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Trick and Treat!

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Trick and Treat!
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リアクション



1.Trick or Treat? VS Trick oe Die!


 10月31日、ハロウィン当日。
 ヴァイシャリーで、大規模な仮装行列が出来ている中。
 その行列に混じっても違和感のなさそうな、ドラキュラの衣装に着替えた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は女子更衣室の前に立っていた。
 壁にもたれかかり、腕を組んで。
 自分を仮装行列に誘った、龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)を待つ。
 女性というものは着替えに時間がかかる。それは、以前身を持って知ったことだ。
「あの時は……」
 何もすることがないので、思い出した。
 ……悲鳴が聞こえたから、飛び込んで行ったのになぜかボコられた、そんな苦い思い出。
「…………」
 なので、牙竜はただ耐える。
 自分からドアには触れない。だから腕を組んでいた。
 のだが。
 ギィ。
 ドアが、勝手に開いた。
「へぇ?」
 素っ頓狂な声が出る。
 着替え、終わったのか?
 そうは思えど、見えたのはリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)の肌色部分で――、
「……すまん、リース」
 見てしまった。
 どこをどう、というわけじゃないけれど。
 見てしまった。
 着替え途中なのに。
 ドアを閉めて、「武神様?」ドア越しにリースの声を聞く。
「すまん、そんなつもりはなかった。お詫びに何でも言う事を聞くから――」
 言い訳は男らしくないから、謝ると。
「……、じゃあ、今日一日一緒に行動してください」
 謎の間を作ってから、リースが言った。
 なぜか背筋にぞくりとするものが走ったが、きっと気のせい。
 二つ返事で了承して、リースが更衣室から出てくるのを待った。


 更衣室内では。
「……チャンスです」
 リースが、一人くつくつと笑っていた。
 今日の彼女の服装は、露出の高い魔女服だ。
 仮装のつもりでそれを選んだのだが、何分露出が高すぎた。
 着替え終わって出て行こうとしたら、牙竜がまるで着替えの途中を覗いてしまったかのように謝ってきた程度には。
 そしてリースは一瞬で演算した。
 やましい事があるのなら、調子に乗って言う事を聞いてもらってしまおうと。
 大丈夫、今日は10月31日。ハッピーハロウィン。
 多少のことも、悪戯の範疇だろう。
 リースは、着替え終わったと見せかけるために魔女服の上にマントを羽織り、更衣室を颯爽と出て行った。


 ドラキュラと魔女が、手を繋いで歩く。
 そんな光景が見れるのも、今日がハロウィンだから。
 指と指を絡ませて、公園までやってきた。
 ちなみに、牙竜の意思とは無関係である。
「あのー、なんか」
「はい?」
「人気のない公園に来たのはなぜ?」
「……だって、いつも武神様の周りには女性が多いから」
「……、ああ」
 先日、突発性フラグ乱立症候群、とかいう不名誉な病名を承った牙竜としては、不本意ながら頷くしかできない。
 そう、ただ歩いているだけなのに、女子が、女子が、……この先は考えないでおく。
「たまには二人っきりが良かったんです」
 そう言って、リースが無邪気に笑う。
 それなら人気のない場所を選ぶのも頷ける。
「ベンチ、座りません?」
 促されるままベンチに座り。
「飲み物、買って来たんです」
 差し出されるまま、缶のジュースに口付けて。
 ……?
 くらり、世界が揺れる。
 なんだろう、これはお酒を飲んだ時のような、あれ缶にアルコール度数うんたらって――。


