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●すごく邪悪なヤツ

 キャンパスをゆくルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)も、自分たちの周囲に騒動が勃発しつつあるのを感じていた。視界の隅を何度か、ぺらぺらとしたものが横切っていくのも見えた。そのぺらぺらに追われ、悲鳴を上げて逃げていく学生もいるような……。
「さっきから何か、空京大生が慌ただしくないー?」
 と、ルアークは相方の水鏡 和葉(みかがみ・かずは)に問うてみたものの、
「キャンパスってこんなに広いんだね。すごいや!」
 案内版の地図を眺め、好奇心一杯の仔猫みたく目を輝かせる和葉は、まるでそれを聞いていないのだった。
「ここが現在位置だから、ここに行くにはこの道だよね」
 はじめて足を踏み入れた空京大学、その期待以上の規模と多様さにすっかり和葉は心奪われており、少々騒ぎがあろうと目に入らないのだ。地図でルートをしっかり確認し、古代文明の研究棟目指して元気に歩き出していた。
「僕が方向音痴だって? まさか! あてずっぽうなら仕方なくても、地図がちゃんとあれば迷ったりしないんだから。ほらほらっ、ルアーク、行こうよっ」
 思わずスキップしそうな勢いで、ぴょこぴょこ歩く和葉は、ますますもって仔猫っぽかった。
(「学校から家まで辿り着くこともできない位の方向音痴がよく言うよ」)
 内心、肩をすくめたくなるルアークなのだった。しかも、と思う。
(「さっそく道、間違ってるじゃん」)
 そう、和葉はきっちり正反対の方向に歩き出しているのだ。かといってルアークはその事実を指摘することもなく、黙って和葉に従った。
 そんなこんなで十分もたつと、和葉は途方に暮れてしまった。
「……て、あれ? ここ、どこ? 地図ではこっちで合ってたはず? もうとっくに着いていていいはずなのにそんな建物どこにもないよ? 仕方ない……」
 和葉は首を振って気を取り直し、案内板まで戻ろうとしたものの、
(「来た道を戻ればいいだけなのに、どうしてそう器用な真似ができるかねー」)
 と、傍で見ているルアークが惚れ惚れするほど見事に、絶妙に道を間違ってさらに迷った。
「……てここどこー!?」
 とうとうパニックになった和葉は、下唇を噛んでルアークを見上げたのである。どこかの校舎裏、入り組んだ道の果ては行き止まりだった。周囲には人っ子一人いない。
「あいかわらず迷子界のチャンピオンだなぁ、和葉はよー」
 からからとルアークは笑った。わざと和葉の後方を歩き、自分で道を選ばせてみたらこれだ。
「うぅ、だから……僕は迷子じゃない、迷子じゃないってばー!! 誰かが地図をこっそり差し替えたんだよ! きっとそうだ!」
「誰か、って誰だよ?」
「すごく邪悪なヤツ!」
 相変わらず下唇を噛みながら大真面目な顔で言う和葉に、とうとうルアークは吹きだしてしまった。
「笑うなよー! 笑うなったらー!」
 和葉が目に涙までにじませたので、悪ィ悪ィ、と手を振ってルアークは告げた。
「すごく邪悪なヤツがわざわざ和葉を狙って進路妨害するかどーかはさておくとしてだな。和葉、タイが曲がってるよ?」
「タイ? ……わっ!」
 背を向け、天御柱学院制服のネクタイを直そうとした和葉を、ルアークは背中から抱いていた。正しくは、抱きしめるようにしてネクタイを直した。
「あ、ありがとっ」
 胸に触れそうだが触れないという微妙な位置で作業する彼の手に、和葉はわけもなくドキドキする。
(「さて、ここでとっておきのダメ押しといくかな」)
 ――何かが近づいている気配を感じる。
 ルアークは口元だけで笑むと、和葉を優しく抱きしめ、その頭に唇で触れる。
「ちょ、なんでこんな場所でこんなこと!?」
 驚くやら気恥ずかしいやら真っ赤になるやら、とにかく忙しく反応する和葉、それに比しルアークは冷静に、黄金色の瞳で周囲を見回す。
(「……おいでなすった」)
「リアジュウシネー!!」
 ルアークは背に和葉をかばった。背後から桃色の怪ゴムが、ムササビのように飛来したのだ。
 されど和葉とて、ひとたび有事となれば人後に落ちぬ戦闘者、
「そこだよ!」
 魔道銃を抜き撃ちに、白い閃光でゴムを撃ち抜いていた。
「これって何? ゴム?」
 和葉の反応は迅い。駆け寄るとまだ動く怪物に、追撃を行って完全に沈黙させた。
「みたいだな。なんかさ、和葉が道に迷っ……いや、『すごく邪悪なヤツ』の策略にはまっていたとき、周囲を観察してわかったんだよな。この辺りで『仲良く』してると、これが襲いかかってくるって。超面白いんだけど?」
「仲良く、ってどういうことさ?」
「さぁ? さっきみたいな感じ?」
 ここでうかつに『ラブラブ』などというとまた和葉が慌てだしそうな気がしたので、ルアークは微妙にぼやけさせておいた。
「ということは」
 きっ、と凛々しい表情で和葉はルアークを見上げた。
「やっぱり、僕は迷子じゃなかったんだ! 地図がいけないんだよ、うん。このゴムみたいなの……多分、すごく邪悪なヤツが偽の地図を仕掛けたせいだったんだ! お仕置きしなくっちゃね!」
「そーいうことになるのかなぁ……?」
「そーいうことになるのっ! このままじゃ気が収まらないよ、ルアーク、この変なの、探しに行くよ!」
 たっ、と駆け出す和葉は瞬時にして、可愛いだけの仔猫から狩人(ハンター)としてのネコ科の獣に変貌を遂げたようにルアークには思えた。
「何か面白そうな気配がするね。よーし、なら、やってみるかぁ!」
 二人は並走する。さあ、桃ゴム狩りの始まりだ。