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南よりいずる緑

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第2章 いつか見た未来のためへ 1

 町よりいくばくか外れた郊外。そこは大戦が終結し、緑の再生が始まっている場所でもあった。そんなわずかな森の中で――一人の剣士が二対の刀を振るった。
 青白く光り輝く刀身と、不気味に赤黒く染まった刀身。かつてとある刀匠が鍛え上げた二つの刀は、襲いかかってきた野党の剣と交差する。赤黒き刀は敵の剣を受け止め、その間に振るわれた青白き光の刀はその体躯を打ち払った。
 無論――野党は一人ではなかった。一斉に振り下ろされる剣を、剣士はまるで無数の手でも持っているかのように一瞬のうちに叩き伏せる。
 6人の野党たちは、それぞれの手が切り裂かれ、武器をとり落としていることを理解した。
「ぐっ……な、なんだこいつ……」
「つえぇ……」
 呻きをあげる野党たち。
 剣士は――氷室 カイ(ひむろ・かい)は彼らを睨めあげて告げた。
「消えろ。そして二度と顔を見せるな。次は……命はないぞ」
 烈然とした殺気に満ちた双眸。野党たちは目の前にいる者が自分たちの敵う相手ではないと本能的に知る。慌てふためいて逃げ出す野党たちの背中を見送るカイ。
 その背中に向けて、頭上から影が落下した。諦めの悪い野党が一人、巨木の上で時を見計らっていたのだ。
 だが――その野党はカイに剣を振るう間もなく、飛び出してきた突風のような剣線によって地へと切り伏せられた。
「ご無事でしたか、マスター?」
「ああ」
 カイの前に降り立ったのは、己がパートナーたるサー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)だった。カイと同様に二対に鍛え上げられたクラリスとクラレントたる剣を構えて、主に仕える騎士そのものの態度を示す。
「ところで……ルナは……?」
 サーに聞くようにしてカイが呟いたとき、茂みから獣が飛び出してきた。
 涙目になって逃げ出そうとしている獣を、これまた茂みから飛び出してきた影が捕まえる。
「逃げるでない。戦いから逃げ出そうとは、弱者のすることなるぞ」
 獣相手にそんなことを言っても、猪風のそいつは『んたこたぁ知らん』と言わんばかりに涙を浮かべている。だが、獣のしっぽをつかんでいるルナ・シュヴァルツ(るな・しゅう゛ぁるつ)は理解できないのか眉を曲げていた。
 カイはさすがに可哀想になってきて、ルナから獣を解放させた。
「む……臆したか」
「……そういうことじゃないんだがな」
 戦いを好むルナからすれば獣も人も同様に『正々堂々と戦う相手』なのだろう。カイの言うことに理解が及ばないのか、彼女は小首をかしげていた。
 用心棒として町に雇われて幾日。大戦によって職を失った神官兵や、そもそも好き勝手に暴れられることを好んでネルガルに加担していた兵士などは、今でも野党として角地に散らばって私欲の限りを尽くしている。また、モンスターも然りだ。ネルガルの生み出したモンスターたちは、行き場を失って暴れている奴も少なくない。
 大戦後は、そんな野党やモンスターたちから町を守るために、こうしてコントラクターたちは用心棒として町に雇われることもしばしばあるのだった。
 決して表に出るような明るい仕事というわけではないが、これもまた、民のためだ。修行にもなることだし、捨てたものではない。
「そういえば、町にニヌア卿……シャムス様が視察に来られているようですね」
「そうか……今日だったか」
 なんでも、視察の旅で各地を見て回っているということだ。民の復興への活力増進にもなることだろうし、面白い試みだ。
「部屋に篭っているだけではわからないことは多々ありますし……シャムス様には、こうして様々なことに眼を向けられる領主になってもらいたいですね」
「……そうだな」
 カイは頷いた。シュヴァルツの言うとおり、外に出なければ分からぬこともあるだろう。シャムスはいま、そのために一歩を踏み出したところだ。
 そしてそのためには、俺たちも出来る限りをしなくてはならない。そう思ってカイは、心に呼応するように光る二対の刀を握り直した。



