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魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~

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魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~
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リアクション

 
 
「もう……」
 気が抜けたファーシーは車椅子を動かそうとして、はたと止まった。そういえば……
「…………」
 自分の脚を凝視するファーシーに、リリが訊ねる。
「どうしたのだ?」
「……さっき、脚が動いたような……」
 そう言うファーシーの目が輝いていく。彼女は、早速とばかりに地に足を付けて立ち上がろうとした。
 しかし。
「きゃっ!」
 すぐにバランスを崩して倒れかけた。それをララが支える。
「……危ないところだったな」
「そんな……。動いたと思ったのに……」
 表情を歪めるファーシーに、リリが言う。
「恐らく、感覚が戻りつつあるのだよ。立てるわけではないにしろ、だ。先程のユリの処置が効いたのだと思うのだ」
「そう……なの……?」
 ファーシーは車椅子に戻りながら、脚を見下ろして呟いた。
「あ、ファーシー!」
 そこに、御剣 紫音(みつるぎ・しおん)綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)が走ってきた。彼らも、要請内容から心配になりファーシーの事を探しに来ていた。そこで銃声を耳にし、音のした方を目指してみたらファーシーの姿を見つけたのだ。
 紫音達と彼女は、ドッジボール大会の際にそれぞれの顔を覚えていた。片や選手、片や救護をやっていたので会話はそう無かったが。
「……『俺は男だーっ』て叫んでた人だわ……」
 何という認識か。だが、知った顔に彼女は少し安心したようだ。
「……御剣紫音だ」
 認識を改める為に、紫音はファーシーに自己紹介した。風花とアルスも、それぞれ名乗る。
「紫音さんに風花さん、アルスさんね……うん、もう忘れないわ。記憶力には自信があるし……あなたは、初対面だよね」
「アストレイア・ロストチャイルドと申す者じゃ。以後、よろしゅうに」
「うん……よろしくね」
「……本当に元気がないな。何か悩みがあるなら、相談に乗るけど」
「私達で良ければ、話してみておくれやす」
「話せば楽になることも、あるからのう」
 既知の3人に言われ、ファーシーは俯く。
「……うん。さっきね、ちょっと……、あっ!」
 彼女は、思い出したように歩道の先に目を遣った。そこには、ふらふらと歩くユリの背中が。
「もう、あんな所まで行ってる……!」
「ユリ!」
 慌てて追いかけてその顔を覗く。ユリの目は、やはり閉じたままだった。
「まるで、夢遊病になったような……」
 そう言うララに、ファーシーは銃声がする前に言いかけていた事を説明した。その後の状態に差異はあるものの、人格の変わり具合がピノと似ていた、と。それを聞いて、ララが言う。
「確かに、警戒要請の中にあったその話に似ているな」
「ピノちゃんは、誰かに乗っ取られているみたいに見えたわ。でも、ユリさんはちょっと違うみたいだった……」
「ユリは、リリ達の事を知っていた……恐らく、前契約時の人格が出てきたのではないかと思うのだ」
 ユリに付き添って歩きながら、リリが言う。
「先のユリは、自分の意志で眠ったように見えたのだ。だとすると、剣の花嫁の中に存在する2人のユリが眠ってしまい、このような症状になった……、という事なのだ?」
「何の前触れも無く起こるわけもないじゃろう。事を仕組んだ下手人が存在する。そう考えるのが自然じゃな」
 アストレイアの言葉に、一同は視線を見交わした。
「だとすると、最初におかしくなった子の居た、デパートが怪しいかもな」
 紫音が言うと、ララが何かを考えながら提案した。
「デパート……。そこに行ってみるか。何か手掛かりがあるかもしれない」
 異存のある者はいない。そう思って歩き出した一同だったが、そこで、ファーシーが遅れている事に気が付いた。彼女は、どこか躊躇っているようだった。
「ファーシー?」
 リリが戻って、話しかける。リリとしては、会いに来たファーシーに同行してもらいたいと思っていたが――
「もしかして、これから予定でもあるのだ?」
 それなら、無理強いは出来ない。
「予定……」
 ファーシーはその単語に、一瞬逡巡の色を見せた。
「……ううん、無いわ」
「では、行くのだ」
「……うん」
 皆でデパートに戻りながら、ファーシーは思う。断る理由も思いつかない。ユリさんを元に戻したい。その気持ちは確かにあったが、それ以上に彼女の中に、何か意固地なものが凝り固まっていた。
 知らない。わたしはこの件にはもう関わらない……。
『ルヴィの言葉に捉われている』……。ルヴィの言葉。大切な言葉。
 わたしは……
 矛盾と混乱と、変な意地と。
 自分の気持ちが何処にあるのか分からない。
 確かだったものが、形を持っていたものがあやふやになっていく――
「ファーシー?」
 アルスに呼ばれてファーシーは我に返った。紫音達が、心配そうな顔をこちらに向けている。
「どうしたのじゃ? やはり、悩みが……」
「アルスさん、違うの、ただ、わたし……あっ! ちょっとごめん」
 着信メロディが鳴り、ファーシーは口を噤んだ。急いでハンドバッグから携帯電話を取り出して相手を確認し、耳に当てる。
 聞こえてきたのは、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)の気軽な声。
『あ、ファーシー、空京に来てるんでしょ? 舞とデパートにいるんだけど、お茶でもどう?』
「……お茶? というか……デパート?」
『そうよ。何あんた、元気無いわねどうしたのよ?』
 訊かれて、ファーシーは迷った。確かに彼女は、なんだかんだで今すごく落ち込んでいた。そしてそれは、一言で話せるような事でもない。
 結局。
「……ううん、何でもないわ。それより、デパートって……。何も、ない?」
『何もって……? そうね。ちょっとごたごたしてるみたいだけど……』
「…………」
 ファーシーは考えた。やっぱり、デパートで何か起こってるのかもしれない。
「そこから離れた方がいいよ。……じゃあね」

