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嘆きの石

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嘆きの石

リアクション

「まーるかいて、ちょん、ちょちょん」
「随分な絵描き歌だ」
「えへへ」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)閃崎 魅音(せんざき・みおん)の不思議な絵描き歌に頬を書きながらも、それがきちんと目印として機能しそうで安心して籠手型HCを見た。
 他の契約者達から続々送られてくる進行ルートや、村人との戦闘記録をまとめながら、静麻は突入そた契約者の退路を確保しようと目印を付けて回っていた。
「これであとは北部と……中央部分だけが未知というわけか。魅音はしっかりと目印を頼むよ」
「まっかせてー」
 静麻は魅音を視界の端に捉えながら、先行して索敵をするパートナーに近づいた。
「モンスターや村人は?」
「今のところはいません。それにしても、悲しい昔話ですね」
 レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)は遠くを見つめるように言うが、神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)としては、
「ご先祖様の自業自得ってところじゃないかしら?」
 極々ありふれた怨み辛みの呪いだと言わんばかりの物言いだった。
「やるせない昔話だが、昔は昔だろう。さっさとカタをつけるのが一番だ。俺達だっていつ狂うかもわからないわけだしな」
「そう言った情報は他の契約者からは?」
「まだ入ってきてないな。それとも、連絡もできない状況なのか」
「あたし達の誰かが瘴気にあてられるってのも、我が身で信じられる情報じゃないかしら?」
 それも考えていなかったわけではないが、何しろ解毒の力を持ち合わせているのが魅音だけで、万が一魅音が先にあてられればそれはそれで目も当てられない状況になるだろうし、魅音を危険にも合わせたくはなかった。
 その時だった。
 レイナが身構えると、大樹の迷路となっている向こうから、砂煙と間隔の短い足音が響いてきた。
 静麻は一歩、ニ歩と下がり、自分の背中に隠すように魅音を置くと、彼の前にはレイナとプルガトーリオが立ち塞がった。
 その足音はゴブリンの群れだった。
 所詮ゴブリンの群れなど、とレイナとプルガトーリオは溜息混じりに、しかしながら退治せんと構えをつくるのだが、どうも様子がおかしい。
 まるで何かから逃げている――?
「――ッ! 村人ですッ! 2人来ますッ」
 一目散に逃げるゴブリンは己が指名――人間や契約者と戦うことを放棄して、静麻達の横を通りこして、魅音ばりに後ろに隠れようと試みるありさまだった。
「ふふ、燃えるわ」
「おいおい、相手は一般人なんだ、手加減してくれよ」
「手加減は無礼です。全力で当たります」
 ハァと静麻は溜息をつくが、それでもこれが言葉遊びであることはわかっている。
 きっと――、
「ほら、燃えなさいッ!」
 プルガトーリオから2つの火の玉が、駆けてくる村人に向かって投げられた。
 先に放たれた火球は遅く、後に放たれた火球は早く、同じ線上を走り――炸裂した。
 目くらましの一撃――。
 その隙にデュエ・スパデを手に光翼で一気に飛びあがったレイナの目の前に、火球の炸裂を物ともしなかった村人の1人が跳躍した。
 だが、空を飛ぶことと、空へ跳ねることは同じ高さでも大きな違いがある。
 村人の鋭利な爪の斬りを軽やかにかわすと、更に高みへと飛び立ち、対する者は地に引っ張られ始めた。
「参りますッ!」
 レイナは急降下し、村人の爪を削ぎ、無様に村人が着地に失敗しないように気を配りながら、降り立った。
 火急の炸裂に巻き込まれ軽傷で気を失った村人を含めて、その後魅音がキュアポイズンで瘴気を払うと、優先事項を村人の保護とし、神殿を後にした。



「思った以上に荒れているな」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は神殿の様子――崩れた石壁や柱、貧相になった草木を見て呟いた。
 考古学を好むグラキエスは何か資料になりそうなものや、伝承を知る関係者と出逢えればいいと思っていたが、どうにもそれは叶いそうにない気がしていた。
「主よ、敵からは私がお守りできますが、瘴気は防げません。どうかご無理はされないよう」
「わかっている」
 パートナーであるアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が身を案じるが、グラキエスはそれを手で制して、歩を進めた。
 毒に対策はしているものの、それで瘴気が防げるかは怪しいものだ。
 タイムリミットがわかればいいのだが、そのような情報は皆無だった。
「グラキエス様、神殿の壁や床、調度品は腐食が進みすぎて情報が読み取れません」
 エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)がグラキエスに纏まりつくように、不発に終わったサイコメトリの結果を報告してきた。
 が、すぐにアウレウスによって引き剥がされた。
「エルデネスト、貴様はもう少し主から離れろ! 話し合う度に主に触れるな!」
「ふふ、アウレスト。嫉妬はいけませんよ」
「嫉妬では――ッ!」
 そう否定しようとした時、アウレストはエルデネストに構うことを止め、弾け飛ぶようにグラキエスの前に出て、武器を構えた。
「魔物ですか? 村人ですか?」
 一瞬にして張りつめた空気の中、エルデネストはキングを守るナイトに聞いた。
 しかし、アウレストは何も答えず、じっと大樹の迷路の先を見据えた。
 その視線の先にすっと何かが浮遊しながら過ぎった。
「魔物でも村人でもない。この出逢いは僥倖だ」
 グラキエスは喜びを押し殺すように言った。
 確かにあれは魔物でも村人でもなかった。
 明らかな――霊。
 それも存在感と殺意のバランスが大きく傾いているほどにこの場では――異質。
「行くぞ」
 横たわる大樹、大樹、大樹。
 それらは根元や中程から気味の悪いように折れ、迷路とトンネルを同時に成すような状況であった。
 そこを軽やかな足取りで飛び越え、潜り、グラキエス達は後を追った。
「――ッ」
 その先で、1人の村人と思わしき人物が倒れていた。
「……気をつけてやってくれ」
「承知しました」
 グラキエスの考えを受け取ったエルデネストが村人に近づき、その身体にそっと手で触れた。
 キンッ――!
 こめかみ辺りをするどく突くサイコメトリ特有の感覚。
「……先の霊に瘴気を抜かれた……? 英雄……ラティオ?」
 呟くような言葉にグラキエスは驚いた。
 先に見た霊は英雄ラティオの生き霊なのだろうか?
 何故この地を彷徨っている――?
 様々な考えが脳内を巡るが、それはアウレウスの当たり前の言葉で遮られた。
「主、この村人はどうしますか?」
「……そうだな」
 放置して霊を追いたい気持ちは山々だが、しかし――。
「運んでやれ」
「ハッ」
 アウレウスが村人を背負い、グラキエス達はこの場を後にする選択肢を選んだ。