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はじめてのひと

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●それぞれの『はじめて』を

 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は入手したばかりの携帯を、起動させ改めてその凄さに驚嘆していた。
「これが『cinema』か、すげーな、このホログラムディスプレイ機能……いろいろと使いこなせれば面白そうだ……」
 一時期、軽度の着信恐怖症になっていた彼ではあるものの、携帯の機種変更をすることによって立ち直ることができたようだ。深刻な時期に至っては、本気で番号とメアドも変更しようとしていたくらいである。だがそれも、今日までだ。
「着信音も軽快なのに変えたし、これで着信があってももう怖くないぞ……って!」
 言ったそばからメールが着信したので、さすがの正悟も飛び上がりそうになってしまった。
「なんだエミリアか。なんつータイミングだ。脅かすなよなぁ……」
 エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)からのメールである。

 「TO:正悟
 生きてる? 機種変更しに行くって言ってたからメールしてみたよ。
 まだ変更前だったら『残念』、変更後だったら『驚いた?』とメッセージしておくね」


「ご期待通り驚かせてもらったよ、まったく……」
 正悟は苦笑いしながら続きを読む。
 
「どうせ一人寂しく帰るんでしょ。今、スーパーで買い物してるから荷物持ちにつきあってよ」

 以上でメールは終わっていた。
「っておい」
 詮無きことだが、ディスプレイにツッコミを入れてしまう正悟である。 
「買い物に行くから付き合えって……待ち合わせ場所かいてないじゃん!」
 しょうがないなあ、と、正悟は返事のメールを入力するのだった。

「どこのスーパーか書いてくれないとわからんぞー」

 嗚呼、正悟は完全に失念しているようだが、これが彼の『はじめて』メールなのである……色々と、残念な感じ。
 そして、
「スーパーっていうか、これは……」
 エミリアに告げられた所在にたどり着き、呆然とする正悟自身、いまとても残念な感じ。
「米屋だ!」
 米袋を担いで帰ることになるのは確実のようである。
「5キロ袋や10キロ袋ならわかるが……まさかあれじゃないだろうな……」
 彼が向けた視線の先には、『激安! 広告の品!』と銘打たれた米俵(60キロ相当)が積まれていた。
 そして正悟の背後からは、米俵を転がしつつ、そーっとエミリアが近づいてくるのである……!


 *******************

 さて現在、蒼灯鴉は師王アスカを捜索中である。
「鴉、今どこ?」
「世界樹だ」
「ぶぶー」
「なっ……!」
 憮然とした表情で、鴉は別の場所へと走り出す。


 *******************

 買い物に行く、と一言残して朝早く家を出たきり、グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)からの連絡はなかった。四谷 七乃(しや・ななの)も一緒のはずだが、丸っきり音沙汰がない。
「どこまで買い物に行ってるんだよ……近所のスーパーとかじゃないのか」
 四谷 大助(しや・だいすけ)は壁掛け時計を見上げつつ、落ち着かない様子で読みかけの雑誌を手にしてみたり、無意味に部屋の埃を拭き掃除してみたり……と、一定しない午後を過ごしていた。
 すると出し抜けに、大助の携帯電話が着信音を挙げた。
「電話?」
 出てみると、グリムの声が返ってきた。
「私よ」
「遅いぞ、連絡。たかが買い物にいつまでかかってんだよ。寄り道してたんじゃないのか?」
「携帯電話、機種変更してたの」
「携帯……そんな話これまで一言もしてなかったじゃないか。いきなりどうした?」
「まあ、いきなり新機種で電話して、驚かせようと思ってたし」
「驚いたよ、一応」
 一応、などとつけてしまうのが素直でないところだが、事実大助は驚いていた。名家のお嬢様たるグリムゲーテが、自分で携帯電話の機種変更をしに出かけるなどと想像もつかなかったのだ。

「おどろいてますねー、グリムさん」
 グリムのすぐ横では、七乃が小声で彼女にアドバイスしている。無論、この声は大助には聞こえていない。
「さあー、マスターがおどろいているこのタイミングで、マスターにいってしまいましょう!」
「……え? 今?」
 戸惑い気味に小声でグリムは問うのだが、七乃は笑顔で請け負った。
「これが新しいでんわからの初メールなんだし、いい機会だと思いますよー」
 確かに、いい機会なのは間違いない。この携帯電話から『はじめて』のコールをできるのはこれ一度きりなのだから。
 意を決し、グリムは電話の向こうの大助に告げた。

「えっとね……貴方はいつも私のワガママに付き合ってくれてるじゃない? それでその……ひと言感謝でもしとこうかと思って」
 携帯を買い換えたという発言が『驚いた』というレベルなら、こちらは大助にとって『仰天した』というのに等しい。
「お、おい、大丈夫かお前。何か悪いものでも食ったのか?」
 失礼ね、と思いつつも、最後まで言い終えたくてグリムは言葉をつなげる。
「貴方は文句も皮肉も言うし、反抗的でときどきすごく怒るしいっつも不機嫌そうな顔するけど、結局最後はしぶしぶ付いてきてくれる。貴方のそんな所が気に入ってるのよ」
 かすかに上気していた。どう表現したらいいのか……どことなく切ないような甘酸っぱいような、そんな感覚にグリムはおちいっていた。でもこの感覚は嫌じゃない。むしろ、心地良い。
「……だから、ありがとね。貴方のおかげで、私は楽しいの」
 ずっと置いたままにしていた心の中の荷物を、ちゃんと届けるべき相手に届けられた気分だった。グリムはとても晴れやかな顔をしている。
 一方で大助は額に汗をかいている。無論、彼女の言葉は嬉しい。だが大助にだって、『未配のままの子心の荷』はあるのだ。
「……はっ。い、いや、感謝だったらオレだって……」
 グリムの姿が脳裏に浮かぶ。もしかしてオレは――ふと大助の頭に、ある言葉が浮かびかけたのだが、
「な、なーんてウソに決まってるじゃない!」
 急に気恥ずかしくなったのか、グリムはここで声の調子を変えてしまったのである。
「ひっかかったわね、バカ大助!」
「なっ……お、お前、人をからかうのもいいかげんにしろ! 人がせっかく聞いてやったってのに……もういい、さっさと帰って来い! 切るぞ!」
 大助は怒った声を返しながらも、どことなく安堵している自分に気づいた。もやもやした気持ちが消え失せたこと、それに安堵しているのだろう。……だけどこの『もやもや』にいつか再び向き直らねばならぬことも彼は知っていた。

 さて一方、二人のやりとりを聞きながら、
(「マスターもきっと、なんだかんだでグリムさんのことをすごく気にかけてるんですね」)
 と、内心拍手していた七乃であったが結局は、やれやれ、と肩をすくめることになった。
「マスターもグリムさんも、ホントに素直じゃないですー」
 だけどこれは二人にとって、大きな一歩の前進だと七乃は思う。
 思うから、七乃はずっと笑顔だった。

「待って、最後に一つだけ」
 電話を切る前にグリムは付け加えた。
「……ちゃんとスーパーにも寄ったのよ。今日の夕飯は貴方の好きなパエリアだから、大人しく待ってなさいねっ!」
「期待しとく」
 携帯電話を閉じた大助は、なんだか少し疲れてしまって、椅子にどっと座り込んだ。
「……パエリアか」
 楽しみだな、と独言した。
 本当に楽しみなのはどっちだろう。グリムの得意料理か、それとも、グリム自身の帰宅か。