 眠りに就いた牙竜を見て、リースはまたもくつくつと笑う。
 いいよね? いいよね?
 頭の中ではそんな言葉がリフレイン。
 ベンチの上、無防備にくたりと身体から力を抜いている牙竜を見て。
「今日くらいは、私の武神様になってほしいんだもん……」
 言い訳するように、免罪符を求めるように、自己を肯定するように。
 答えなんて求めていない、そんな独り言を呟いて。
 牙竜の両手を、用意していた紐で縛り上げた。
 その感触に牙竜が薄く目を開くが、「え、え?」戸惑いの声を上げるばかりで。
 その姿が、妙に可愛らしい。
「おはようございます、武神様」
「リース? ……あれどーなってる? おいなんか両手が拘束されてるんですけど!」
「えと、えと」
「えっちょ何で解けないんだこれ。どんな結び方したんだっ。プロか!?」
「武神様!」
「はいなんですか!」
「トリックアンドトリートです!」
「はいっ!?」
 マントを脱ぎ、露出度激高の魔女服姿になり代わり。
 牙竜の上に馬乗りになって、顔を近づけた。
「ちょ、あの、リースさん。リースさーん!? ……てか今気付いたけど、この公園、お盛んじゃないか! あっちでもこっちでもここでもなのかっ!?」
 リースに呼びかけながら、助けを求めるように首を廻らせた牙竜が、R18なカップルを見て悲鳴にも似た声を上げる。
 ――ああ、慌てる武神様も、素敵。
「落ち着こう。落ち着いて素数を数えてみたらどうかな?」
「2 ・ 3 ・ 5 ・ 7 ・ 11 ・ 13 ・ 17 ・ 19 ・ 23 ・ 29 ・ 31 ・ 37 ・ 41 ・ 43 ・ 47 ・ 53 ・ 59 ・ 61 ・ 67 ・ 71 ・ 73 ・ 79 ・ 83 ・ 89 ・ 97 ・ 101 ・ 103 ・ 107 ・ 109 ・ 113 ・ 127 ・ 131 ・ 137」
「そんなすらすらと!?」
 愕然としたような牙竜の声に、微笑んで。
「私じゃ……ダメ、かな?」
 だけど、声には不安が混じって。
 目も潤んできて。
「リース……」
 牙竜の、否定しない、肯定しない、名前を呼ぶ声を聞きながら。
 近付けた顔を、さらに近付けた。


 さて、そんな二人から少しだけ離れた丁度良い観戦スポットで、龍ヶ崎灯はカメラ片手に二人を見ていた。
 牙竜のあの態度は。
「少なからず、リースさんの行動に心を動かされているようですね……」
 周りがお盛んであることも、影響しているのかもしれない。
 あるいは、純粋にリースの可愛さか。今日の魔女服も似合っているし、潤んだ瞳は色っぽいし。
「きっと牙竜は混乱しているだけだ、と自己叱責にかられているのでしょうけれど……そういったものを見ているのも楽しいですね」
 ね? と同意を求めるように、隣に居たノワール クロニカ(のわーる・くろにか)に視線を向けると、こくり、頷かれた。
 灯も、クロニカも。
 元々は、牙竜と、あるいはリースと仮装行列に出るはずだったのだが、どうしてかこうなって。
 またあの病気のせいか、と思ったりもしながら、ああこれは撮影するしかないな、と。
 示し合わせたように、同じ場所、同じ装備(双眼鏡やデジカメである)でこの場所に来たのだ。
「保健体育以上の勉強になる、興味深いものが見られればいいのですが」
「そ、そうですよね。これは知識のためなんです。後からこのデータを見て、ニヤニヤとかしませんし、健全な理由ですし、撮っていてもおかしくありませんよねっ」
「ええ、おかしくないですよ」
 自己弁護のような言葉を肯定してやって。
「……ところで、灯さんと武神様の関係は……?」
「元恋人ですよ」
 訝しげに問われて、答える。
「現ストーカーですけど」


