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リアクション
大切な人への想い−8−
桜葉 忍(さくらば・しのぶ)と東峰院 香奈(とうほういん・かな)はその日、空京に遊びに来ていた。
「ね、いいお天気だね。空気が気持ちいい!」
「そうだな」
忍が微かに微笑む。
「あ、なにかしら。雪? 綺麗!」
空中から雪片のようなものが舞い落ちてきた。香奈は両手でそれを受け止める。不意に青空が翳ったようだった。全身に悲しみが満ちる。
忍の携帯に蒼空学園からのに緊急メールが入った。人の心を悲しみや虚無、絶望に凍りつかせてしまうという氷の花について警告メールだった。ふと目を上げる。
「……香奈?」
香奈の様子がおかしいのに気づき、忍が声をかける。香奈は目に涙をいっぱいにたたえ、その場に立ち尽くしている。そうだ、さっき雪、と空中に手を差し伸べていた。あれがきっと……。
「香奈が……、氷の花に……」
忍は愕然とした。彼女は忍にとって大切な女性だ。だが、今までにそのことを伝えたことはなかった。力なく下がった彼女の手を、そっと両手で握る。冷たい。
「香奈は誰にでも優しいだろう。
怪我をし敵であってもが敵でも手を差し伸べずにいられない。
君は明るい笑顔で心を癒してくれる女神のような存在なんだ」
そこで大きく息をつく。こんな、悲しそうな、辛そうなかなは見たくない……。
「……香奈が俺の事をどう思っているかは解らない。
けど、俺にとって君は凄く大切な女性なんだ。
……俺は香奈の事が大好きだ! ずっと君の笑顔を傍で見ていたい!
いつもの香奈に戻ってくれ! お願いだ」
握った両手に、涙が落ちる。
「しー…… ちゃん?」
「……お帰り、香奈……。君が好きだ……」
香奈が驚いたように、忍に握られた手を見、次いで顔が上気する。香奈もまた、忍に思いを伝えられずにいたのだ。
「私もしーちゃんの事が大好きだよ……」
香奈は再び涙ぐんだが、その涙は温かい涙だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
宙野 たまき(そらの・たまき)は、氷の花の話を友人から伝え聞いて聞いてアリサ・ダリン(ありさ・だりん)がひどく心配になった。嫌な胸騒ぎがしたのである。空京に出たと聞いて、心当たりを捜し歩き、静かな一画でアリサの姿を認めた。
だが、たまきが見つけた時、彼女は既に氷の花に支配され、虚ろな悲しみの中で苦しみもがいていた。たまきはすぐさまアリサに駆け寄ると氷のような両肩を掴み、心の痛みに霞んだ目をじっと見つめた。
「アリサ、何て顔してるんだよ。
話は聞いてるから今どんな気持ちでいるのかは分かっているつもりだ。
それは……、アリサの本当の気持ちじゃないんだ。気付いてくれ。
アリサが一生懸命頑張っているのは、いつも近くで見ている俺が知っている。
アリサは優しいよ。
何か頼めば、文句を言いながらも必ず予定を割いてくれるじゃないか。
無駄なことなんかないんだよ。
自分なんか価値がないとか決めつけるな!!」
たまきはアリサの両手を自分の両手で包み込み、そのまま自分の額に当てる。
「俺がいるから。アリサには俺がいるから。
なあ、帰ってこいよ。
アリサ…… このままじゃ辛いだろ。
このままじゃ俺だって悲しいよ……」
たまきが流した涙が掴んだアリサの彼女の手へと零れ落ちる。アリサの目に生気が宿り、冷えていた体が温かくなった。アリサが訝しげに問いかける。
「ん? なんだ? 泣いてるのかおぬし……、どうした?」
たまきはひどくうろたえた。慌ててて手を離す。
「ん。いや、なんでもない」
そっぽを向いて赤くなるたまきに、アリサはなおも問いかける。
「なんでもなくはなかろう? 泣くほどのことが何かあったのか?」
