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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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 ここは空京。3月中旬。
 場所は百合園女学院主催の雛祭りイベント会場。
 屋外の特設会場に飾られた雛人形たちが突然人間サイズになって暴れ出し、一般人を襲い始めた事で会場はパニックになっていた。
 そこに招待されていた薔薇の学舎の校長、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)はイベントに因んで男雛の衣装、いわゆる束帯に身を包んでいる。
 同じく百合園女学院の校長、桜井 静香(さくらい・しずか)もまた女雛の衣装、十二単に身を包みイベントの広告塔として存在感を発揮していた。

 そこで暴れ回る人形――刹苦人形たち、そして逃げ惑う一般市民。

 会場を訪れていた中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は、目を覆う黒い布の向こう側の喧騒を、肌で感じていた。


「――嫌な、空気ですわね――」



『遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う』



第1章


「白百合会の皆さん!! 最優先すべきは一般市民の皆様の避難!! そして両校長の警護ですわ!!」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、手にしたイベント用のマイクから百合園女学院生徒会、白百合会のメンバーに指示を飛ばした。
 人形が飾ってあったひな壇の近くでは、暴れ出した人形を止めようと比較的近くにいたコントラクター達が向かっている。
 ならば自分がすべきは両校長――特に、戦う術があるわけでも率先して陣頭指揮を取れるわけでもない静香校長の警護をするべきと、真っ先に行動を開始したのである。
 イベント用に用意された十二単を着込んではいたが、動きやすいように今は胸元と裾を大きくはだけている。
 それにより露出がアップし、その姿は充分に扇情的だが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「腕に憶えのあるメンバーは人形からの襲撃に備えて!! 残ったメンバーは市民の皆様の避難誘導に回って下さいまし!!」
 とにかく優先すべきは一般市民の避難。亜璃珠は戦力的に充分と思われるメンバーが警護に回ったことを確認し、妙に落ち着かない様子の静香に気付いた。
「――どうなされました?」
 静香は亜璃珠の大きくはだけられた胸元や裾が恥ずかしいのか直視できないでいるようだ、自らも十二単で動きにくそうに、体をもじもじさせている。
 慣れない着物で挙動が不安定なものだから着物の裾を引っ掛けしまい、倒れそうになったところを亜璃珠が支えた。
「ご、ごめんなさい――と、ところでその着物……」
「あらあら。これは動きにくいから仕方なしにですわ。非常時ですもの、致し方ありませんわよね?」
 と言いつつも、亜璃珠は自らの着物をさりげなく更にはだけさせ、さりげなく体を密着させて静香をからかう。
 静香はその様子を気にしつつも、顔を真っ赤にしてしまうのだった。


「随分と楽しそうだれけど。遊んでいる場合じゃあ、ないんじゃないかな」
 そんな二人に上空から声をかけたのが、薔薇の学舎のヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)だ。
 事態が起こってから、彼もまたいち早く行動しいていた。会場付近の地図を入手し、刹苦人形たちの様子を見つつ、光る箒で上空から一般市民の避難に適した場所を割り出していたのである。

「とりあえず一般市民を避難させて、我々でガードするべきじゃないかなと思うんだけどね。誘導するから、ついて来てくれるかな?」

 亜璃珠はその誘導に従うことにした。せっかく協力してくれると言うのだ、断る理由はない。
 極上の笑みを浮かべて、ヴィナの動向をうかがう亜璃珠。
「恐れ入りますわ。それで一般市民の皆様を安全に護れるような、見通しの利く広い場所はございまして?」
 それに対し、ヴィナもまた笑顔で答えた。
「ああ。あちらに広めの運動公園があるんだ、見晴らしもいいし今日は雨も降る予報じゃなかった。俺の見たところ、そこが避難するには最適だと思うんだけれど、どうだろうね」
 その提案に対し、亜璃珠は大きく頷いた。
「――結構ですわ。よろしくお願いいたします」
「うん、決断が早くて助かるよ。それではジェイダス校長と静香校長の警護を引き続き頼む。そちらが手薄だと一般市民の警護に集中できないから」
 と、ヴィナは亜璃珠に軽くウィンクして、光る箒で上空へと飛び、進行方向を示した。
 白百合会とイエニチェリを始めとするコントラクター達に誘導された市民たちは、少しずつ移動を始めた。
「……それにしても、あの人形たちはどうしてあんなに猛っているのだろうね」


「一般市民の人達も移動を始めましたね。何事もなければいいんですが――っと!!」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)は、素早く飛びかかって来た五人囃のうちの1体を何とか雷術で弾いた。
 何しろ今日はパートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)と共に雛人形イベントを見に来ただけの真人、特に戦闘用装備を持って来ているわけではなかった。
 従って、今日の真人ができるのは遠距離からの魔法を使っての時間稼ぎ。注意を自分たちに引き付けることで一般市民の避難を優先させようというわけだ。
 だがそれでも敵の数は多い。人形の近くには何人かのコントラクターがいたものの、一気に15体もの敵が現れたのだ、何体かの取りこぼしがあったからといって彼らを責められない。

 武具がなくとも、真人もセルファもコントラクターとして少しは腕に覚えがある。一般市民を誘導しながらの警護――ただ追っ払うだけならばそこまで苦戦するとも思えなかった。
 だが。
「――っ!!」
 二人はその認識が間違っていた事を思い知ることになる。
 何しろ、五人囃は5人。そのうちの2人は鼓と笛で怒りの歌を使い、前衛3人の攻撃力を高めている。
 それに前衛の3人は腰の刀を抜いているのだ、いくら腕に覚えがあるとはいえ、刃物を持って本気で殺しにくる敵の相手は容易ではない。

「きゃーっ!!」
 避難をしていた女性が叫んだ。振り返ると、一般市民を庇って敵の刀を避けそこなったセルファの腕から血が流れている。
 その赤く滴る一筋を見た瞬間、真人の全身の血が逆流した。


「――セルファから離れろ!!!」


 眼前の五人囃2体を至近距離からのサンダーブラストで距離を離し、バーストダッシュで一気に距離を詰めながら、全力を込めた天のいかづちを放つ!!

「――ギャッッ!!!」

 セルファに斬りかかっていた1体は、真人の怒りを込めた全力の攻撃を受けて、さすがにたじろいだ。
 その隙を見逃さずに体勢を立て直すセルファ。
「あ――真人?」
 セルファの前に、彼女と一般市民を守るように立ち塞がった真人は、同様に体勢を立て直している人形たちをいつになく敵意のこもった顔で睨みつける。
 その表情からは、いつもの真人の雰囲気は感じられない。
「――セルファ、このラインはまだ危ない。市民の皆さんと一緒に下がって」
 凛とした声。
 セルファは、こんな事態だというのに普段は見られない真人の後姿に見惚れてしまっていた。
「……セルファ?」
 再び声をかけられて、ようやく自分を取り戻す。
「あ、はい! ごめん!!」
 セルファは言われた通りに一般市民と共に後退する。

 真人はというと、一瞬のこととはいえ、自分の行動と感情に戸惑っていた。

 セルファは自分のパートナーで、その腕前も知っている。確かに怪我を負いはしていたがそこでやられる彼女でないことは分かっていた筈なのに。
 どうして、あそこまで怒りを感じ、取り乱してしまったのかと。

「――まあいいです、今は非常事態ですからね」
 真人は軽く頭を振って、いつもの自分を取り戻した。
 思ったよりもやっかいな事になりそうですね、と独り言をこぼしつつ。


                              ☆