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リアクション
「こっちだ……間違いない」
告げたのは、清泉 北都(いずみ・ほくと)。本来なら危険を避けるための直感と結界を、敵の存在を探るために使っているのだ。その探索行だけでも、額には汗が浮かんでいる。
「一気に、参りますよ」
クナイ・アヤシ(くない・あやし)が手にした明かりを水路の奥に向ける。曲がりくねった水路の中に、びっしりと不定形のスライム達がうごめいている。
「ああ。パーティの始まりだ」
水路にうごめくスライムの群れに対面し、佐野 和輝は低く告げた。
「スライム相手に格好つけても」
傍らのアニス・パラス(あにす・ぱらす)がぽつりと呟く。
「とにかく、この場を片付けなきゃ」
スノー・クライム(すのー・くらいむ)が槍を構えた。和輝は頷き、短く叫ぶ。
「アニス!」
「まっかせなさい!」
和輝に呼応して、アニスが魔力を放つ。水路を流れる氷に霜がおり、見る間に凍り付いていく。が、さすがに流水をすべて凍らせることはできず、彼らがいる一角の足下を水から氷に変えるのがやっとというところだ。
目的は、スライムの足を止めることだ。が、氷ごと地面に貼り付けられるのを察したスライム達は一斉に折り重なり、仲間を足場としてそれをかわす。
「滑らないように気をつけて!」
「おおっ!」
ひとかたまりになったスライムへ向けて、和輝が銃を構える。彼の手から青白い電流がほとばしったかと思うと、銃に集約。引き金を引き絞ると、火花ではなく青白い荷電がほとばしり、帯電した弾丸が放たれた。
「なっ!」
クナイが驚きの声を上げて、床を蹴る。
「うわぅ!?」
スライムに銃を向けていた北都の体を抱えて、水面から跳び上がった。濡れた氷の上に立つのも危険である。少し不安定だが、水のない段差に降り立つ。
「気をつけてください。勝手に戦っているわけではないのですから」
「けど、威力は抜群ですよ」
和輝が示す先では、電流に焼かれ、スライムの塊に大きな穴が穿たれている。
「でも、さすがに電流が四方八方に飛び散るのを押さえるのは大変かも……」
杖を構えたアニスがうめく。和輝が作り出した電流を、彼女が魔力でコントロールする予定だったのだが、水を伝っていく電流の全てを意のままに操れるわけではない。最初から電流に指向性を持たせているのならともかく、すでに発生した電気が別の方向に伝わるまでに操作するなど、魔力があればなんとかなる、という問題ではなさそうだ。
「なら、こっちへ! 私が引き受けるわ!」
スノーが構えた槍を、スライムの足場に広がっている氷に触れさせる。
「うん、やってみるね〜」
アニスが答える。和輝が再び弾丸を放った。スライムの体を伝って広がる電流がスノーの槍に集まる。
「くう……!」
精神力に裏打ちされた魔法への防護がスノーの身を守ってはいるが、だからといって電撃をまったく感じなくなるわけではない。力任せに槍を突き出し、スライムの群れの中央に突き入れた。互いの体に電圧が走り、共に走り抜けていく。
「いくらなんでも、無茶な戦い方だと思うけど……」
背後から眺める北都がぽつりと呟く。
「魚が泳いでいる川で試さなかったのだから、良識があると言ってもいいんじゃないでしょうか」
クナイが答えた。互いに顔を見合わせてから、
「この状況でスライムが最後まで戦い続けるってことはないだろうね。僕たちは、奴らが逃げ出した時に備えよう」
北都が目を細める。瞳の様子がわずかに代わり、暗い水路の中がはっきりと分かる。すでにスライムの群れは、一部を犠牲にして脱出をはじめているようだった。
「御意」
そして二人は、前方の戦いのわずかな間隙を縫って駆け出した。
「これは俺の予想なんだが」
ぞろぞろとうごめくスライムが威嚇するように体を起こすのを見て、カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)はぽつりと漏らした。
「前の戦いで俺たちが水路に流したスライムは、このスライムどもの養分になったんじゃないだろうか」
「し、知らずにやったことですし、ちゃんと自分たちで対処すれば問題ありませんわ」
リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)が、頬に汗を伝わせながら答えた。
「じゃあ、対処するとするか」
あと一歩踏み込めば、スライム達が一斉に襲いかかるだろう……というような距離で、カセイノは意識を集中し、自らの体を宙に浮かせる。
「こっちだ」
「わわっ……!」
カセイノがリリィの体を抱え上げ、共に浮かび上がる。リリィは落ちないようにしがみついているのがやっとという様子だ。
「落ちるなよ」
奇妙な羽音と這いずるような音が水路に響く。カセイノが獣使いの奥義を用い、毒虫の群れを呼び込んだのだ。
「うわ……」
女子なら誰もが悲鳴を上げてしまいそうなデザインの、毛針がびっしり生えた虫を見て、思わずリリィが目を伏せる。だがスライム達の方は、それをかっこうの餌だと思ったのだろう。身体ごと飛びついて、消化液で溶かし込んでいく。
「一丁あがりだ。後は、毒が奴らを仕留めてくれるのを待つだけだな」
眼下では、スライムの形が異様に歪み、所々色が変わっている。ようやく異物を感知したのか吐き出そうとしているが、すでに毒はじわじわとその体を蝕んでいる。
「降りるんじゃないぞ、あれは針に毒が仕込んである虫だ。水中で刺さったら、人間でも猛毒を受ける」
「って……」
「それは、危なすぎるだろ!」
リリィが言うよりも早く、背後から声が聞こえた。殺気を探り、暗視を用いて駆けつけた国頭 武尊(くにがみ・たける)だ。
「水はこの場所に溜まってるんじゃない、流れてるんだぞ。通路の奥に向かう連中の邪魔をするつもりか?」
「近づくな、あんたも毒にやられるぞ」
武尊が腰に備えた火器を抜くのを、カセイノが制そうとする。
「言ってる場合か!」
が、武尊はもだえるスライムに近づき、火器を構えた。
「まさか本当に消毒することになるとはな!」
ごう、と音を立てて、赤い炎が噴き上がる。火炎放射器だ。ずるずると這い回るスライムたちを、時間をかけて焼く。その体の中に取り込まれた毒針ごと焼き払うためだ。
「ヒャッハー! 汚物……じゃなくても、消毒だーっ!」
パラ実生の矜持を保つため、叫ぶ。その様子を上から眺めていたリリィが、ぱっとカセイノの腕を払った。
「や、やっぱり、私も手伝います!」
なぜか顔を赤くしたリリィは、水面に手を触れる。
「動かないでください。毒針が刺さらなければ、大した事はないはずですから」
そう、武尊の背に告げ、水面に手を触れる。僧侶の祈りに答えて、水面ににじみ出している毒が取り除かれていく。
「ローストし終わったら、こっちも頼むぜ」
武尊が、火炎放射を続けながら告げる。焼き終えたスライムの体からも針が水中に吐き出されているはずだ。
「はい。僧侶として、ちゃんと対処します」
リリィが答える。カセイノは宙に浮かんだまま、何とも言えない居心地の悪さを味わっていた。
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