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空京暴走疾風録

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空京暴走疾風録

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第23章 “圃倭威屠裏璃夷“ 環七北/28時頃

「そこの暴走族、停まりなさい!」
 空から、周囲から、そんな声が投げかけられていた。
「君達は交通ルールのみならず、スキルを濫用して付近住民に甚大な被害を及ぼしている! スキル使用をやめ、速やかに停まりなさい」
 空には何機もの飛空挺、地上にはいくつかの区画を隔てて併走するバイクの音。
(あたし達の為に、どれだけの警察や自警団が集まっているんだろう?)
 七瀬歩は、「警察」とか「公権力」というものの大きさを感じていた。
「もぅ、うるさいなぁ! “もんく“があるなら“たいまん“はれってんだよぅ!」
 サイドカーの七瀬巡が、飛んでいる誰かのヘリファルテに向けてバットを振り回した。
 巡の言う通り、自警団も警察も、離れた所から呼びかけるだけだ。先刻のような正面突撃をしてくるような相手はいない。
 それは、懸命な判断と言えた。近づけばオリヴィアが「アボミネーション」でプレッシャーをかけるし、それでも近づけば円の携行用機晶キャノンが火を吹く。とりわけ後者は、流れ弾が周囲の建物を派手にぶっ壊すので、迂闊に撃たせるわけにもいかないのだろう――
 そこまで考えて、七瀬は思いついた。
(……あの人が、警察とかに伝えたのかな)
 フルスロットルで走るバイクから投げ出されて、地面に転がって、それでも無事だなんて、何て頑丈な人なんだろう――
 優梨子が、ヘリファルテに向けて「アウタナの戦輪」を飛ばす。が、かなりの距離を取っている為、「サイコキネシス」で誘導してもなかなか当たらない。
 と、正面にバイクのヘッドライトが見えた。白黒のツートンカラー、白バイ仕様の軍用バイク。それが一台、こちらに向かって突入してくる。
「ははっ、成長しないねぇ、キミ達は!?」
「もっと楽しませてくれなきゃつまらないわねぇ!?」
 円とオリヴィアは笑いながら、片手をポケットに突っ込んだ。
 が、突入してくる「軍用白バイ」のサイドカーにいる乗り手も、同じように片手をポケットに突っ込んだ。
 円とオリヴィアの顔が凍り付く。
(まさか、あいつも……!?)
 街灯と街灯との間の暗がりに、一瞬「軍用白バイ」の姿が隠れる。
 街灯の光の中にその姿が現れた瞬間、サイドカーの乗り手は消えていた。
 ──!?
 直後、円とオリヴィア、そして優梨子も同時に、ポケットの中にある「黒檀の砂時計」をひっくり返した。
 ――時の流れが緩慢になる。
 周囲の全ての事象の速度が遅滞する中、円とオリヴィアだけが別な時間の流れにいた。
 先刻、伏見明子が自分のバイクを奪われた理由はこれだ。
 明子が「ランスバレスト」で突撃した瞬間、「黒檀の砂時計」をひっくり返し、明子のバイクに飛び移ってその身体を放り出し、乗っ取ってしまったのだ――が、しかし。
 ふたりは周囲を見回した。サイドカーに乗っていた者が、今頃自分達と同じ時間の流れに入り、こちらに襲いかかろうとしているはずだ――
 誰もいない。
 誰もいない!
 誰もいない!? 誰も!?
(そんなバカな!?)
(姿を消したのに?)
(あの人は、「黒檀の砂時計」を使って物凄いスピードでこっちに向かってきているはず……!?)
 ――フェイク!?
 それに思い至った時、“砂が全て落ちた“
 時の流れが戻った瞬間、彼らの目前に何かが“立ちのぼった“
 ──!?
 何本もの登山用ザイルで編み上げられた網が、突進する“圃倭威屠裏璃夷(ホワイトリリイ)“の前に立ちふさがる。
 急制動や方向転換は間に合わず、バイクは次々にザイル網の中に突っ込んでいく。
