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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~
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 山田太郎の最期の場面。それは、幼い少女には影響の強いものだった。ショックを受けた虹七をファリアに預けて帰宅させ、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は1人、チェリーの行方を思案していた。
「あれから、どこへ行ったんだろう……」
 そこに聞こえてくる、アナウンサーの声。
『本日、空京デパートで起きた剣の花嫁を狙ったテロについてお伝えします――』
「もう報道されているのね……」
 アリアは立ち止まり、通りかかった電気店に並ぶ液晶テレビに注目する。
『――犯人は山田太郎。鏖殺寺院の1人であることが関係者の証言から判明しています。山田は現場となったデパートの5階で死亡。容疑者死亡のまま書類送検の見込みです――』
「……あれ?」
 その内容に、彼女は首を傾げた。女性アナウンサーの声と共に画面に映っているのは、太郎の写真。昼に見ていた監視カメラ映像のキャプチャーだった。
「おかしいな、この時は彼女、隣にいたはずだけど……。何で1人しか報道されていないのかしら」
 テレビを前にして理由を考える。もしかして、監視ビデオが細工されているのかもしれない。
「それなら、まずはデパートで確認ね……。警察や報道側で細工されている可能性もあるけど、デパートに残っていたら意味が無いし。あの警備員さんは、信用していいはずだわ」
 2人が映るであろうカメラ映像を、彼はあっさりと見せてくれた。犯人の仲間ならそんな事はしないだろう。
 しかし、引き返したアリアはデパートの状況に少し困った。警官が立っていて、入口からは入れそうにない。一通りの捜査は終わったようで、人数は少ないが。
「どうしようかな……。裏からなら行けるかしら」
 従業員用の入口には、知り合ったのとはまた違う警備員が座っていた。アリアは彼に、警備室の担当に会いたいと正直に言った。
「今日の事件、私、一緒に見ていたんです。ちょっと、カメラの映像で気になることがあって……。アリア・セレスティといいます」
 名を告げると、その警備員は警備室に内線電話を掛けてくれた。相手の返事を確認して、頷く。
「確認取れました」
「ありがとうございます! あの……ちなみにここって、最近新しく入った社員さんとかいらっしゃいますか?」
 デパートで細工されたのなら、デパートの関係者として犯人の関係者が紛れ込んでいるかもしれない。これが少しでも調査の足がかりになれば、と訊いてみる。だが返ってきたのは、何ということのない言葉だった。
「いえ、ここ数ヶ月、新人は入っていません」
「そうですか……」
 アリアは中に入り、警備室に行きドアを開ける。声を掛けた。
「あ、あの、お話があるんです……」
 言いつつ室内を覗き、彼女は絶句した。見覚えのある男性が、ロープで縛られて床に転がされている。口にはガムテープが貼ってあった。その脇には、警備員の制服を着た見知らぬ男。
「え? あれ? 警備員、さん……?」
 男に乱暴に衝かれ、アリアは前のめりになって床に手を付いた。慌てて振り返ると、制服を着た男が、悪そうな笑みを浮かべて立っていた。無言で攻撃を仕掛けてくる。
「きゃっ……、このおっ!」
 拳を避けて応戦の姿勢を取り、こちらからも攻撃した。とはいえ、彼女はデパート帰り。武器も無く、丸腰だ。素手で向かうものの、その手首を取られ、ディスプレイや機材、コンソールのある場所に叩きつけられた。
「あっ……!」
 背中に激痛を感じる。目の前に迫るのは、男の顔。男はアリアを動けないように拘束し、服を剥いた。
「…………っ!」
 更にスカートをめくられ、ごつごつとした指が――
「1人で来るとか、馬鹿な女だな。まあ、無謀な行動の代償だとでも思えよ?」
「……はぁ、はぁ……やめて……」
「お前、聖火リレーに出てたよなあ? 公衆の面前で随分とそそるコトされてたじゃねえか。なあ、やらせろよ……」
「……もう、やめて、お願い……あっ、やっ、ああぁぁん! け、警備員さん、み、見ないで……!」
 そこで、閉まっていたドアが開いた。スーツ姿のおっさんと青年が入ってくる。
「……な、何をやってるんだ!?」
 室内の光景に仰天したおっさんに男は舌打ちをした。2人を突き飛ばして、廊下を走る。
「ふ、婦女暴行罪で逮捕だ! 追いかけろ!」
「は、はい、警部!」
 おっさん、もとい警部に言われて部下が男を追っていく。静かになった室内で、警部はアリア達に言った。
