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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3

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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3
少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3 少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 1/3

リアクション

   第二章 暗殺者の名前

   1

「レン・オズワルド殿が斬られたでござるか」

わい維新さんが目撃者です。はじめてきくような顔をされていますけれど、そうではないのでしょう。
りませんね。
ふふいですわ。あなたのペースでお話しましょう。
いんたしたとは、言ってもあなたはあなたです。
からだにみついているのでしょうね。あのお仕事の感覚が。
わかりますこんな言い方を年下の私がしたら、生意気ですか。
わたしあなた信頼いや尊敬しているのですよ。
あなたやくそくをもって、ずっと私たち一族を助けてくれているではありませんか。
あなたがうらぎって私はうらみはしません。
かこをすてていきられば、いいと思ったことありませんか」

「人は簡単には変わらぬよ。だからこそ、いい。
貴殿も相変らず、機転のきく人だ。
了解したでござるよ」

「では、失礼します。
あのう、余計なことかと思いますが」

「貴殿の他にもう一人、客人がこの部屋にいるのは、承知している。
だからこその貴殿の機転でござろう」

「ええ。私がこの部屋をでるまでになにもなければ、私はそれでいいのですけれども」

 礼儀正しく和風のお辞儀をして、正座を解くと、シャーロット・モリアーティーは立ち上がり、道場をでていった。
 かなりの広さがある板張りの武道場には、剣山梅斎が一人、あぐらをかいている。

「なにか用がおありかな。
話があるのなら、きくでござるよ。
お客人。でてこられよ。
さもなくば、拙者は自分の牢に戻らせてもらう。
そろそろ、自由時間も終りなのでな」

「気づかれて待っていられると、案外、でていきにくいものですね。
遙遠がここを見学していたら、あなたと彼女が入ってきて、なにやら、秘密めいたお話しをしていたので、身をひそめていた、という言い訳は通用しますか」

ベルフラマントに身を包んで気配を薄くしていた緋桜遙遠が、道場の隅から姿をあらわした。

「貴殿とははじめて会う気がするでござる」

「ええ。その通りです」

遥遠は剣山に歩み寄った。剣山はあぐらをかいたまま、着流しの懐から新聞をだし、それに目を落とす。
ゆっくりと剣山に近づき、遥遠は足をとめた。
剣山を見下ろす遥遠。
あえて遥遠を無視して、新聞を読んでいるふうの剣山。
二人の距離は一メートルもない。
遥遠が動いた。
ばらけた新聞紙が宙に舞う。
一瞬後、立ち上がった剣山と遥遠は真正面からむきあっていた。
細くねじれた縦長の刃のナイフを握った遥遠の手は、剣山の喉元に。
剣山の持った折りたたんだ新聞紙の側辺は、遥遠の目に。
互いに気持ち一つですぐに相手を傷つけられるところで、動きをとめている。

「どうする」

「あなたに質問があるのです。
こたえていただけますか」

「喉を裂かれては、声はだせぬよ」

「これは手段にすぎません。
あまりお気になさらないでいただきたい。
普通に話しても、あなたは素直にこたえてはくださらない方とお見受けしましたので、このようなやり方を選ばせていただきました」

「そのために光を失っても、後悔はないのでござるな」

二人は口を閉じた。
互いに気配を読みあっているようだ。

「失礼しました。
遥遠がやりすぎたのかもしれませんね」

先にナイフをおろしたのは、遥遠だった。
反省どころか、感情を感じさせない冷ややかな声で謝罪を口にする。

「かまわぬよ。
貴殿のような人種とかかわるのは、慣れているのでな」

剣山も遥遠から離れ、床に落ちた新聞を拾いだす。
しゃがんで、遥遠に背中をむけたその姿は、わざと隙をみせ、誘っているようにもみえる。

「いま、遥遠が使ったナイフに見覚えはありませんでしたか。
あなたのことだ。
あの状況でも、これが普通のナイフでないのには、気づいておられるのでしょう」

剣山は新聞を拾うのをやめない。

「ああ」

「それだけですか。非常にめずらしいものだと思うのですが」

「慣れない得物で襲われるとは、拙者もずいぶんなめられたと思ったでござるよ。
いや、貴殿ははじめから本気で殺る気はなかったかもしれぬ。
それは、持ち手を選ぶ凶刀だ」

「いっそ、これを使ってあなたを殺した方が遥遠の目的は、果たせるのかもしれませんね。
剣山梅斎を斬った遥遠なら、斬りたいと思う人がいるかもしれません」

新聞紙をすべて集め、それを懐にしまった剣山は、道場を出て行こうとする。

「次があれば、おしゃべりはなしだ」

振りむかず、剣山はつぶやいた。

「わかりました。ただ、斬ればいいのですね。その方が気が楽です。
遥遠は好きにやらせていただきます」

剣山は去り、遥遠は再び、気配を消した。

   2

セルマ・アリスと彼のパートナーのリンゼイ・アリスは、自分たちが通う葦原明倫館で、剣山梅斎について調査していた。

V:あまねからのメールで知った特別移動刑務所兼(少年院)コリィベル。そこに収監されているという剣山梅斎に、俺は興味を持った。
不謹慎な言い方かもしれないけれど、過去の罪で今後一生更生不可能の烙印をおされてしまった彼について知りたくなったんだ。すぐに応援に行ってあげられなくてあまねとくるとには悪いけど、俺はまず、コリィベルにいるのが、どんな人物がなのかを調べることにした。
一度罪を犯した人間はどんな形であれ許されないものなのだろうか。

