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第2章 恋の話と戸惑う狼 5

 料理を楽しんでいると、自然と会話はやはり恋、とかく、恋愛の形に向かった。
 両親の目論見どおりに動いているような気がして、リーズとしては癪ではあったが、興味深いのもまた事実であった。集落の中にいるだけでは分からぬ、他人の言葉というものを直に聞くことが出来るからだ。
「見合いはちょっとつまんねえよな……相手がどんな奴かわからないし。誰かにお膳立てしてもらわなくても、どんどん相手を探せばいいじゃねえか」
「だから、ナンパするの?」
 椿のつまらなそうに言った意見に、リーズは素直な疑問をぶつけた。
「ま、それもあるにはあるけど……」
「じゃあ、そもそもなんでナンパなんてするわけ?」
「うーん、そこらへんのチャラいのと一緒にされたくねえんだけど、イケメンを見るとドキドキしちゃうし。一緒にいたい、声を聞きたいって思うだろ?」
 椿は無邪気に笑った。
 賛同ができるかどうかはわからないが、素直という意味で言えば、彼女の意見は最もだった。単純で、明快で、そして一生懸命だ。それはどこか、剣舞に夢中になる自分にも重なっているような気がした。理由など、そう説明できるものではないということ、か。
「恋なんて、自然に点いて炭火みたいに高温になるものよ」
 二人の間に割って入るように、シュラスコを口にくわえたままもぐもぐと食べるルカが言った。たくさんの冒険を、たくさんの場所を巡る彼女にとって、それは過去の経験から言う体験談なのだろうか?
 不思議そうにルカを見ていたリーズと、彼女は向き合った。
「リーズは、強烈に記憶に残った人とかいる?」
「強烈に記憶に残った人?」
「そ。どうしたって忘れられない、そんな、記憶に残る人」
 リーズは、答えなかった。否、答えられなかったというべきか。
 もしも、それを人と呼ぶならば呼べるかもしれない。だが、彼女の心の中で僅かにうずくそれは、人と呼ぶにはきっと相応しくない。金色の瞳を忘れられないことは、自分の中でどんな意味を成しているのだろう。
 答えられずにいるリーズに、ルカは無理に聞き出そうとはしなかった。代わりに、彼女はこれまで自分が巡ってきた外の世界についてリーズに話してみせた。冒険や、恋や、戦争……外の世界には、リーズの知らないものがたくさんある。その中には、彼女と同じ狼の獣人の心優しい話も混じっていた。
「とても、素敵なお話ですね」
 リーズとともにルカの話を聞いていた朱里が、聞き入った顔で呟いた。リーズも、彼女に賛同するように頷く。
「それに、その女の子がちょっとうらやましいな」
 きっと何気なく思ったことなのだろう。ぼそりとリーズがそう呟くと、朱里たちは彼女を見つめた。
「私だったら、一人で勝手に花を取りに行っちゃいそう。誰かに頼むなんて、なんか格好悪い気がして……女の子っぽくは、ないよね」
「……そうかな? 私、リーズはそのままでも十分素敵だと思うよ」
 落ち込んだように苦い笑みを浮かべたリーズに、朱里が優しい否定の言葉を返した。
「強くてかっこいい女戦士っていいなあ。私なんかいつも守られてばかりだから、逆に憧れちゃうなあ」
「そうそう。女の子らしさなんて求めたって、あんまり意味ないのよ。第一、それだと私ってどうなるわけ?」
 自分を指差して困った顔をするルカに、場の空気は和んだ。
 やがて、朱里は殊勝な顔でリーズに告げる。
「……だからね、リーズ。私、リーズはそのままの、ありのままの自分でいるほうが良いって思うんだ。きっと、こうやって仲間たちと一緒にいたり、一族と歩んでいく中で、何かが変わることもあるかもしれない。だから、変に背伸びせずに、そのままで自分らしく生きていけばいいんだと思うよ」
 静かに、リーズの心の中で彼女の言葉が巡った。
 ありのままの自分。背伸びしない自分でいること。それは……変わる自分を受け入れるということでもある。
 朱里の言葉を噛み締めるようにしていたリーズに向けて、ふとアインが口を開いた。
「僕は……自分でも時々思う。確かに今の生活は幸せだ。しかし、世界の情勢を見るにつけ、本当に自分はこれでいいのか。安寧に埋もれたままでは、戦士としての自分が錆びついてしまうのではないのかと」
 戦士としての自分――リーズは、変わることを恐れる自分がそこにいる気がした。
「それでも、もしこの感情を知らなければ、自分は『人々を守る』ことの意味を、本当の意味で理解できなかっただろう。命令でもプログラムでもなく『この人を守りたい』という思いこそが、人を突き動かす力になるのだから」
 アインは優しく微笑んだ。『この人を守りたい』……その言葉を語るとき、朱里を見たのはきっと彼の意思の表れなのだろう。
 彼は、変わる自分を受け入れ、そして今、誰かを守るために生きている。
 一番は、自分自身が幸せでいることなのだと、少女は言った。恋は、気がつけばしているものだと、若者は言った。恋をすると、世界が違って見えると同じ名前の娘は言った。運命の人はもしかすればいるかもしれないと、獣人の少女は言った。一緒にいたい、声が聞きたいと思うからこそ、声をかけるのだと素直な娘は言った。ありのままの自分でいることが……変わる自分を受け入れることが、大切なのだと、誰にも断ち切れないような信頼と愛情に結ばれている男女は言った。
 ――恋って、なんだろう?
 リーズがこのとき、静かに脈打った心臓に気づいていたかどうかは、定かではない。