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幼児と僕と九ツ頭

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第8章 ヒュドラが残した道しるべ?

「この若返り伝説とヒュドラってさ、もしかしたら地祇が関係してるんじゃないかな?」
 佐保と同じ地点、すなわち先頭集団にて男女複数名が一丸となって歩いていた。その中の1人、外見のみが10歳程度に落ち込んだ八王子 裕奈(はちおうじ・ゆうな)が自らの推理を披露する。
「地祇って、つまりどういうことかな?」
 それに応じたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だった。
「正確にはうちのバルが言ってたんだけど、ヒュドラの瘴気って『ちぎのたくらみ』の強力版とかそういうのじゃないかな〜って」
「なるほど、その発想は無かったね」
 裕奈の言葉に頷きながら、北都は彼女の近くにいるドラゴニュートバル・ボ・ルダラ(ばるぼ・るだら)に目を向ける。
「そもそも多頭竜という類のもの自体、珍しいものだからな」
「やっぱり、なかなかお目にかかれなかったりするの?」
「まして若返り伝説なるものがあるなんて、な」
 瘴気の影響を受けたパートナーを見やって、バルはため息をつく。
 元々は裕奈の状況如何に関係無く、1人で秘境を探検するつもりでいた。だが状況が状況である上、裕奈も瘴気を食らってしまったために、1人よりも集団で共に事件解決に努めるべきだと考えた彼は、こうして他の契約者と行動を共にしているのだ。
「本当は裕奈を合宿所に置いてくるべきだったのかもしれないが……」
 肝心の裕奈が秘境の探検を非常に楽しみにしたために、パートナーを連れて動いているというわけである。何よりも裕奈自身が、幼児化した影響で身体能力も落ちたと思い込んでしまったために、放置しておくわけにもいかなかった。
「まあものすごく面倒なことになっちゃったけど、こっちは言ってみれば、まがりなりにも被害を受けた1人だからね。原因究明に役立てるなら、喜んで付き合うよ」
 見た目はともかくとして、身体能力は取り返したい。その思いが彼女を突き動かしたのだ。
「それで、どうして『ちぎのたくらみ』だと思ったの?」
 途切れてしまった話を北都が蒸し返す。バルとしてもその北都のアクションは歓迎するべきものだった。
「幼児化した連中の中には、思考だけは大丈夫だったっていうのがいる。『ちぎのたくらみ』で体を小さくしたとしても、中身はそのままだろう?」
 ヒュドラの瘴気はそれ以外に精神まで退行させてしまうという特徴を持っていることから、これは「ちぎのたくらみ」が何らかの形で強化された、ヒュドラのスキルだとそう推理したのだ。
「『ちぎのたくらみ』は自分にしか使えない。だがヒュドラの強化版は、他者、つまり他の生命体にも影響を及ぼせるのだろう」
「なるほどね、なかなかに面白い推理だ。となると、ここら一帯の植物にも影響が出てる説明にもなるね」
 北都が周囲を見渡しながら微笑む。
 彼の言う通り、これまでに彼らが歩いてきた道筋には奇妙な特徴があった。九龍郷のジャングルはとにかく木が生い茂り、場所によっては太陽の光が届かないこともあって、地面がぬかるんでいる所があった。見渡す限りの植物の海だったが、実はこの環境において、たった1つだけおかしな部分があったのだ。
 ジャングルの植物の一部が、奇妙なまでに小さい、いや「若かった」のだ。それも所々というものではなく、言ってみれば「ほとんど直線状」に若い植物が、まるで道を作っているかのように生い茂っていた。ほとんど、というのは、瘴気が風に流されたのか途中で若い植物の道がカーブを描いていたり、あるいは道が途切れていたりしたためである。十田島つぐむ一行が何も考えずに直進するのではなく、この若い植物が生えているルートを選んでうまく進撃していれば、もしかしたらガランやミゼは途中で倒れたりしなかったかもしれない――何しろ彼らは、目の前に立ち塞がる大きな木にまで攻撃を加えていたのだから……。
「そういえばその話、佑也おじちゃんも言ってたね」
 北都たちの会話に割り込むようにアネイリン・ゴドディンが口を挟んだ。
「瘴気が仮に動植物全てに効果があるなら、草木が少なかったり若い動物が多い場所を辿っていけば多分湖は見つかる、っておじちゃんが言ってた」
 如月佑也はヒュドラそのものに関する「憶測」以外に、ジャングルの環境についてもアドバイスを送ってくれていた。アドバイスをされた方は知らなかったが、こちらに関しては見事に読みが当たったわけである。
「へえ、見事に大当たりだね」
「まあ、情報通信の【アルマゲスト】にかかればこんなもの軽い軽い」
 友人である佑也を褒められて気分を良くした武神牙竜――と魔鎧状態の龍ヶ崎灯がさらに会話に入ってきた。