 冒険者ギルド『ニネヴェ』――いまやシャンバラだけではなくカナンの冒険者たちまで利用するようになったその施設は、民たちの復興の中心としての機能も果たしていた。
 『ニネヴェ』を拠点として、新たな畑や家が作られ、軒を連ねてゆく様はカナンの再生そのものである。
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は石段の上に座り、ニネヴェの周りに復興されてゆく町並みを眺めながら、嬉しそうに鼻歌を口ずさんでいた。
「メイベルー! まだ植え終わってない種があるから、そっちをお願いしてもいいー?」
「はーい! 分かりましたですぅ」
 畑で村人の種植えの手伝いをしていたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)に呼ばれ、メイベルはぴょんと跳ねるように石段から降りてきた。
 聞こえてくるのは家屋を鍛えている槌や、畑を耕す鍬の音。それに子どもたちや村人たちの声だった。それは、疲れさえも嬉しさと感じる明るい声ばかりだ。
「これが、平和というものなのですわね」
 畑を手伝うメイベルやセシリア、それに村人たちをデジカメで撮影しながら、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が感慨深そうに声を洩らした。
 出来上がった写真は、ニネヴェに展示しておくつもりである。きっといつか、こんなときもあったと――次なる子どもたちへと伝えられる時が来るはずだろう。そのときに向けて、フィリッパは出来る限り多くの写真を残しておくつもりだった。
「うわわっと……ぬへ……畑を耕すってのも、意外と大変だなぁ」
「セシリアさーん! そういう力仕事は、そこの人に任せておけばいいからー!」
 慣れない鍬仕事をしていたセシリアに、子どもたちの相手をしていたグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)から声がかかる。復興の仕事で忙しい親たちに代わって、子どもたちの世話役をしているのだ。
 グリムゲーテが指した方向に視線をやると、今まさに、たくさんの荷物を乗せた台車を運んできた四谷 大助(しや・だいすけ)がへたり込むところだった。
「はぁ……はぁ……ぜ、絶対こんなの一人でやる量じゃないだろ」
 本来は何度かに分けて運ぶような荷物を一度に運びきったのだ。コントラクターとはいえ、さすがに疲れるというものである。グリムゲーテが調子に乗って『はい! 大丈夫です! うちのでくのぼうは力仕事だけが取り柄なんで!』などと言わなければここまでする必要はなかったのかもしれないが……今さら後悔したところで遅かった。
「大丈夫ですかぁ? 大助さん」
「だ、大丈夫……多分ね」
 へたり込んだままの大助に、メイベルが心配そうな声をかける。
 グリムゲーテは子どもたちと一緒に日蔭の下だった。
「疲れてるの、大助? それじゃあ、皆でお歌でも歌いましょっか! あの頑張ってるお兄さんを元気づけてあげましょ?」
「「はーい!」」
「……応援するより手伝ってくれ。頼むから」
 そんな大助の呟きは聞こえることもなく。グリムゲーテたちはからかっているのか本気なのか……とにかく彼を応援しようとしているようだった。子どもたちのキラキラした純粋な瞳が、目にしみる。あ…………汗だった。
「ヘリシャさーん! 一緒にどうですかー?」
「歌ですかぁ? とってもいいアイデアだと思いますぅ」
 グリムゲーテの誘いに乗って、フィリッパの撮影の手伝いをしていたヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)がやって来た。メイベルとは髪と瞳の色が違うだけの彼女を見て、一瞬子どもたちが目をぱちくりとさせる。
「おねーちゃんたち、ふたごなの?」
「ふふふ。そんな感じですぅ」
 正確には精霊で、メイベルと瓜二つであるのもパートナー関係の紆余曲折があるわけなのだろうが――わざわざそれを子どもたちに説明することもなかった。
 双子というのが珍しかったのか、子どもたちはヘリシャを囲んではしゃいでいる。
「さて……何を歌おうかな?」
「幸せの歌……なんて、どうですぅ?」
「『幸せの歌』か……今のカナンにピッタリね♪」
 草の床に座って、グリムゲーテたちは子どもたちと一緒に歌を口ずさんだ。それは、まるで花が芽吹き、咲き誇るような……元気に満ち溢れた歌だ。一緒に歌を歌いながら、ヘリシャは思う。
 数年後、もしくは数十年後、時が経って、人々の記憶から戦乱の記憶が薄れた頃にも、歌い継がれるような歌を作れたら、どれだけ素晴らしいことだろうかと。フィリッパは写真という形で記憶を残しているが、自分もいつか、歌に乗せてそれを伝えられたら……。
 思い出というのは美化されやすいものだが、辛い記憶というのは、何時までも心に留めて置くには難しい。でも、だからこそ――伝えたいと願う。伝えておくべきだと、ヘリシャは願う。
 歌を歌うグリムゲーテたちの輪の中から、大助のもとに一人の少女が駆け寄って来た。
「おにーちゃん、はい」
「これって、花飾り? 君が作ったの?」
「うん!」
 少女は咲くような笑顔で答えた。大助の肩には大量の運搬荷物。『てめぇはそんぐらい余裕でやれんだろ』とばかりの過酷労働だったが、少女の笑顔を見ていたら、額の汗が気持ちよく思えた。
「……ありがとう、少し元気出てきた」
「大助ー! 終わったならお茶にしましょう! セシリアさんにフィリッパさん、それに、メイベルさんやみんなもー!」
 どうやらセシリアが料理やお菓子も持ってきてくれていたらしく、いつの間にかグリムたちをそれを囲んでピクニック状態だった。
 メイベルたちも、自分たちの仕事が一区切りついたのか、子どもたちの輪へと向かう。
「大助ー! 早く来ないとクッキー無くなっちゃうわよー!」
「いや……だから、あのね……?」
 とにかく荷物を運搬してこないと終わりようもない大助。
 しかし、自分を余所にではあるが、子どもたちと一緒にみんなで楽しそうに食べているグリムゲーテを見て、まあいいか、と彼は思った。
 荷物を抱え直して歩き出すと、少女の笑顔を思い出す。
(なに……大丈夫。きっと、またカナンは元通りになるさ。それに、もし何かあっても……オレたちが必ず助けに行く)
 人知れない誓いを胸にする大助。
 とはいえやはり――重労働が続くのは変わりなかった。