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第一章 轟きの驀進
 
 
 イルミンスールは北、ザンスカールよりも北にその避暑地は存在した。
 カタカナ六文字で名付けられた比較的最近完成した高級保養地だ。
 高台の森を僅かに切り開いて造られた円形のそこには、様々な建物が見える。そして眉をひそめる多くの人の姿も、同時に目にすることが出来た。夏場の昼間のことだ。
 慌ててはおらず、笑っている者もいるが、しかし危機感を得ているものもいる風景。
 そんな場が見られる理由は単純。
 保養地から約一キロの位置。
 そこには全長百メートルを超す、人型の石像が起立していた。
 能力のない一般人でも十分に見える程の大質量が存在していた。それも、保養地目指して歩いて来る姿が、だ。
 息をのむ人々が居る中から、一つの姿が飛び出していった。
 小型飛空艇を駆って宙を行くエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だ。彼は怒りに顔を歪めながら両の拳を握りしめ、
「畜生、金が足りないという時分にがっぽり儲けられる仕事だったのに……」
 言葉を漏らして風を付きぬける。目線は巨大な石像に固定して離さない。飛空艇で一気に上昇し石像の顔と同高度まで到達する。
 やがて彼はドリル片手に体勢を整えると石像を睨みつけ、
「お前のせいで台無しだ馬鹿野郎――!」
 叫び、突撃した。
 
 
 保養地まで九百メートル地点。緑一色のスーツに身を固めたツブヤッキーは顔を背後に向けていた。
「ノワール様、なんか飛空艇に立ち乗りして馬鹿正直に真っ向から突っ込んでくる男が来たんですが」
「解ってるわよ。というか見れば解るわ」
 ツブヤッキーの報告を受ける前に彼女の眼はエヴァルトを捕らえていた。高速であり、彼女らへ至るまで残り三百メートルほどであろうか。
 ディティクトは明らかな敵視の表情をした彼を指差し、
「お前達、やぁっておしまい!!」
「アイアイマム!」
 指示と同時、ツブヤッキーとズラカリーはゴーレムの腕を作動させた。
 左腕一本を肩まで上げると、
「食らってみんさい。名付けて脆い腕パンチ」
 そのまま腕を直射させた。腕の長さは約四十メートル。本来であれば届く筈もない距離であるのだが、
「ぬおおお!?」
 届いた。
 腕が、ではない。手をかたどった石の塊が数十単位で解け、横殴りの雨と化したのだ。
 さながら散弾のように、しかも高速で石の塊は飛んでいく。
 
 
 エヴァルトは何とか避けようとするも彼は飛空艇に乗ったまま。
 細かい挙動は出来るわけもなかった。
「くそっ、スマン飛空艇!」
 彼の判断は迅速だった。
 立ち乗り状態であった飛空艇を踏み台に、一気に跳躍したのだ。石弾の雨を飛び超え、遥か高く山なりの軌跡を描いて飛ぶ。ゴーレムとの相対距離は数十メートル。
 今までの加速もあってか、放物線の到達点はゴーレムの左肩。その試算をエヴァルトが終えた時だった。
 彼の視線は到達点の向こう、ゴーレムの背側と捕らえていた。
 正確には、ゴーレムの背後から飛空艇で迫り寄るスノー・クライム(すのー・くらいむ)と彼女の背に捕まる佐野 和輝(さの・かずき)を、だ。佐野はしっかりと武装している。
「む、同士か。だが破壊に関しては負けん」
 手段と目的が入れ替わりかけながら、肩へ降り立つまでの幾秒をエヴァルトは歯噛みをして待つことになった。

 
 佐野は今正に、ゴーレムの右肩に降り立とうとしていた。
 偶然とはいえ、エヴァルトが囮の役目を果たしてくれたので楽に近づくことが出来た。
「では、破壊活動を始めようか」
「……気を付けてよ和輝」
 飛空艇に乗ってゴーレムから離れて行くスノーに頷きを返した佐野は懐からグレネードを取り出し、足下へ埋め込んでいく。
 角張った石などで組み立てられた石像には隙間は事欠かない。
 ゴーレムは歩行中である故揺れに揺れる。足場は不安定であるからか片手と両脚で這い、滑るよう進む彼は一つ、二つと慎重に且つ素早く押し込んでいく。
 操る者には異物が差し込まれている時点で既に気付かれているだろうが、
「ここに居る限り、手出ししようがないでしょう」
 順調に弾薬を押し込めている彼が、下から来る震動に合わせて三肢を使って上手く移動している時だった。
「ほらー、こっちだよー」
 箒に乗ったアニス・パラス(あにす・ぱらす)がゴーレムの顔付近で旋回していたのだ。
「アニス! 待っていろと言っただろ!」
 大した装備もなく出張ってきた彼女に、佐野は語気を強めるが、
「大丈夫大丈夫。アニスは、あんなノロマのゴーレムに捕まらないもん」
 アニスはどこ吹く風で、気にした素振りもなく石像の鼻先で文字通りの右往左往をしていた。
 そんな彼女に舌うちと共に心配そうな表情を向けた佐野は
「……一度叱った方がいいのか」
 呟きつつも、彼女の努力を無駄にせぬようにグレネードの設置を続けようとした。
 見れば反対側の肩にはエヴァルトが着地しており、片手にしたドリルを振りかぶって首筋に突きたてようとしている。
 彼の攻撃が終わるとタイミングを合わせて起動しようか、と佐野が逃走の準備を始めた時だった。
『あー、あー、テステス。聞こえるかしら首周り』
 アニスとは違う女声が響いて来た。それは近くの、ゴーレム側頭部にいつの間にか出来ていたスピーカーによる声で、
『残念だけど、見えてるわよそこの連中!』
 ディティクトの声、そのものであった。


