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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(前編)~

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4.戦の準備



 普段は貨物船などが寄航する港は、今はいくつかのイコンが並んでいた。
 海上を占拠する武装集団に対抗するための作戦本部として、一時的にだがこのあたりを接収しているのだ。既に船に往来に損害が出ているため、倉庫の持ち主も比較的協力的ではあったらしい。もっとも、ここが戦場になってしまった場合の損害賠償については今のところ有耶無耶で、あまり長くはそういった声を抑えられはしないだろう。
「一昨日よりイコンが増えてますね」
 海岸線に並ぶイコンの様子は、純粋に子供心をくすぐられるものがある。
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が一昨日訪れた時は、陸戦用のイコンが本土防衛用に並んでいたが、今並んでいるのは噂の水中改修を行った攻め込むためのものが含まれているのだろう。
「いよいよってわけか。俺達も忙しくなりそうだぜ」
 強盗 ヘル(ごうとう・へる)は、一足先に輸送用トラックを降りていたザカコの横に並ぶ。振り返ると、さっそくトラックに積んであった荷物が降ろされているようだ。
 持ち込んだ荷物のほとんどは、イコン用の武器弾薬だ。イコン用に、既存のアサルトライフルと同じ形状だが、水中用に作りなおした水中銃なるものもある。そういったところに、イコン故の不便さみたいなものを感じないでもない。
 特に今回は、ほとんどのイコンが水中用の改修を受けている。当然、同じ規格のパーツと交換して再出撃、と簡単にはいかない。もっとも、だからこそこれだけの数のイコンとパイロットが集まる事になったのだろう。
「戦力対比は、8対1でしたっけ?」
「予想ではね」
 ヘルに尋ねたつもりが、ザカコの問いに答えたのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だった。
「へくちっ! ごめん、なんか温かいもの持ってない?」
「温かいものですか?」
「こんなんでいいならやるぞ」
 ヘルが缶コーヒーを差し出す。荷物を持ち込んだときに、担当者からもらったものだ。まだ封は開いていない。
「ありがと。あー、少し持ち直した」
「どうしたんですか、この時期にそんなびしょびしょになって……」
 セレンフィリティは、頭からつま先までずぶ濡れだ。雨も降っていないし、まさか海水浴なわけがない。それに、まだ海も冷たいだろう。
「だから、整備班にお願いすればいいと言ったのに」
 呆れ顔で言うのはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。
「だって、整備班は水中改修で忙しいみたいだし、少し向きを直すぐらいの作業じゃない」
 なんでも、水中用の集音マイクの向きがあまりよくなかったらしく、自分の機体の音を余計に拾っていたので直そうとしたらしい。さっそく少し動かしてみたらどこに溜まっていたのかいきなり海水が降り注いだのだそうだ。
「これで着替えるぐらいの体温は確保したわね。ありがと」
「急がないと、作戦本部が私達の報告を心待ちにしてるんだから」
「わかってるわよ」
 駆け足で去っていく二人を見送る。水中用の集音マイクやら、作戦本部やらの単語から恐らく偵察の任務をこなしてきたのだろう。本格的な戦闘にはまだ猶予があるかもしれないが、既に戦いは始まっているようだ。
「自分も、のんびりしてちゃいけませんよね」
「荷物も降ろし終わったみてーだし、そろそろ行くか」
「ですね」



「ついにこの、F級戦闘艦シュペール・ミラージュが日の目を見る時が来たのね。空母の一隻や二隻、この圧倒的な火力の前じゃ蟻と像みたいなもんよ!」
 海上を進むシュペール・ミラージュのブリッジにて、フラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ)は正面モニターに吠えていた。
