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人形師と、チャリティイベント。

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人形師と、チャリティイベント。
人形師と、チャリティイベント。 人形師と、チャリティイベント。

リアクション



16.音楽祭、開幕。


 マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)は、養護施設を歩き回っていた。
 というのも、会場整理や音楽祭出演者の世話のためである。
「マナおにぃちゃん、いそがしそうね。だいじょうぶ?」
「嫌いじゃないですから」
「いそがしいのが?」
「ええ」
 てきぱきと動きながら、
「クロエ様も出演なさるのでしょう? さあ、お召し物を替えて」
 音楽祭で歌うクロエの着替えも用意。若草色の膝丈ワンピースに、桜色のリボンの付いた春らしいデザインのものだ。
 とはいえ、衣装を縫ったのはベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)だ。マナは、チャリティーバザーで売り子をするという彼女から「これを着せてあげてください」と言われたからやっているだけに過ぎない。
 着替えたクロエをその場で一回転させ、服装のチェックをし。歪んでいたリボンの形を整えてあげたら準備は万端。
「たのしいものになるといいわね!」
「そうですね」
 頷いたけれど、心の底から願っているのは、ただ一人の幸せ。


*...***...*


 クロエからチャリティイベントのことを聞いて、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は馳せ参じた。いつものように、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)も誘って家族総出で。
 心にあったのは、子供たちを楽しませたいということ。
 どんな子が居るのかもわからないけれど。
 ――子供たちの笑顔を見ることが出来るのは、嬉しいことですぅ。
 だから、笑わせたい。笑ってもらいたい。
 では、自分にできることは?
 答えはすぐに出た。
「音楽祭で、歌を歌おうと思いますぅ」
「歌か。そうだね、メイベルは歌が得意だもんね」
 セシリアが頷いた。
「自分に一番出来ることだから、それが一番良いことだと思うよ。僕も一緒に頑張るね」
 そして、提案に乗ってくれた。
「とすれば、何を歌いましょう?」
 フィリッパが、考えながらといった様子で呟いた。
「簡単なものの方が良いかもしれませんね」
 それから、一つ頷く。
「どうしてですかぁ?」
「子供たちも一緒に歌えたら、とても素敵だと思いません?」
 想像してみた。
 大勢で歌う、楽しい姿。会場の子供たちも、歌っている姿。
「素敵ですぅ♪」
 それはとっても幸せなものだ。
 ステージに上がる。大勢のお客様。子供たち。きらきらした目が、眩しい。
 歌を歌い始めると、その目がもっと輝いた。屈託なく笑う姿はやっぱり良いものだ。見ている側まで幸せな気持ちになる。
「ふぁ……人前で歌うのって、ドキドキします……」
 一曲歌い終わったタイミングで、ヘリシャが言った。もう何度も舞台には立っているだろうに、慣れないらしい。
「メイベルさんたちは、ドキドキしていないんですかぁ?」
「ドキドキ、してるですぅ。でも、」
 子供たちが笑ってくれているから。
「そんなの、吹き飛んじゃいました」
 期待に満ちた目が、弾けて輝く瞬間や。
 知ってる曲を、一緒に歌おうとしてくれるところ。
 リズムに合わせてゆらゆら揺れたり、手を繋いでいたり。
「人と人との繋がりも感じられますぅ」
 温かいな、と思う。
 気温はまだまだ、春というには低いけれど。
 ここに溢れる空気はとても、温かい。


*...***...*


 メイベルたちの出番に次いで、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は舞台に登った。
 ウードを持って、クロエの手を引いて。クロエのもう片方の手には、千尋の手が握られている。
 ぱちぱち、拍手の音にぺこりと頭を下げて応えてから、ケイラは舞台中央に置かれた椅子に腰かけた。足を組んで、腿の上にウードを乗せて弦を弾く。
 弾くのは子供向けの歌。幸せの歌と合わせた、明るく楽しい気分になれる曲である。
「花が咲いて はらはら散って 種になって ぐんぐんのびる」
 ケイラの声に続いて、
「はながさいて♪」
「はらはら散って♪」
「たねになって♪」
「ぐんぐんのびる〜♪」
 クロエと千尋が交互に歌った。
 ウード奏者のケイラに代わって、事前に教えておいた振りを交えながら。
「星は光る きらきらしるべ いずれ流れて 願いが叶う」
 両の掌を客席に向け、
「ほしはひかる♪」
 手の甲を向け、
「きらきらしるべ♪」
 また掌を向けてを繰り返し、きらきらのアピール。
「いずれながれて♪」
 それからゆらーっと右へ左へ。
「願いが叶う♪」
 最後に両の手を合わせて指を絡めて、にっこり笑顔。
 ふたりがぴったりのタイミングで踊るのを見て、ケイラはほんのり微笑む。
「花が咲いて はらはら散って 種になって ぐんぐんのびる」
 微笑みながら、もう一度歌を繰り返した。二番目からは、会場の子供たちも振りについてきてくれる。
 それを見たクロエと千尋が、きゃーっと楽しそうな声で笑った。
「はながさいて♪」
「はらはら散って♪」
「たねになって♪」
「ぐんぐんのびる〜♪」
 舞台の上をくるくる回り、声を響かせ、踊ってみせてはお客様たちと笑って。
 しばらく続いたウードの演奏。
 終えた時に待っていたのは。