 アルマゲスト。情報通信を主体とした、元々は「十二星華」と呼ばれる剣の花嫁を救い、守り、サポートするための私設組織である。牙竜や佑也はこのアルマゲストの一員であり、そんな彼らが今回の事件に介入したのも、特に佑也の「憶測」があってのことである。
「ふん、そんなすいりなんかどうでもいい」
 そこで違う声が割り込んだ。瘴気を浴びて身も心も幼児化してしまったソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)である。
「ようするにもんすたーをたおせばいいんだろ。だったらこのオレさまがやってやるじぇ」
 偉そうに胸を張って宣言するソーマだったが、また別の声が割り込んできた。
「そんな事言って、さっき巨大ウツボカズラに捕まったのはどこの誰でしたっけ?」
「うぐっ……!」
 その言葉に思わず固まるソーマ。彼に指摘の声を入れたのはクナイ・アヤシ(くない・あやし)だった。
 実のところ、北都たちは最初は3人で行動していた。名のある貴族の出であるソーマは、幼児化するとその特徴が大きく現れた上、精神まで退行したことにより北都とクナイのことを忘れてしまったのである。
(屋敷にはいつも選りすぐりの美形召使いが世話してくれるのに、目の前にいるこいつらはなんだ?)
 青いの(クナイのこと)はともかくとして、黒いの(北都のこと)は普通を絵に描いたような子供ではないか。ソーマの彼らに対する認識はこうだった。
 そんな彼らが秘境探索に乗り出す際には、当然のごとくソーマが先頭を歩くこととなった。だが北都とクナイは知っていた。ソーマの弱点は方向音痴であるということを。そのため、突入前に北都は「禁猟区」の付与されたハンカチをソーマに渡そうとするが、
「めしつかいがオレにめーれーするな!」
 などとのたまうソーマに払いのけられてしまった――最終的には召使いとしては及第点らしいクナイの説得により、ハンカチを持つことを了承したが。
 そして探索中、北都がハンカチの禁猟区以外に「超感覚」も使って敵の察知を試みていたというのに、ソーマが巨大ウツボカズラに飲み込まれてしまったのである。ソーマは探索中に彼らに言ったものだ。お前たち召使いに頼らなくても自分は強い、モンスター退治など簡単にできるから心配無用だ。
 だが結果的にはモンスターに食われてしまい、そこをクナイと北都に助けられた形となった。この時の戦闘により、少々だがクナイが負傷してしまった。自分のせいで他人に怪我をさせてしまったという事態にはソーマもさすがに反省するしかなく、以後は大きな態度を取ることは少なくなった。
(まったく、北都に悪態をつくなど……。元に戻ったら説教ですね。ついでに、さっきのはまあ構いませんが、あなたのワガママで北都が傷つくようなことにでもなったら、その時は本気で怒りますからね……)
 先の戦闘が影響しているのか――どちらかといえばソーマが幼児化した瞬間からかもしれないが――クナイは目の前の吸血鬼に向かって心の中で毒づいた……。
「だ、だが、けっきょくはヒュドラをたおせばすむはなしだろ? そのときはみんなでいっせいにかかれば――」
「いや、ヒュドラを倒すのはちょっと待ってほしい」
 意気込むソーマを止めたのは牙竜だった。
「実は仲間の佑也がこんな『憶測』を話してたんだが……」
 牙竜は佑也の憶測――ヒュドラは本来は臆病な生き物だったが、人間が勝手に生贄を放り込み、それから身を守るために瘴気を放ったのではないか、といった内容を話して聞かせる。
「つまり、ヒュドラは話が通じる相手かもしれないと?」
 語られた憶測を脳内で反芻し、北都は牙竜が言いたいことを悟った。
「そういうことだ。だからヒュドラにいきなり攻撃する前に、まず話をさせてくれ。話が通じる相手であれば、穏便に物事を解決できるはずなんだ」
「そして、それについては私も手伝う」
 説得を行う牙竜を援護するかのように、パートナーと共に【アルマゲスト】に所属する漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が割り込んできた。
「私のパートナーも幼児化したし……、戦わずに済むならそうしたいし……」
 月夜のパートナーこと樹月 刀真(きづき・とうま)は普段こそ契約者の中では強力な部類に入るのだが、今回は心身ともに幼児化してしまったために完全に使い物にならなくなっていた――身体能力はともかくとして、であるが。道中においても他のパートナーである玉藻 前(たまもの・まえ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)に可愛がられるばかりで、おおよそ戦力としては数えられることは無かった。
 ちなみに刀真が幼児化したことで最も不調となったのは、実は月夜なのである。
(我慢しなきゃ……。刀真が時々呼んでくれるけど、ここは我慢して……、調査に集中しなきゃ……! ああ、でも……、刀真が手招きしてるのがすごく嬉しいけど、我慢……、我慢……!)
