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リアクション
*保護の意義とは*
遺跡探査が開始される三日前のこと。
既に機晶姫保護団体に潜入していた樹月 刀真(きづき・とうま)と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、既に保護団体の中で一目おかれる存在になっていた。
もとより能力の高い彼らがその地位に着くのは当たり前ともいえる。
案の定、旧ボタルガの町の一角を住処にしている保護団体は、チームごとに分かれて、広報活動にいそしんでいた。
そして機晶姫に対する非情な扱いをしているというパートナーを、血眼になって探しては、制裁を加えている……と話には聞いた。だが、どうやら実行部隊は募った希望者の中からではなく、発足当時のメンバーが行っているらしいと聞いた。
闇夜にまぎれて、宿舎を飛び出した樹月 刀真は漆髪 月夜に連絡を取って待ちの外で連絡を取った。
「月夜、そちらのチームはどうだ?」
「明らかに広報活動のみね。夜に外出している気配もないし……」
「制裁自体が嘘の可能性もあるか?」
「でも、規律を乱したうちのチームの子は、ずいぶん怯えた様子で帰ってきたわ」
漆髪 月夜は、そう伝えると詳細をメールで送ったらしく、携帯が震える。携帯を開いて中を見ると、『家に帰りたいとそう訴えに言ったメンバーが、先ほど呼び出されて身体に怪我こそないものの、何故か怯えたように組織に従うとだけ呟いていた』という内容だった。
「佑也もきてるそうよ。入れてあげる?」
「いや、まだ早い」
それだけ言い放つと、樹月 刀真は足早にその場を立ち去った。お互いタイムリミットらしく、漆髪 月夜も宿舎へと戻っていった。
翌日。
入り口の掃除を買って出ていたのは、七尾 蒼也(ななお・そうや)とペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)だった。
「で、この団体のトップらしいルーノに会えないのはなんでなんだろうなぁ……」
「信用を得られれば、難しいことじゃないと思う。また、ここが終わったら行ってみましょう?」
「ああ。それにしても……実行部隊らしい連中と一切連絡を取れないようにしてるってのは、徹底してるな」
ため息混じりに、古風な竹箒を地面に叩きつけるように掃除して苛立ちをあらわにした。
「ここにいる人たちは、基本的に広報活動に借り出されていますね。今日も私たちの予定は、チラシ配りです」
「昼になったら、改めて代表から話があるって言ってたが、本当にルーノ・アレエが代表なのか?」
「話では、怪しいようですが……基本的に機晶姫の扱い改善に関するレポートの作成や、広報活動……あの動画をのぞけば、至極真っ当にも思えます」
「至極真っ当すぎるのぅ」
髪を結い上げた女性型の機晶姫、シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)はため息混じりに朝の寒さに身を震わせた。ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)も、竹箒を抱えているところを見ると掃除当番を買って出てきたのだというのが伺える。
「団体の思想も、行動理念も……おかしいと見ていいのではないでしょうか?」
「第一、機晶姫を保護対象だなんてのぅ……全く。ワシらも甘く見られたもんじゃわ」
深々とため息をついた彼らの前に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が勢いよく駆け込んできた。高い音とともに、急ブレーキをかけて止まる。
「せっちゃん見なかった!?」
「せっちゃん? ああ、辿楼院のことか?」
「うん……やっぱりここにいるんだ……なんで教えてくれなかったんだろう……」
しょんぼりしたように、自慢のツインテールが垂れる。慰めるように、ガートルード・ハーレックが肩を支えた。その様子に、シルヴェスター・ウィッカーは持ち前の明るい声で笑いながら、小鳥遊 美羽の頭をぽんぽん叩いた。
「だいじょーぶや。結構知り合いがおるけぇの。きっと、ルー嬢のために集まってくれてるんじゃ」
「……うん、そう、だよね! 私もここに入って、調べたいんだけど……大丈夫かな?」