*...***...*


 カナンで農家系アイドルとして活躍中の多比良 幽那(たひら・ゆうな)もまた、音楽祭のステージに立った。
 傍らにはアルラウネのコロナリア、アトロパ、ローゼン、ヴィスカシア、リリシウム。
 また、幽那の背に隠れるようにして、アッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)
 総勢7名でのコンサートである。
「は、母よ。我も、本当に、歌うのか?」
 隠れたままのアッシュは未だにそんなことを言っているが、
「嫌なの?」
「い、嫌というわけでは!」
 ないらしい。
「我は母より歌が下手だから……醜態を晒したくないのだ」
「醜態なんて、」
 悪い方に思うわけないじゃないか。
 我が子が一緒に歌って踊ってくれる。それで十分、嬉しいし楽しいじゃないか。
「私はアッシュと一緒がいいのよ」
「なっ、…………、……一緒が、いいのか? 我と?」
「そうよ」
「一緒に歌いたいと?」
「もう。何回言わせるのよ」
「何度でもだ! 母よ、我が一緒に」
 アッシュの言葉の途中で、アルラウネたちが演奏を始めた。よく知った曲。
 幸せになれる感じの曲がいい、と思ったら、選択肢にはそれしかなかった。
 奏でられる【幸せの歌】。歌い出しが、近付く。息を大きく吸った。お腹に力を込める。喉を開いて、声を紡いでいく。
「って母よ、もう歌っているだと!?」
 アッシュが出遅れてわたわたとパニックに陥っていたが、歌は止めない。
 アルラウネたちのハモりに乗って、アッシュと声を重ねて、くるくる踊るクロエとハイタッチをしてみたりして、そういえばリンスは来ないのかしらと思考を逸らしたりもして、クロエや踊る我が子たちを見てああやっぱりうちの子可愛い、人形にも勝るわねと子煩悩なことを考えながら。
「さあみんな、心行くまで堪能するがいいわ!」
 よく響く声で、歌を歌った。


*...***...*


 クロエと共に練習を重ねてきたのは、ケイラや千尋だけではなかった。小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)もである。
 美羽は【蒼空学園のアイドル】ということもあり、秋葉原四十八星華や846プロが活躍する以前から、アイドルとして歌ったり踊ったりしてきていた。
 今回の音楽祭で、美羽の持つアイドルの技をクロエと共に披露しようと思って一緒に歌い、また踊ってきたのだ。
 人形工房で、毎日歌とダンスの特訓をして。
 アイドルとはなんたるものか。その極意も伝授して。
 年期の入ったアイドルの技。
 教えられるものは、教えてきた。
 シャンバラ独立記念紅白歌合戦の時よりも、ずっと磨きがかかったクロエの歌とダンス。
 美羽とのコンビネーションもばっちりだ。
「できましたよ」
 ベアトリーチェの作ってくれた、色違いでお揃いの衣装も着こなして。
「あとは本番だけだね!」
 今日を待ちわびていたのだ。
 そして今、ステージの上に立って、踊っている。歌っている。
 軽快なステップ。華麗なターン。見ている人たちが笑顔になるようなスマイル。
 歌うのは【幸せの歌】。
 みんなが幸せになれますように。
 我儘? 知るものか。私がそうしたいと思ったんだから、そうする。それだけだ。
 客席に、紺侍の姿が見えた。カメラを構えている。指の動きから、シャッターが切られたのがわかった。後でベアトリーチェに渡すのだろう。クロエと美羽のステージ写真も販売すると言っていたから。
 ――私も後で買おうかな。
 ――クロエとの初共演だし!
 ともあれ、今考えるのはそんなことじゃない。
 楽しく歌って楽しく踊る、それだけでいい。


「ベアトリーチェさん」
 紺侍の声に、ベアトリーチェは売上を計算する手を止めた。
「美羽さんとクロエさんのステージ、撮ってきましたよ」
 どうぞ、と差し出された写真を受け取って、さっそく眺めた。
 一枚一枚、どの写真も被写体の良さが出ている。それ自体は、以前と同じだけれど。
「前よりずっと素敵な写真ですね」
「え? そっスか?」
「はい。見てるこっちまで、楽しさをもらえるような写真ですもの」
 前は、ただ綺麗な、上手なだけだったから。
 バザーに出す品に、写真も加えて。
「いらっしゃいませ。音楽祭の写真、ありますよー」
 声を、上げた。
 音楽祭を観れなかった人にも、この楽しさが伝わるといいなと想いを込めて。