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ポージィおばさんの苺をどうぞ

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ポージィおばさんの苺をどうぞ
ポージィおばさんの苺をどうぞ ポージィおばさんの苺をどうぞ

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 甘いもの巡り
 
 
 
 スイーツフェスタ会場に貼られた鈴虫翔子のスイーツリストの前で足を止め、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はふんふんと軽く頷きながらそれを読んだ。
「なるほど、ね」
 その中で食べてみたいものと候補から外すものを選んでおいて、祥子は手近にある店から順にスイーツを注文していった。目指すは甘味完全制覇だけれど、スイーツフェスタで売られているスイーツはかなり多い。まずは特に食べてみたいと思えるもの、それからお腹と相談して他のスイーツへと範囲を広げてゆくべきだろう。
「まずは……これとこれ、あ、それからあれと……そっちもね」
 より多く食べるには、あまり時間を空けずに食べ続けることが大切だ。祥子はショーケースの品物を次々に指定していった。
 祥子が品物を出してもらっているところに、今度はクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)がやってくる。
「オイラはこの小さいサイズの全部ー。この苺ちゃんバッグに入れてね」
 淵がどれを気に入るか分からないし、どのスイーツも魅惑たっぷりだからと、クマラは淵を見つけるのを後回しにしてひたすら菓子を買い集める作戦をとっている。菓子を買い込むと、クマラはまた次の店に行き、別の種類の菓子を買った。
「種類がいっぱいなら淵っちーの気に入るのも1つくらいは入ってるよねっ。オイラ頭いいー」
「あれは……」
 クマラが苺バッグの中を覗いているところに通りかかったエースは、そっと隠れて様子を窺った。もともと身体の小さなクマラだから、淵を見つけるのには有利そうだ。かつ、時に老獪さを見せるクマラにはうっかりしていると出し抜かれかねない。
 どうなんだろうと見ていると、クマラはバッグから菓子を1つ取り出した。
「……ちょっとだけなら、いいよね」
 私を食べて、という囁きの聞こえてきそうな菓子の誘惑にたえかねて、クマラは少し食べてみる。
 おいしい。
「あと1つだけなら……」
 まぐまぐと食べ、またまぐまぐまぐと食べ……。
「はっ、全部食べちゃったよ!」
 チャンス、とばかりにエースは空っぽになったバッグに呆然としているクマラからそっと離れ、淵を捜した。
 淵が着ているのはひらひらした衣装だから、うまく隠れたつもりでもスカートの裾やひょっこり生えたうさ耳がちらっと見えてしまうもの。
「可愛いお嬢さん、オレのお勧め苺大福を食べてみてっ!」
「見つかったか。どれ、菓子をもらおうか」
 さっき来たメシエが持っていたのはケーキだったから不合格にしたと言いながら、淵は苺大福を味わった。白あんにまぜられた練乳が苺とよくあっていて美味だ。
「よし。合格だ。ダリルの菓子を堪能するんだな」
 栄えある一位の座はエース。不合格だった者にはダリルがヒント……淵は和風が好きで何かのキングだった、と教えて全員を合格に導いた。
 ゲームが終わればレジャーシートを広げ、買い出した菓子を囲んでのティータイム。
 淵に逃げられた話やスイーツの品評、クマラが途中で菓子を食べてしまったことの暴露。
 風が運ぶ甘い香りの中で食べるスイーツも話す会話も、どれもがいつも以上に楽しく感じられるのだった。
 
 
 
