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冒険者の酒場ライフ

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第一章:賑やかな酒場
 ここはエリュシオン領キマクとシャンバラの国境地帯。
 その荒野に一つ、灯りをつける建物。シャンバラではポピュラーな蒼木屋である。
 酒場でありながら、数種類のドリンクが飲み放題のドリンクバーが設置された店内はそこそこ広く、旅や冒険の話を仲間たちと語らうテーブル席の他にも、一人で訪れた客が静かに飲めるカウンター、そして騒々しい中でも一旦始まると皆が静かに耳を傾ける歌唄いの上がる小さなステージが用意されてある。
 普通の蒼木屋と違ってマカロニウェスタンな内装であるのは、場所柄のためもあるのであろう。
 そんな荒くれ者達で賑わう酒場独特の騒がしい店内で、メニューを見るフリをしつつ隈なくその仕組みを観察するトーガを纏った怪しい人物がいた。
 エリュシオンの設計士セルシウスである。
「ご注文はお決まりですか?」
「む!」
 感づかれたか!と、セルシウスが顔を上げると、ニコニコと笑顔を浮かべたウェイトレスのノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が微笑んでいる。
「ああ……いや、まだだ。何かこの店のオススメはあるのか?」
「うーんと、ハンバーグステーキが美味しいよ?」
「ふむ……」
 はるばるエリュシオンからやって来たものの、あまり腹は減っていないセルシウスはノーンの提示した料理をメニューで見て考えこむ。
 ノーンはそんなセルシウスを見て、
「えっとね、じゃあ、ドリンクバーってどう? ジュース飲み放題なの!」
「!!! 飲み放題だと……!?」
 椅子から立ち上がったセルシウスを身長110センチのノーンが見上げる。
「うん! そうだよ!」
「(どんなビジネスモデルなのだ……だが、喉は乾いている。調査するか)よし、ではそれを一つ頼む」
「はーい!」
 丁度その時、片手にタオルを持った金元 ななな(かねもと・ななな)が横を通りかかり、セルシウスを見て声をあげる。
「あー、コンビニにもいた人! また、なななの前に現れるなんて……これは所謂ストーカーってやつね!」
「なななちゃん、偶然って言葉を発展させすぎてるよ?」
「甘いわよ! プリティノーンちゃん。可愛い子は狙われるの!」
「そうかなぁ……あ、グラスはドリンクバーの傍からご自由に取ってね」
 ノーンに言われてセルシウスが「うむ」と頷く。
「ところでなななちゃん? 向こうにお水持っていくんじゃないの?」
「ふふふ、そうよ! なななはお水を配るっていう一番大事なポジションを任されたのよ!」
と、頭のてっぺんのアホ毛をピンと立たせる。
「へー、わたしは注文を取るのとお料理を運ぶんだー」
「なななもそういうお仕事してたんだけど、サービスし過ぎるから、って言われて、より高度な接客を任されたのよ!」
「へー……」
 なななが注文のオーダーを間違え続けた事を知っていたノーンだが、そこは笑顔でかわす。
「おい、ねーちゃん! 早く拭くものを持ってきてくれよ!!」
 酒場の端の席から衣服に何かを零したような跡を持つ男が叫ぶ。
「ふふふ、聞いた? なななは大人気ね」
 セルシウスが耳を傾けると、男がブツブツと呟く声が聞こえる。
「ったく、来店早々水を零されるとか、ツイてねーな」
 背の低いノーンがなななの肩をポンと叩き、
「なななちゃん、わたしも手伝うよ! いっしょに頑張ろーね!」
「なななのご奉仕についてこれるかしら?」
「頑張るよ!」
 ノーンとなななが男の客の方へ足早に向かっていく。その光景はどう見ても、出来の良い妹に手をひかれて行く天然少女の図式である。
「よし、私もドリンクバーとやらの調査に向かうか」
 二人が去った後、セルシウスが重い腰をあげる。
「……ところで、私はシャンバラでの何か大事な用事を忘れている気がするが……」
 と、言いかけ頭を振る。
「いや! 道中発見したこの酒場のシステムを解析し、それを我が国家に持ち帰る事こそ設計士としての至高の任務!! これ以上に大切な事があるだろうか!!」
 セルシウスはそう自分に言い聞かせ、席を立つ。


 酒場には、どうやらセルシウス以外にも客の中には酒場の仕組みを今イチ理解していない者もいたらしい。
 森田 美奈子(もりた・みなこ)と共に席についたコルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)は、メニューを見つつ周囲に目をやる。