V:私がセルに付き合って剣山梅斎さんを調べようと思ったのは、そうですね、あえて言葉にすれば確認のためです。
私自身、犯罪の犠牲者ですし、私に罪を犯した相手を一生許す気はありません。
彼は、私の人生を奪ったのです。許せるわけがないでしょう。
謝罪とか、刑に服すとかとは、別の次元で、被害者に心から許してもらえる犯罪者なんて存在するのでしょうか。
せめて、忘れてもらうくらいが関の山では。
私の兄のセルは、自分が罪を犯し、のうのうと生きている側なので、被害者の気持ちはわからないのでしょう。
かって私の人生を壊したセルに、先日、その理由をきくと、いまの自分には理解できない理由だ。考えると吐き気がする。と、こたえました。
自分を傷つけた人に、そんなふうに言われて、あなただったら、許す気になりますか?
私はなりません。
ですから、いまでも、私の中でセルは罪人です。
あまねさん。くるとくん。私はなにか間違っていますか?

「剣山梅斎は学校では、どちらかといえば優秀な生徒だったみたいだね」

「ええ。成績はそれなりに優秀で、友達もたくさんいたようです。
部活動は、家庭科部、ですか。
孤児だった彼は、もともと炊事洗濯、家事全般が得意だったようですね」

「表むきのデーターでは、彼がコリィベルに収容されるような人物には、とても思えないな」

「案外、凶悪な犯罪者でも普段は、のほほんとしているものですよ」

リンゼイの冷たい視線に、セルマは口を閉ざした。

「だからこそ罪深いのです。
人を地獄に落としても自分は笑っていられる。
そういう人には、一生監獄に入って苦しんでもらうのが、一番いいのではないのでしょうか」

自分に対するリンゼイの気持ちを知っているセルマは、それでも常にリンゼイとできるだけ普通に接しようとつとめてきた。それはセルマが無意識のうちに、自分とリンゼイが普通に生活することが、過去の贖罪だと考えているからである。

「俺は、そうは思わないな。
相手が何者でも、人が苦しむ姿をみて喜びを感じる人は不幸だよ。
しかも、それが一生続くなんて、その人もどこかおかしくなってしまっているんだと思う。
そんな人生はよくない」

「・・・・・・」

日頃からセルマが、無難な正論、一般論っぽい意見を述べると、リンゼイは黙るか、冷たい態度をとる。
そんな時、まだ普通を素直に受け入れられない妹に、セルマは悲しい気分になるのだ。
でも、だからこそ、自分は兄としていつまでも妹の側にいて、普通であり続けたいと思う。
以前の、セルマが傷つけてしまう前のリンゼイは、セルマよりももっと普通の性格の女の子だったのだから。
リンゼイとの関係でセルマがもっともつらく感じるのは、私のことはもう放っておいて、とリンゼイが離れていってしまうことかもしれない。

「剣山さんがなぜ、コリィベルにいるのかを知るためには、彼の裏の顔を知る必要がありそうですね」

「暗殺者だった、という噂があるだけで、実体はわからない。
ここにある記録でみる限り、彼は、葦原明倫館で一件の事件も起こしていない」

「筋金入りの、優秀な殺し屋さんなのですね。
生まれながらの危険人物なのかもしれません。
なんの痕跡もなく闇の世界を渡り歩き、闇に葬られる人生なのですわ」

「証拠もなくそんなのわからないよ。
あ。
そうだ。
そうかもしれない。
リンの言う通りだ」

リンゼイの言葉をきっかけにして、セルマは気づいた。
生まれながら犯罪者なんていない。
だったら。
もし剣山が本当に凄腕の暗殺者なのだとしたら、その技術を身につけた場所があるはずだ。

「リン。剣山の過去を調べよう。
葦原明倫館にくるもっと前、孤児だった彼がいつ剣山梅斎になったのか、それを調べるんだ」

「まだ、あきらめないのですか。まったく、しようがありませんね」

結局、日本の地方自治体、警察、新聞社、出版社、博物館、大学教授、郷土研究家にまで、三百件以上の問い合わせの電話、メールをした二人の調査は、その日の夕方にようやく解答にたどりついた。

「まるでファンタジーだ」

「現実です。
剣山さんを育てた養父は山奥に住む剣術の達人で、そこで一子相伝の技を養子である剣山に叩き込んだ。
彼らの流派の継承者は、徳川の時代から、世界の裏側の仕事を請け負い続けてきた。
剣山さんは、地球の各地で仕事をこなし、なんらかの使命を帯びてパラミタにやってきた。
そして、パラミタでも表にはでないまま活動し、いまはコリィベルへ」

