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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~中篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~中篇~
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第四章  中央門へ


 その後Aチームは、紫月唯斗や宇都宮祥子たちの努力の甲斐もあり、なんとか夕方迄に、中央門まで数百メートルの地点まで辿り着くことが出来た。予定を大幅にオーバーしたものの、暗くなるまでにはまだ数時間ある。

 今一行は、身を隠すことのできる窪みの中で小休止していた。

「どうにか、間に合ったみたいだな」
「『今攻撃を受けたらどうしよう』って内心ヒヤヒヤしてたけど、敵の攻撃がなくて助かったわ」

 唯斗と祥子は、ホッとしたように語り合った。

「俺もずっと警戒していたが、ここまで一度も、敵の気配を感じたことはなかった」
「確かに。一昨日のコトもありますし、もっと襲ってくるかと思ったのですが……」

 樹月 刀真(きづき・とうま)と武神牙竜にとっても、この展開は意外だったようだ。

「伏兵を止め、その分要塞の守備に集中したか、あるいは前回の金冠岳のように、乾坤一擲の機会を伺っているか。そのどちらかだとは思うのですが……」

 日没後の攻撃に備えて、作戦の立案に当たっている漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)も、その辺りは気になるところだ。

「少し、こちらから仕掛けてみてはいかがでしょうか?」
「『威力偵察』ですか?よろしいのではないですか。元々、偵察を行うことは予定に含まれていますし」

 イオテス・サイフォードの提案に、重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が同意する。威力偵察というのは、実際に攻撃を仕掛けることによって、敵の配置や戦力などを確認することを指す。

「分かりました。それじゃ、三船さんたちに連絡を取ります」

 異論が無いのを見て、月夜はケータイを手に取った。



 これまで、地上部隊に随伴しながら空中の警戒に当たってきた三船 敬一(みふね・けいいち)白河 淋(しらかわ・りん)は、自分たちが攻撃することになる白姫岳上層部の偵察を行っていた。

 周囲を旋回し、事前情報と現況との間に相違の無いことを確認し、地上部隊と本部に連絡を取る。
 ある程度の距離を取っているためか、要塞からの攻撃はない。

 一通りの偵察を終えた敬一は、改めて白姫岳に目をやった。
 夕日を受け、白姫岳の白い山肌が紅く染まっている。

「お姫様が、朱いドレスにお色直ししたみたいだな」
「ホントですね。とっても綺麗……」

 2人は、眼下に広がる光景に目を奪われた。
 美しい景色を眺めながら、2人きりで過ごす一刻(ひととき)。『これが平和な時だったら……』という思いが、2人の心に去来する。

 何と無くいい雰囲気になっていた機内に、突然、ケータイの着信音が鳴り響いた。

「ハ、ハイ!もしもし!あ、あぁ月夜さんですか。い、いえ!べ、別に慌ててなんか……。え!ハイ、分かりました」
「どうした?」
「これから、地上班が威力偵察を行うので、状況の確認に当たって欲しいと」
「了解だ」
 
 敬一は表情を引き締めると、手早く計器を確認する。
 たちまち、空気が緊迫したものに変わった。



「あ!始まったみたいだにゃ!」

 風に乗って届く銃声に、超 娘子(うるとら・にゃんこ)の耳がピクッと動く。
 先ほどAチームから、威力偵察を行う旨の連絡があったところだ。

 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)も立ち上がって西の方を見るが、今のところ、変わった様子はない。

「『散発的』ってカンジだな。本気で反撃してる訳じゃないってことか?」
「敵がアッチに気を取られてる今の内に、にゃんこたちも仕事してしまうにゃ!」
「お、おぅ」

 動物への情報収集が効を奏し、Bチームは、Aチームよりも先に予定地点に辿り着くことができた。
 そこで、姿を隠すことができるメンバーだけを選び、秘密の入口までのルートを偵察することにしたのである。
 五月葉 終夏から『ほとんどの入り口は封鎖されているハズ』という情報も伝わっている。もしそうなら、複数の入り口を回らなくてはいけなくなる。その意味でも、事前に障害を確認しておきたかった。

 2人は《光学迷彩》と《隠形の術》で身を隠すと、一つ目の入り口へと近づいていった。



 日が傾き始めると、山から吹き下ろす風が、密林に吹きつけるようになった。
 森の縁に潜む地上部隊は、その心地良い風で疲れを癒しつつ、簡単に食事を済ませた。
 いよいよ、作戦開始である。



 先陣を切るのは、Bチームの伏見 明子(ふしみ・めいこ)だ。
『金鷲党のやり方が気に入らないから』という単純な理由で作戦に参加した明子だが、それだけに敵愾心は強い。
 しかも、朝から今までただ待つだけの時間が続いたから、相当に鬱憤も溜まっている。
 そんなような理由で、今の明子は相当に『ヤル気満々』になっている。

