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●第3章 あさぱに! 薔薇学の巻(北条 御影 編)

 北条 御影(ほうじょう・みかげ)は性別の変化に気付いてしばらく呆然としていた。

(何なんだこれは……悪夢か? 悪夢だよな? 早く目を覚ませ俺っ!)

 長い黒髪はそのままに、端正な顔立ちの御影は美少女になっていた。
 知的で凛々しい、おねーさま系美少女(+犬耳)だ。

 鏡の中の自分。
 お耳ピクピク。尻尾ふわふわ☆
 鏡よ鏡、私はだぁれ?

 はい、あなた様は……

 じゃ、ねーよっ!

「マルクスぅーーーーー!!!」
 ドアを蹴り開けた。

バァァ〜〜〜〜ン!!

 破裂するような音が部屋中に響き渡る。
 御影は真っ先にマルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)の元に走っていった。
 マルクスという名だからといって、ロシアのあの爺ではない。プリティーな白黒の黄金比がチャームポイントのパンダを、白と茶色にしたようなゆる族だ。あくまでもゆる族だと御影は思っているのだが、当の本人が「パラミタパンダ」だと強く主張している。が、謎だ。むしろ、今はそんなこたぁどーでもいい。
 中の人はいないと言っている辺り、かなりアヤシイが、今はそこが論点ではない。
 むしろ、あの性格の方だ。
 能天気にして薄情。暇つぶしの間に、人生をやっていると言うか。テキトー人生をゆるく生きているような感じがしないでもない。
 きっとこれは「烏龍様」とか言う、うそ臭い神様の啓示で、怪電波を受け取ったマルクスがやったに違いないと御影は思っていた。
「マルクス、そこになおれぇッ!」
「はあ!? 何してるアルか? コスプレに目覚めたアルか! おめでとう変態、でも学舎では女装でメイドじゃないのかと言いたいアルよ☆」
「俺をこんなにしやがって!! 変態はおまえだ!」
 御影は大きくなった胸を見せた。尻尾も。
「我じゃねーアルよ!? むしろ、変態じゃないアルよ」
 マルクスは否定した。
「おおおッ!! 御影殿が……御影殿が女に!! これは夢ですじゃか!? 夢なら覚めんでくだされ!! しかも、獣! わしと同じ姿ですじゃー!」
 150センチのサルは突っ込みどころが違うことを言った。
 どう見てもサルだった。
 鎧を着たサル。と表現するのが一番正しい気さえする。
 これは豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)
 分霊らしい。たぶん。
 その御影のパートナーが縋りつくように叫ぶ。
「女になった殿と共に生きるなら、ワシの本懐!」
「じゃあ、男だった今まではどうなんだよ?」
「とっ…当然…」
 見事、言いよどむ。
「じゃあ、言い方を変えるけどな。これからはどうなんだ。男と女、どっちがいい?」
「当然、女ですじゃ!(キリッ☆)」
「チッ…そっちが本音じゃないか」
「いや、その…御影殿は御影殿です…じゃよ?」
「性別が変わったぐらいで騒ぐなんて大袈裟アルねー」
「いや、大げさじゃないし! 耳生えてるし? 学校はどうするんだよ。男子校なんだぞ」
「女になっても、男になっても、大した違いは感じられないアルよ。獣耳万歳☆ パラミタでは普通アルよ」
「大違いだってーの! 俺は地球人だぁーーー!」

 バンッ!

「…ん?」
 大きな音が外から聞こえ、御影は怒るのをやめた。
 不意に聞こえてきた音の出所を探し、ドアの方へと向かう。
「なんだ?」
 そっとドアを開けた。
 伺うようにドアの向こうを覗くと、同じ階に住まう紅月が去っていくところだった。しかも、女の姿で。

(え? あれって……あいつ、だよな? 城か? 俺以外にも性別の変わったヤツがいるのか…つーか、シャツ一枚で出歩くなよ!)

 突っ込み入れつつ覗いていると、紅月が階段のところで立ち止まった。
 気になってみていると、秀吉がやってくる。
「どうしたんですかの?」
「いや、お前は関係ない…」
「おお! あれは…名前は忘れましたが。この辺りの部屋にいましたな、確か」
「まあ、そうだな…って、部屋から出るなよ。話がややこしくなる」
「そうですじゃか…残念無念」
「オマエ…今、何を考えていたんだ?」
「そんなこと気にしてたら生きていけないアルよ」
「おまえら、少しは気にして生きていけ!」
「ストレス社会を健気に生きるゆる族にそういうこと言うアルか? この間も毛が抜けて…」
「嘘をつくな。毛が生え変わるなら生え変わってみろ」
「それ、差別アル!」
「区別だ」
「あ、それより御影殿。さきほどのおなご…と言えばいいんですかのう。見つかったみたいですな」
 秀吉の声に振り返ると、囃すような声が聞こえ、紅月は身を竦めて立ち尽くしていた。囃す声と怒鳴る声がしばらく交差した後、紅月は何者かに呼ばれたらしく、下に降りていった。
「おまえら、ここから出るなよ? 一歩もだぞ。一ミリも、だぞ。声も出すな。光学迷彩も不可だ」
「えー、楽しみを奪う気アルか?」
「その思考をどうにかしろ。オマエが楽しくても、あいつは楽しくないな、確実に」
 それだけ言うと、御影は部屋から抜け出し、そっと階段に近付いていく。
 紅月は階下の人間に呼ばれたらしく、下に降りていた。
 御影は見つからないように息を潜め、下を覗く。
 下には、紅月以外に二人の生徒がいた。そして、その隣にはルドルフの姿。肌が見えないようにとマントを羽織らせ、話し込んでいる。何を話しているかは詳しく聞かなくてもわかる。このままここに立っていたら自分も見つかるだろう。
 御影はそっと、その場から離れた。
 マルクス本人が否定したのと、他にも被害者がいるという事実を見たので、御影は疑うことをやめた。
 ここにいても埒は明かない。
 犯人を捜すべく、三人は薔薇学を出て行くことに決めた。