「日本にいた頃の彼は、その実在のはっきりしない存在だった。
地球の警察は、彼の犯罪の痕跡をみつけられなかった。
すべては噂のみ。
それも一般に流れてこない、世間の裏でささやかれる、信憑性の高い噂だ。
パラミタでも状況はかわっていない。
彼は、危険だ。
ひょっとしたら、剣山はこれまで一度も失敗をしないまま、いまは、なんらかの依頼をはたすためにコリィベルにいるんじゃないのか」

「反省とは無縁そうな人ですね。うらまれて当然の人生です」

「ああ、かもな」

しぶしぶとセルマは、同意する。

   3

V:マジェスティックのセリーヌ経由で俺にメールがきたのだが、古森あまねという少女の応援をなぜ、俺がしなければならないのか、多いに疑問ではある。
セリーヌによれば、ルドルフ神父が俺にメールを転送しろと勧めたらしいな。
あの偽神父は、俺が忍者だから、このような依頼にはむいていると考えたらしい。
やつの思惑などどうでもよいが、俺は、剣山梅斎の名に興味をひかれた。
そして剣山に会うために、いまは、ここにいる。

「移動刑務所って案外、普通なんだね。私、もっとひどいところかと思ってたよ」

「俺もだ」

葦原明倫館の影月銀とパートナーのミシェル・ジェレシードは、剣山梅斎との面会を申し込み、コリィベルへの入所を許可された。
剣山は、自分への面会を希望するものとは、だいたい会って話をするらしい。
それがたとえば、剣山の知らぬものであっても、相手の方は知っているかもという理由で、時間を割くのだそうだ。

「フレンドリーな人なんだね」

「表面上はな」

「また、そういう表とか裏とかわけて考えちゃダメだよ。
そういうことするから、ややこやしくなるの。
人のことを疑うようなそんな考え方、私は好きじゃないな」

「疑うわけではなくて、人に知られたくない一面というものは、誰でも持っているだろう。
剣山のような人物は、普通の者より、そういった面が大きい気がするのだ」

「私はそんな一面はないな。
うん。ない。
秘密とか、作りたくないし。
いつも素直に自分でいたいよ」

銀は、そんな、まっすぐすぎるミシェルを時にうらやましく思う。
はじめから人に理解されること、人を理解することを放棄している自分とは、違う種類の人間だと認識している。

「銀が剣山に興味を持ってるのはわかるけど、あまねやくるととは、会わなくていいの。
二人もここにいるんでしょ」

「別に。
会う運命なら、そのうち出会うだろ。
まずは、剣山に俺が調べたやつの過去について意見を聞きたい」

V:俺とミシェルは、剣山が過去に暗殺した可能性のある地球、パラミタの要人たちについて調べ、そのリストを作成した。
なんのためにそんなことをしたのだろう。
「正義」をかかげた組織に滅ぼされた忍者の一族の生き残りである俺は、暗殺という闇と光の間の仕事をする、剣山から、やつにしか語れないなにかを聞けると期待しているのかもしれない。
やつがしたらしい殺しの数々は、歴史的、世間的にみれば、正義でもあり、悪でもある。
やつはどちらの側で刀を振ったのか。

いやなにおいがした。
銀は周囲に目を配り、においの出所を特定した。幸いミシェルはまだ気づいていないらしい。
銀は、ウソをつくことにした。

「そう言えば、ここには、俺の昔の知り合いが収監されているらしい。
ちょっと、そいつの顔をみてくるから、ミシェルは先に、このマップにのっている休憩室で待っていてくれ」

「えー。銀の知り合いなら、私も会いに行くよ」

「頼む。ミシェルには会わせたくないやつなんだ。
事情は後で話す。
すぐに行く。休憩にいてくれ」

「ん、しようがないなー。この休憩室って、いまきた道を戻んなきゃいけないじゃない。
もう、早くきてよね」

「悪いな」

頬をふくらませたミシェルが廊下を引き返してゆくのを見送ってから、銀は、気持ちを切り替えた。
気配も表情も感情も消えてゆく。

一見、廊下には銀しかいないようにみえる。
銀は中央を付近で立ち止まって彼らが姿をあらわすのを待った。
五秒、十秒と時がすぎ、曲がり角から、清掃スタッフの制服を着た二人がでてきた。
少女と中年男性の二人連れである。
偶然、いま、通りかかったような自然な感じだ。

「ごめんね。お姉ちゃん、そこをどいて欲しいの。クスクス…お掃除して、きれいきれいにするの」

少女の言葉が終わらないうちに、銀は後方へ飛びずさっていた。
ひゅんと、ついいままで銀がいた場所を男が振った仕込み刀が斬る。

「やっぱり、気づいてたの。なら、壊して壊しつくすの」

「てめぇは関係ねぇんだけどなぁ。
邪魔するんなら、斬るぜ」
少女−斎藤ハツネと男−大石 鍬次郎は、銀との距離をつめてきた。

「血と人の脂のにおいがした。
新しいものだ。だから、足をとめた。
貴様らここでなにをしている」

銀の問いに、もちろん、二人はこたえない。
二対一。逃げるにしても背中をむけるのは、危険だ。銀は、クナイを構える。
勝てるかどうかなど考えはしない。闘うときはいつもそうだ。結果は、いやでも勝手についてくる。