小首を傾げて問いかけると、七尾 蒼也は顎に手を当ててうなった。新入りの受付は、全て統括されているのだ。
「一応、一緒に行こう。ただし、ルーノさんの名前は出しちゃダメだぞ?」
そういわれ、強く頷くと施設の中へと入っていった。
内部は広く、もともと図書館か何かだったのだろうか、たくさんの本がならんでいた。カウンターに座るのは、最上 歩(もかみ・あゆむ)だった。
退屈そうにしているマリー・フランシス(まりー・ふらんしす)とともに、適当な本を今もぱらぱらとめくっていた。
「最上、また新入りなんだが……」
「ふぁ?」
あくび交じりに、七尾 蒼也がつれてきた小鳥遊 美羽を嘗め回すように眺めて、何かの書類を取り出す。
「えーっと、ニーフェ・アレエ、及びイシュベルタ・アルザス、エレアノールら三名、機晶姫に対する虐待行為を煽動するものたちとの関わりがないか?」
「え!」
驚いてその言葉に噛み付こうとしたところ、後ろから口をふさがれる。その手の主は、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)だった。にっこりと笑った彼女は口元に人差し指を立てた。
「えと、ないか?」
「(うんっていうの)」
「う、うん」
「じゃあ大丈夫だろ?」
もう一度あくびをすると、ぴら、と書類を差し出した。そこには、『保護団体入団申請書』とかかれており、自分の名前などを記入する欄があった。
どうやら、彼の一存で怪しいとみなされなければ問題なくこの書類をもらえるようだった。だが、待ったをかけられなければ危うくその彼を殴ってしまいそうだった。
「書いたら、後でチームの人紹介するからねぇ」
そういって手をひらひらさせて一同を追い払った、というのが正しいだろう。すぐさま最上 歩は青いツインテールのパートナーに何か話しかけて、またうとうとしているようだった。
無事に書類を受け取った小鳥遊 美羽に、ミルディア・ディスティンは微笑みかけた。
「今日からいまの方式でやるんだって。間に合ってよかった」
「ミリ……なんで?」
「嘘でも、彼女たちはそんなことしない。それは、あたしたちがちゃんと知ってる」
そういったミルディア・ディスティンの顔は、いつものような明るさはなかった。それに気がついた小鳥遊 美羽は、ぎゅっと抱きついた。その後、ミルディア・ディスティンと別れて早速内部を、怪しまれない程度に見て回った。
時々聞こえてくる話し合いは、機晶姫に対する虐待の問題や、過労に関する事柄であったり割とまともな様子だった。
「施設は、ここで全部?」
「いや、向こうにもある。あっちからもそのうち情報が来るだろうさ」
少しばかり緩められた口元に、わずかながら安心感を覚えた。聞こえてくる話題や、人々の雰囲気から、若干の違和感を感じるも、大事な友人のため、同じ志を持っている仲間がいるというのを知れるとほっと胸をなでおろした。
同じ頃、既に潜入捜査を開始していた、イレーヌ・クルセイドと神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は、食堂で腕を振舞っていた。見事なまでの腕前で、ただの食堂であるにもかかわらず、朝から豪勢な食事を作っていた。
広々とした食堂は、昔この町に住んでいた人々が使った場所なのだろうか。必要最低限の設備は置かれており、掃除をして整備をしたらどれもすぐに使えるようになった。
食材は注文すれば注文した分だけ届けられるので、食堂担当者は好きな料理を作ることが出来ていた。だが、朝食は食べないものもいるだろうし、ぎゃくもいる。ということで、ひとまずはバイキングの形式をとっていた。
いくつかの皿に調理を盛り付け、流れるような仕事ぷりを見せ付けたイレーヌ・クルセイドは自慢げにカウンターに並べていった。
「秋月家のメイドですから、このくらいは」
「も、もう少し庶民的な盛り付けで大丈夫だと思いますよ……」
トーストやスクランブルエッグ、ベーコンだけなのだがケチャップやソースがまるでデザートのように皿を彩っていた。
少し意味合いの違う腕の振るい方に若干呆れていた神楽坂 翡翠は、朝食をとりに来たパートナーの榊 花梨(さかき・かりん)を見つけて呼びかけた。傍らには、猫のリンも一緒のようだった。
「花梨」
「あ」
顔を見るなり、頬を高潮させて駆け込むとにっこり微笑みながら朝の挨拶を交わす。