『ぷつん。つー、つー、つー……』
「…………」
 携帯の画面を前に固まっているブリジットに、橘 舞(たちばな・まい)が声を掛ける。
「ブリジット? ファーシーさん、やっぱり……?」
「様子が変だったわ。沈んでるっていうか……、いつもの明るさゼロパーセントって感じね」
 2人はデパートに来た折、外へと向かう客の会話からファーシーの噂を聞いていた。車椅子の少女と黒髪の男が言い合いをしていた。その後くらいから、何故かギスギスした人達が増えて落ち着かない。今日は帰ろう……という具合である。
「またあのミイラ男、ファーシーに何か余計なこと言ったんじゃないでしょうね。ほんとデリカシーの無い男って無粋で嫌だわ」
 ブリジットはそう言いながら、ファーシーにリダイヤルした。

「いいどすか? 切ってしもうて……」
 風花に言われ、ファーシーは浮かない顔のまま携帯を仕舞った。
「うん……」
 その直後、再び着信メロディが鳴り響いた。通話ボタンを押すと、耳に当てるか当てないかという段階でブリジットの声がした。
『ちょっとファーシー、いまどこにいんのよ?』
「わっ!」
 さっきよりも大きい声に、ファーシーは思わず携帯を遠ざけた。リリ達にも聞こえたのか、彼女達も注目している。
『何を悩んでんだか知らないけど、とにかく話ぐらい聞いてあげるから場所教えなさい、場所!』
「え、えーと……」
 少し面食らっていたら、電話口からププ……ププ……という音が聞こえてきた。キャッチだ。画面には、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)の名前が表示されている。
「……ゆっくりしてくればいい。それだけ心配してくれる友というのは大事だよ。ユリの事は気にしないでいい」
 次々に来る着信に驚いている所にララが言う。顔を上げて、ファーシーはララ、リリ、ロゼ、紫音と風花、アルス、アストレイアを順番に見る。それから、1度頷いてブリジットとの会話に戻った。
「えっとね……今、ビルが多い所……。え、ビジネス街? うん、そうかも……うん、大きい通り? 開拓大路……うん、そこで落ち合えばいいのね。うん、うん……」
 電話を切ると、ファーシーは皆に言った。
「……ごめんね。先に行っててくれるかな。わたしも後で必ず行くわ」
 遠去かっていく彼女を見送ってから、リリが言う。
「では、行くのだ」
「わらわはもう疲れたが……仕方ないの」
 ロゼは扇を使いながらユリを見る。
(あのスコープ……。あるいは、ユリを攻撃した者だったのかもしれぬな)

「ファーシーさん、ちょっと心配ですね……。脚のことを気にしてるんでしょうか」
「そうね。あれから半年くらい経つけど……」
「うーん……まだ時間かかりそうですし、焦ったりしているのかもしれないですね」
 舞は、通話を終えたブリジットと共にデパートの出口に向かっていた。
(私達では解決できないけど、せめて、元気付けてあげられたらなぁ……)

 リリ達と別れたファーシーは、ティエリーティアに電話を掛けた。繋がって、そして聞こえてきたのはこんな言葉。
『ファーシーさん! 大丈夫ですか? どうしたんですか?』
「ティエルさん……」
 少し焦っているような話し方。心から心配してくれているというのが伝わってきて、ファーシーは声を詰まらせた。
 喋れない。今喋ったら、きっと声が震えてしまうから。泣いているのが、分かってしまうから。でも。
『……1人で辛いのを我慢しちゃダメですよ?』
「…………!」
 そこで、彼女は堪えられなくなった。涙声で、言う。
「ティエルさん、もし空京にいるなら、会えるかな……? ブリジットさんと待ち合わせしてるの」
『行きます! すぐに行きますよ!』