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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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第3章「神殿探索・上層」
 
 
「――健勇、そっちはどうだ?」
「何もなさそうだぜ、ニーアの兄ちゃん」
「よし、この先は大丈夫そうだな」
 神殿内部の探索へと赴いた者達。その先頭を歩くニーア・ストライク(にーあ・すとらいく)黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)が道の安全を確認すると、他の者達がそれに続いた。
「今の所は罠の類は無し、か」
「だねぇ。何かあるかと思ってたけど」
 罠への対処を考えていた二人は若干拍子抜け気味だ。
「この神殿は数年前までは不思議な霧に隠され、普通の人は来る事が出来なかったんですよね? だからそういった侵入者対策の必要が無かったという事でしょうか」
 上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)が手元の資料、『ハイ・ブラゼルの調査報告書1』に書かれていた内容を基に推測を行う。
 実際、伝承が正しければ幻獣以外でこの神殿に足を踏み入れる事が出来たのは、可能性としても霧を越えて聖域へと辿り着いた一部の者だけだ。後は――
「ここで『大いなるもの』の封印を行ったとされる偉大なる賢者。その人が神殿の建造にどれだけ関わったかも気になりますね」
 戒 緋布斗(かい・ひふと)の言う通り、一番影響があるとすれば古の英雄達だろう。彼らがどのような人物だったのかは不明だが、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)はある仮説を立てていた。
「これは私の意見ですけど、報告にあった幻獣王と呼ばれる龍が偉大なる賢者本人では無いでしょうか?」
「幻獣王が?」
「えぇ。そして恐らく、幻獣王は神殿から聞こえる咆哮の主……」
「……つまり、この先にいる存在だという事ですか」
「『大いなるもの』が人の負の心から生まれたというなら、それが封印から逃れる為に瘴気で幻獣達を操っているのではと思うんです。苦しんでいるような咆哮は、きっとそれに耐えている幻獣王のものでは無いかと……」
 コトノハがちらりと愛娘の蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)を見る。彼女もかつては『災い』と呼ばれ、封印されていた存在だった。そして、そこから逃れる為に虫などを操って封印を解く切っ掛けを作ろうとしていたのである。
(でも、私の推測が正しいとするなら、『大いなるもの』はかつて封印した賢者すらも飲み込もうとしている事になります。ならきっと……封印は解かれてしまう可能性が高いでしょう)
 封印が解けないように出来れば一番だが、仮にその為に何かを犠牲にする必要があるとしたら、それは避けなければいけない。その為に自分達は無いが出来るか、何をすれば良いのか、コトノハは過去と現在を重ね合わせ、出来る限り最良の方法を探そうと考えるのであった。
 
 
「地面はしっかりしているし、適度に開けている。それでいて設備を隠せそうな場所もあるようだな」
 ある程度進んだ頃、周囲の状態を確認していたアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が最初の中継地点に適した場所を見つけ出した。
 先に進むほど重要になって来る拠点ではあるが、この最初の拠点も別の意味で重要となっている。アインや蓮見 朱里(はすみ・しゅり)の計画した携帯用の中継基地局を設置する為だ。
「健勇、ダウジングに反応はあるかしら?」
「大丈夫だよ母ちゃん。急に崩れたりはしないと思う」
「そう、ならここにアンテナを設置するとしましょう、アイン」
「分かった。ルオシン、君も手伝ってくれるか?」
 アインが子持ちという共通点を持つ友人、ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)を呼ぶ。
「うむ。朱里の手を煩わせる訳にはいかないからな。我で出来る事であれば手を貸そう」
「助かるよ。じゃあまずは――」
「おっと、俺も手伝うぜ。こういうのは人手があるに越した事はないからな」
「あぁ、有り難う。よし、最初にこっちの機材を組み立てていこう」
 アインとルオシン、そしてニーアの三人が馬などで運んできた荷物から設備の組み立てを行っていく。当初の予定通り、その作業を監督、指示するのは朱里の役目だ。
「……しかし、幻獣に探検か。可能であれば連れて来たい人物がいたのだがな」
「? 誰の事かしら、ルオシンさん?」
「空京大学にいる教授でな。シボラの探索にも向かった事があるからきっと興味を持つと思ったのだ。残念ながら呼ぶ事は出来なかったがな。彼の体質がどう影響するか、非常に関心があったのだが」
「???」
 ――ちなみにルオシン曰く、その人物は結構な巻き込まれ体質らしい。ある意味この場にいなくて正解だったというべきか。
 