アリサが元に戻ったのは嬉しいが、たまきは恥ずかしさに穴があったら入りたい気持ちになったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その朝、佐野 和輝(さの・かずき)はルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)に誘われて、アニス・パラス(あにす・ぱらす)も一緒に連れて、空京に買い物にいくことになった。
和輝はもともとはあまり他人と深い付き合いはしない。しかしながらクレセントが相手だとどうも調子が狂う。いつも彼女に流されてしまっている気がする。人見知りのひどいアニスが彼女にとても懐いているので、和輝は今の状況もそう悪くないと思ってはいた。
「みんなで一緒にお買い物〜♪
ルーシェリアお姉ちゃんはザナドゥで和輝達を助けてくれたし〜。
アニスに優しくしてくれるから大好きな人だよ〜♪」
「わぁ、嬉しいですぅ」
「あっ、でも和輝は渡さないよ!!」
はしゃぐアニス。クレセントと2人で、ショウウィンドウを熱心に覗き込み、ああでもないこうでもないと他愛のないおしゃべりをしている。和輝は2人の後ろを歩きながら、なんだか保護者みたいだな、などと思いつつ、そんな2人をほほえましく眺めていた。和輝の携帯にメールが届いた。友人からだが、緊急、とある。
「……嘘だろ」
メールから前を歩く2人に目線を移し、和輝は呟いた。今まさに氷の花と思しきものがはしゃぐ2人へ音もなく舞い落ちかけてきている……。
とっさに2人を庇って前に押しのける。
「えっ?」
「和輝……?」
異口同音に叫んだ2人の前に、和輝の携帯がコトンと落ちる。アニスがそれを拾い上げ、見るともなしにメールを見た。
「和輝さんっ!!!」
悲鳴に近いクレセントの声にアニスがそちらを見ると、和輝が生気を失い、虚ろな表情で立ち尽くしているのが目に入った。
「ルーシェリアお姉ちゃん!! これっ!!」
アニスが叫んで、氷の花のことをクレセントに伝える。
「……和輝さん、私達をかばって!!」
「和輝! ねえ、和輝ってばぁ! ねええ!!」
アニスが必死で氷のように冷え切った和輝をゆすぶり、声をかけるが一切の反応が返らない。
「和輝…… 和輝ーーーーーー!! いやああああああ!!!!」
アニスが悲鳴を上げる。クレセントは泣きそうになるのを必死で堪え、傀儡のようになった和輝の手を引き、アニスの肩を抱くと、近くのシティホテルのトリプルルームを取った。
部屋に入ると、クレセントはパニックになって泣気叫ぶアニスをベッドに連れて行き、そばについて優しく宥めた。
「大丈夫ですよ、元に戻せますから!
ね、アニスちゃん、安心して。大丈夫ですぅ」
「ほんと? ルーシェリアお姉ちゃん、和輝元気になるの??」
「うん、大丈夫。安心してくださいですぅ……」
「……うん」
アニスの髪をそっと撫でる。しばらくアニスはすすり泣いていたが、落ち着いたようでそのまま眠ってしまった。さきほどソファにかけさせた和輝のほうは、虚ろなまま身じろぎひとつしない。
(アニスちゃんは落ち着いたけど……
和輝さんはまだ目を覚まさないですぅ……)
和輝の隣に座り、冷たくなった彼の体をそっと抱きしめる。張っていた気が、一気に緩む。堪えていた涙が一気に流れ出す。
「せっかくザナドゥから帰ってきたのに、こんなことで和輝さんを失うのは悲しすぎるです……。
……和輝さん、……お願いです、戻ってきてくださいです……」
クレセントは涙を浮かべながら和輝にそっと口づける。と、和輝にそっと抱きしめられるのを感じた。そう、さっきの涙で、すでに和輝の魔法は解けていたのだった。
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