 スイーツフェスタに行くから付き合って欲しいとハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)に言われて、若松 未散(わかまつ・みちる)も会場へとやってきた。
「思ったよりたくさん店があるんだな……」
 未散は興味なさそうなそぶりで呟いた。
 ハルが1人では行きにくいからと頼むので、仕方なく付き添いを引き受けた……というのが未散がここに来た建前だ。
 甘い物が好きだなんて、普通の女の子みたいで照れくさくて明かせない。
 もしハルにばれて、似合わない、なんて思われたりしたら……! 想像したく無い。
 けれどそう考えつつも、視線がちらっ、ちらっとスイーツの方に行ってしまうのは止められない。未散は甘い物大好きで、ハルからスイーツフェスタの話を聞いてからずっと、今日を楽しみにしてきたのだから。
(あ……いい匂いがする。あのお菓子可愛いし美味しそう……)
 食べたい、けれどばれたくない。
 その2つの狭間で未散は葛藤していたが、ふと名案を思いついた。
「サトミンと神楽さんに土産を買って帰らないといけないな」
 これならば自然にスイーツを購入することが出来ると、未散は小躍りせんばかりの内心を隠してハルに言った。
「そうでございますね。では何か良さそうなものを見繕うと致しましょうか」
 ハルは未散の言葉を受けて微笑む。
 未散は隠しているつもりだろうけれど、ハルは未散が甘い物好きなのをとっくに知っていた。スイーツを見る未散の目を観察すれば好きなのだろうというのは予想出来るし、それに何よりも、今日の未散の恰好で一目瞭然だ。
 未散の髪と同色の帯がアクセントになった、白と黒の和風ゴスロリドレス。未散がお洒落してきてくれたのが嬉しくて、ハルのテンションまでうなぎ登り状態だ。
 そのドレスがいかに似合っているか、心の赴くままに褒めちぎりたいけれど、そんなことをしたら未散は間違いなく恥ずかしがって、もう帰る、と言うだろうから死ぬ気で我慢だ。
「…………」
 スイーツを買う名目は考えついたのだけれど、人見知りする未散は売り子に声を掛けることが出来ず、いたずらにうろうろしている。だんだんしおれてくるのはきっと、人の多さに参っているのだろう。
 このままだと未散が完全にへこたれてしまいそうなので、ハルは助け船を出した。
「どうやらここは苺のお菓子を売っているようですね」
「苺……」
 心惹かれて未散が足を止めると、スイーツフェスタの売り子姿のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がすかさず声をかける。
「苺スイーツはいかがですか〜?」
 その優しい笑顔につられるように、未散は店先の菓子を眺めた。
「ミルフィーユ? 美味しそう……」
「実際美味しいですよ。ミルフィーユの種類もいろいろありますから、食べ比べするのも楽しいと思いますぅ」
「食べ比べ……!」
 魅力的な誘いに未散がごくりと唾を飲む。
「はい。基本的なミルフィーユばかりでなく、シューミルフィーユもありますし、苺の食感が3種味わえるミルフィーユもあるんですよぉ」
「ではそれをいただきましょうか」
 何も言えない未散に代わってハルは各種ミルフィーユを人数分……もちろん未散の分も数に入れて、購入した。
 
 
 甘いもの好きのユイ・マルグリット(ゆい・まるぐりっと)にとって、スイーツフェスタは楽園だ。
「どれもおいしそうなお菓子ですね……」
 きつね色に焼き上がったシュークリーム。ふんわり膨らんだケーキ。カラフルなマカロン、素朴なクッキー。
「これにしようかな……それともあっち……」
 会場をうろうろしながら、どれを食べようかとユイは迷いに迷う。
「うう、どこもかも甘い匂いがする。それに人が多い……」
 一緒に来ているアトマ・リグレット(あとま・りぐれっと)は賑やかな場所は好きじゃない。その上、会場に充満する甘い香りにかなりダメージを受けていた。好きな人にとっては魅惑の香りでも、そうでないアトマにとってずっとこの匂いをかがされ続けるのはかなりきつい。
 それでも、ユイがこんなに喜んでいるのなら一緒に来て良かった、とアトマは思い直した。こうして一緒にスイーツフェスタを回れるのなら……あれ?
「ユイ?」
 一緒にいたはずのユイの姿を見失い、アトマは慌てて見回した。と、ちょっと先の店でタルトを買っているユイが目に入る。慌ててアトマもそちらに行く。
「ユイ、あんまり動くとはぐれるよ」
「あ、ごめんなさい」
 ついお菓子が気になって、とユイは追いついてきたアトマに謝った。けれどまたすぐに、別のスイーツに目を奪われ。
「あ、美味しそうなケーキ売ってる場所を見つけた♪ アトマはちょっと待っててくださいね〜、買ってきます」
「えっ……」
 今度は置いてきぼり? 
 ショックを受けたアトマは、目に付いた店で自分も菓子を購入して食べ始めた。
 しばらくしてケーキを買ったユイが小走りに戻ってくる。
「美味しそうなケーキ買えまし……あら、何か食べてるんですか?」
「うん。僕も勝手にお菓子買って食べてる。ユイにはあげないからね」
 すっかりふて腐れてしまったアトマは、そう言って1人で甘いお菓子をもぐもぐと頬張った。
 
