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古戦場に風の哭く

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第八章 鎮魂歌、響く
「囚われ続けるのは辛いし、怖いよな……少し分かるさ……だから、開放してやる」
 決意を願いを守るべきものを思い出した戦士に対峙した佐野 和輝(さの・かずき)は、いっそ優しいとさえ言える口調で囁いた。
 思い出した事で苦しむ彼らを、救いたかった。
「縛られ続けのはアニスも嫌いだよ。だから、和輝達と一緒に開放してあげる!!」
 それはパートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)も同じ気持ちで。
「スノーと一緒に彼等の安息を願って、レクイエムを贈るですぅ〜♪」
「私が謡うことで、どれだけの効果があるか分からないけど……やってみるわ」
 そんな二人にルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)は楽しげに、スノー・クライム(すのー・くらいむ)は幾分緊張気味に、頷いた。
「【演奏】は得意なので任せるですよぉ〜♪」
「この中で謡うのは、ちょっと恥ずかしいわね」
「人前だからって恥ずかしがっちゃダメですよぉ〜♪」
「……分かってるわよ、ルナ。和輝のためにも全力を出すだけ」
「スノーとルナには彼らを近づけさせないから、安心して歌ってくれ」
「うん、アニスも守るからね」
「ゴーレムさん、アニスをよろしくですよぉ〜」
 アニスの盾になってくれるようゴーレムにお願いしてから、ルナはスノーを見。
 そして、二人レクイエムを口ずさんだ。
「満足するまで相手をしてやる!!」
 それを合図に和輝が戦士と距離を詰めた。
 時に両手に持った銃での【ホークアイ】を使った狙撃で。
 時に、【レガース】と蟲で強化された脚部での蹴りで。
 アニスと連携しながらの遠近両用の複合戦闘術は、己を思い出し惑う戦士達を圧倒していた。
「……はぅ〜、スノー達の歌にのって戦う和輝、格好良くて綺麗……」
「お〜、私達の唄に併せて和輝さんが踊ってるようですよぉ〜♪」
 歌の合間、そんなアニスとルナの言葉に改めて和輝を見つめたスノーは、その姿に暫し見惚れた。
 静かな鎮魂歌のリズムに合わせた動きは、まるで舞っているかのよう。
 と同時にスノーの胸に不意に感慨めいた気持ちが湧き起こった。
(「……そっか、アニス達はいつもあの背中を見ながら戦っていたのね」)
 スノーはいつも、和輝の盾として行動している。
 だからこんな風に後ろから和輝を見守るなんて初めての事で。
(「……ちょっと羨ましいわね」)
 それでも、こうして後ろにいてもスノーが和輝を護ろうとしている事は、護っている事は疑いようない事実であった。
「どうした? 俺はまだまだ戦える。かかってこい!」
 その思いが、レクイエムが、次第に戦士達を鎮めていった。

「ずっと怖かったですよね。怖くて辛い中に閉じ込められて……とても苦しくて悲しかったですよね」
 微かに瞳を潤ませながら、東雲 いちる(しののめ・いちる)は村人の手をそっと取り語りかけた。
 涙を零す事はしない。
 それは傲慢で、今まで苦しんできたこの人達に失礼な気がして。
 だから必死に涙を堪え、ただ語り掛け頷いた。
 その哀しみを癒すように、その怖さを拭うように、その辛い気持ちを救い上げるように。
「……ソプラノちゃん」
 そうして、いちるはパートナーたるソプラノ・レコーダー(そぷらの・れこーだー)の名を呼んだ。
「私には、ただ話を聞いて頷くだけしかできません。でも、ソプラノちゃんはそうではない……ソプラノちゃんには音楽があります」
「マスター、ワタシは……」
 いちるが何を言わんとしているのか掴みかねたソプラノの顔に、僅かな戸惑いが過ぎる。
「幸福な音色、鎮魂の音色を奏でてあげて欲しいのです。苦しい感情を全部断ち切れるように」
 だが察しても尚、いちるは言葉を綴った。
 ソプラノに、願いを託した。
「ワタシ……ワタシの音色はいつも、生者の為でした」
 人が、死していないものの為に捧げる音楽……鎮魂歌。
「ワタシにはそれは、奏でる側の自己満足とも取れました」
「死者の為に奏でる音色というのはソプラノには理解できなかったのかもしれませんね」
 諭すように口を開いたのはもう一人のパートナークー・フーリン(くー・ふーりん)だった。
「存在しないものへの音楽。無意味ととるでしょう」
 死者という存在を認識できない状態だったらそう思ってもしかたない、とクーは思う。
 だが、今は。
「今目の前に居るのは死者です。けれど苦悩を訴えています。この人達を癒せるのが鎮魂歌なのでしょうか?」
「大丈夫。ソプラノになら奏でられますよ。優しい音色が」
 クーは、どこか不安げなソプラノに優しく微笑んでやった。 
「貴女には少しずつ暖かい『心』宿り始めているのですから。鎮魂歌の意味も知ることが出来ると信じていますよ」
「でも、ワタシは……」
「出来ます。貴女の音楽は素敵だから」
 いちるの迷いない言葉に、ソプラノはやがて小さく頷いた。
「はたしてワタシにマスターが望むような音色が奏でられるか不安ですが。やってみようと思います。どうか苦しみがなくなりますように」
 そして、ソプラノが歌を奏でた。