「監視カメラの映像について気になる事がある、と裏口の警備から聞いて来たのだが……まさか、こんな事になっているとはな……」
 警部は上着を脱いでアリアの肩に掛けると、拘束された男性のロープを切り、ガムテープをはがした。
「申し訳ないが、話を聞かせてもらいたい」



 少しばかり時は進む。
 デパートの前の野次馬に紛れ、緋山 政敏(ひやま・まさとし)は銃型HCを操作していた。WEBにアクセスして見ているのは、事件について誰かが立てた某ちゃんねるの掲示板だ。何か、リアルタイムの『生』情報があるかもしれない。
「監視カメラの映像とか、上がってないかな……」
 一緒に来たリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は報道と警察の遣り取りを聞く為に隠れ身を使って人混みとは外れた所にいた。バンの前で話されているその情報は、真相に辿り着く為の一助になるだろう。元々、調査をしようと言い出したのはリーンである。
『混乱が起こって大変だったのは分かるけれど、死者が出る程の規模には思えないわね。テロなら、明確な目的があってもいいけれど』
 ニュースを見てそう感想を漏らしたリーンが、彼にこう言ったのだ。
『政敏。暇でしょ。手伝いなさい』
 ということで、政敏は今ここにいる訳である。正直、面倒くさい。
 だが今回の事件、テロというよりはただ混乱が起きただけのようで、確かにリーンの言うように犯人の目的が掴めない。何かの実験ケースのようにも見える。まだ公表されていないだけか、取るに足らない理由という事も考えられるが。
「被害者の多さから、攻撃は遠距離からかな?」
 彼女が戻ってくるのを待つ間、政敏は書き込みを確認しながら色々と思考を巡らせる。「射線が取りにくい場所だし、移動を繰り返していたかもな。周囲の監視役がフォローしている可能性も……ん? これは……」
 そこで、政敏は書き込みの中に妙な記述を見つけた。
“そういや、黒いコートの怪しい親父なら昼間見かけたな。2人だったと思ったけど”
「2人……?」
 その時、彼は救急車のサイレンを聞いて顔を上げた。救急車はデパートの裏へとまわっていく。
「何かあったのかねえ……」
 その頃、リーンは慎重にバンとの距離を縮めていた。刑事らしき青年とナイロンジャンパーを着たテレビクルーが話をしている。新情報はないかと訊くクルーに、刑事は言う。
「ただ、デパートに不審者が侵入していました。警備室で男性と少女に暴行を加え、逃げました。犯人と無関係では無いでしょう」
「不審者……?」
 脇を通過していった救急車が、誰かを乗せたのか来た道を戻っていく。同じ方向から、スーツのおっさんが走ってくる。
「警部!」
「さっきの男、監視カメラの映像を奪ってパソコンで何かいじっていたそうだ。今、思い返してみれば……我々にROMを渡したのはあいつだ。それから戻って、録画の元データに細工していた最中だったようだな。画像は消えていたが……山田には実行犯仲間がいる。獣人の、チェリーという女だ。聞いた話によると、レッサーワイバーンなるものに乗って逃げたらしい。ったく、ファンタジーな生き物を使いやがって……」
「女……よし、すぐに情報を流すぞ!」
 気合の入った様子で、テレビクルーが去っていく。警部は、部下に向き直った。
「あの2人は救急車に乗せた。特に、男性の方の怪我が酷くてな」
「そうですか……」
「これから、チェリーの行方について調べるぞ。事件からこれまでの情報を洗え」
「……はい!」
「しかし、ワイバーンか……。乗ってみたいな」
「……警部……」
 リーンはそこまで聞くと、そっとバンから離れた。人混みの中にいた政敏と合流する。
「政敏、犯人には仲間がいて、どうやら逃げているらしいわ。実行犯のチェリーって子は、両足に怪我をしているみたい。他に不審者もいるみたいだけど……」
「こっちも、掲示板に女の情報があったよ」
 2人は歩き出しながら、お互いの情報を付き合わせて確認し合った。掲示板には、チェリーの簡単な容姿や種族も載っていた。耳が見えた。尻尾も見えた。恐らく、犬か狼だろう。髪の色は――といった具合である。
「怪我をしてるんなら、病院に居るかもしれないな」
「……電話してみるわね」
 リーンは携帯を取り出して、空京病院に電話を掛けた。繋がる前、彼女は大きく息を吸う。そして。
「……あ、あのっ! そちらに今日、獣人の女の子が入院しませんでしたかっ!? 友達なんです! もお心配で心配で……!」
「……よくやるなあ……」
『友人』になりきっているリーンに、政敏は呆れた表情になった。そして、ふと道端に咲いた花に目を留める。アスファルトの割れ目から覗く、小さく、力強く花開いている。彼は腰を折ると、そっと、花に手を掛けた。