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ぼくらの実験記録。

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3.試食

「──どれにするって? それはやっぱりトロピカルでしょう!」
 そう軽やかに言った芦原 郁乃(あはら・いくの)は、鉄板の上に乗っている佃煮を前にして息を飲んだ。
 一筋の汗が流れる。
「あ、あれ? 香ばしくて良い匂いだと思ったんだけど……」
 近づくと分かる鼻につく刺激臭。
 料理が下手で周囲から『あなたの料理は独創的』と言われる郁乃だが、これよりはマシだと思いたい。
「私、こんなにひどくは無い……無いよね? ね!?」
 秋月 桃花(あきづき・とうか)に掴みかかるようにして尋ねる。
「はい、大丈夫ですよ!」
 桃花の返事にほっと胸を撫で下ろす郁乃だった。
 目の前に広がる佃煮の山。
 管理人が細かく分断したとは言え、それでも──
「こ、このギザギザしたのは……足部分、でしょうか?」
 心なしか、桃花の声は震えていた。
(郁乃様も料理下手で周囲から兵器認定を受けるほどではありますが、見た目に嫌悪感を感じることはありませんから)
 トラウマで3日間は確実に食欲を無くさせると保証出来そうなグロテスクな佃煮。
 もはや料理ではなく毒と言うべきかも知れない。
(こんな物を食べさせることになろうとは……)
「あのぉ、郁乃様? 本当にこれを食べてみたいのですか? 出来れば郁乃様には食べて頂きたくな…」
「──何これ!?」
 ぴょこんと脇から顔を出して、鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が聞いてきた。
「え……」
「香ばしい匂いがしてね、匂いの強くなる方に歩いてきたんだ。くんくんって。そしたら鉄板の上に佃煮が乗ってるでしょ?」
「そ、そうね」
「原因はこれかー。なんだか甘い匂いがするよ? 佃煮なのになんで甘い匂い?」
「甘い匂い??」
 郁乃と桃花が驚いた声を出した。ツワモノがここに。
 その時。
 ぐぅ、と氷雨のお腹が鳴った。
「うぅ……これ、食べて良いのかな?」
「いいと思うよ!!」
 郁乃達を筆頭に、伸ばした手を引っ込め、また伸ばし…を繰り返していた皆は、毒見第一号の出現に沸き立った。
 氷雨は鞄の中から割り箸を取り出し、見た目の気持ち悪さも気にせず南国風味佃煮へと手を伸ばす。

 パクッと。

 口の中へと入れてみた。
「あぁフルーツが混ざってるー。意外とおいしいー」
(おいしい?)
 もきゅもきゅと佃煮を食べる氷雨に、皆は顔に安堵の色を浮かべ、後へ続けとばかりに食べ始めた。
 だが。
 すぐに様子がおかしくなってくる。
「お、お水ください〜」
 夏菜が切なそうに叫ぶ。その横で雪白が。
「歯に足の欠片が挟まって痛い…取れない〜…」
「んっふっふ〜んっふっふ〜んっふっふ〜んっふっふ〜んっふっふ〜…」
「……波音ちゃん? 波音ちゃんっ! しっかりして!?」
 佃煮を食べながら笑い続ける波音の異変に気付き、アンナが慌てて身体を揺さぶる。
「んっふっふ〜…」
「これは佃煮を食べた事が原因ですか? もう私もララちゃんも食べちゃいましたよ〜!」
「……あら? あらら? あの、なんだか背中がむずむずすると言うか…」
 オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は不安そうな声を出した。
「あ、あぁぁ……なんだか勝手に動いて浮いてしまうのですが……ってスカート丸見えですか!? み、見ないでください!は、恥ずかしいです……!」
「お、オルフェリア様に……羽根が……! なんと神々しい!!」
 オルフェリアの姿を見ながら、ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)が叫んだ。
「そうか、珍味を食べたことにより本当に神になってしまったのですね! 貴方様を敬愛して早8年……ついに神聖化をなされたのか!」
「服が破けて背中丸出しで寒いです! これではオルフェのポンポン痛い痛いになってしまいますよ! だ、誰か止めてくださいーー!」
「オルフェリア様! ご安心を。貴方様のスカートの中身もお腹も絶対に死守してみせます!」
 佃煮を食べた者の背中に羽が生えてきた。
 白い蝶の羽……かと思いきや。
「…ぶ…ぶ、ぶ〜ん、ぶ〜ん」(しゃかしゃかしゃかしゃか)
「? オルフェリア……様? なんで両手を擦り合わせて?」
「ぶ〜ん、ぶ〜ん」(しゃかしゃかしゃかしゃか)

「…………ハエ!?」


「郁乃様! だからあんなもの食べちゃいけなかったんですよー!」
 振り向いて郁乃を見るが。
 遅かった……

「ぶーんぶーん」

「うえ〜ん! キモイよ〜どうすれば元に戻るのー? 佃煮吐き出させてみるー?」
「どうしよう〜『ぶーん』しか言わなくなっちゃったよー!」
「助けてくださーい!」

 あちこちで上がる悲鳴、助けを求める声。
 透明な羽を広げて飛び立とうとするのを、慌てて抑える。

「温室へっ! とりあえず温室の中へっ!!」
「管理人さんの用意してくれた檻の中へぶちこんだ!」

「ぶーんぶーん」

「……どないな食材でも、ちゃんと料理して供養しいへんとあきまへん思うとったのですが……」
 清良川 エリス(きよらかわ・えりす)は、阿鼻叫喚地獄絵図と化した光景に呆気にとられていた。
「ぱりぱりこりこりした食感が残ったムカデとフルーツ……ニンニクの肉団子…細かくすりつぶして、団子風味にしたり、他に香辛料やニンニクを使って…あっちやこっちで悲鳴が……」
「しっかりしなさいですわ!」
「ほぇ?」
 仁王立ち姿のティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)が、エリスを叱咤する。
「皆があんなハエごときに変身したくらいで、エリスが我を失うなんておかしいですわ。──そんなことよりケルベロス君よ! 新妻は三つ指付いて帰りを出迎えるものですわよ」
「新妻? ケルベロスはん? こないな時にどうしてケルベロ…」
「いいから! 私が記録をつけますわ」

清良川エリスが記します


14時30分

愛しいケルベロス君の為にお料理の腕を磨いて帰りを待とうと思います

おいしゅう調理して精が付く料理にしよう思てます

虫料理は古来精力増強の妙薬としても使われてる聞きます

興奮したケルベロス君に襲われたらどないしましょ、きゃっ☆


「なななな何を書いてはるんですか、ティアー!?」
「わたくし! あれから絵の腕を磨きました」
 横から割って入ってきた邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)も、一緒になってノートに書き記す。
 金髪の人型に、何やら横線がいっぱい入った物体が描かれた。

「これは……何どすぇ?」
「最高でございます! 力作でございますわ!」
「そ、そうどすか」
 奇抜さが増しただけだった……。