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【2021ハロウィン】スウィートハロウィン

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【2021ハロウィン】スウィートハロウィン
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リアクション

 街の賑わいを外に聞きながら、杜守柚(ともり・ゆず)はオレンジ色のランチョンマットを取りだしていた。
「こんな感じでいいのか?」
 と、ジャック・オ・ランタンのシールを窓に貼り付けた高円寺海(こうえんじ・かい)が振り返る。
 柚は顔を上げるとにっこり笑った。
「はい、良いと思います。じゃあ、次は――」
 と、柚が言い終える前に台所から音がする。
「あ、クッキーが焼けたみたいですっ」
 ランチョンマットを手にしたまま、ぱたぱたと向かっていく柚。
 海は黒いワンピースを着た彼女を見送り、改めて室内を見回した。細部にわたってハロウィン色に飾り立てられている。柚がかぶると思しき三角帽子も隅に置かれているし、まるで街で行われているパーティーを凝縮したようだ。
「海くん、甘いものは好きですか?」
 と、台所の方から声がしてそちらへ向かう。
 焼きたてのクッキーが二種類ほど皿へ盛り付けられていた。
「好きというほどじゃないけど」
「そうですか。この、魔女の帽子の形をしたのはココアクッキーで、甘さ控えめにしてみたんです」
 と、その一枚を手にとって海へ手渡す。一口かじってみると、ココアの風味が口いっぱいに広がった。しかし甘さはそれほど感じない。
「うん、美味しいよ」
「本当ですか!? あ、あとかぼちゃプリンも作ったんです。大きいので、後で分けて食べましょう」
 クッキーの盛られた皿を一つずつ持ってテーブルへ運ぶ。
「海くんは日本にいた時、ハロウィンパーティーはしてたんですか?」
「したことはあるけど、ここまで本格的じゃなかったな」
 と、海。
「私はしたこと無かったんで、初めてです。一度、ハロウィンパーティーしてみたかったんですっ!」
 柚はそう言って満面の笑みを浮かべた。彼女の思いは室内の至るところに表れている。
 その初めてのハロウィンパーティーに呼ばれたことは、海にとってありがたいことだった。
「えーっと、後は……」
 と、柚がきょろきょろするのを見て、海はすぐに台所へ行って放置されていたランチョンマットを取って来た。
「これで準備は完了、じゃないか?」
「あ、そうですね。ありがとうございます、海くん」
 残りのランチョンマットをきちんと並べてから、柚は海を別室へ誘った。
「いろんな種類の衣装を用意したので、パーティーの前にいろいろ試着してみませんか? 海くんは背が高くてすらっとしてるから、吸血鬼とか似合うと思いますっ」
 柚の人生初ハロウィンパーティーは、海も仮装してからでないと始まらないのだった。

   *  *  *  *  *

 コスプレしたカップルたちを恨めしそうに見つめる本宇治華音(もとうじ・かおん)。ともに過ごす相手はいるが、パートナーの古井エヴァンズ(こい・えう゛ぁんず)はとうてい恋愛対象にはならない。
 しかもエヴァンズは誰かに悪戯する気満々だ。
「だいたい、キョンシーっていうのは間接の自由が利かないから、両手を前に出して、ぴょんぴょん跳ねて移動するものなのよ」
 と、西洋風魔法使いに扮した華音が言う。するとエヴァンズは言い返してきた。
「そこまでしなくたっていいだろ? ほら、あそこにカップルにさっそく悪戯を――」
 と、通り過ぎていくカップルに向けて『ファイアストーム』を放とうとする。
 はっとして彼の前へ立つ華音。
「駄目ー! 強すぎて火事にでもなったらどうするの!」
 寸でのところで止められて、エヴァンズは不服そうな顔をした。
「もっと、こう……危害を与えないものじゃないと」
「そうか。じゃあ、考え直そう」
 と、しぶしぶ別の悪戯を考え出す。
 華音は一つ息をつき、改めて周囲のカップル率の高さに辟易した。日が暮れてきたからか、数十分前に比べて増えた気さえする。まったく、ハロウィンは恋人同士のイベントじゃないでしょうに。

