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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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●欲望と痛苦

 そこには妄念が渦巻いていた。
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は木によりかかり項垂れている。
 その先では、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)が戦っている。
 辺り一帯に響き渡るガラスが割れるような音は耳に届いてはいるが気にしている様子も無い。
 グラキエスはその様子をただぼんやりと見ていることしかできない。
 前にもこんなことがあったような気がする。
 ベルテハイトの魔法を易々と避けるエルデネストを見ながら、グラキエスはそう思った。
 自分だけを置き去りにして、自分だけは蚊帳の外で置いていかれているような気がして。
「いやだ……」
 置いていかないで。
 重い体を持ち上げ、手をのばす。
 助けて欲しい。自分を。
「おやおや、グラキエス様」
 エルデネストの呟きはグラキエスの耳には届かない。
 しかし、グラキエスの苦痛は伝わっていた。
「くるしい……」
 虚を掴む手。傍には誰もいない。
 そして、小さくなっていくエルデネストの背中。
 何かがぷつりときれた。
 流れ出る過去の記憶。
 痛みと悲しみと苦しみと。
 忘れていたかった記憶が断片的にフラッシュバックする。
 狂う。
 助けて欲しくて、置いていかないで欲しくて、叫んだあのときを思い出して。
「おれを……おいていかないでくれ……」
 ゆらゆらと立ち上がり、グラキエスは小さくなる背中を追いかける。


「あなたには感謝していますよ、ベルテハイト」
 薄笑いを浮かべ、恭しくエルデネストはベルテハイトに向かって一礼した。
 わざとグラキエスの傍から離れた。
 そして、エルデネストはこの術式に心当たりが合った。
 パラミタで生を受けた者の感情を増幅し、反転する。
 そしてその感情が向かうのは契約を結んだ主。
 ベルテハイトの増幅された感情をは恐らくグラキエスを守護したい。そのたった一つの一途な思い。
 最終的にはその結果が実っていればいい。手段を問わず、一直線になる術式だ。
「なぜ私の邪魔をする……」
 しかし、その術式もいまや解け掛かっている。
 結界が軋み、今にも壊れそうになっているから。
「何もグラキエス様が欲しいのはあなただけではないのですよ」
 だからこそ、エルデネストはこの今を利用する。
 最終的にグラキエスが自分のものになればそれでいい。
「さあ、私たちが離れれば、グラキエス様はどうなるでしょう」
「貴様……!」
「ケリを付けましょうか。今のあなたはもう正気に近いでしょうし」
 動きに理性が戻っている。しかし直線的に障害を排除する動きには違いが無い。
 だったら話は早い。
 湧くのは障害の一つを排除できるからなのか、それともグラキエスを独占できるからなのか。
 しかし、そこで思わぬ闖入者が来た。
 苦痛で動けないと思っていたグラキエスが追いついてきた。
 魔力を狂わせながら。
 エルデネストの読みが甘かった。この調子でベルテハイトを伸してしまえば確実にグラキエスは暴走する。
 その一段階前、暴走直前でグラキエスを慰めるのが、エルデネストの策だったがそれが潰えた。
 一瞬の躊躇。
 脇を駆け抜けていく、ベルテハイトを見逃してしまった。
 ベルテハイトは真っ直ぐにグラキエスの元に向かう。
 そして、
「すまない」
 揺らめくグラキエスの首筋に歯を立て、ベルテハイトは吸血衝動に任せてグラキエスの血を嚥下した。
 それと同時に収まる魔力の暴走。
 グラキエスは気絶していた。
「くっ、失敗しましましたか……」
 エルデネストは歯噛みすると、二人の下へと向かう。
 二人して安らかな寝息を立てている。
 この場でベルテハイトだけ残していくのも、と考えエルデネストは二人を担ぐ。
 まだ、チャンスはいくらでもある。次似たようなことが起これば今度こそ。
 そんな思いを胸に秘め、村へと戻る。