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リアクション
第八章 描く者と描かぬ者
「おぅ、そこの姉ちゃん」
「は、はい?」
突然怜史から声をかけられ、オルフェリアは声を裏返らせた。
「取り敢えず、この辺りのこと適当に引っ張り出してみんなに知らせとけ。どこまで正しいかは責任持てねぇから、信じる信じないは自己判断、って事で」
その台詞と共に、目前にドサッと十冊近い本が積み上げられる。
「あの……これ、全部書き写すんですか?」
「ンなわきゃねぇだろ。付箋貼った頁に線引いた所あるから、そこン所適当に抜き出しすりゃいい」
「はぁ、どうもありがとうございます……」
積み上げられた本の一番上を取り上げて、「わぁ」とオルフェリアは声を上げた。
本の天地や小口のあちこちから生えている付箋の数もさる事ながら、題名が彼女の目を引きつけた。
『夢入りの物語――主題別イルミンスール説話集』。
その他の本の題名も『夢訪師(ゆめどいし)――精神没入カウンセラーの説話』『夢魔との戦い方』『パラミタ式夢診断辞典』など、夢への没入や侵入、それにともなう他人の精神世界内での注意に関わる本ばかり。「夢訪師」とは、色々な人や「モノ」の夢の中に入り込んでは様々な事件や危機を解決していった魔法使いの事らしい。
「あの、ありがとうございます。こういう事について、調べたい、って思っていたんですよ」
オルフェリアにペコリと頭を下げられ、怜史は顔をしかめた。
「電話番とか掲示板対応とかの合間見つけて、インターネットで夢の中での動き方とか調べてたんですけど、何も出て来なくて困ってたんです。調べて下さってありがとうございました」
「……おぅ、そうかい」
華やいだ声で言われた怜史も気圧される。
オルフェはニコニコしながら本を開いては手に取り、傍線の引いてある所を片っ端から入力していった。心の底から楽しそうだ。
(何だありゃ?)
怜史はヴィランに眼で訊ねた。
(本が好きなんでしょ? 手に取ってるだけで楽しいって人たまにいるのよ)
ヴィランが眼で答えた。
「領収書は取ってあるか?」
アテナ・グラウコーピスが訊ねてきた。
「ねぇよ、そんなもん」
「レシートは? 報酬はともかく、払い戻しは貰えるそうだぞ」
「……対策本部ってのは貧乏くせえな」
「お金の動きというのは大事だぞ。ないがしろにはできん」
「へぇへぇ。左様でございますか」
「ビュルーレ絵画事件@空京美術館」には、「夢の中での戦闘」という表題で、以下の事が書き込まれた。
・夢に飛び込む際、身につけていた武装はそのまま持ち込む事ができる
・夢の中で戦闘になった場合、覚えていた魔法やスキルは使用可能
・ただし、武器なり魔法やスキルなりが、
現実と同じような効果を発揮するとは限らない
(この画家の場合、近代兵器の類は威力が大分削がれそう)
(作品の中に、騎士が銃火器装備したモンスターと戦って負ける絵もあるので
白兵戦武器も効果は期待できないかも)
・ペットや乗り物を夢の中に持ち込むのは無理
・夢の中に誰かの心が囚われていた場合、これを解放するには、
その夢の主の注意を別な事に引きつければ良い。
・注意が囚人から離れ、精神的あるいは魔法的な束縛が軽くなるはず。
・夢の中での戦闘で敗北/戦闘不能になった場合、
現実側に生きて帰れるかは五分五分。
この書き込みで、「ビュルーレ絵画事件スレッド」は活性化した。
「バカ」「グズ」などの荒らしはすっかりなりを潜め、「装備を整えてこれよりそちらに向かう」旨の発言が頻出するようになった。
広々とした人気のない空間というのは、それだけで少し不気味なものだ。
とりわけ、壁にあるのが絵画で、しかもそれが狂気や幻想を伴ったものだと、不気味さはさらに際だつ。
(この美術館そのものが、もう既に夢の中に取り込まれてるんじゃないだろうな?)