「よーし!やっと出番ね!」

 明子は『パンパンッ』と頬を叩いて気合を入れると、【ベルフラマント】を身にまとった。

『それじゃ、派手に陽動仕掛けて来るから、後はヨロシク!』

 Bチームのメンバーにそう言い放つと、《空飛ぶ魔法》をかけた。
 その身体がふわりと浮き上がったと思うと、次の瞬間には猛烈な風だけを残して見えなくなる。
 彼女はどんどんスピードを増しながら雲を抜けると、雲の上だけを選んで飛んだ。
 地上から発見されないようにという配慮である。
 
 その甲斐あって、後数百メートルというところまで近づいたが、ここで敵に捕まった。
 山の上で赤いモノが幾つか光ったかと思うと、たちまちそれが幾筋もの火線となって、明子に迫る。
 
『見つかった!』

 と思う間もなく回避行動を取る明子。
 空に大きな弧を描きながら【機晶シールド】を構えると、【ロケットシューズ】に点火した。

「いっけー!!」

 と叫ぶ自分の声よりも早く、山に向かって突進していく。

 シールドで防ぎきれない銃弾が身体に突き刺さるが、《超人的肉体》と《龍鱗化》で硬度を増し、【アーティフィサー・アーマー】で身を鎧った明子に致命傷を与えることは出来ない。
  
 まるでミサイルのような勢いで、火線の元目がけて飛び込む明子。
 そのまま地上を滑るように着地しながら、《アクセルギア》を起動した。あらゆる物理法則を無視して、明子の時間が引き伸ばされる。
 そこには、対空機銃や自動小銃で武装した兵士たちがいた。狼狽しながらも応戦しようとする兵士。
 しかし、30倍に引き伸ばされた時間の下では、彼等が機銃座から立ち上がるよりも、明子が《歴戦の魔術》を発動する方が早い。
 辺りがまばゆい光に包まれ、破壊の嵐が吹き荒れる。断末魔の悲鳴だけを残して、バタバタと倒れて行く兵士たち。
 アクセルギアの効果が切れたときには、周囲の敵は一掃されていた。

「はろー!特攻兵器のお届けですっ!捕まってる人返して謝るなら、今の内よ♪」

 幸運にも死をまぬがれた兵士に、そう凄んで見せる、明子。その手には【機晶爆弾】が握られている。
 だが、半ば恐慌状態に陥っている兵士に、そんなウィットの効いた脅しが効く筈もない。

「ちぇっ……。しょーがないなぁ、もぅ」

 明子は、眼下に見える櫓に狙いをつけると、手に持った機晶爆弾を放り投げた。
 《サイコキネシス》で加速された爆弾は、投擲されたとは思えない距離を飛んで、櫓の屋根に落ちる。
 《テクノパシー》で起動された爆弾は、轟音と共に、櫓の屋根を吹き飛ばした。

「だから言ったっしょ?今の内だって」   

 目の前に広がる惨状の前に、兵士は、銃の引き金を引くのも忘れて、ただただ呆然とするしかなかった。



「おー!派手にやってるな、明子のヤツ!これは、あたしらも負けてらんねーぜ!!」
「ニャンコたちもいくニャ!」

 明子の起こした爆発を見上げ、張り切る泉椿と超娘子。
 森を出たBチームの地上部隊は、勢い良く要塞へと突き進む。

「みんな、そこを右よ!」

 霧島春美が、進むべき方向を指示する。
 地下への秘密の入口は全部で3つあったが、春美は、先ほどの偵察で得られた情報と、入り口周辺の防備の厳重さなどから、『一つだけ残すならココしかない』という入り口を推理していた。

「あれにゃ!あのトーチカの間に、入り口があるニャ!」

 娘子の指差す先に、地面が大きくえぐれて、窪地になっているところがある。そして、窪地を縦横から挟むようにして、トーチカが配置されていた。入り口に近づこうとすると、トーチカから十字砲火を受けることになる。
 
「……気づかれてるわね」

 《殺気看破》で警戒を続けていたブリジット・パウエルが、周囲を確認する。

 殺気はトーチカと、頭上の櫓から発せられていた。
 ブリジットは、上空の朝倉千歳とイルマ・レストに連絡を取る。

「やっぱり、不意打ちって訳にはいかないか」
「大丈夫ですわ、千歳。それも計算の内です。それに、私たちの攻撃は、あくまで牽制ですから」
「気楽にやれってコト?」
「えぇ」


『こちら千歳。準備オッケーだ!』
「了解。射ち方、始め!」
「それじゃ、行きますよ!」

 ブリジットの声を合図に、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)の【最古の銃】が、火を噴く。
 千歳とイルマは、櫓すれすれを掠めるように飛びながら、《ゴルダ投げ》と【ハンドガン】で牽制する。
 たちまち、砲火の応酬が始まった。