「今回は、後方支援が中心であろう。突っ込むとしても、最後の手段ではないのか?」
 アンリ・ド・ロレーヌ(あんり・どろれーぬ)が淡々とした口調で言う。
「わかってるわよ」
「それに、空母の火力とて軽視するものではないぞ。兵器も技術も、小型化がどんどん進んでいるのだからな」
「いいじゃない、気分よ気分」
 今回の作戦で、シュペール・ミラージュに与えられた役割は旗艦だ。作戦に参加するイコン全ての情報を扱い、指揮と運用を一手に預かるのである。搭載された圧倒的な火力を振るって大暴れというロマンも大事だが、この役割がどれだけ重要かぐらいわざわざ説教されなくてもフランは理解している。
「実際には、後光のような役割なのだろうがな。水中戦の主導は、新型機のガネットが取るのだろう」
「水中用のイコンがもっと普及してれば、安心して突っ込んでいけるのに」
 空母の仕事は、戦闘機を搭載することだ。今回はイコンを搭載しているようだが、どちらにせよ戦艦としての能力は高く無い。このシュペール・ミラージュとガチンコ勝負でどちらに軍配があがるか、といったら間違いなく勝てる。
 なので、本来ならこちらの間合いに持ち込むまで、イコンがこの船を護衛するべきなのだが、こちらのイコンの半数近くは水中用改修を受けたもので、当然ながら水中戦を任せられるようなエースはほとんど居ない。そのうえ、水中用の改修も、絶対の信頼が置ける技術かと言えば、当然そんな事は無い。整備班は血の汗がでるぐらい頑張っていてくれていたが、不慮の事態に対応できる人間が備える必要が無いという事にはならない。
「そこまで無茶を押し付けられているわけではないがな、勝手な想像ではあるが、今回の件を理由にガネットの実戦テストの続きをしたいのではないかと思ってしまうな」
「作戦立ててる時も、ガネットの押しすごかったもんね。ボクとしては、一刻も早く武装集団を投降させて、平和な海に戻ってくれれば実験だとしても構わないけどね。うーん、でも不安になってきたなぁ。大丈夫なのかなぁ、ガネットってそこまで信頼できる機体なの?」
『もう実戦は一回してるし、大丈夫だとは思うけどねぇ』
 清泉 北都(いずみ・ほくと)から通信が入る。通信を入れっぱなしにしたはずはないが、とアンリを見ると涼しい顔をしている。いつの間にか入った通信を、さも当然のように受けて報告していなかったようだ。
『既に量産体勢も整っていますし、致命的な欠陥は無いでしょう。押しや実験ではなく、それだけ優秀な期待なのでございましょう』
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)の言う事はもっともに聞こえた。まぁ、致命的な欠陥を隠すのは技術者にはよくあることでもあるので、だから安心というわけでもない。もっとも、そう口にした本人も判って言っているかもしれないし、不安を掘り下げても余計不安になるだけだ。
 大丈夫、こちらには虎の子のシュペール・ミラージュが控えている。ただの軽空母なら、直進してクローの一撃を与えるだけで致命傷だ。これだけの戦力を、こちらは温存して作戦に挑めるのだ。
「そろそろ目標地点だ。手はずどおりに頼むぞ」
『了解』
 シュペール・ミラージュが前進を止め、北都のアシュラムが先行する。
 攻撃を仕掛けるためではなく、降伏勧告のためだ。向こうだって、こちらがどの程度の規模で近づいてきたかわからないような索敵はしていないだろう。算数のレベルで、こちらに有利がついているとわかるだけの数を見せて近づいている。
 セレアナとセレンフィリティ(が、なぜかびしょ濡れになって)持ってきた情報によれば、向こうは深海の調査を行っているという。調査目的で停泊しているのであれば、護衛に割ける武装、空母に搭載できる戦力は搭載量に対して100%にはならない。
 算数ができる者がリーダーであれば、状況を見て勝ち目が無いことを理解できるだろう。圧倒的な戦力差を見せ付けて、降伏させる。もっとも理想的な作戦の終了パターンだ。
 だが、今回の相手は算数一つとってもまともにできないらしい。
 砲撃の有効射程に入るや否や、脊髄反射かよと突っ込みたくなるような速度で攻撃を仕掛けてきたのだ。
「撃ってきた! 早っ、せめて会話しろよ!」