 優梨子が「アウタナの戦輪」を放るが、誰かからの「サイコキネシス」の干渉を受け、それは地面に落ちた。
 ザイル網は彼女らを捕らえてからも蠢いた。十重二十重にバイクごと乗り手を包み込み、とうとう手足が動かないぐらいに拘束してしまった。やはり「サイコキネシス」によるものだった。
「……手こずらせてくれたな」
 「軍用白バイ」から三船敬一が下りて、ザイル網のダンゴと化した“圃倭威屠裏璃夷(ホワイトリリイ)“の面々に話しかけた。
「お前達のお遊びはもう終わりだ。これからじっくり絞ってやるからな、覚悟しとけ」
 敬一の後ろで、「軍用白バイ」の後部席またがったレギーナが疲れた様子で頭を振っていた。
(……なるほど、そういう事でしたか……)
 優梨子は苦笑した。
 ――こちらは「黒檀の砂時計」を切り札にしている。それは、ひっくり返す事で、砂時計の砂が落ち切るまでは通常より素早く動けるようになるアイテムだ。
 ひっくり返すにはどうしても手を動かさなければならないし、あまりありふれている物品でもないので、どうしてもポケットなどに入れておいて、必要な時はそこに手を入れる、という動作が必要になる。
 それらを意識している人間にとっては、他人の「ポケットに手を入れる」というアクションが、どうしても「それ」と意識せざるを得ない。
 ましてや「姿を消した」という現象を見せられては、「黒檀の砂時計」の効果に加えてさらに速度超過系スキルを用いている、と考えざるを得ない。
 冷静に考えれば、「姿を消す」という事ならば「光学迷彩」「隠れ身」等の方法があるというのに。
 “圃倭威屠裏璃夷(ホワイトリリイ)“が「黒檀の砂時計」を使ったのは、先刻の槍チャージをしてきた相手ただひとり。あのスピードで地面に投げ出されて無事だったのみならず、こちらの“仕掛け“を見抜いた眼力は見事なものだ。
 そして、対策を講じて自分達を罠にはめた警察や自警団らの動きは実に素晴らしい。
「完敗、ですね……」
 手足を拘束されたのが、優梨子は心底残念だった。自由が利けば、警察や自警団達に惜しみない拍手を送れたというのに。
「こらーっ! 網を解けーっ! やるんなら“たいまん“はれーっ! いっぱい数出してくるなんてひきょーだぞーっ!」
 喚く巡に対し、
「自分が人より強いからって、それをいい気になって振りかざすのも、一種の卑怯じゃないかしら?」
 そう言ってくる人物がいた。
 宇都宮祥子である。スーパーのバイトを早上がりさせられた後、彼女は“環七“北の動きに合流する事としたのだ。
「あなた達は強すぎる。強くなりすぎたのよ。だから、それを自覚しなければならないわ。不用意に力を振るえば、自分で意識しなくとも、弱い人達に対して影響を与える事も珍しくはない――『契約者』というのは抜き身の刃物以上に、信管が剥き出しの爆弾以上に危険な存在なの。
 自分がそういうモノである事を、あなたは考えた時がある?」
「……あの、祥子さん?」
「何ですか、歩さん?」
「……その……お話は有り難いんですけど……網がきついので、ちゃんと聞く事ができません……」
なら我慢して話を聞きなさい。『契約者』なんですから、その程度じゃ死なないでしょ?
 祥子は鞘に入った「レプリカ・ビックディッパー」で網ダンゴをひっぱたいた。
 網にくるまれた者達から、悲鳴が漏れた。
「話を続けるわね? 大体、あなたたちは……」

 優梨子の考察に付け加えるならば、ザイル網を使っての罠を提案したのは茅野瀬衿栖。ザイル網を「サイコキネシス」で制御したのは紫月睡蓮である。



 暴走集団“圃倭威屠裏璃夷(ホワイトリリイ)“
 その構成員たる者達は、空京警察に引っ張られた後、自分の所属する学校に連絡を取られてしまった。
 後日、彼女らは自宅謹慎の後にそれぞれ停学処分を受ける事となったが、定額期間中は年末年始にかけてのいわゆる「冬休み」の期間にかぶさり、実質あまりペナルティにはならなかった。
 これらの動きには、宙波蕪之進が「情報攪乱」を駆使した事が影響している。