御凪 真人(みなぎ・まこと)はそんな事さえ思った。誰もいない通路の真ん中で、椅子に座って無表情に絵を描き続ける者の姿には、並んでいる絵に通じる雰囲気があった。
ここでの騒ぎの知り、巻き込まれた人間に何人か知った者がいたのでセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)と一緒に駆けつけて来た所である。
調査の手伝いをしようかとも思ったが、その辺りの作業は既に人が足りているらしく、あとは夢の中に飛び込めるという女王器及の到着待ち、という状態だ。
もっとも、突入先である夢――多くの人達の魂が囚われた絵の夢がどんな世界となっているのかはよく分からない。こちらについても女王器待ちだ。
そういうわけで、何か情報がつかめるかと思い、展示フロアに下りてあちこち歩いている所なのだが――
「辛気くさいなぁ」
一緒に歩いているセルファが癒そうな顔をした。
「こーんな気持ち悪い絵のどこがいいの?」
「こーんな気持ち悪さを表現できる、って事が凄いんですよ、きっと」
「そーゆーのを『凄い』って思える人の神経を疑うよ。描き写したがる人の頭って、どうなってるんだか?」
「初期の頃はもうちょっと平和というか、メルヘンっぽかったみたいですけどね」
「後記になったらメンヘルになっちゃった……あー、言ってて自分でサムいサムい」
セルファが「あ゛ー」と嘆息した。自分の言ったネタに自分でゲンナリしたらしい。
また角を曲がる。この辺りは、ビュルーレが戦争前に描いていた作品が展示されていた。
「畏敬のバリエーション」という作品がある。人々が行き交う都会の街路の上、入道雲がランスとフルプレートを装備した騎士団の姿を作っている。上げられたバイザーから覗く眼は、誇りの光を宿している。
「ありふれた戦場」という作品がある。どこかのオフィスの一室だろうか、机の上で難しい顔をして帳簿をつけている中年の脇に、時代的にそぐわない服装の少年――小姓だろうか――が厳めしい顔で付き従うようにして立っている。ついたてを挟んだ反対側では机を挟んでふたりの男がにこやかに話している。が、彼らにそれぞれ付き従う騎士と侍は、互いに睨み合い、今にも得物を抜いて斬り合いを始めそうだ。
それらの絵の前に、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)がいた。椅子に座った正面に、立てたイーゼルにスケッチブックを置いている。
(この人の趣味が絵描きだとは思いませんでしたね)
真人はそんな感想を持った直後、「あれ?」と声を洩らした。
「? どうしたのよ」
「エヴァルトさん、絵を描いていませんね?」
「描いてるじゃない、ほら。スケッチブックに……あれ?」
「どうしました?」
「この人の絵、首あるよ?」
セルファが指さす先に、真人は眼を向ける。紙面に書かれているのは、血まみれの男が歯を食いしばりながら、黒っぽい何かと戦っている姿だ。首だけではなく脚まである。
「……こっちは気がつきませんでしたね」
「真人は何に気付いたの?」
「今のエヴァルトさん、手を動かしていませんよ?」
言われてからセルファも気付く。エヴァルトの右手は鉛筆を持ったまま、膝の上に置かれていた。
少し離れた所には、一般の美大生が同じように模写をしていた。ただし、こちらはスケッチブックに向けて手を動かしている。
「――対策本部に行って、被害者の台帳を借りてきましょう。現状を再確認する必要がありそうです」
確認の結果。
被害者のうち一般人は全員、相変わらず手を動かして「首なし血まみれの男」を描いている。
そして被害にあった「契約者」を調べると、「手を動かしている」「手を動かしていない」の他、色々なケースに分類できることが分かってきた。
現在もなお「首なし血まみれの男」を描いているのは佐野 豊実(さの・とよみ)、ニアリー・ライプニッツ(にありー・らいぷにっつ)。
現在もなお手を動かしているが、「首なし血まみれの男」を描いているわけではないのがラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)(付け加えるならば、スケッチブックの代わりに「日記帳」に解読不明の文字や記号、図形を書き殴り、ブツブツとよく聞き取れない「寝言」を呟いている)。
そして、現在手を動かしていないのが、残り全員の五月葉 終夏(さつきば・おりが)、広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)、広瀬 刹那(ひろせ・せつな)、遠野 歌菜(とおの・かな)、フリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)、伊藤 若冲(いとう・じゃくちゅう)、黒崎 天音(くろさき・あまね)、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)、白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)、蚕養 縹(こがい・はなだ)、白菊 珂慧(しらぎく・かけい)、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)、夢野 久(ゆめの・ひさし)、岬 蓮(みさき・れん)、芦原 郁乃(あはら・いくの)、師王 アスカ(しおう・あすか)、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)。
さらに、遠野 歌菜(とおの・かな)、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)、芦原 郁乃(あはら・いくの)は、「超感覚」を発動していた。
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