 本来ならば幼児化したパートナーが甘えてくるのをいいことに――通常は無関心という形で、幼児化した今は拒絶という形で人を遠ざけようとする刀真だが、パートナーたちが相手であれば逆に甘えたがるようになっていた――、月夜も可愛がりたいところだったのだが、すでに玉藻と白花の2人が可愛がっている中で自分もそうしてしまえば、一体誰が秘境探索を行うというのか。必死で自身の精神――というより欲望を抑え込みながら、手にした銃型ハンドヘルドコンピュータでジャングルをマッピングしながら歩いていたというわけである。
 だがそんな月夜の心情を知ってか知らずか、これまでの道中、玉藻と白花はこれ見よがしにかつ聞こえよがしに――無論、本人たちにそのような意思は無かったのだが――刀真を相手に暢気な会話を繰り広げていた。
「玉お姉ちゃん、ぎゅ〜ってぎゅ〜っ!」
 抱っこをせがむ刀真に、玉藻は思わず鼻血を噴出しそうになった。
(刀真が……、あの刀真が、我を玉お姉ちゃんと呼ぶ……。良い……、これは良い!)
 鼻の奥の血管が切れそうになるのを抑え、玉藻はその願いに応える。
「よし、ぎゅ〜だな!」
「と、刀真さんの子供バージョン……! こ、これは……、かっ、可愛いです!」
 近くにいた白花も思わずガッツポーズをとってしまう――もちろんこれは本来の彼女のキャラではないが。
「いよぉ〜し、よ〜しよしよしよしよしよしよし……、ああ、刀真よ、もういっそ元に戻さないでこのままの方がいいのではないかな、なあ月夜……?」
「……あっ! 月、待って――痛っ!」
 月夜がその光景を無視して先に行ってしまおうとするため、それに気がついた刀真が玉藻の腕から逃れるが、腕に引っかかってしまったのか彼はその場で地面に倒れこんでしまった。
「……違う、痛くない! 泣いてないからな!」
「はい、刀真さんは泣いてないです。……とっても強いですもんね」
 刀真を抱き起こし、今度は白花が彼の頭を撫でて抱きしめる――そのついでに自分の頭につけていたリーブラ・ヘッドドレスに「禁猟区」を施し、刀真の頭に乗せた。
「白、白! すりすり」
「えっと、すりすり……」
 と、今度は抱きしめられた刀真が白花に頬ずりを始める。無論、その行動で白花が骨抜きになりかけたのは言うまでもない。
 この会話の間、月夜は冷静でいるためにも1人で先を歩いていたのだが、その度に刀真から、
「つき〜月〜、こっち〜こっちくるの! む〜っ!」
 手招きをされるわ、さらに無視されたことに腹を立てたのかむくれるわと、何度も彼女の精神状態を乱したのだ――移動中、白花に抱かれたままの状態で連れていた白虎に乗っていた刀真の姿もそれに追い討ちをかけていた。
「と、とにかく……、まずは説得させて。戦闘は最後の手段ってことで……」
 かすかに声を震わせながら、月夜は北都を含めその場にいる全員に念を押した。
 これについては佐保からも賛成の声がかかった。
「確かに拙者らの目的はヒュドラを倒すことではなく、幼児化した原因を解決することでござる。ヒュドラを倒さずに穏便に解決できるなら良し、無理だった場合は、そのときに考えればいいだけでござるよ」
 パートナーの匡壱にも彼女は携帯で連絡し、最初の内は攻撃しないように通告した。

 持てる知識を発揮してヒュドラの湖への道を求めた探索メンバーは、やがて1つの洞窟に辿り着いた。その洞窟は横幅が大人3人ほど、高さが大人2人分と広めに作られており、さらに曲がり角が存在していないのか、前方に目を凝らせば湖からのものらしき光の反射が目に飛び込んできていた。
「……どうやら、ここが終点のようでござるな。皆の者、ここからヒュドラとの邂逅でござる!」
 集まってくるメンバーを見渡し、佐保が号令をかける。
「では、あまり急がないようにして、いざ、突入!」

 かくして、契約者たちは自身や仲間を幼児化させたと思しきヒュドラの待つ湖へと足を進めた。
 まさかいきなりあのような目に遭うとは想像もせずに……。