 
 生徒たちの多くが手伝っているのはポージィの店だが、スイーツフェスタには他にも様々な店が出ている。ケーキ屋、お菓子屋、和菓子屋、といった普段スイーツを出している店ばかりでなく、友人や恋人同士で店を出しているところもあった。
 スイーツを作り慣れているプロの味。素朴な家庭の味。
 折り目正しい接客をしている店があると思えば、ゆるい接客でのんびりとスイーツを出してくれるところもあり。
 そんなごたまぜの、けれどどこも和気藹々としたそんな空気がスイーツをよりおいしく感じさせてくれる気がする。
「さて、次はこのお店にしようかしらね」
 そんなスイーツフェスタのあちこちの店を巡り歩いてきた祥子が次に選んだのは、ポージィおばさんの苺スイーツの店だった。
「あ……」
 入ってきた祥子に気づいたリリィが、挨拶しようと息を吸い込んでいるうちに、
「いらっしゃいませ!」
 マリィの元気いっぱいの挨拶が先にかけられて、タイミングを失ったリリィはぐっと息を呑み込んだ。
「お勧めのスイーツはどれかしら」
「可愛いのはこのタルトかな。薔薇の飾りものってるんだよ。後、パイバケットには生クリームで絵を描いて出すことになってるんだ。あたいが萌え萌えメイドさん並みに可愛くクリームでお絵描きしてやるよっ。さあ買った!」
 マリィが勧めるポイントはとにかく見た目、可愛さ。値段とかカロリーとか細かいことは気にしない。
「じゃあまずそれをいただくわ。それからイチゴプリンとシューミルフィーユももらおうかしら」
「毎度ありっ」
 祥子を席に案内すると、マリィはぱたぱたとスイーツを揃えて持っていった。
「ありがと。これ、プログに載せたいから写メさせてね」
 食べるだけではもったいないからと、祥子は手をつける前にスイーツを携帯で撮った。他にも売り子の写真も撮っておく。こちらは勝手にプログには載せられないけれど、せっかく可愛い制服を着ている売り子さんはやはり記録に残しておきたい。
「あの……何か手伝うことは……」
 祥子がスイーツを食べ始めてからやっと自分が何もしていないことに気づいてリリィは尋ねたが、マリィには
「別に無いよ」
 の一言だけで片づけられてしまった。
「はい、買った買った! え? 大量持ち帰り? ありがとな」
 今度は持ち帰り客の接待をはじめたマリィを見て、リリィは仕事を思いついた。
「ではこのお菓子の補充をしてきますわね」
「補充くらいあたいがやるよ」
「あら。でも……」
 さっさと持ち帰り用の商品を客に渡すと、マリィはリリィを置いて店の奥へと駆けてゆく。
 ふわふわひらひら。エプロンドレスの裾は忙しく働いてはためかせてこそ可愛い、というのがマリィのこだわり。仕事を頑張るというよりは、エプロンドレスをはためかせたいが為に、くるくると動き回っているのだ。
 マリィが自分の分まで仕事をしてくれるのはいいのだけれど、これではまるで自分が怠け者のようだ。リリィは何か仕事はないかと店をうろうろと歩き回った。
 
