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いけないご主人様・お嬢様をねじ伏せろ!

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第三章 執事喫茶の優雅なひととき 2

 さて、当然のごとく女性客が大半を占める執事喫茶にも、まれに男性客の姿が見受けられる。
 その一人が、笹野 朔夜(ささの・さくや)であった。
 パートナーである奈落人の笹野 桜(ささの・さくら)に身体を貸して、アンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)とともに買い物に来ただけのはずが、いつのまにか執事喫茶に寄ることになってしまっていたのである。
(私用に買ってあったぬいぐるみを無断であーちゃんにプレゼントして下さったことのお返しですわ♪)
 ことここに至って桜に謀られたことに気づいたものの、すでに手遅れである。
「わたくし、執事喫茶にぜひ一度来てみたいと思ってましたの」
 そんな二人の思惑も知らず、嬉しそうに笑うアンネリーゼ。
 そんな様子を見せられては、朔夜も白旗を揚げざるを得なかった。
(まあ、いいですけどね……この服装でここに来てよかったのでしょうか?)
 そう、自称執事見習いでもある朔夜の服装は、すでに普段着が燕尾服である。
 もともと執事喫茶における男性客自体がレアな存在であることを考えると、傍目には執事さんなのかお客さんなのかわからない。
「いいじゃありませんの。執事喫茶に執事コスプレのお客さんが来たとしても」
 そう笑う桜に、朔夜は念のためにこう釘を刺した。
(服装については仕方ないですが、振る舞いには気をつけてくださいね)

「お帰りなさいませ、お嬢様、旦那様」
 そんな二人(三人?)の接客を担当したのは、清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)である。
 アンネリーゼの方は目をきらきらさせてあちこちを見渡しており、どう見ても執事喫茶自体初体験であることが見て取れる。
 そして、桜(朔夜)の方は……落ち着いた物腰といい、服装といい、かなり「できる客」である可能性が高い。
 そうして二人を席に案内して、少しの後。
「では、このセットをお願いしますわ」
 アンネリーゼが選んだのは、スコーンとサンドイッチ、そしてケーキがセットになったものだった。
「かしこまりました。お飲物はいかがいたしましょうか」
 その言葉に、朔夜が素早く桜にアドバイスする。
(桜さん、紅茶の種類やカップの銘柄について、細かく店員さんに聞いたりしないでくださいね)
 朔夜からすれば、桜が、あるいは自分が「変な人」と思われないための配慮であるのだが、桜に言わせれば、姿の見えない朔夜と会話をしている方が、独り言をぶつぶつ言っている「変な人」に見えてしまう。
「紅茶をお願いしますわ。種類はお任せしてもよろしいかしら?」
 楽しそうに注文するアンネリーゼに、桜も一度頷く。
「私も同じものを」
「かしこまりました。では少々お待ちくださいませ」

 ややあって。
「お待たせいたしました」
 二人が、というよりも北都が選んできたのは、かわいらしいピンク色を基調にしたティーカップと、アッサムを使ったメイプルミルクティーだった。
 二人の様子を見るに、優先して考えるべきはアンネリーゼ。
 その天真爛漫でいかにも可愛いものが好きそうな様子に合わせたカップをセレクトし、紅茶は苦みをおさえたミルクティーに、メイプルで季節感と甘みを加える。
「こちらのカップは……」
 説明をするのは北都よりもよく通る声のクナイ。
 その説明を嬉しそうに聞いているアンネリーゼと、満足そうな表情を浮かべている桜の様子に、北都も会心の笑みを浮かべたのであった。
 ……もっとも、ただ一人朔夜だけは、この後もいろいろと気苦労が続いたのであるが。
(ええと、桜さん、アンネリーゼさん。甘いものを食べた後にサンドイッチを食べるのはあまりお行儀がいいことではないので……って、二人とも聞いてますか?)