「TALLYHOOOOOOOOOOOO!!」

奇声をあげ、銀の背後から誰かが駆けてきた。
前後から挟まれたのかと考え、銀は壁に背中をつけ、左右の様子をうかがう。
後からの足音は一つではなかった。一、ニ、三、四。少なくとも、四人以上がこちらへとやってくる。

「やあやあやあやあ。
赤い悪魔ファタ・オルガナとその仲間たちじゃよ。
レンを傷つけ、ウチの維新をいじめてくれたのは、おぬしらか。
おとしまえは、きっちりつけさせてもらうぞ」

「ボクは維新ちゃんのこいびとのヴァーナー・ヴォネガットです。
維新ちゃんから、レンおにいちゃんをおそった犯人のとくちょうをきいてボクがにがお絵をかいたです。
これです。
ボクたちはこれをもって犯人をさがしてたですよ。
あなたたちは、この絵にそっくりなんです。
かなたを持って、またここでわるいことをしようとしてるですか?
それは、ボクがゆるさないですよ。おとなしくかんねんするです」

「っうーわけで、俺とファタとヴァナと維新とこの忍者のおにいちゃんで、こっちは五人だ。
五対ニでも、あんたらやるかい。
手加減はしないぜ。
ちなみに俺は、ヴェッセル・ハーミットフィールド。
どんな罠もくぐりぬけてきた男だ。ん? ちょっと違うけど、ま、いいか」

「ぼくは頭数にいれなくていいよ。人数はいるけどほんとに勝てるか不安だし」

赤、緑、白、青。髪の色が全員違うにぎやかな援軍の到来にも、銀は気をゆるめない。

「みんな、油断するな。
清掃員としてここにいるやつらには、内部に協力者がいる可能性がある」

「へへへ。忍者の兄ちゃん。正解だ」

大石は、なおも前にでようとするハツネの襟首をつかんで、ゆっくりと後へさがりはじめた。

「そうじゃな。この状況で逃げられるのはしゃくじゃ。
たとえ、この場を破壊しつくし、貴様らをミンチにしても、取り押さえるぞ。
ベス。ヴァーナー。そのつもりでゆくぞ」

まず、ネクロマンサーのファタは呪術師の仮面をつけ、蒼き水晶の杖をかざして、ハツネと大石のスキルを封じ込めた。
さらに、自らの使い魔である傀儡三体を放ち、二人を包囲させる。
異界の住人の奇怪な姿を模した三体の操り人形がじりじりと、ハツネと大石に迫ってゆく。

「俺からはこれ」

ベスは、しびれ粉を撒き散らし、二人の体の自由を奪いにかかった。

「攻撃はこれくらいでじゅうぶんだとおもうので、ボクはなにもしないです。
二人ともおとなしくこうさんして、なんで、こんなことをしたなのかをおはなししてほしいです」

幻槍モノケロスをかまえ、ヴァーナーは、背後にいる維新をガードしている。
片手でハツネの衿をつかんだまま、それでも大石は不敵な笑みを浮かべた。

「体がマヒしたこの状態で、ナラカの蜘蛛糸を振りまわしたら、コントロールがきかねぇんでどうなるかわからねぇな。
てめぇらも首や腕が飛ねぇようにせいぜい注意しろ」

刀をしまい、腕を真上にのばし、大石は手の平を天井にかざした。
傀儡三体もふくめ、この場にいる全員が大石の手に注目している。

「キャハハハハハ。ゆりかご。壊しちゃうよ」

ハツネの調子はずれの笑い声が、場の静寂を破った。
それが合図になったかのように、壁がのたうつように揺れだし、きしみだす。

「維新。わしからから離れるな! ヴァーナー。転ばぬように気をつけるのじゃ」

「ボクが維新ちゃんをまもるです。しっかりくっつくです」

「俺の心配は、やっぱり、誰もしないのか。で。ででで、おい。天井が」

「みんな、上をよくみろ。天井が、くるぞ」

銀の警告の直後、天井から、シャッターが落ちてきた。
連続する重い金属音が場を支配する。
鋼鉄製の分厚いシャッターが数メートルごとに落下してきて、長さ十メートルほどの廊下を八分割してしまった。
シャッターがすべて落下した後、廊下は、静寂で満たされた。



「だから拙者は、かわい維新殿を探しているのでござるよ。
小学生くらいの女の子で、家族の面会のここにきてるそうなのだが、およっ」

着流し姿の赤茶色の髪の隻眼の少年、剣山梅斎が話している途中で、男たちは一斉に彼に襲いかかった。
ここは、コリィベルの囚人用の大食堂、暴力沙汰は日常茶飯事で、ケンカやそれ以上のことが起きても、ともめるものなど誰もいない。
小柄な穏やかそうな少年に、屈強ないかにもな荒くれ者たちが集団で暴行を加えていたりするのも、見慣れたいつもの風景なのである。

