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バレンタインデー・テロのお知らせ

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バレンタインデー・テロのお知らせ

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「俺はファッションにはあまり詳しくないのだが……モモヒキとレギンスってどう違うのだ?」
 バレンタインデー当日、蒼空学園の高円寺 海(こうえんじ・かい)は突然そんなことを言い出しました。
 テロリスト達の噂を聞きつけ、取締りのために校内を見回りをしている緊張感はそのままで、いたって真顔で質問してきます。
 とっさのことに誰もが目を丸くして海を見つめました。
 彼に下心がありそうな様子は全くありませんが、バレンタインデーに女の子に問いかける話題でもなさそうです。
「モモヒキは知っている。地球にいたときに親父が履いていたのを見たことがあるからな。形状がそっくりでとても気になる」
「いやあの、何の話をしているの?」
 海とともに校内の見回りをしていた布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)がたまりかねたように口を挟んできました。彼女も蒼空学園の生徒で、今騒ぎになりつつあるテロリスト対策の防御を講じようとしていたのですが、こんな話題になるとは思ってもみなかったのです。
 傍のエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)も、テロリストに警戒しつつも話しに加わっていいものやらどうやら、苦笑を浮かべて黙っています。
「スカートめくりの対策に、女子のみんなにブルマやレギンスをはくのを勧めたのは確かだけど。あと、ショートパンツとか」
「その効果は確かにあるようだな。さっき中学生にカラんでいたテロリストたちも、明らかに落胆した表情をしていた。あれで思いとどまってくれればいいが」
「そんな簡単に諦めるような連中ならそもそもテロなんてしようと思わないんじゃないかしら?」
「う〜ん……? どうしてバレンタインデーに女子生徒の下着を盗み見ようなんて発想が出てくるのか理解ができない。そんなにパンツが見たいなら、下着屋にでも就職すればいいと思うのだが」
「それは同感なんだけど、彼らは彼らなりのエロティシズムの価値観があるんでしょ。履いているのを見たいというか、その……」
 真面目に論じそうになって、佳奈子は顔を赤らめます。
「と、とにかく、そういう悪い連中がいるってこともっとみんなに知らせて、自己防御してもらわないといけないわ」
「それでレギンスか……。やはり気になる。モモヒキとの違いはなんだろう……。もしよければ今度の親父の誕生日にでも贈ってやってもいいのだが……」
「あの……、海さんの家庭の事情はとても興味があるんだけど、その話題はもういいと思うわ……」
 あまり深く入り込むと変な方向へと話が進んでいきそうなので、佳奈子は苦笑しつつも切り上げます。海に悪気はないのはわかっていますが、どうも今日はおかしな様子です。
「今私たちがやるべきことは、テロリストの取り締まりとテロに対する防御なんだから」
「そうだな。とりあえず今のところはそれらしい連中は見かけないが、どこかに潜んでいるのだろうか」
 海は辺りを用心深く見渡しながらも今ひとつポイントがつかめない感じです。
 残念なことに(?)、佳奈子たちの作戦は効果が出てきているようです。女子たちがブルマなどをはき始めるとテロリストたちは出現しなくなっています。おかげで見つけにくくもなっていますが。
「このこの辺りのテロリストたちはもうどこかへ行ってしまったのでしょうか? 拍子抜けしたような残念なような……」
 海の前を行く白雪 椿(しらゆき・つばき)はドキドキと周囲の気配を探っています。いつ、その角からテロリストが飛び出してくるかわかりません。妙に静まり返った校舎に足音だけがヒタヒタと響き、なんだか不気味です。
 気負ってずいずいと前へ行こうとしますが、パートナーのネオスフィア・ガーネット(ねおすふぃあ・がーねっと)ヴィクトリア・ウルフ(う゛ぃくとりあ・うるふ)が、かばうように押しとどめます。
「椿、いい子だから前に出るんじゃない。大人しく後ろにいたまえ」
「椿様は私の後ろに隠れて行動して下さい! お願いですから、絶対前に出ないで下さい! 絶対にです!」
「いやですっ!」
 椿はきっぱり言い返します。瞳に気合の炎が浮かび上がっています。
「テロなんて絶対成功させちゃいけません。早く退治しないと、テロに巻き込まれて悲しむ人が増えるんですよ。それでもいいのですか?」
「椿様に万一のことがあったら悲しむのは私たちなのですよ、察してください。そんなことがないよう、万全は期してますが」 
 ヴィクトリアの言葉に椿はわずかに首をかしげて。
「ネオスフィアさんとヴィクトリアさんが壁になっていて前が見えないのですけど?」
「……椿、前は気にしなくていいから、高円寺とお話でもしていろ」
 ネオスフィアが、小さい子をあやすような口調で言います。
「そうだな、あの二人を信用して後ろにいたほうがいい。何の話をしようか」
 と海は椿に追いついてきます。
「あ、こんにちわ」
 と、改まって椿。
「ああ、こんにちわ」
「……」
「……」
「お前ら、まともに会話も成立させられないのか?」
 ネオスフィアが目を丸くします。
「ねえ、椿もブルマはいたほうがいいんじゃない? ズボン強奪犯もいるみたいだし」