「誰だって『死にたい』と思って死ぬわけはない」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は眼前の悲しい光景に一度、静かに瞑目した。
「戦乱によって唐突にそんな『死』がもたらされた者にとっては、無念であろうし、理不尽を感じるだろうし、悲しさに打ちひしがれて、魂が安らかに眠れないということも、十分あるわなぁ」
 泰輔は仏教徒なので成仏を願ってお経上げてもいいと思っていた。
「多分ここの人らは仏教徒と違うやろうから、フランツ、おまえ、レクイエム書いて」
 言われたフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)は何故と尋ねる事無く、承諾した。
 ミサ曲やレクイエムは、少年合唱団時代からのお馴染みののレパートリー、分野であるし、この村の事を知っては見過ごすわけにはいかなかった。
「私、その、あまり良い声ではありませんが……」
「大事なのは、歌に込める思い……死者の平穏は、生者の敬虔な祈りによってなだめられ、諌められ、もたらせることでしょう」
 不安そうなレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)にフランツは告げ、泰輔もまた同意した。
「僕とレイチェルと君、それからフランツのギター伴奏で、ささやかかもしれないけれども、亡くなった人達に捧げるためのレクイエムを」
 フランツのギター演奏に先導され、泰輔のテノールとレイチェルのメゾソプラノが歌を奏でる。
 ややぎこちないそれは、作曲者自身の重厚なバリトンにも支えられ、徐々に滑らかで力強くなっていく。
 何より、歌い易さと旋律の美しさを保てるよう細心の注意をはらわれた曲である。
「戦うために作られた存在である、剣の花嫁である私のようなものの祈りでも、ここで亡くなった村人たちの魂をなぐさめることができるでしょうか……」
 レイチェルのそんな躊躇いも、美しい旋律の前には溶けて。

いと高き天には 神に栄光あれ
地上においては 善意の人々に平安あれ

かつて楽しき日々は輝き
雲も嵐も過ぎ去りて
正しきものに期せざる安息の日々は始まれり
かつて暗き夜すべてを覆い
今に至るまで汝それを恐れたり
されど、今こそ喜びて立ち
幸いなる暁に
腕いっぱいの百合の花を与えよ

神よ、憐れみたまえ
主よ、あわれみたまえ
神よ、憐れみたまえ

(「恐れるものはなにもありません。ただ自分たちの心を信じて、亡くなった方たちのための祈りを捧げます」)
(「救われずにある魂に救済と、そして休息――やすらかな永遠の憩いを」)
 どうかどうかどうかどうか。
 全ての魂に安らかな眠りを、ただひたすらに祈りを込めたレクイエムが、無残な終焉を迎えようとしている大地を渡った。


「リュー兄」
「そんな顔しないで。オレ達のやる事は変わりませんから」
 揺らぐ空間でわずかに不安をのぞかせたブルックスの頭を、リュースはポンと叩いた。
「オレ、シーナ、蓮見さんの三人で幸せの歌を歌い、幸せな気持ちを思い起こさせることで負の気持ちを軽減させ、浄化します」
 歌えますか?、な視線に返ってきた二対の瞳に笑み。
「歌っている最中は無防備になりますので、グロリアとブルックス、アインさんは引き続きお願いします」
「分かってる、リュー兄達は私が守るよ」
 ブルックスと共にグロリアも頷いた。
 我を忘れた者達が、絶望に囚われた者達が、暴れている。
 或いは、あくまで終わりを拒む者達が。
『俺たちにも守らせて欲しい。彼女達を、そして、かつて守れなかった者達を』
「あぁ、今度こそ守ろう」
 と同時に今のアイン達には仲間が、自分達の願いを己自身を取り戻した戦士達がいた。
「死を恐れるな。たとえ力尽き倒れても、最後の瞬間まで人々の為に戦い続けた者を、称えこそすれ貶める者などいない」
 力づけ勇気づけるアインに、
「祖先の魂に胸を張れ。そして子々孫々に語り継ごう。最期まで命を燃やしつくした、誇り高き戦士のことを」
 戦士達の顔が誇らしげに輝いた。
「っ!」
 何から逃れるよう、がむしゃらに突進してきた死者に受け止めたグロリア。
「オレだってずっと閉じ込められてたら、歪んでしまうでしょう。あなた達は少しだけ間違えてしまっただけ……だから、もうゆっくり眠っていいんです」
 リュースはその死者……多分普通の、気のいい親父さんか何かだったろう彼にそっと笑い、シーナと朱里を見た。
「どうか浄化されることを怖がらないで。大丈夫、何も怖いことなんてないんです」
 頷きと共にシーナはキレイに微笑み。
 そうして三人は歌を歌う。
(「私たちに出来ることはそう多くなんてないかもしれないけど心を合わせれば、一つの大きな力になることが出来ます」)
 やがて、歌が重なっていく。
 泰輔の美羽のスノーの、村のあちこちで響く旋律。
 バラバラの別々のそれらは、ただ一点において同じであった。
 即ち、憐れな魂を救いたい、安寧を与えたいと。
 それゆえ、重なっていく。
 広がり混じり合い補い合い、歌は崩れかけた空間を満たし、癒していった。
(「私の中には今、新しい命がある」)
 朱里はお腹に手を当てながら、歌っていた。
 このパラミタの伝説では、死者の魂は一度ナラカに落ちた後、長い時を経て、新たな生命として生まれ変わるという。
(「もしかしたらこの人たちも、いつかどこかでこんな風に、新たな命を得るのかもしれない。たとえ今とは違う名前、姿になっていたとしても」)
 だから、還ろう。
(「魂は終わらない。想いは受け継がれる。新たに出会う人々の祝福と、希望と共に……」)
 そう、信じられるから朱里はお腹に宿る生命に、死した魂達にそっと告げた。
(「……大丈夫。ここは怖くないよ」)
 世界はこんなに愛しさであふれているのだと。