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機晶姫トーマス

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機晶姫トーマス

リアクション



=第1章=   緊急事態発生!モートンを止めろ




 ただならぬ音が、機晶姫トーマス・モアの足元から響いてくる。
 暴走してしまった機晶姫・モートンの暴走を食い止めようと、トーマスはたったひとりでモートンをおさえているのだ。

 ふたりの機晶姫は、共にごく一般の女の子くらいの身長ではあるが、トーマスと比べモートンは体格がよく、力負けしている感が否めなかった。


「モートンちゃん・・・・・・お願い、止まって・・・・・・!」


 普段、モートンの瞳は赤茶で可愛らしくクルクル回るのだが、いまのモートンの瞳には赤しかなく、どうやらトーマスの声が聞こえていない。
 口からは機械のようなカタコトで、わけのわからない言葉を言い続けるだけだ。


(ひとりじゃ、とてもおさえられない!誰か!)


 トーマスの心の声に応えるように、明るい声が至近距離から投げられたのは、本当にすぐのことだった。


「すごい音がすると思ったら、いったいどうしちゃったの!」


 モートンの引いている一番前の車両から、窓を開け放って顔を出した四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は、
 目の前で繰り広げられている衝突劇に目を丸くする。
 いくらなんでも、これがドッキリであるはずはない。

 一目で助けに入らなければならないと直感した唯乃は、車掌室へ続くドアを、怪力の籠手で力の増強された腕で一発叩いた。
 ゴシャッと奇妙な音がすると、ドアは簡単に開く。

 後ろで「ちょっと、君!」と制止する車掌の声も聞かず、唯乃は安全確認用の右のドアを開け、電車の外枠伝いに、モートンと、
 先頭車両の連結部分へ立った。


「モートン、ちゃんが・・・・・・暴走して・・・・・・止ま、止まってくれない・・・・・・の・・・・・・!!」


 すでに意識がもうろうとしていたトーマスは、何とかその一言だけを絞り出す。
 その一言と、ふたりの機晶姫、この列車の速度を考えれば、つまり列車が止まれずに空京に突っ込んでしまうという事態だけは
 容易に想像できる。


「とにかく、モートンちゃんを止めないといけないのね」

 
 唯乃はサイコキネシスを発動し、機晶姫ふたりを包み込むが、やはりこれっぽっちの力ではモートンを止めるには程遠い。
 元より、サイコキネシスは自分の腕力以上の物体を持ちあげることが困難なのだから、仕方がない。

 困り果てていると、客車内から呼びかける声があった。


「いったい、どうしたんです!」


 高峰 結和(たかみね・ゆうわ)アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)は、メタメタにされた車掌室のドアを見ていたのだが、
 ドアがそんなことになった理由を、唯乃の行動を見てハタと感づいたらしい。
 しかし火花が散って危ないため外部には出ず、車掌室から声をかけているのだ。


「この列車を引いてる機晶姫ちゃんが、理由は分からないけど暴走しているらしいのよ!とにかく、止めなきゃ・・・・・・」
「迷っている暇はないみたいだね」


 唯乃の口早な状況説明で、アンネ・アンネ 三号は、考えるよりまず行動・・・・・・という結論に達したようだ。
 苦しんでいるのが自分と同じ種族であることに共感し、どうにかしてやりたい気持ちにも駆られたのだろう。
 そして、すぐさまモートンの体を受け止めに飛び出す。


「三号さん!そんな、無茶ですよ!」


 同種族とはいえ、アンネ・アンネ 三号が、車両を引くに特化した機晶姫を抑えられるはずがない。
 これはその場しのぎのブレーキにしかならない。

 結和は、咄嗟にパワーブレスをパートナーに与えると、次に天使の救急箱の中身を広げて三号の治療に専念し始めた。
 無理にモートンを止めている三号の足は、すぐにボロボロになってしまうから、怪我をしては治す……を繰り返すしかない。

 地面と線路から響く音がギャギャギャギャ!、と変わった。


 すると、騒がしくなり始めた先頭車両から、今度は男性の声がする。


「目的地がもうすぐなのに、スピードが上がってると思ったら・・・・・・」


 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)がパートナーのロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)を伴って、
 車窓室の左側からのぞいていた。
 彼らは後部車両にいたのだが、減速しているように見えない電車を不思議に感じ、何もないだろうと思いつつもわざわざ車両を
 移動して来たのだ。

 客車を引っ張るモートンをちらりと見ると、何やら様子がおかしい。
 しかも、トーマスを含め合計3名で、どうやらモートンを止めようとしているのだから、何が起こっているのか想像がつく。


「どうやらモートンさんを止めなきゃいけないみたいだな」


 言って、エヴァルトは鎖十手の鎖を伸ばし、モートンに巻きつけた。
 さすがに線路に降りて、自分の力でモートンのスピードを落とすことはしない。


「ロートラウト、アルティマ・トゥーレだ!」
「よしきた!まかせて」


 エヴァルトが氷の魔法【アルティマ・トゥーレ】を、鎖にかけて凍らせる。
 ロートラウトもそれと同じように、魔法を唱え、反対方向の鎖を凍らせる。
 見てくれ、モートンの体はかなりの高熱を発しているようで、それを一時的にも冷却しようという手立てだった。