 待ち合わせ場所へ現れたアリサ・ダリン(ありさ・だりん)は、待ち人の姿を見つけられずにいた。二人で店を回って決めた吸血鬼の衣装を身に纏った彼女だが、どことなく愛らしい。
「待たせたな、アリサ」
 と、ふいに声をかけられて振り向くと、そこには首なしの騎士・デュラハンの格好をした宙野たまき(そらの・たまき)がいた。首の代わりにジャック・オ・ランタンを手にしている。
「やっと来たか」
「悪いな。それにしても、似合ってるよ。悩んで選んだ甲斐があったな」
 と、たまきが笑う。それぞれの衣装は、事前に二人で店を回って決めたものだった。
 アリサはちょっと嬉しそうにして、ハロウィンの街へ身体を向けた。
「行こう」
「おう」
 様々な仮装をした人たちでごった返すツァンダの街。子ども連れも多いが、カップルの数も負けてはいない。
「そうだ。アリサ」
 と、たまきは彼女へ握った手を差し出した。
「ん、何だ?」
 何かくれるのかと思って手を出すアリサに、たまきはぱっと拳を開いて言う。
「何もないよ。上手くひっかかったな」
「……なるほど、そういうことか。後でやり返してやろう」
 と、アリサがにやりと笑う。悪戯をされたら悪戯を返すのが筋というものだ。
「お、じゃあ楽しみにしてよう」
 と、楽しげに笑うたまき。
 そんな彼らに狙いをつけたエヴァンズが『火術』を使った。たまきとアリサの前へ現れた火は、一見、人魂のように見える。
「うわっ」
 思わず身を引いた二人に迫ってくる火の玉。ハロウィンは元々お化けの祭りであるし、そういった現象が起きてもおかしくないような気もするが……。
「逃げるぞ!」
 と、たまきがアリサの腕を取る。背を向けて走り出した途端、前方から勢いよく飛び出してくるエヴァンズ。
「ぎゃっ!」
 慌てて方向転換したたまきだが、アリサの方は割と冷静だった。
「何なんだ、一体? 悪戯か?」
「分かんないけど、何かやばい気がするっ」 
 と、駆け足をやめないたまき。心なし、人気の少ない道へ出てしまうと、突然足元が崩れた。
「うわ!」
 今度は落とし穴だ。
 仕掛けた張本人である華音は一瞬喜んだが、すぐに罪悪感が芽生えて申し訳なくなる。
「だ、大丈夫か? アリサ」
「ああ、どうにか」
 さほど深いものでなかった為、どちらも怪我はなかった。ただ、薄暗い穴の中にいると、妙な気分になってくる。
「この悪戯……俺たち以外にも引っかかってるのかな?」
「さあな。しかし、二人とも落ちるとは思わなかったな」
「……確かに」
 お互いの顔を見合うと、どちらともなく笑いがこみ上げてくる。
 その声を陰から聞いていた華音は、はっとした。落とし穴に落ちてまでいちゃつく気なのか、あのカップル――!?
 先ほどまでの申し訳ない気分はどこへやら、ずっと穴の中にいればいいと思う華音だった。

   *  *  *  *  *

 秋葉つかさ(あきば・つかさ)は露出度の高い魔女衣装を着用していた。日が落ちてきたためか、とても色っぽく映る。
「トリックオアトリート、シズル」
 と、待ち合わせ場所へ来た加能シズル(かのう・しずる)へ微笑みかける。
「待たせたかしら?」
「いいえ、大丈夫です。それよりも、お菓子か悪戯、どちらの方がほしいでしょうか? 素直に言えますか?」
 と、つかさはシズルの衣装を眺めながら問いかける。ハロウィンだからか、シズルは黒のミニワンピースを着ていた。ケープを羽織ってはいるが、脚の絶対領域が眩しい。
「それは……お、お菓子に決まってるじゃない」
 と、シズル。
 つかさはくすっと笑うと、彼女へ腕を伸ばした。黒い猫耳カチューシャを頭に着けさせ、にこっと笑う。
「さあ、行きましょうか」
「え? こ、これ……」
「気にしなくて良いのです。似合っていますよ、シズル」
「……」
 賑わうツァンダでもパーティー会場から離れればいつもと変わりない。訪れようとしている夜に応えるように、周りは静かさを増していった。
 人気が完全に消えたところで、つかさは言った。
「さて……今日は大事な話があります。私は、ザナドゥ側へつくことにしました」
 と、立ち止まる。シズルは彼女と顔を合わせた。
「人間が醜いことで争うのが耐えられなくなったのです。このまま死んでしまうかもしれません……だから、最後にシズルに会いたかったのですよ」
「……そう。つかさがそう決めたのなら、私は何も言わないわ」
「シズル……もし、シズルが私のことを分かってくれるのなら……一緒に行きませんか?」
 と、すがるような目をするつかさ。
 シズルは目を伏せて考えたが、すぐに答えは出せなかった。
「もしくは……シズル、あなたの手で私を殺して下さいませ。まぁ、魂を取られていて死ぬに死ねませんけどね」
 と、つかさは言う。シズルが頷かないことを、彼女はすでに分かっていた。
「つかさが信じて進む道ですもの、私はそれを見ているわ。あなたがどうなろうとも、私はただ見届けるまでよ」
「……ありがとうございます、シズル。今日、あなたと会えて本当に良かった」
 今にも消え入りそうな顔で微笑んで、つかさはシズルの手を取った。そっと握って、この日のことを忘れないよう記憶に刻みこむ。
 シズルはただ、そうしてじっとしているつかさを見つめていた。