リアクション
1.空京の祭事 「おしりが寒そうです〜」 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、桜井 静香(さくらい・しずか)の像を見あげてつぶやいた。 ここ空京神社の境内の一画に、秋祭りで生き残った百合園山笠が展示してあった。 それだけであれば名誉なことなのだが、いかんせんその人形山笠の桜井静香人形が問題だった。お祭り仕様のため、マネキン型の人形に褌とサラシと半被が着せられただけの物というちょっとエッチな物だったからだ。 もっとも、個人の制作であったから、桜井静香人形と言っても、さほど顔が似ていないのが救いというところだろうか。これがそっくりだったら、大問題になっていたかもしれない。 「他の山笠も壊れてしまって残念です。ここに全部ならべられたらすごかったでしょうにー。特に、ゴージャス山笠はもう一度見たかったですねー」 ゴージャス山笠で参加していたお嬢様たちを思い出して、ヴァーナー・ヴォネガットがつぶやいた。執事君やメイドちゃんを含めて、ヴァイシャリーでいろいろと騒動を起こしたりしている謎のお嬢様だが、ヴァーナー・ヴォネガットにとっては、意外と憎めないキャラであった。 「おお、あったぜ。萌え〜」 「ほんとだ。男の娘、萌える〜」 カメラを持った学生たちがわらわらとやってくる。ラジオ番組で紹介されたためか、最近はこの山笠を見に来る聖地巡礼者たちが激増している。今や、山笠は空京神社のちょっとした観光スポットとなっていた。 「こっちですよー」 ぞろぞろと後をついてくるペットたちの集団と一緒に、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が七尾 蒼也(ななお・そうや)たちを連れてそこへやってきた。 「これが、そうですか。しかし、タイトルが百合園山笠というのは……」 初めて見る百合園山笠を前にして、七尾蒼也のパートナーであるラーラメイフィス・ミラー(らーらめいふぃす・みらー)がちょっと困ったように言った。 「うーん、そうだなあ。やっぱり、目のやり場に困るよなあ」 そう言うと、七尾蒼也が、持っていた上質の布を桜井静香人形の腰に巻きつけた。 「まあ、これでスカートの代わりが……」 一応満足する七尾蒼也が、突然突き飛ばされた。 「誰だ、何をする……」 怒りかけた七尾蒼也の目に、殺気走った聖地巡礼者たちの姿が映った。 「貴様、聖像に何をする……」 「うちの嫁になんという狼藉を。台無しだろうが……」 「殺す……」 じりじりと七尾蒼也に迫ってきながら、怪しい一団がぶつぶつとつぶやいた。 「この展開は、なんなのでしょうね?」 今ひとつ意味を理解できないで、ユイリ・ウインドリィ(ゆいり・ういんどりぃ)が小首をかしげた。だが、この状況があまりよろしくないということは分かる。 「ジーナ、ここはひとまず逃げましょう」 「ええ。さあ、蒼也先輩、早く」 ユイリ・ウインドリィにうながされて、ジーナ・ユキノシタが、喧嘩を買おうとしていた七尾蒼也の手をつかんで走りだした。 追いかけてこようとした学生たちが、ペットたちに威嚇されてさすがに怯む。その隙に、ジーナ・ユキノシタたちは安全な所へと逃げていった。 「ほらほら、大切なお人形に、まだ変な布がついてますよー」 機転を利かしたヴァーナー・ヴォネガットの声に、巡礼者たちがこれは大変と桜井静香人形に群がった。彼らにとっては、七尾蒼也やペットたちよりも、桜井静香人形に巻きつけられた不浄な腰布を取り外すことの方が大切だったようだ。ともあれ、これで空京神社内で乱闘事件勃発なんていう事態は避けられた。 「みんな、しあわせに〜♪ さあ、男の娘をみんなで愛でましょう」(V) 「男の娘、萌え〜!!」 ヴァーナー・ヴォネガットの煽りで、巡礼者たちが一丸となった。 その間に、ペットたちもその場を去ってジーナ・ユキノシタたちを追いかけていった。 「意味が分からない……と言うよりも分かりたくなかったわけですが、まあ、そこそこ面白かったですね」 はあはあと息をはずませながら、ラーラメイフィス・ミラーが言った。 「そうですね。少し落ち着いて歩くとしましょう。私たちは私たちで」 チラリとまだ手を繋いで歩いているジーナ・ユキノシタと七尾蒼也を見てユイリ・ウインドリィが言った。 「ええ。もちろんですよ。あらためまして、ラーラメイフィスです。蒼也がいつもお世話になってます。蒼也がいつもジーナさんの話ばかりするので、ぜひお会いしたかったんですよ」 軽く会釈して、ラーラメイフィス・ミラーが言った。 「こちらこそ。ユイリ・ウインドリィです」 ユイリ・ウインドリィが挨拶を返す。二人はペットたちを周囲に呼んでジーナ・ユキノシタたちの邪魔をしないようにすると、そのままのんびりと空京神社の境内を散策していった。 「そろそろお弁当にしませんかー?」 このまま二人を放っておくのもいいけれど、そろそろ止めないと空京神社の外まで歩いていってしまいそうだったので、ラーラメイフィス・ミラーが七尾蒼也たちを呼び止めた。 「そうですね。せっかくお弁当を作ってきたのですから」 ジーナ・ユキノシタが足を止めて言った。 七尾蒼也が、持ってきたマントを地面の上に広げる。本当は上等な布をピクニックシート代わりに持ってきていたのだが、さっき使ってしまったのは失態だった。 「さあ、食べましょう」 サンドイッチ、銀シャリおにぎり、ミートパイなどをならべてジーナ・ユキノシタが言った。 「食べる、人にとって欠かすことのできない営み……。とても興味深いものですね。もちろん、ペットたちにも。彼らには、私たちがお昼をあげましょう」 ジーナ・ユキノシタと七尾蒼也から離れると、ユイリ・ウインドリィはラーラメイフィス・ミラーと共にペットたちの方へむかった。気を利かせたわけだが、それ以上に、二人の連れてきたペットたちの数が半端ではないので面倒をみる必要があったのだ。ゴーレムに、パラミタ虎に、ティーカップパンダに、剣竜の子供が三匹、ユニコーン、パラミタペンギンという大所帯である。知らない人に、移動動物園と間違えられても反論できない状況だった。 「ほーら、ご飯ですよー」 ユイリ・ウインドリィが、紙皿にペットフードを載せてペットたちを呼び寄せた。一口にペットフードと言っても、ペットごとに内容が違うので結構大変だ。 「うまい!」 ジーナ・ユキノシタに蒼也先輩とファーストネームで呼ばれて鼻の下をのばした七尾蒼也が、おむすびをぱくついて叫んだ。 「あちらの餌づけも進んでいるようですね」 ペットたち越しに七尾蒼也たちの方を見て、ラーラメイフィス・ミラーがにんまりとした顔で言った。 |
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