『あはは、これじゃどうしようもないねぇ』
「あれは獣の類いであるのか……仕方ない、作戦を開始するぞ」
 フランはマイクを手に取ると、一度深く息を吐き出した。
「海上を不法に占拠している者達に告ぐ! 今の行動は、我々に対して、及び我々の法に対して明確な敵対行動であると認識する! もし不服であると思うのであれば、一刻も早く降伏し法廷において弁明することをオススメします。さもなくばその身を以って償うことに成りますよ!」
 通信ではなく、直接大音量でこちらの意思を届ける。同時に、アンリが全部隊に作戦開始を伝える。もうこれで、後戻りはできない。
『それでは、作戦通り空中の護衛はお任せくださいませ』
「よろしくね」
 話には聞いていたが、本当に通信せずに攻撃を仕掛けてくるとは少しばかり意外だ。こちらの戦力を見誤っている、なんて事はないだろう。よほどの自信でもあるのだろうか、なんにせよ少し不気味ではある。
「ただの強がりならいいんだけど……」



「問答無用ってわけですね」
 希龍 千里(きりゅう・ちさと)はため息のように、そう零した。
「こっちの状況がわかってるのかもな」
 久我 浩一(くが・こういち)の不満げだ。それも仕方ない話で、前もって集めたこの海域の情報のほとんどが、出鱈目だったのだ。危険な武装集団がいるので排除してください、その周辺の海域の情報は教えません。と、冗談ではない。
「仕方ない、では済まされない話ではあるな。もっとも、それだけ重要なポイントであるということでもあろう」
 綺雲 菜織(あやくも・なおり)も、納得しているといった様子ではない。
 地上と違って、海の中で探し物をするのは大変だ。人海戦術でしらみつぶし、なんて手段が取れるわけもなく、事前にある情報と照らし合わせて推測するだろう。そうして丹念に計画を練って場所を絞り込み、そうして最後に直接調べることになる。
 なぜならば、それだけお金のかかる作業だからだ。そのうえ、成功しなければまず何も得られない。費用対効果が悪過ぎる。この海域の情報操作は、隠し事をするという一点においては、少なくとも無意味ではないかもしれない。
「そこまでして守りたいのであれば、最初から防衛部隊を配置してもらえれば、ここまで不便な思いをすることもなかったのですが」
「情報操作だけで隠しきれるのであれば、予算を削減できるだろう。そのように考えたのだろうな」
 有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)が愚痴りたくなるのもわからないでもない。
 情報が無ければ作戦など立てられない。そして、手元に情報が無ければどうするか、手に入れてくるのである。幸いな事に、凄鉄 壱型甲は水中用の改修を必要としないイコンだった。
「おかげで、細かい調整もできた。そう思っておくべきだろう」
「菜織様がそう言うのであれば、私は構いませんが」
 現在も海域調査の仕事の最中だ。本来なら、もうしばらく情報を集め続けたいのだが、既に戦闘を開始するという通信が入ってきている。慣らしも兼ねて、浩一と千里の雷撃震を随伴させていたが、その判断が吉と出るか凶と出るか。
「それにしても、不可解な事ばかりであるな」
「敵がか?」
 久我の問いに、いやと菜織が答える。
「今回の作戦の総責任者は誰なのだ? もし、学院が動かしているのならば、もう少し慎重にもなるだろうし、隠匿されている情報といえど必要なものであると判断すれば提供されるはずであろう」
「確かに、情報はやらない、援護もしない、でも一刻も早く仕事はしろ。って態度には、気にくわないところもありますね」
 と、千里。
「援護はしてますよ、すくなくともこれだけの人を集めるだけの予算と物資は提供されているはずです」
 イコンの水中改修の費用は、その誰か持ちだ。美幸の言うとおり、援護というか援助は行っているのは間違いない。
「金はやるからやれ、っていうのもそれはそれでって感じだけどな」
「ふむ。その誰かがどう考えているのかはわからんが、しかしあの武装集団が厄介なのもまた同じだ。今はまだいいが、このまま続けば物価に影響も出てくるだろう。不信感は、今は自分達のためと思って見ない事にしておくべきだろう。戦場で余計な事を考える者は早死にすると言うしな」
「了解」