V:ちったぁ手間取るかと思ったが、助けに入る前に、さっさと終わらせちまったぜ。
ここで多少はいたぶられといた方が、今後の挑戦者が減るんじゃないかね、なんて余計な心配をしちまうな。

一分もかからずにことを終えた剣山のところに、紫月唯斗は近づいていった。
もちろん、剣山は無傷だ。荒くれ男たちは、それぞれ適度なダメージを与えられ、早々に逃げていってしまった。
葦原明倫館の生徒である唯斗は、総奉行のハイナ・ウィルソンの命令で、これまでにも何度か剣山の面会に訪れている。
ハイナ・ウィルソンも謎めいた暗殺者剣山梅斎には、関心を持っているのだ。

「よう。梅。
食前の運動か?
もうちっと人数がいねぇと腹も減らないよな」

「唯斗殿。
また面会にきてくださったでござるか。
しかし、ここは囚人用の食堂のはず。どうして貴殿がここにおられるので。
もしや、貴殿もついに囚人として、コリィベルに入られたか」

「かんべんしてくれ。
俺はそこまで派手なことはしちゃいねぇさ。忍者だしな。
今回は、エクスがここの食堂の指導員として調理指導にきてるんだ。
エクスのやつ、ああみえて、料理が得意でさ。最近は、明倫館の食堂も仕切ってて、厨房の女神とか呼ばれてるんだ。噂が噂をよんで、テレビに冠番組も持ってるんだぜ。みたことないか」

エクスとは、唯斗のパートナーのエクス・シュペルティアのことだ。
剣山はエクスとも面識がある。

「ここでも、テレビはみられるのだが、エクス殿の番組は、まだみたことがござらぬな。
また、機会があったら、さがしてみよう。
エクス殿なら、殿方に人気がござろうな」

「美少女料理人なんて言われてるが、番組自体は主婦むけの昼の料理番組なんだけどな。
で、だ。それはそれとして、おまえの話でもきかせてくれよ」

唯斗は剣山にイスをすすめ、自分もテーブルを挟んで向かいの席についた。
二人が座ると間もなく、コック服のエクスが盆に料理をのせ、運んできた。

「エクス殿。すまぬ。どうか、業務にはげんでくだされ。拙者たちのことはお気になさるな」

「ここまで料理を持ってきて、気にするなといわれても困るのだよ。
梅は、日本のキューシュー地方の出身だったな。
そこの名物とかいうものをつくってはみたが、わらわはキューシューへはいったこともないし、わがシュペルティア家にもキューシューとゆかりのあるものはおらぬので、ようするにみようみまねなのだ。
よって、これらの料理がうまいかどうかは保証できぬのだ。
熱いライスのうえに、ネギとノリとわさびとサカナの生肉のミンチをおいて、冷えた日本茶をかけて食べるなど、エクスからすると野蛮、乱暴すぎると思うぞ」

「はははは。
これは、アジの冷やし茶漬けでござる。
たしかにパラミタの貴族の出のエクス殿には、なじみのない料理でござるな。
しかし、懐かしい。コリィベルでこれを食べるとは、思ってもなかったでござる」

「九州名物とはいってもこれはずいぶん、マニアックだな。
五島列島のアジでも使ってるのか。
どこでみつけてきたレシピだ」

日本出身の剣山と唯斗は、二人揃ってうれしそうに茶漬けを食べはじめた。

「ごちゃごちゃ言うわりには、うまそうに食べるではないか。
粗末な料理でもエクスの腕にかかれば、ざっとこんなものだ。
おかわりもできるし、キューシュー料理の準備は他にもしてきたので、期待しておくのだ」

薩摩あげを盛った皿をテーブルにおくと、エクスは厨房へ戻っていった。

「拙者の郷里の料理でもてなしてくれるとは、サービスのよいことでござるな」

「これは俺じゃなくて、エクスからの差し入れみたいなもんだ。
そんなわけでエクスの仕事の都合もあって、俺も今回は長期滞在する予定なんだ。
なにかあったら気軽に話してくれよ。
ここの暮らしでも、それなりに、いろいろあんだろ」

