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人形師と、チャリティイベント。

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人形師と、チャリティイベント。
人形師と、チャリティイベント。 人形師と、チャリティイベント。

リアクション



4.ガールズトークと野次馬と。


 『Sweet Illusion』店内は、朝早いせいか静かだ。
「……というわけで、ブラウニーは無事に完成しました。ありがとうフィル!」
 静寂を破り、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)フィルスィック・ヴィンスレットことフィルに頭を下げた。少し前の出来ごとに対してのお礼である。
 けれど、話を聞いていたフィルは「ちっちっち」と言って指を振り、
「そんなことより結果はどーなのー?」
 悪戯っぽく、問い掛ける。
 結果。
 フィルから教わったブラウニーを、2月14日、リンスに渡した。
 その結果は、……思い出すだけで顔が赤くなる。
「衿栖ちゃんの反応が面白い……ねー何があったのー? ねーねー」
「は、話す。話すから落ち着かせて。そうだケーキ食べよう。ね、朱里もケーキ食べたいのよね?」
 衿栖がケーキ屋へ行くと知ってついて来た茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)に問い掛けると、
「これとこれとこれ!」
 びしびしびしっとケーキを三種、指差した。
「ガトーショコラ、ザッハトルテ、チョコシフォン? あれー朱里ちゃんってこんなにチョコ好きだったっけー?」
「甘いものが好きで、衿栖のブラウニーだって食べたかったのにお預けされたら反動でこうなっても仕方ないよね?」
「あー。仕方ないねーそれは」
「私はショートケーキとコーヒーで」
 オーダーを済ませてレジでお金を払ってから、窓際の二人席に腰掛ける。間もなく、コーヒーを入れたフィルがトレイにケーキを乗せてテーブルまでやってきた。
 隣の席から椅子をひとつ引いてフィルが座り、にこにこしながら衿栖を見ていた。無言の圧力を感じる。
 ――って言ったって。結果。結果ね、……ええと。
 渡せて、コーヒーを飲んで、ほっとしたら、
 ――『ホントはね、義理なんかじゃないの』。
 言うつもりの無かった言葉が、零れ出てしまって。
 最後に渡そうと思ったこととかも。……ああ、あの時私はどんな顔をしていたのだろう。どんな声で言葉を紡いだのだろう。
 逃げるように工房を出て、でも仕事は次の日もあるから工房に行って。
 やっぱり好きだな、って再確認して。
 帰り際に、名前を呼んでもらえて。
 心臓がきゅーっとしたことを思い出す。
 思い出しすぎて、今もきゅーっとしてきた。テーブルに突っ伏して、足をばたばた。
「衿栖ちゃんが恋する乙女すぎて面白い」
 フィルは笑うが、こっちはそれどころじゃないわけで。
「でもでも、へー、ふーん。そんなことがあったんだー」
「え?」
 そんなこと、って。
「私いま、喋ってた?」
 考えをまとめるつもりだったのに。
「うん、ぜーんぶ口から洩れてたよー。よっぽど誰かに話したかったんだねー」
 良いことだもんね♪ と笑うフィルに、顔が赤くなる。
 ――筒抜けてた! 筒抜けてたよ! 何よもう恥ずかしい!
 ――でも、そっか。良いこと。良いこと、よね。……わかりづらいけど。
 茅野瀬、ではなく、衿栖、と呼んでもらえたことは、まぎれもなく。
「……っていうかフィル、レジに居なくていいの? サボってるように見えるわよ、外から見たら」
 ここは窓際の席だから。
「衿栖ちゃんが聞いてほしそうだったから聞いてたのにつれないなー。もっと甘い話聞かせてくれてもいいじゃない」
「働け店員っ」
 言ったら、ドアが開く音。
「ほら、お客さ――ぅえっ!?」
 お客様、と言おうとしたら、入口に居たのがリンスで驚いた。
「りっ、リンス!?」
 ――何でこんなところに! ていうか何で一人で!
 ――私服だ! 滅多に見ない私服だ!
 ――……じゃなくって!
「帰るっ!」
 咄嗟にそう言って、朱里の手を掴んで立ち上がった。衿栖とフィルが喋っている間も食べ続けていた朱里のケーキは、残すところザッハトルテがあと一口分というところだったが、構わない。
 ドアの傍にはリンスが居るから、
「衿栖ちゃんそこ窓」
「お邪魔しました!」
 窓から逃走を図ることにした。多少はしたないのは目を瞑ってもらおう。もらえるといいな。
「フィル、ケーキご馳走様ぁー」
 残り一口、のケーキを刺したフォークを片手に、朱里がフィルにお礼を言うのを聞きながら。
 ヴァイシャリーの街を走る。