 ドレスに縦ロールの髪型という、おおよそこういった場所には来ないであろう姿のコルネリアがフゥーッと息をつき、
「こういう下々の方が憩いの場とする酒場という場所に立ち入るのは初めてですので、少し緊張しますわね、ねぇ美奈子?」
「はい。お嬢様。ですが、社会勉強の一環としてこういった場所に食事に来られるお嬢様は立派だと思います」
 『三歩下がって主の影を踏まず』というメイドの嗜みを地で行く美奈子が静かに頷く。
 美奈子は上質なメイド服のポケットに隠した殺虫剤に耐えず片手を入れている。
「(この手の酒場には、台所にいるおぞましい黒い虫のごとき男どもも多数生息しているはず。お嬢様が穢れてしまわないように注意しませんと……)」
 殺虫剤は、そう思う美奈子なりの防御手段である。
「少し想像していたイメージと違う気もしますけど、事前に予約もせずに気軽に入店できるというのは利点ですわね。急な予定にも対応できる素晴らしいシステムですわ」
「ええ、お嬢様が普段行かれます店は、お料理の仕込みの関係もあるのでしょうから」
 実家が大富豪であるコルネリアがいつも食事に赴く店は、大体は静かにピアノの生演奏や上質な椅子やテーブルが置かれた三つ星クラスの高級レストランである。
「それにしても、このドリンクバーというのは……ソフトドリンク飲み放題? それで経営が成り立つのかしら? 興味が尽きませんわ」
「ではお嬢様、ドリンクバーをオーダーしましょうか?」
「ええ、でもせっかくですから何か料理もオーダーをしませんとね……どれがいいのかしら?」
と、メニューを覗き込む。
「それにしても、随分お安いお値段ね。桁を間違っているのかしら?」
 本気で悩むコルネリアを見て、美奈子が口を開こうとすると、
「メニューだけ見ても何かよくわかりませんわ。ねぇ、美奈子?」
「え?」
「ここはをシェフを呼んで、本日のお勧めを聞くべきでしょう? 美奈子、ギャルソンを呼んできなさい」
「ギャルソン……でございますか? お言葉ですがコルネリア様。ここはフレンチレストランではないので、ギャルソンとかシェフとか気の利いた職種の方はいないかもしれません」
「レストランなのだから当然居るでしょう?」
「え……と……」
 美奈子が周囲を見渡そうとすると、
「注文ですか?」
「!?」
 音もなく傍らに店員のゲイル・フォード(げいる・ふぉーど)が参上する。
「ず、随分早い対応ですね」
 美奈子が驚いていると、ゲイルは頷き、
「私は特殊部隊で訓練を受けていたのです。気配を殺し貴殿達に接近する等造作も無いこと……」
「結構ですわ。下々の店にもちゃんと訓練されたギャルソンはいるのですわね」
と、コルネリアが満足そうに頷く。
「それで、本日のオススメは何かしら?」
「全部です」
 ゲイルが即答する。
 やや呆気に取られたコルネリアに美奈子がすかさずフォローを入れる。
「お嬢様。先ほど料理長が今日は良い肉が入った、という話をしていました。ハンバーグ等はいかがでしょう?」
「え……えぇ、ではそれと……」
「セットメニューでスープ、サラダ、それにパンかライスが選べますが?」
「ではパンで……」
「かしこまりました」
「美奈子、貴方は何を頼むの?」
 コルネリアの問い掛けにも美奈子は答えない。と、言うか行き交うウェイトレス達を凝視している。
 眉を顰めたコルネリアが、
「美奈子?」
 ハッと我に返った美奈子が素早くメニューを指さし、
「は、はい! では、私はこのパスタを!」
「かしこまりました」
「それと、ドリンクバー二つ頂きますわ」
 注文を受けたゲイルは、二人に会釈すると再度音もなく消え去る。
「足音も立てずに去っていくなんて、大したギャルソンね」
 ゲイルにコルネリアが誤った感想を述べる中、美奈子はこっそり、殺虫剤とは別のポケットに忍ばせたデジカメの映像を机の下でこっそり確認する。ゲイルとコルネリアが会話している最中、美奈子は首から下げたデジカメで、まるでガンマンのクイックドロウの素早さでウェイトレス達を激写していた。当然、そんな美奈子のデジカメは起動時間と連写性能に特化しているものである。
「(掃き溜めに鶴、泥中に蓮の如き美少女がいる……こんな素敵な場所はないわ。お嬢様がお気に召して下されば、また来店できるし)
「お料理、楽しみね、美奈子」
「はい、お嬢様! じゅるり……」
「あら、美奈子。そんなにお腹が減っていたの? ここのお料理、ちょっとサイズ的には少なめぽいのだけれど……」
「いえ、大きいのより慎ましい方が素晴らしいです」
「そうね」
 美奈子は「胸が」と言いたかったが、主人の手前、メイドの本能でその発言を止めた。
「それにしても、随分荒っぽい殿方の多い店ですわね」
 と、コルネリアが、やや遠くの席で酒を飲んで騒いでいる客達を見やる。