「そちらはどうですか?」
「ほとんどやってることが学校の課外活動みたいよ。意見交換や、広報用のチラシ作りとか。でも、ごく稀に過敏な反応をする人がいる」
「無理はしないように」
「そっちもね」
「おはよう……ふぁ寝不足かも……」
あくびをかみ殺しながら朝食のトレーを受け取る琳 鳳明(りん・ほうめい)は、簡単な挨拶がてら顔見知りに集めた情報を提供して回っていた。合図を受け取って、神楽坂 翡翠は小さく頷いた。
「では、連絡はお願いしますね」
「任せて。向こうは?」
優雅に紅茶を口にしている冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)と、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)のほうを顎で示す。
「問題はなさそうです。トップは二人に任せましょう」
「綺麗なねーちゃんたち、悪いんだけど俺もおなかすいてんだわー」
琳 鳳明の後ろに立っていたのはロイ・グラード(ろい・ぐらーど)だったが、どうやら喋ったのは身にまとう魔鎧の常闇の 外套(とこやみの・がいとう)のようだった。
なぜなら険しい顔をしたまま、ロイ・グラードは口を全く動かさなかったからだ。ピンクの髪を揺らしながら、アイアン さち子(あいあん・さちこ)は朝食がならぶ食堂で目をきらきらさせていた。
「ど、どれもタダなのでありますか!!!」
「ええ。一応」
神楽坂 翡翠の言葉に、ひゃっはーー!! と叫び声をあげるとトレーに積みあがるほど料理を盛り始めた。
和やかな朝食のあと、簡単なミーティングがチームごとに行われ、そうこうしているうちに日がてっぺんに差し掛かっていた。
『間もなく、代表からの言葉がある。心して聞くがよい』
少女の声が施設内に響き渡る。
それが、オーディオのものであるというのはルーノ・アレエの事件に関わるものにはすぐに理解ができた。
そして、ルーノ・アレエの姿が映し出され、彼女は信じられない言葉を紡いだ。
だが、そこにいる彼らには想定内のことだった。
彼女はそんなことは言わない。
ここに映っている彼女は、『ニセモノ』であるに違いないと、確信していた。
バロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)は、巨大な門を守っていた。地下にあって門とは、不思議なものだったが彼は言われるがままに守るのが仕事。
そう、言い聞かせていた。
地下から吹くわずかな風に、長い髪がたなびく。そこを訪れた冬山 小夜子と、崩城 亜璃珠はやうやうしくお辞儀を行った。
「何か、用ですか?」
「ここから先、通してはいただけませんか?」
「お掃除がかりなんです。隅々まで綺麗にしなくては」
にこやかに微笑む二人は見事なまでに淑女だった。だが、バロウズ・セインゲールマンは感情の篭らないまなざしを向けたまま。小さく首を振った。
「誰も通さないよう、言われている」
「そう、残念ね」
崩城 亜璃珠がそういうと、冬山 小夜子は目を丸くしたが自分も身を引いて、改めてお辞儀をする。
そのまま、地下室を出て行こうとする二人の背中を見送って、バロウズ・セインゲールマンは門を見上げて呟いた。
「父さんは、一体何がしたくてこんなことを……?」
彼の小さな呟きは虚空に飲み込まれていった。
「よかったのですか?」
「いいのよ。あの様子だと、この施設内じゃなくあの門を通った先の建物にルーノがいると見ていいわね。きっと、さらったオーディオとか言うのも」
不快そうにため息をついた崩城 亜璃珠は、改めて地下に向かう階段を睨みつけた。
ようやく見つけた古びた階段の奥に、明らかに訓練されたらしい人材を配置している。
「……まぁ、なにも正攻法でいく必要はないわ」
「御姉様?」
「先ほどの動画……あの部屋には窓から光が入ってきていたわ。ということはつながっているのは地下で地上の建物である可能性が高い」
「ですが、何でそんな凝った事をするんですか?」
「……かくれんぼするなら、扉がない場所に隠れるほうがいいわ」
崩城 亜璃珠の言葉に、冬山 小夜子は小首をかしげて不思議そうな顔をした。だが、彼女はその不思議そうな顔を楽しむように微笑むだけだった。
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