 ディティクト・ノワールが得ているのは視覚だけではない。
 前面は百六十度の視界が確保されており、死角となっている後方ですらゴーレムを操る彼女には感覚があった。
 己が操るものへ、ともすれば触角に等しい感覚が。
「ま、近寄ってしまえば確かにリーチは活かせないけれどね」
 彼女は呟き、下方から見上げて来る男二人を顎で操る。
 ノワールは知っていた。設計の段階で不透明な部分があるには在ったが、武装はしっかりしているのだ、と。
 自らは歩行と体勢維持に力を割いて男衆は腕部の動きを担う。
 そして声を響かせた。
「だけどね、自戒すら恐れぬゴーレムの特権を活かした一撃ってものがあるのよ」
 直後、ゴーレムの両肩が激震した。
 歩行による揺れではないそれを佐野は瞬時に理解し、口にした。
「肩その物がせり上がってきている……?!」
 揺れに似ているが、それ以上の動きが足下で起きていた。
 メートル単位で足場が上下している。
 その上でノワールが叫ぶ言葉は、
「喰らいなさい。撃ちだし式使い捨てパイルバンカー」
 直後、石像の肩が大きく隆起した。
 否、弾け飛んだ。
 肩を上げる動きでゴーレムの腕を下から押し上げたのだ。そのせいで十メートル程両腕が短くなったが、効果は絶大だった。
 肩であった部分はただの余分となり、石くれと同じものになる。ゴーレムではなくなった、つまりはノワールの支配から解放された石や土くれと共に、肩の表層部が吹き飛んでいく。
 その上方に陣取っていたものは押し出されるようにして宙に投げ出され、あるいは土弾の殴りつけを受けてぶっとばされた。
 仕込んでいたグレネードすら例外ではない。
 当然肩に居たエヴァルトや佐野も等しく吹き飛ばされ、
「なっ!?」
「畜生……!」
 下方から石弾を食らいながら空中を吹っ飛んでいく。
 拳大の石の雨だ。
 防御の体勢を取っていたエヴァルトも、また突然の動きで対応しきれなかった佐野も等しく晒され打撃される。しかも、
「く、ヤバい……」
 飛ばされた先は地表から百数メートル高空。
 このまま落ちれば大怪我では済まない。が、空中では身動き出来ない。
 眼の先ではエヴァルトが空飛ぶ魔法で何とか体勢を整えて着地を試みていた。位置の関係で先に飛ばされたのだろう。
「上手い着陸何だけど……」
 衝撃の強さと負傷によってか震える身を引き摺って歩いている。勢いを減らしてもアレだ。減らさなかったら言うまでもない
 考えている時間はない。もう叩きつけられるまで数秒だ。
 どうすればいい、と危険が頭に過った瞬間だった
「うわっ!」
 身体に新たな衝撃が来た。
「ぎ、ギリギリセーフ。危機一髪ってとこだね!」
「ええ、ホントに危ないところだったわ」
 それぞれ違う方法で、しかし同じく宙に浮く二人の少女、スノーとアニスが彼を掴んだのだ。地表まで残り僅かの位置だ。
 両脇から抱えるようにして少女達は佐野を支え、
「さて和輝、じゃあ治療する場に行くわよ」
 ゴーレムの進行方向とは反対に進路をとって移動を始めた。
「え? この位なら別に……」
 額や腕の裂傷を見て佐野は自己分析を告げるが、
「良くないわよ。負傷は負傷、直ぐにこの場を離れるから」
「そうだよ。それにこの状態で追っても危ないだけなんだから大人しく下がるの!」
「わ、ちょっ、ま――」
 強引、の一言の下、彼は二人に連れ去られていった。