 ところで、カイナはといえば。
「カイナ。この紅茶、向こうのテーブルまで持っていってくれるか」
「お、おー!」
 海から渡された紅茶の乗ったお盆を運ぼうとするのだが……初仕事だけに、緊張で完全にガッチガチである。
(そんな、戦場にでも行くような顔をして……ですが何事も経験です)
(こんな緊張した表情のカイナも珍しいが……これはこれで)
 そして物陰からひっそりそんな様子を見守るミラと英司。ぶっちゃけ怪しい人一歩手前である。
 ともあれ、完全に緊張し切っているカイナがそんな視線に気づくはずもなく、ロボットのような動きでどうやら目的のテーブルまでたどり着き。
「おまませしまーた、ごしゅーじん、おじょーさ……あれ?」
 ……まあ、日常生活で敬語なんかほとんど使っていないカイナであるから、とっさの時にいきなり出てこなくとも無理はない。
 というか、そもそもこのセリフだってミラから直前に教わったものの棒暗記である。
「おままーなのでしゅ。ごすーじんしゃま、おぞーさま……うにゅ?」
 そしてもちろん、カイナが無理ならミミィも無理である。
 それでも何かおかしいことはわかったのか、二人はそろって首を傾げ、もう一度言い直そうとした。
「おまませた、ごしゅーじょーさま……むぅ」
「おまままましたでしゅ。ごしゅーじょーさまでしゅ。みぅ」
 これではなんだか「御愁傷さま」のように聞こえてさっぱりわけがわからない。もう一度。
「おまままませたぞ、ごすじん、おじょさん? うぬぬ」
「おまままませたのでしゅ、ごすじん、おじょしゃん? うゆゆ」
 頑張っているのはわかるのだが、だんだん正解から遠ざかっているような気もする。
(あああ、手助けしたい! でもこれ以上何か言ったら絶交……!!)
(か、可愛い……もっと見た、いや、しゃべったら絶交だからフォローできないだけだ)
 物陰でただひたすらおろおろおろおろするミラと、「それもまたよし」とばかりに嬉しそうな顔の英司。ぶっちゃけどちらも完全に怪しい人である。
「おままっお……うぅ」
「おままっお……うえぇっ」
 だんだん声が小さくなり、とうとう涙目になりかかったところで、見かねた杜守 三月(ともり・みつき)がフォローに入った。
「お待たせいたしました、ご主人様、お嬢様」
 そう挨拶を済ませると、涙目のままのカイナとミミィを伴っていったん奥へ戻る。
「うんうん、二人ともよく頑張ったね。一生懸命なのはちゃんとお客様にも伝わってたし、次、もう一度ちゃんとセリフ覚えて頑張ろう?」
 三月がそう言ってなぐさめると、もともと素直、というか単純であることもあって、カイナもミミィもすぐに元通り元気になったのであった。
「おー! 今度こそちゃんと成功させるぞー!」
「でしゅ!」
「そうそう、その意気その意気!」
 二人が元気になったことに満足して、三月は接客に戻ろうとし……て、振り向いたところで硬直した。
 その理由が、無言で彼を睨みつけている大柄な強面の男……英司とうっかり目が合ってしまったからであることは言うまでもない。

 ちょうどその頃、海はエースに呼び止められていた。
「ああ、海くん。ご指名だよ」
「俺? 物好きな……わかった、すぐ行く」
 言われるままに海がそのテーブルに向かってみると、そこには杜守 柚(ともり・ゆず)の姿があった。
「あ、海くん!」
「ああ」
 見知った顔に、少し海の表情が和らぐ。
「執事姿も似合っていてカッコいいですね……本物みたいです」
 少し照れながらも、笑顔でそんなことを言う柚。
「あ、ああ……ありがとうございます、お嬢様」
 海が少し冗談めかして笑い返すと、柚は少しメニューを見てからこう言った。
「それじゃ、このジュースを……あと、海くんも一緒にジュースを飲みながら、お話相手になってくれますか?」
「かしこまりました。お嬢さまがそれをお望みでしたら」
 海が快諾すると、柚が少し申し訳なさそうにこう続ける。
「あとは……もし大丈夫そうなら、三月ちゃんも……って、思ったんですが」
「それは……あんまり大丈夫じゃないかもしれないな」
 ついつい気を抜いてしまって素に戻る海。
 そんな二人の見つめる先では、三月がぱたぱたと忙しそうに働いていた。
 もともと人と話すのが好きで、しかもかわいらしい外見の彼は、お店の中でもかなりの人気者だったのである。

 忙しく動き回りながら、柚たちの様子をちらりと横目で見て、三月は満足そうに頷いた。
 もともと彼が柚を誘ったのは、彼女が海に片思いしていることを知っていたからである。
 柚にとっては海と距離を縮めるチャンスにもなるだろうし、また、女性と離すのが苦手な海にとっても、気心の知れた柚であればいろいろと話しやすく、多少は緊張をほぐせるかもしれない。
 そして三月自身にとっても、パートナーの柚と友達の海の嬉しそうな顔が見られれば、それで満足なのであった。