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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(前編)

リアクション

   16

 ブオォォォォ……。

 どこからか、爆音が近づいてくる。
 ネイラが振り返ると、黒い大きな塊――バイクであるが、ネイラには分からない――が階段を駆け下り、飛び出した。刹姫と暦の前を通り抜け、くるりと半回転するとそのまま着地、滑るようにイブリスたちの前に停まった。地面にはくっきりと、タイヤの跡が残っている。
 ひらり、と飛び降りたのは永倉 八重(ながくら・やえ)だ。ちなみにバイクは機晶姫のブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)である。
「正面からと思わせて、あの攻撃は陽動だったのね。やるじゃない、さすがは悪の組織ね! でも!」
 びしっ! と人差し指を突きつけて、八重は続けた。
「ふっ、この私をただの小娘と思わないことね!  ブレイスアップ! メタモルフォーゼ!!」
 八重の服が、髪が、瞳が、そしてその心までもが、一気に熱い炎に染め上げられる。
「紅の魔法少女参上! 悪の魔法使いよ、覚悟なさい!」
 少し離れたところから見ていた雪は、この時点で考えるのを放棄した。この世界はこういう世界なのだ、と。
「八重、気を付けろ。強敵だ」
「分かってる」
 八重は頷き、「大太刀【紅桜】」を抜いた。
「確かにあなたの魔法は強力よ! けど、私には幼い頃より鍛え上げた剣術がある! そう簡単にはやられないわ!」
 地面を蹴り、右手に「紅桜」を、左手には炎を纏い、イブリスへ斬りかかる。
 だが、イブリスが片手をゆっくりと翻したその瞬間、八重は何か大きな力で弾かれた。
「きゃあ!」
 それは、自動防御術式ではなかった。何かの魔法ですらなかった。
 ただの魔力。それだけで、イブリスは八重を弾き飛ばした。
「力なき者が挑むとは。灰のように白き物となり、風と共に吹き飛ばされるであろう」
「『力のない者がかかってくるだけ無駄だよ』と申されています」
「そ、そんなこと、やってみなきゃ分からないわ! 私は紅の魔法少女・永倉八重! どんな時も逃げはしない!」
「よせ、八重!」
 ブラック ゴーストの忠告を無視し、八重は再び斬りかかった。だがそれも、敢え無く跳ね返される。
「八重!」
 ブラック ゴーストが八重とイブリスの間に立ちふさがる。
「何だこれは……? 生きているのか?」
 ネイラが呆然と呟いた。触ってみたいが、生き物であるなら噛まれるかもしれない。やめておこうか、と迷う。
「虚空を染めしその心は受け入れたきものよ。しかし」
「『その心意気は買う。でも』と申されています」
「阻害はさせぬ。灰燼と化せ」
「『邪魔だ。死ね』」
 とたんに、ブラック ゴーストの体が炎に包まれる。
「うおおぉぉ!」
「クロ! クロ!」
 炎を消す術を八重は持たなかった。このままではクロが燃えてしまう――助けを求めて刹姫たちを見たが、当然ながら、彼女たちが手を差し伸べることはなかった。
 しかし、救いは他から現れた。
 突如氷の嵐が吹き荒れ、ブラック ゴーストの炎は瞬く間に消えた。
「聖域ともいえるこの場所でこの大騒ぎ、どういうつもりですか?」
エレメンタルクイーンか……」
 イブリスはにやりと笑った。
 メイザースと共にやってきた六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)麗華・リンクス(れいか・りんくす)は、直前までエレインを守っていた。しかし、墓地に侵入されたと知ったメイザースが、怪我人が出ることも考えて連れてきたのである。
 麗華が【バニッシュ】で牽制。優希が【バーストダッシュ】でブラック ゴーストを引っ張って戻った。――かなり重かった。
 八重もブラック ゴースト共々、後ろへ下がり、傍らにしゃがみ込んだ。
「クロ! しっかりして!!」
「……効くのかな?」
 どう見てもバイクであるブラック ゴースト相手に有効かどうか、優希は首を傾げながら【ヒール】をかけた。
 麗華はメイザースを守ろうと「ヘキサハンマー」を構えた。しかしメイザースはそれを遮った。
「そのような物は、おそらくあの男には通じません」
「しかし、少しは」
「相手は前会長の右腕とも言われた男です。私の力もどこまで通じるか……」
「バリンか」
 にたあり、とイブリスは歯を見せ、ちらりと傍らの墓に目をやった。
「導かれし目を持たぬ男であった」
「『見る目のないおっさんだった』と申されています」
「エレインがこの聖なる冥碑を訪れると聞き、吾輩は雷に打たれた如くこの身が震えた」
「『レディ・エレインがこの墓地によく来ると聞いて、自分はすぐ分かった』と申されています」
「鍵は、この地に有り!」
「『鍵はここにあったのか』と申されています」
 メイザースも釣られたようにその墓を見た。前会長バリンの墓標は、他と比べてまだ新しい方だ。確かにエレインは、時折ここへやってくるらしい。何をしに来ているか、今の今までメイザースは知らなかった。だが、「鍵」があるならば分かる。無事かどうかの、確認をしているのだろう。
「しかし――どうやってそれを取り出すつもりです?」
「狂おしいほどの悩みである。だがそれは、愚鈍なる貴様らを滅してから思案しよう」
「『問題はそこだ。が、お前らを倒してから考える』と申されています。――これからですか?」
「そんなこと、させないわ!」
 八重が「紅桜」を手に立ち上がる。ほぼ同時に、上の方からわあぁ……と何やら大きな動物の唸り声と地響き聞こえてきた。それが次第に大きく、近づいてくる。
 どうやら戦いに気が付いた契約者たちが、大挙して押し寄せてきたらしい。
「むう……是非に及ばず」
「『こりゃいかん』と申されています」
「敵対の意思を確認。攻撃します」
 突然聞こえた声に驚いたのは、イブリスたちだけではなかった。
 今の今まで全く気配を感じさせず、黙って隠れていたらしい。全能の書 『アールマハト』(ぜんのうのしょ・あーるまはと)が、すうっと姿を現し、地下二階への階段へ向けて、手の平を向けた。
「今の内に逃げるわよ」
 メニエス・レイン(めにえす・れいん)が「アールマハト」の後ろから声をかける。
「何者だ?」
と尋ねたのはネイラだ。
「あたしは貴方が求めてるものが何なのか、それによって何が起こるのか非常に興味があるの。だから手を貸すわ」
「内なる意思が求めしもの……よかろう、闇の者が定めし炎を持つなら、参るがよい」
『俺が求めているもの……分かった、興味があるなら来ていーよ』と申されています」
 イブリスがローブを翻した。
 その時。
「逃がすものですか!!」
 メイザースが杖を大きく振りかぶったのだった――。