 
「桜、この辺りでいい?」
「はい、大丈夫です」
 中継基地局を設置している間、高島 真理(たかしま・まり)達はそれ以外の設営を担当していた。今は真理が神殿の柱に灯りを取り付け、それを下から敷島 桜(しきしま・さくら)が確認していた所だ。
「よっと。これで少しは明るくなったかな?」
 真理が持参したのはランタン。光量としては普通のライトなどには劣るが、反面、電気を使用しないという利点がある。一応基地局の設営も考慮して朱里達が調査団として小型の発電機を借り受けてはいるのだが、それとて限りあるのでそれこそ通信といった重要な物のみの使用に止めておきたい。そう考えての選択だった。
「後はここにどれだけ補給物資を置いていくかよね」
 当然ながらこの先にもいくつかの拠点を作り、最前線に一番多くの物資を集めておかなければならない。
 なおその判断と、持参した物資の把握は桜が行っている。非力な自分が役に立つせめてもの方法と本人が買って出たのだ。
「えっと、ここに残すのは秋津洲様の物と、それから……」
「ん?」
 桜が真理を呼び寄せ、何かを耳打ちする。桜は引っ込み思案な性格の為、親しい人物以外と話す時はこうして真理を間に挟む事がある。
「――はいはい。ここに残すのは秋津洲の分と、唯識君の分ね」
「私ですね。分かりました」
「では、必要な物を出して行きますね」
 荷物持ち担当の南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)と唯識が荷物を下ろす。中には非常食や応急処置の道具など。特に魔法の効果が薄いこの世界では、医薬品の存在は重要だ。
「まだ結構荷物があるね。大丈夫?」
「ご安心下さい、真理。他の方と分担していますし、何より私の性に合っていますから」
「ならこの後もお願いしちゃおうかな。そういえば明日葉は?」
「周囲の見回りに向かったはずですが」
 秋津洲が辺りを見回すと、丁度源 明日葉(みなもと・あすは)が戻って来た所だった。緋布斗と夜魅、二人を連れて真理達の所へと歩いて来る。
「お帰り、どうだった?」
「この一帯には幻獣や不審者の影はござらんな。無論、この先も油断は出来ぬでござるが」
「えぇ。ですので唯識君、僕はもう少しだけ調べておきたいのですが」
 どうやら緋布斗はまだ調査をし足りないらしい。そんな彼の性格を理解しているのか、唯識は一度荷物を完全に下ろすといくつかの探索用具だけを取り出した。
「仕方ないですね。じゃあ向こうの範囲だけ調べてこよう。それが終わったら少し休む事。いいね?」
「分かりました。それでは皆さん、行ってきます」

「……元気な二人ねぇ。とりあえず、夜魅ちゃんもお疲れ様」
「うん。あ、そうだ。ねぇ、幻獣王ってどこにいるの?」
「え、う〜ん……どこにいるかまでは分かってないのよね、確か。上にいなければこの先の可能性が高いと思うけど」
「そっか……」
 夜魅が先ほど見回って来た方を眺める。そちらは下へと続く階段があった方だ。
(幻獣王って、龍なんだよね。やっぱり他の幻獣みたいに苦しんでるのかな。それって『大いなるもの』が嫌な気持ちを集めてるから? あの暗くて怖いのを……)
 『龍』と『負の心』は夜魅自身にとっても関わりのあるキーワードだ。その為コトノハ同様、彼女もこの先に起きるであろう事を非常に気にしていた。
(逢えたら何か分かるのかな。あたし達がどうすればいいのか――)

 
 それからしばし、アイン達による基地局の設置が完了した。確認という事でルオシンとニーアが通信を行ってみる。
「ふむ、電波は来ているようだな」
「こっちもだ。これで大分楽になりそうだな」
「有り難う、二人共。本当に助かったわ」
「気にするな、朱里。我が君達に助力するのは当然の事だ」
「ま、そんな堅っ苦しい事じゃなくても、仲間だからな」
「ふふ、そうね。でも、ようやく先に進めるわ」
 機材は出来るだけ発見され辛い所に置かれ、更に迷彩塗装でカモフラージュされている。これなら仮に襲撃されたとしてもすぐに発見される事は無いだろう。
「では、ここからは先発隊と、拠点を前へと進めて行く後発隊に分かれよう。僕達は勿論後発隊になるけどね」
 アインの言葉に皆が頷く。身軽な者が先行して安全を確認すれば、もっと効率良く探索出来るはずだ。
「何かあったらすぐに連絡してね。皆、気を付けて」
 先へと進む先発隊に手を振り、見送る朱里。こうして、神殿の調査団は次の階層へと歩を進めるのだった――