 エレノアは、スカートでなくズボン姿の椿にも勧めますが、椿はむしろ胸を張るように言い返します。
「ボクサーパンツはいてきたから大丈夫です。ボクサーはいつも丸出しですし」
「ああ……、中身言っちゃいましたよ……、男の子もいるのに……」
 ヴィクトリアはこめかみを押さえます。海は真顔で答えてきます。
「ん? 俺は気にしないぞ。俺もボクサーパンツ持ってるし」
「ちょっとは気にしようよ。バレンタインデーに女の子と盛り上がる話じゃないよ、それ。さっきからなんかグダグダだよ」
 そんな海を心配げな目つきで見て声をかけてきたのが、杜守 三月(ともり・みつき)です。彼は、杜守 柚(ともり・ゆず)とともに見回りに同行しているのですが、黙り込んでしまっている柚に変わって話を進めます。
「のんきなこと言ってるけどさ。海はテロ対策できているのかよ? 自分が狙われているの気づいてないだろ?」
「緊張感が欠けているように見えたか?」
「そういう意味じゃなくて……。ああ、これはまずい、重症だ……」
 三月はちらりと柚に視線をやります。
「?」
 海もちらりと柚に視線をやりますが、納得したように頷きます。
「心配しなくても、準備はできているさ。テロリストが俺を攻撃してきてもズボンが脱がされないように、今日はベルトを四本締めてきてある」
 何を勘違いしたのか海は頼りにしろとばかりに、上着を脱ぎ始めます。
 上着を脱ぎワイシャツ姿で胸を張る海は、腰に二本の革ベルト、そして肩から二本の吊りベルトを、これ見よがしにアピールしてきました。
 いや、これはこれで似合ってはいるのですが、反応が違うような気がします。
「ちなみに、ズボンの下は(モモヒキは)、はいてない。もし俺がテロリストごときに敗れ、無様に露出させようものなら、その時は……」
「その時は?」
 話の勢いにつられて、三月はゴクリと唾を飲み込みます。
「墓標にはこう刻んで欲しい。『わが人生に隠し事なし!』と」
「スカートめくり退治に命賭けるって、どれだけ気合入ってるんだよ。っていうか、隠すべきところは隠そうよ!」
「俺はいつも、ありのままでいたいと思っている。その結果、他人にどう思われようとも構わないさ」
「ありのまますぎるだろ。フリーダムだよ」
「あ、そうか、すまない。女子生徒の前でくらい服はちゃんと着ないとな」
 海はいそいそと制服の上着を羽織り直します。ビシリと衣装を整え直した彼は、少し考えるような仕草で重々しく言います。
「うむ……考えてみると、テロリストたちはチョコレートをやり取りしている人物たちを狙うのだろう? なら、我々が囮になっておびき寄せればいいわけだが、俺に好意を寄せてくれそうな女子生徒に心当たりがなくてな……」
 さっきから全く平穏な見回りに海はそんなことを言いますが、その台詞に明らかに柚がどんよりと俯きます。三月は言葉に詰まりながらも、
「お、お前……本気で言っているのか?」
「なにしろ、はいてないし」
「モモヒキのネタはもういいよ! どこまで引っ張るんだよ」
 三月は、柚に視線をやりながらうめくように答えます。なんというか、切なすぎます。
「……、あ、あれ? おかしいですね。私、なぜか偶然チョコレート持ってましたよ。海くんに受け取ってもらえたらいいんですけど」
 柚、半ば棒読み気味になりながら、思い切って隠し持っていたチョコレートを取り出して差し出してきます。装飾から本気オーラが立ち込めています。柚の渾身の本命チョコレートです。
 なぜなら、この機を逃すと今日一日、もうチャンスがないように直感が語っていたからです。海は人気者です。もたもたしていたら、柚の知らないうちに遠いところへ行ってしまうかもしれません。
「……そういうことか。なら、ありがたく頂戴しておくよ」
 海はようやく理解した表情で頷き、そっと手を伸ばします。
 チョコレートをはさんで二人の手と手が接触し、一瞬時間が止まります。柚は心の中でだけ本心をつぶやいて手を離すと、海はチョコレートを受け取ってくれました。
「いままで気づいてあげられなくてすまなかったな」
「……そ、そんな。そんなこと、全然ないですっ。受け取ってもらえただけで……」
 柚、顔真っ赤です。公衆の面前でやっちまった感がありますが、海も満足げなので恥ずかしさなんか吹き飛びます。
「う、うわぁ……大胆ですね……」
 独特のムードのほわーんと飲まれながらも、椿はテロ防止の為に、邪魔にならない範囲でアジットミストで霧を出して二人の姿を隠します。
 やがて、海は言います。
「柚が義理チョコを配っていた最中だったとはな、気づかなかったよ。警備などにつき合わせて邪魔して悪かった。俺にまでくれるとは律儀だな」
「――――」
 柚は声にならない声を上げます。
 えええええっっ……!? と見ていたみんなも目を丸くします。あんまりとはいえあんまりなお返事です。高円寺海、残念すぎます。
「……」
 まあいいです、しっかりと受け取ってもらえましたし……、気を取り直して柚は微笑を浮かべます。
 でも、いつかきっと……。
 彼女がそんなことを考えていると、佳奈子も言ってきます。
「ちょうどいい機会だし、みんなでチョコ交換しようよ」
「ああ、それでしたら私も」
 ヴィクトリアが話しの輪に入ってきますが、ぐいっとネオスティアに引き戻されます。
「俺たちは護衛だろ。椿たちが楽しく一時を過ごせるように」
「……あうううっっ、わかっています」
 そんな影の守りもあって、わいわいと交流する女の子たち。緩やかに時間が流れていきます。
 ええ、ここにもテロリストたちは現れないようです。
 それでは、場面を移してみましょうか……。