 さてまた一方、別の場所。
 ハロウィンにかこつけて、仮装デートをするカップル……もといリア充に。
「トリック・オア・ダーイ!!!」
 神代 正義(かみしろ・まさよし)は、あらん限りの声を振り絞って叫んだ。
「リア充と嫉妬の気配を感じて飛んできました嫉妬刑事シャンバラン! INハロウィン!!」
 誰が聞いて居なくとも。
 リア充どもが、奇異の目でこちらを見ようとも。
 また、いつも通りの正義の味方スタイルで、仮装なんかしていなくても。
 ――知るか! 俺は俺の道を行く!
「だからリア充どもは滅びろ!」
 叫んで、走って行く。
 リア充がどこに居るのかは、掴めているのだ。
 しかも、エロスを堪能してしまうようなけしからんリア充どもが居る場所を、感じているのだ。
 その場所は、公園である。
 走った。
 世界記録でも狙えそうなまでのスピードで。
 走って、走って――そして、リースに押し倒されている牙竜を見つけて。
「何かイベントごとがあれば即デートかこんっのヤロォォォ!!!」
 野球バットを振り回した。
「うわあぶねっ!!?」
 牙竜は、リースを庇いつつベンチから転がり落ちることでその一撃を回避。避けるすべもなく攻撃を喰らったベンチが壊れたことは気にしない、ベンチは犠牲になったのだ。
「父さんは悲しいぞ! リア充共はそれでいいんだろうけどな! 見せ付けられるモテぬ男達は、たまったもんじゃないぞ!」
「知るか! 何いきなり武器向けてんだ! つーかまたか!」
「嫉妬刑事は何度でも蘇る! そう不死鳥のように!! と言うことで爆発しろォ!!!」
 嫉妬の感情を乗せた【怒りの歌】を歌いながら。
「このやろ、本気か!」
 反撃を食らっても、【女王の加護】で受け流し。
「くっ……無駄にうざい……!」
「ははは! どうしたリア充よ、貴様の力はその程度かァ!!」
「お前はどこの悪役だ! リースも逃げろ、返事がないただの屍だごっこをしている時じゃないんだぞ!」
「……この期に及んで女の心配をするとは……! これが、ラブコメ主人公だとでも言うのか……!?」
「アホか! 俺は俺の物語の主人公だ!」
 その言葉を聞いて。
 不本意にも、心に何か、グサッと来た。
 そう、人は誰でも自分が主人公の物語を持っている。
 なのに俺は……俺は、リア充を目指さずにこんな、こんなことをしていていいのか?
 嫉妬に狂い、リア充を撲滅せんとバットを振りまわして。
 それでは、そのようなことでは――
「だがしかしそれが俺!!!」
 ――揺らぐかッ!
 バットを振り回そうとしたところで――
「ぐっ……」
 唐突に、膝から力が抜けた。
 嫉妬の力が尽きてしまったようだ。
「……くっ、やはり夏の間ログインしなかったしわ寄せが来たか……!」
 指先が痙攣し、目がかすむ。
 それでも、眼光鋭く牙竜を睨みつけた。
 リア充には、負けたくない。
「……シャンバラン」
「なんだ……」
「今日はハロウィンなのに、そんな仮装で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない……」
 俺は俺だから。
 たとえここで力尽きようとも、嫉妬刑事シャンバランとして動き回った事は、誇らしい事実で――。
 視界、暗転。
 不意に、誰かの声が聞こえた気がした。
『あぁ、今回もやっぱり駄目だったよ』
 嘲るような、声だ。
『あいつは話を聞かないからな』
 うるさい、黙れ。
『そうだな、次はこの嫉妬リアを見た奴にもリア充撲滅を手伝ってもらうよ』
 俺だけだと役者不足だとでも言うのか。
「くそ……」
 それが、悪夢なのか幻聴だったのか。
 知るすべは、ない。


「おーい、リース……って」
 襲撃を受けても微動だにしなかったリースは、
「眠ってるのか」
 肝が据わっているというか、何というか。
 すやすや、寝息を立てて、幸せそうな顔。
 小さく息を吐いて、彼女の頭を撫でて。
「おやすみ」
 優しく声を掛けて、おんぶした。
 今日の暴走具合がなんだったのかは、皆目見当つかないけれど。
 今すごく、幸せそうにしているし。
「ま……楽しかったしな」
 いいとしようか。