「ああ。最近は、特にでござるよ」

「みてぇだな」

唯斗は、まるで誰かがきたかのように、自分の隣の席のイスを引いた。
二人のテーブルの周囲には、他には誰もいない。

「おとなしく座ってくれる御仁では、ないやもしれぬ」

「こんだけひんぱんにかまってもらぇりゃ、梅も腕がにぶらなくて、いいじゃねぇか」

剣山と唯斗は、茶漬けを食べ終り、箸をおき、両手を合わせてごちそうさまをした。

「そろそろでてきてもよいでござるよ」

「じゃ、お言葉にあまえて」

唯斗の背後の柱の影から、全身黒で身をかためた少年が姿をあらわした。

「忍び装束にブラックコート、それに隠れ身のスキルか。
光学迷彩じゃねぇところが、梅んとこにくるやつらしいよな」

唯斗は隣に座った少年に世間話でもするように、話しかけた。

「どうもぉ〜。
蒼空学園の八神 誠一です。
忍者さんと伝説の剣士さんが並んで座ってたんで、素直にでていくのがこわかったんですよねぇ」

ゆるい笑みを浮かべる誠一に、剣山と唯斗は鋭い視線をむけた。

「同業者でござるよ。
かっての。
八神無現流。
地球では、一緒に働いたことあったでござる」

「なるほどな」

「忘れてくれてなくてうれしいなぁ。ほんとに」

「八神。てめぇ、なにしにきた」

底にこわいものを潜めた静かな声で唯斗がたずねる。

「梅は引退したはずだ。今後、てめぇと共同で仕事をするこたぁねぇ。それとも、梅をこっからだしてでも、仕事に付き合わせる気か」

「さぁて。引退しましたは、ウチの業界じゃあいさつがわりなんで、誰も信用してないんですよぅ。
昔のよしみもありますから、剣山さんがここからでたいなら、お手伝いするのもやぶさかではありませんがねぇ。
しっかし、仕事なら外でなくても、ここでもあるんじゃないですかねぇ。
剣山さぁん。どうなんです。
僕もこの兄さんも気持ちは一つ、あなたの本音がききたいなぁ。ですよ。
剣山さんは、いまはなにをたくらんでいるのかなぁ」

へらへらと笑う誠一とかたい表情の唯斗を剣山は、交互に眺めた。

「拙者は、集団行動は、苦手でござるが、実は、今日はこれから人と会う約束があるのでござる。
少々、特別な人物なのだが、お二人とも、よければ拙者とくるでござるか」

「行くぜ」

「僕も。ですね」

三人は席を立ち、剣山を先頭に食堂をでていった。



患者には精神科の医師が必要な状態に思えた。

「私は精神科医ではないんだ。
この人には安静にしていてもらうとして、もっとわかりやすい症状の患者さんを紹介してくれないかな」

派手なオレンジの拘束着に、噛みつき防止の柵つきのフィスマスクを着用をした格好で床に寝転がっている人物に背をむけ、九条 ジェライザ・ローズは、この場を立ち去ろうとした。
九条が一歩踏みだしただけで、横にいたコリイベルスタッフが彼女にマシンガンの銃口をむける。

「医者が患者を選ぶとはけしからんな。
おまえは自分の立場をわかってないようだが、正規の手続きを踏まずに、このゆりかごに外から侵入してきたおまえは、不審者だ。
いくら空大の学生証を提示しようがな。
そのおまえを医者の卵だからという理由で罪に問わずに中に入れてやったのだ。
恩を感じて治療に励むのが筋ではないか」

「言い方はあんまりですが、言いたいことはわかりますよ。
空飛ぶ箒にのったまま窓からお邪魔したのは、最悪の登場だったと思います。
ですが、私としては、現在、就職活動中でして、御社に会社訪問させていただきたくて、なかなか、その、御社の新卒者採用担当者様がつかまらず、どこに連絡をつければいいのかわからず、あげく、空から御社の外観を見学させていただいていたら、バランスを崩して突入してしまったという事情がありまして」

「その失敗を帳消しにしておつりのくるチャンスを与えてやっているのに、逃げだそうとしているのは、おまえだ。
御託はいいから、ロバートを診察しろ。
おまえと同じ空大出身の学者だ。先輩後輩で話もあうだろ。
もし、万が一、おまえがロバートに襲われても、俺がここにいてやる。安心しろ。
さあ、いけ」

「診察といっても、私になにを期待しているのです。
医者が診ればすぐに治る病気などでないのは、ご理解してくださってますよね」

「ああ。わかっている。
おまえは、ロバートの相手をして、やつの中から、使えるものを拾ってこい。
それでいい」

「使えるもの?」

「ああ。相手をしてみれば、意味はわかる。長期戦になるだろうからな。コーヒーでも持ってきてやろう。
やつの檻の前の椅子に座ってじっくりやってくれ」

しかたなく、九条は、独房の前におかれたパイプ椅子に腰をおろした。
格子のむこうで横たわっているロバートは、意外に穏やかな目を九条にむけた。

◇◇◇◇◇

V:パートナーのバカロゼに召喚されたシン・クーリッジだ。
でてきてみりぁ、刑務所で、完全武装したコワモテのスタッフに、いきなり額にこんなカメラをつけさせられるし。
オレとしては帰る気まんまんなんだけどよぉ、九条がいちおう、病人を診てるとこだって言うんで、こうして、居残ってやってるわけだ。
けどな。
医者でもなんでもねぇオレの意見をききたいだなんて、ロゼ、大丈夫かよ。