*...***...*


「……あら?」
 リンスがケーキ屋に入って行くのを見て、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は声を上げた。
「リンスさんだわ」
「リンス? おお、どこぞの教導団員が惚れている相手か」
 天津 麻羅(あまつ・まら)も誰かを思い出して頷いて後、それがどうかしたかときょとん顔。
 思わず続いてケーキ屋さんに入り、
「リンスさんこんにちは♪」
 挨拶してみた。ら、首を傾げられてしまった。
 ――そういえば、初めましてなのよね。
 衿栖や、どこぞの教導団員こと鳳明から色々なことを聞いているせいで初対面という感じはしないけれど。
「初めまして。私は水心子緋雨。衿栖さんから色々と聞いているわ。
 ところで、こんな場所で何をしているの?」
 ――噂を聞く限り、いつも工房に引きこもっている感じがするけれど。
 というのは、仮にも初対面の相手に言うには失礼なので思うに留めておく。
「あー……」
 問い掛けに、若干複雑そうな顔をした。
 その顔には覚えがある。リンスがそういう顔をしたのではなくて、鏡で見た自分の顔が、こんな表情を作っていたことがあって。
「……もしかして、スランプ?」
「なんでわかったの」
「私も一時期陥ってたからね。わかるわ〜……」
 うんうん、と頷いた。
 何かが違う、おかしいと違和感を覚え、そのことに対処できない自分に焦り、弱気になり。
 不安が育って、苦しくなる。
 ――私は、麻羅のおかげで立ち直れたけれど。
 リンスはどうなのかしら、と表情を伺い見た。不安や焦りは感じられない。というか、無表情である。
 ――いいえ、いいえ。これは……想いを必死で抑えている方の表情!
「辛いわよね……!」
 きっと、心配をかけないようにしているのだ。
 その意図を汲んで、緋雨はできることをしてあげたいという気持ちになった。
 スランプのきっかけは、きっとリンスの周りの女性関係にあるのだろう。
 ――そういえば、リンスさんは彼女たちのことどう想ってるのかしら。
 ふっと気になって、写真を取り出した。衿栖、テスラメティス、クロエ、麻羅、それから某教導団員の写真だ。なお、某教導団員の写真にだけ目線が入っている。
「これを見て」
「写真?」
「彼女たちについて、言葉にはし辛いでしょうから……想いを込めてほしいの!」
「や、別に言葉にし辛いなんてことな」
「いいの! 皆まで言わなくて!」
 さあ込めて、思う存分! と写真を突き出すと、一枚一枚見はじめた。
「ねえ、なんでこれだけ目が隠れて」
「細かいことよ」
「…………」
 全て観終わったら、写真を回収。
「ありがとね!」
 そして脱兎のごとく、逃走。


「……なんだったの、あれ?」
「さー?」
 リンスとフィルが呟くのを、麻羅はぼんやりと聞いていた。
 緋雨が何やらはっちゃけている間、一切構わず席に座ってケーキを食べていたら置いて行かれてしまったらしい。しかしケーキが美味である。
「もうひとつふたつ食べて行きたいところじゃが、緋雨が行ってしまったしの。わしも追いかけるとしよう」
 名残惜しいが席を立ち、ドアに向かう。
「時に御主。スランプじゃと言うが……何故、人形を作っておるのじゃ? 目的や目標はあるのかえ?」
「ぼんやりしてるかな」
「ふむ。ならばそれを定めることじゃ。人間、向かっていくものがあれば立てるものじゃて。只管精進すれば良いだけじゃ。迷う事はあるまい」
 こくり、素直に頷いた。あまりにも素直だったので、もう少しだけ助言しようという気になった。
「世の中、努力しても報われぬ奴はおる。じゃが逆に言えば、報われる奴は報われるのじゃ。じゃから日々精進しておれば、自ずと結果がわかるというものじゃ。
 ……ふむ、喋りすぎた。老婆心というものじゃな」
「いや。ありがとう」
「ふ。少し表情が軽くなったようじゃな。その方が良いぞ。御主、見目は悪くないのじゃからのぅ。
 ……して、時に相談なのじゃが、わしは金を持っておらんでの。立て替えておいてもらえぬか。今度緋雨に払わせに行くから」
「高説頂いたしね。それくらいなら、どうぞ」
「すまぬな」
 ではまた、と別れて緋雨を追った。