボット』のフィギュアを渡しながら涙目になる。
 そうだ、恩人だ。思い入れのある人形たちの修理を幾度となくしてもらい、今日も大変なのだろうに気遣いを見せて
くれている。
 恩人や友人に、何も出来なくて何が男か。
 しかし力になりたいという思いはあれど、解決するための手段を考えたりするような優しさ前提の行動というものがどうにも苦手である。リンスからそうなった原因を聞き出すならまだしも、人形のためにアレコレ、というのは性に合わない。なのでできることは人形を追いかけて、暴れ逃げようとするものなら抑え込む。それくらいしかできない。
 と、いうわけで。
「ねえマルトリッツ。どうしてきみ、この場で着替え始めてるの」
 エヴァルトが、アタッシュケースに入れてあるパワードスーツに着替えようとして上着を脱いだのを見て、さすがにリンスが止めに入った。
「人目を避けて着替えなよ」
「外じゃここより人目を避けられない。気にしないでくれ、リンス氏」
「いや、するよ。今お客様が来たら勘違いの一途を辿るばかりでしょ」
「インナーは着ているから大丈夫だ」
「いや、全然大丈夫じゃな――」
 フラグのような一言だったせいか、なんなのか。
 工房の入口のところで、バサバサッ、と何かが落ちる音がした。リンスが「本当にこのタイミングでか……」と呟きながら目を覆うのを見てから、エヴァルトは入口を見る。そこには茅薙 絢乃(かやなぎ・あやの)が立っていた。足元には、雑誌。落ちる音はあれか。
 そして顔を赤くした絢乃は、
「あ、わっ、きゃぁーっ、リンス君が襲われるー!!」
 大絶叫。
「その眼鏡は飾り物かっ! 俺は恩人を襲うほど礼儀知らずじゃない!」
「ていうかツッコミ所そこなの? 俺の性別とかじゃないの?」
「とっともかくリンス氏! 俺は人形を捜す目的のためにスーツに着替え終わったから、もう行く! 必ず人形は連れ戻すから安心して待っていてくれ!」
 また! と言ってから猛然と走って行くエヴァルトを見届けてから、
「……説明しながらの退場か、なかなか気遣うね」
 ぼそり、リンスは呟いた。そして雑誌を拾い上げ、恐る恐るといった様子で工房内に踏み込んだ絢乃を見る。
「で、お客様? 変なところを見せて申し訳なかったね」
 絢乃はふるふると頭を振って、「大丈夫」と言うとリンスの前まで歩み寄り俯いた。
「あの、あのっ……、」
 何か言いだしづらそうに、けれど必死な様子で両手を握りしめる。雑誌がくしゃりと音を立てた。
「お、オトモダチになってください! あと、私にも歌って踊れる可愛い人形作ってください! こんな感じの!!」
 お辞儀をしつつ右手を差し出し、左手では雑誌を差し出し。
 どう対応するべきか、と一瞬黙っていたら、
「ああぁ順序間違えたっ……!」
 絢乃は再び雑誌を取り落とし、頭を抱えてしゃがみこんだ。「違うでしょ私! まずは挨拶でしょうっ……!」一人で唸っている。それから深呼吸して立ち上がり、ニコリと微笑んだ。
「こんにちはっ、初めまして!」
「テイク2?」
「そう、テイク2……ってなんでツッコミ入れるのぉ!? 私頑張ってやり直してたのに!」
「俺がツッコミ気質だから?」
「疑問符ついてるじゃない! ……あーもう、なんて言おうとしてるのか忘れちゃったよ……はぁ」
「で、作る人形ってどれ?」
 絢乃が取り落とした雑誌をぺらぺらとめくりながら、リンスは言った。絢乃はあるページを指差して、「これ……じゃなくて!」肯定しかけて、止めた。
「違うの?」
「いや、作ってほしいのはこんな感じのなんだけど、ええと……っ、だから!」
 すぅはぁ、再び深呼吸。して、
「お人形捜しに人手が要るって聞いたから、手伝わせてください! それで、頑張るからっ、頑張ってお人形見つけてくるから……オトモダチになってください! あと歌って踊れる可愛い人形を作ってください!」
 言い切った。その達成感で脱力して、「うん、いいよ」リンスのあまりにもあっさりな返答になお脱力した。
「……むぅ」
「何? 不満げ?」
「ちょっと想像してた人と違う」
「幻滅?」
「ううん、こんな神様もアリだと思った」
「神様ぁ?」
「だって、ゆる族を作っちゃう神様でしょ?」
 歌って踊れちゃう、大きな人形。それはゆる族ではないのか。そしてそれを作ると言うなら、まるで聖書に出てくる神様そのものだ。
「どういう誤解してるのか知らないけど、俺はごく普通の人間だよ」
「ふぅん? そうなんだ」
「神様だったらこんなにたくさんの人に迷惑をかけて人形捜索しないって」
「それもそうかもね」
 絢乃は言いながら踵を返した。人形を捜しに行くためだ。
「でもね、私は迷惑じゃないから。だってオトモダチだもんね!」
 そしてにっこり笑って走り去る。「ばいばーい!」と振られる手に対して、ゆるゆると振り返し。
「神様にしては残酷だしねえ」
 一人ごちて、椅子に座った。