「シン。私はシンがこの人をみてどう思うかを聞きたいんだ。
かなり難解な人物。それは間違いない。
叫んだり、泣いたり、笑い転げたり、普通に話しかけてきたかと思えば、寝たフリをしたりする。
でも、私は。
これ以上は、予断与えるんで言えないが、シンの感じたままを私に教えて欲しい。
刑務所で精神障害の犯罪者の相手をするなんて、ツインピークスのクーパー捜査官になった気分だよ」

「それって、最後に捜査官が殺人鬼の人格にのっとられるんじゃなかったっけ。
方向性とか、オレはわかんねぇーよ」

「いいから、まず、彼をみてよ」

V:空大出のエリート学者の精神障害を持つ重犯罪者か。
こいつが普通の精神状態でも、あんまり話をしてぇタイプじゃねぇ気がするな。
しようがねぇなぁ。
オレはほんとに気がすすまねぇんだけど、みるだけだぜ。



還俺でつ宮所Tた往げSス韻にぱて且だやゃ基や奇秒敢た飢て乙人勧、価。花の憾えI殺義仕郭連河が魚ず刊い謹と詠シ院ろ灰も共なぞれ改みばて哀を陰
曲く以て漁や歌ま1間棋さ違を矯つ儀ー夏
缶は慣事干、器も劾か却ンものそか下
丸や鬼れ橋
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「これを拙者が解読するとこうなった。

ロバート。
ああ、この服を着せられてたやつか。
やつなら、俺が出所させたぜ。ダストシュートからな。
俺が誰かは言えねぇが、俺は用もなくこんな場所にいる人間じゃない。
もちろん、目的はある。
これは仕事さ。俺のような優秀な人間にとっては簡単な作戦さ。
あえて、自分で難易度をあげてるんだ。
こうしておまえらに正面からヒントを与えてやってもなにもわからないだろ。
今回の仕事はまずは、剣山梅斎からだ。楽しみだ。やつを俺の前に連れてくれば、たとえ、このまま状態でも、三秒で殺してみせるぜ。
なあ、剣山を連れてきてくれ。頼むよ。


九条殿とシン殿は、その囚人が以前に、噛み切った指からでている自分の血で壁に書き殴っていた文字の羅列をみているうちに、どうやらこれは、暗号かもしれぬと思いいたったのだそうだ。
気弱で、強気で、のんびりで、短気と、くるくる態度と口調を変えるのは、やつの演技であろう。
暗号文ならば、そちらの世界に明るいらしい拙者に解読させればよいと、スタッフが考えるところまで、予測していたフシがあるでござるな。
拙者は解読文の内容を伝えて、彼との対面を希望したのでござるよ」

剣山に同行している唯斗と誠一は、剣山がひろげた紙に印刷された暗号と、横に手書きされた解読文を眺めた。
三人はいま、問題のロバートの待つ部屋へむかっている途中だ。

「これは、挑戦されている気がしますねぇ」

「罠くせぇな」

「実は、拙者はある人物をさがしているのでござる。
拙者の後輩で、以前の拙者の仕事を引き継いだ人物。
優秀すぎたゆえに組織ともうまくゆかなくなり、制御不能の状態となって、フリーで稼業を続けているらしい。
拙者の流派の正当な後継者になるはずだった男。
やつが、コリィベル内での仕事を引き受けているときいて、拙者はやつに会うためにここにきたでござるよ」

「ほう。兄弟いや親子の対面ですか。感動的ですねぇ。
剣山さんのとこの跡取りがいたとは、初耳だなぁ。
業界で名前をきかないのは、そんな方なんで、正式襲名前に破門ってことですかぁ」

「個人的な事情といえば、そうだよな。好き勝手やって消えずにいるってことは、そいつもさぞかし強ぇえんだろ。
梅、勝てるのか」

剣山の不意の告白を二人は、平然受け止めた。
唯斗と誠一も、そこらへんの事情はわきまえている人物だ。
闇の世界に生きる、しかも他人の家の事情に、よけいな口をはさんで剣山をとめたりはしない。

「強い。
だが、約束も義理も関係なく、感情のおもむくままに斬ってあるくだけの者をそのままにはしておけぬでござろう。
今朝も一人、やつを探しているらしい男が拙者のところをたずねてきたでござる」

「人気者ですねぇ。うらやましいなぁ」

「梅の事情はわかったけどな。俺もウチの総奉行に、ここにいらしい害虫を退治してこいって頼まれてんだ。
場合によっちゃあ、ただの立会人じゃ終われねぇかもしれねぇ。そこんとこは、かんべんしてくれ」

「まだ、やつがいると決まったわけではござらぬ」

三人が約束の部屋の前までくると廊下には、九条とシンが待っていた。

「剣山梅斎さん、ですね。お待ちしてました九条ジェライザ・ローズです。
いま、彼はシャワー室にいます。
すいません。彼が、あなたに会う前にどうしてもシャワーを浴びたいって言って。
シャワー室は個室で彼は、そこに一人でいます。
室内は、天井から一定時間、シャワーがでる意外は、タオルもせっけんもなにもありません。
彼は全裸で五分、シャワーを浴びた後、拘束服を着せられ、ここに連れてこられます」