「よし、出番か」

 偵察の後、一人仲間の元には戻らずに、トーチカの風上に隠れていたグラキエスは、風向きを確かめると、トーチカへ流れるように《しびれ粉》をまいた。
 微細な粉が、風に乗って流れて行く。
 しばらく待つと、トーチカからの攻撃が、目に見えて少なくなった。
 正直、密閉性の高いトーチカ相手にどの程度効果があるか自信がなかったが、上手くいったようだ。

「今だ!つっこめ!!」
「ニャニャニャニャー!!」

 敵の砲火が弱まったのを見て取った椿と娘子が、物陰から飛び出した。
 椿は《神速》で、娘子は【マジカルシューズ】で速度を増し、トーチカ目指して吶喊する。 

 敵の攻撃は、より速度の早い椿に集中するが、椿は《軽身功》で身体を浮かせ、巧みに銃弾を回避する。

「でりゃぁー!」

 椿は最後の数メートルを一気に駆け上がると、一気に秘密の入り口のある場所に辿り着いた。
 ここまで来てしまえば、トーチカからの攻撃を受けることはない。
 すると、ただの壁のように見えていたトーチカの側壁が開き、中から兵士が銃撃を浴びせてきた。死角に入り込んだ椿を攻撃するためだ。

「そいつを待ってたニャ!」

 そこに、遅れて来た娘子が殺到する。
 全身に、燃える炎のような模様が浮かび上がっている。

「轟け!怒濤の超魂、ニャンコ稲妻キィーック!!」

 膝立ちで射撃をしていた兵士は避ける間もなく吹き飛ばされ、トーチカの中に転がり込む。
 続けてトーチカに入り込む娘子。そこに、兵士たちが襲いかかる。
 が−−。

「うなれニャンコの拳と肉球!」
「砕くぞ悪の心と野望!」
「世界を乱すワルモノは、ウルトラニャンコが許さなーーい!」

 トーチカに、鉄拳制裁の嵐が吹き荒れた。



 娘子がトーチカに侵入したのと同じタイミングで、もう一つのトーチカが開いた。
 兵士は椿を銃撃しようと、ライフルを構える。
 だが、彼が引き金を引くことは出来なかった。

 突然、虚空に何かがキラリと光り、兵士の首に鋭い痛みが走る。
 隠れていたグラキエスの《ブラインドナイブス》が、頸動脈を切断したのだ。
 首から噴水のように血が吹き出しながら、兵士は、糸の切れた人形のように倒れた。

 「クソぉ!」

 仲間の死に激高した兵士が、叫びながらライフルを撃つ。
 無数の銃弾がグラキエスを襲うが、魔鎧化したアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)がその全てを弾き返す。
 驚愕に目を見開く兵士の胸を、突き出された【ヴァジュラ】の光刃が貫いた。

「俺の邪魔をするなら、容赦しない」
「主には、指一本触れさせん!」

 2つのトーチカは、瞬く間に制圧された。 



「あった!」
 左右の戦いには目もくれず、一心不乱に入り口を探し続けていた椿の手が、ついに隠されたスイッチを探り当てた。
 迷うこと無くスイッチを押す椿。
『ガコン!』という音がして、壁がスライドしていく。
 その時、壁の隙間から飛び出してくる何かを、椿の《殺気看破》が捉えた。
 無意識の内に動いた身体のすぐ脇を、『それ』が掠めていく。

 日を浴びて光る、黒い影。
 椿は、肘を振り上げた。
 弾き飛ばされたライフルが宙を舞い、銃剣がキラキラと輝く。
 大きく扉の方に踏み込み、《鳳凰の拳》の二撃目を見舞う。 

 扉の影で待ち受けていた兵士は、壁と拳の間で、動かなくなった。
 倒れた兵士を引きずり出し、扉の向こうを覗き込む椿。そこに誰もいないのを確認すると、仲間たちに手招きした。



「これが白姫岳要塞か……。苦労した甲斐があったぜ」

 念願の白姫岳要塞に足を踏み入れ、感無量といったカンジのグラキエス。
 彼はただ『要塞』というシチュエーションに対するロマンだけで、この作戦に参加していたから、感慨も一入(ひとしお)だった。


 その隣では、娘子が【パラミタセントバーナード】の頭を撫でながら、重要な使命を託していた。

「いいにゃ。必ずミディたちに、首輪の中のモノを届けてにゃ。大変なお仕事だけど、ガンバッテにゃ!」
 セントバーナードは、パタパタと尻尾を振ると、要塞の廊下を駆けていく。
 その姿は、すぐに曲がり角の向こうに消えた。
  
「……分かりました。あゆみちゃんは、きっとこっちだと思います」

 今まで、足元の廊下や壁を《サイコメトリ》で調べていた春美が、確信に満ちた表情で立ち上がる。

「よし。それじゃ俺と娘子が先行するから、みんなは後からついて来てくれ」

 グラキエスの指示に、全員が頷く。
 一行は、要塞の通路を慎重に進んでいった。