「そこの茶髪くん!ボクもすぐそっちに加勢するから、ちょっと待っててね」


 無謀にも、トーマスと共にモートンを食い止めようとしているアンネ・アンネ 三号に、ロートラウトは励ましの声をかける。
 応える余裕がないのか、三号は一瞬、瞳をロートラウトに向けてまた戻すという動作をしただけだった。
 だが、それを了解の合図としなければ、この事態をおさめるのには無理があるのもまた事実だった。

 なにしろ、現時点では、駆けつけたこの5人が、モートンを救うための砦なのだ。



 *



 先頭車両を、また誰かが走る音がする。


 「エヴァルト!携帯での会話中に、どうして突然電源を切るんです?先頭車両の前に来いって・・・・・・っ!!」


 エヴァルトと同じ蒼空学園の生徒、影野 陽太(かげの・ようた)が、なぜか怒りながら車掌室へやって来た。

 数分前、エヴァルトが車両を移動している時、緊急の時に頼りになりそうな陽太の携帯に電話をかけていたのだ。
 陽太はクイーン・ヴァンガードに所属しており、運動は苦手だけれど頭が切れる少年だった。

 陽太は戸惑うことなく車掌室のドアを開ける。
 すると、連結部の手前箇所で、パートナーに必死にパワーブレスをかけつつ、更に治療を絶やさない少女に出くわした。


「きみ、いったいなにをしてるんですか?」
「止まらなくなったモートンさんを止めようとしているトーマスさんと一緒にいる三号を治してるんです!!!」


 きっと魔法に集中したいのだろう、高峰 結和は支離滅裂な文法で言葉を一気にまくしたてた。

 見ると、その反対側では、突然携帯の通信を切ったエヴァルトが、モートンに凍った鎖を絡めていて、
 彼のパートナーであるロートラウトは、ブースター全開でモートンの後ろに回っている。


(機晶姫が暴走?このままでは、まさか・・・・・・)


 最悪の光景が頭をよぎり、陽太は頭を振った。
 通信機能の付いている銃型HCを手にすると、早急に仲間へ電波を飛ばす。
 
 この車両の置かれている状況を把握している者がいるのか、または他に危険があるのか、事態はモートンを止めればおさまるのか、
 そういった情報を整理してから行動をしなければいけない……と、自分の本能が告げていたからだ。

 きっと【アルマゲスト】のメンバーが乗り合わせているだろうと信じ、陽太は仲間からの応答を待った。



 *



 第4車両内は、平和そのもののノホホンとした雰囲気だ。
 そんな会話を楽しむ乗客たちの横を、競歩のような足取りでずんずん進んでいく湯島 茜(ゆしま・あかね)の姿があった。

 パートナーである契約の泉 前(けいやくのいずみ・さき)が、突然「胸騒ぎがする」と言って、
 前部車両へフラフラ飛んで行ってしまったのだ。
 契約の泉 前はヒラニプラ鉄道『契約の泉前駅』の地祇なのだが、こと鉄道に関することに対して、
 直感的に何か危険を察知したのかもしれない。

 けれど茜自信も、この列車のスピードが些か速い事が気になっていた。


「前ったら、他の車両を見てくるなんて言って。あたしのサポートはしてくれないんだもん・・・・・・」


 文句をたれながら、茜は更に歩く。
 緊急の時は、全部の車両を得意の【雷術】でショートさせられれば、などという発想のもと、後部車両に電気供給源がないか
 確認しに行くためだ。

 曖昧な情報で行動することを心配しつつも、大好きな鉄道に関わっていられる時間が長くなることを、ちょっとだけ嬉しく思うのだった。



 *



 (やっぱり、この列車、ちょっと速すぎるぜ)


 契約の泉 前は、茜と別行動し、第3車両辺りをうろついていた。
 やはりこうも危機的な匂いがすると、居ても立ってもいられないのは、鉄道に属する地祇(ちぎ)のサガだろうか。

 ほとんどその車両を通り過ぎようとした時、座席の方からサングラスの男が声をかけてきた。


 「君、パートナーはどうしたんだ。ひとりでなにしてるんだ?」


 地祇は見た目が可愛いだけに、声もかけられやすい。
 ただ、そのサングラスの男――国頭 武尊(くにがみ・たける)は、普通あまり見ない地祇に出くわし、ちょっかいをかけたくなったのだ。
 契約の泉 前は、めんどくさそうにしつつも武尊の問いに応える。


 「ん〜、この列車、ちょっと危険な匂いがするんだ。だからフラフラと情報収集中」
 「なんだそりゃ」


 長居は無用とばかりに、詳しく説明することもなく、契約の泉 前はそのまま前方車両へ姿を消して行った。
 残された武尊は、その部分的な情報だけを聞いて、パッを名案を思いつく。


 (危険な匂いはスクープの匂い・・・・・・!あの精霊について行けば、面白いものが撮れるかもしれないな)


 デジカメを抱えなおし、武尊はすぐさま契約の泉 前を追って車両を出た。