「九条のパートナーのシンだ。よろしくな。
わけのわかんねぇやつだけど、オレは、あいつの目は、正気の人間の目だと思う。
医者でもなんでもねぇ、素人のカンだけどな。
剣山。あんたに会うために、やつがこうしてすべてを仕組んだ気もするんだ。
わかってるとは思うけど、気をつけろよな」

「かたじけない。
こちらは、拙者の友人の紫月唯斗殿と八神誠一殿だ。
偶然、面会にきてくれていたので、付き添ってもらった。
では、ここで待たせてもらえばよいのでござるな」

「ええ。もう間もなく、くるはずです」

そして、時間がすぎた。
五分はゆうにすぎ、すでに十分以上が経過している。

「遅いですね。
着衣に時間がかかっているんでしょうか」

九条が壁の時計をみて、首を傾げる。

「シャワー室はすぐそこでござったな。様子を見に行くとするか」

剣山と、唯斗、誠一が席を立った。九条とシンも後を追う。
五人がシャワー室までゆくと、ドアの前にいたスタッフはなにも言わずに、五人を中へ通した。

「寒いな。ここ、シャワー室だろ」

シンが体を震わせる。
脱衣場兼浴室、合わせて四畳もないその空間は、なぜか冷気でみたされていた。
タイルのうえにはうつぶせに倒れた全裸の男。
その横には、今朝、道場の剣山を訪ねた人物、氷雪の魔術師、緋桜 遙遠が立っていた。
メンターローブをはおった遙遠の手には、細長い刃をしたナイフが握られている。

「遥遠がシャワー中の彼を襲い殺した。
手口としては、ベルフラマントで気配を消して入室して、氷術で彼の浴びていたシャワーを冷水にし、このナイフでトドメをさした」

まるで、他人事のように遥遠がつぶやく。

「彼にうらみを持つものは多くいますからね。
こうして彼がこれまでの仕事の現場に必ず残してきた、愛用のナイフで殺されたのは因果応報でしょうか
ここでの犯罪は、すべて内々で処理されるのでしょう。
つまり、遥遠は無罪です」

遥遠を剣山、唯斗、誠一がみつめている。
九条はシンと全裸の男の状態を確認中だ。

「呼吸も、脈拍もありません。
瞳孔もひらいています。
心臓も完全に停止しています。
まだ、断定はできませんが、頸部の刺創が死因だと思います」

「わかりやすくいや、首を一突きってことだろ。
犯人の証言と一致してるじゃねぇか」

「さて。では、遥遠は失礼しますよ」

部屋をでようとした遥遠の手首を剣山は、つかんだ。

「待て。
おぬしの知る本当のことを話すでござるよ」

遥遠は足をとめた。彼のところへ少年が駆けよってくる。
遥遠のパートナーの緋桜 霞憐だ。

「遥遠。あの人は見つかったのか。ここにいたのは、そいつだったのか」

赤と青。左右の色の違う瞳をむけ、問いかけた。
遥遠はこたえない。
他のものたちがいるここでは話したくないようだ。

「おまえたちが遥遠の敵なら、僕もおまえたちの敵だ」

「霞憐。おとなしくしてください」

剣山らに威勢よく宣言した霞憐を遥遠がなだめた。
霞憐は不服そうな顔で、剣山らをにらんでいる。

「取り込んでいるところ申し訳ないが、少しいいかな」

どこか気のぬけた声で断りながら部屋に入ってきたのは、外にいたスタッフだ。
彼は、ヘルメットを脱ぐと、にこやかな笑みを浮かべ、室内の者たちにあいさつした。

「やあ。
リネンたちがまるで助けにこないので、自分で脱獄したベスティエ・メソニクスだよ。
PMRは、僕以外の重要メンバーの救済で忙しそうだからね。僕は、こうしてコスプレして所内をまわってみつけてもらうのを待ってるんだ。さみしいやつとは、言わないでくれたまえ。
ああ、すまない。
ロバートの話なんだが、ここに彼が入って、その後、緋桜 遙遠が忍び込んでからは、誰もこの部屋には、入っていないよ。
ここに立っていた僕が言うんだ。間違いない。
遙遠が入るのを見逃したのは、その方がおもしろそうだったからさ。
断言するよ。
ロバートと遙遠以外は、誰も入室していない。
もちろん、退室もだ。
となると、もし遙遠がやったのでなければ、ロバートは、密室状態で殺害されたことになるんだよ。
暗殺者だの忍者だのが、密室殺人の謎に立ち向かうなんて、おもしろいと思わないかい。
解けるかどうかは別としてね。
それでは、僕は見回りに行くとするよ。コリィベルのスタッフは意外に忙しいんでね。
ここでの殺人の処理? それは僕の仕事ではないね。
これくらいのトラブルは、ここでは簡単な事故扱いで清掃スタッフが片付けてそれで終りさ。
そうそう、怪しげな僕の言葉を信じるも信じないもきみたちの自由だ。
健闘を祈るよ。
じゃあ」

長身の獣人は、再びヘルメットをかぶるとどこかへと行ってしまった。