「菓子が売れたから補充を持っていくぜ」
 店の奥からごっそりとマリィが商品を持っていくのを見て、イハが立ち上がった。
「商品が減ってきましたから、キッチンまで追加を取りに行ってきますわ」
 最初は会計の手伝いをしていたものの、テンポがあんまりのんびりさんなのでイハはいつの間にか、在庫を運ぶ係になっていた。
「ちょっと待ってくれ」
 閃崎静麻はイハを呼び止めると、現在のスイーツの売れ具合からそれぞれ必要な追加分を割り出した。
 商品が複数あると、売れ行きにはどうしても差が出る。静麻は商品の並び替えや店頭にいる売り子へプッシュ商品を指示することによって、そのバランスを取っている。
「気温があがってきたからさっぱりしたものを少し多めにしようか。それから……」
 店外でポージィの店の噂を流して宣伝している服部保長からは、定期的にフェスタ会場での客の様子やポージィの店の人気についての情報が報告されてくる。それもあわせて今後の売れ行きを予測すると、イハにその結果を渡す。
 せっかくの商品だから無駄はなくしたい。必要な分を必要なだけ作ってもらい補充すれば、常に良い状態のスイーツを客に提供できるし、今回取ったデータは来年の参考にもなるだろう。
「では、作り手の方にお願いしてきますわね」
 イハは静麻のメモを片手に、キッチンへと歩いていった。
「今は客足が順調だから、売れの悪いものを前に出してプッシュして、今のうちに売っておいてくれ。フェスタ会場への来客が減ってきたらまた、売れ筋を前面に出して人を呼び込むようにするから……あ、いらっしゃいませ」
 店頭に指示に行ったところで客とばったり出くわし、静麻は瞬時に売り子モードに切り替える。
 商品管理をしていると忘れそうになるが、静麻とてエプロンドレスの売り子さん、なのだ。
「はい、かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
 客に悪印象を与えるわけにはいかない。こんな時の為というわけではないが女の仕草をある程度研究しておいて良かったと思いつつ、静麻はにっこりと客に笑いかけた。
 
 
「いらっしゃいませ〜、摘みたて苺の美味しいスイーツ如何ですか〜」
 店の前でモリーが呼び込みをすると、子供たちが寄ってきてはぺたぺたとモリーを触りまくった。手加減なしでしがみつかれるとかなり痛かったりもするけれど、子供が来れば親も来る。多少のことは我慢我慢だ。
「まー、まー」
 幼子の呼ぶ声に、織部鈴鹿は弾かれたように振り返った。
「あらこれが食べたいの? あなたにはまだ無理でしょう」
 母親らしき女性が抱いた子供を揺らしながら笑っている。
 それまで忙しくてもにこにこしていた鈴鹿から笑顔が消えた。代わりに少し寂しそうな微笑を浮かべて母子を見守った。
 その鈴鹿を物陰に呼ぶと、早川あゆみはそっと尋ねた。
「鈴鹿ちゃん、無理してない?」
「はい、大丈夫です」
 気丈に答える鈴鹿だけれど、その胸に悲しみを隠していることをあゆみは知っている。
 鈴鹿はマホロバ前将軍貞継との間に生まれた娘と、監視を名目に引き離されてしまった。もうマホロバでお役に立てることはない、シャンバラで自分の出来ることを全うしようとしているけれど、人の心はそんなに簡単に割り切れるものではない。
 あゆみだって、血の繋がりがなくても子供が離れた時には寂しくてとても心配だった。モリーと契約してパラミタにこっそり来てしまうくらいに。ましてや自分のお腹を痛めた、それもまだ物心も付いていない子と会えないなんて、辛くないはずがない。
 心配かけてすみませんと謝る鈴鹿は自分の中にある様々な想いを堪えようとしているのだろうが、だからこそ心配だ。
「そう……大丈夫ならいいのよ。でも、もしひとりで抱えきれなくなった気は、遠慮しないで連絡して頂戴。私に何が出来る訳じゃないけれど、お話するだけで気持ちが楽になる事もあるから」
 そう言ってあゆみは鈴鹿の手を取った。
 何もしてあげられないかも知れないけれど、せめて噴き出すのを抑えられた想いが、鈴鹿自身を傷つけてしまわないように。
「ありがとうございます」
 鈴鹿は涙ぐんだ。母親であり先生であるあゆみの手は、どうしてこんなに温かく包み込んでくれるのだろう。
「この手の温かさ……忘れません」
 自分の手をこうして握りしめてくれる人がいることを、忘れない。
 こみあげる想いを胸に、鈴鹿はあゆみの手の温かさをじっと噛みしめた――。