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春爛漫、花見盛りに桜酒

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春爛漫、花見盛りに桜酒
春爛漫、花見盛りに桜酒 春爛漫、花見盛りに桜酒

リアクション


*桜春の宴〜金銀姉妹のお迎え会〜*



「さてと、これで準備はOK、かな?」

 抹茶のスコーン生地をオーブンに入れた緋桜 ケイ(ひおう・けい)は汗を拭いながら、白熊のイラストがかかれたエプロンについた粉を振り払う。おそろいのエプロンをつけたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)に声をかけた。使い魔のフクロウがつまみ食いしようとするのを制止しながら、青い瞳を細めてにっこりと笑った。

「はい! こっちの塩クッキーも焼き上がりを待つだけです! あ、ネージュさんのクッキーもとってもおいしそうですね」

 ピンクのツインテールを揺らしながらクッキーの準備に勤しんでいたネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は、声をかけられて少し照れくさそうに笑った。フリルをたっぷり使ったエプロン姿が、彼女の魅力を一層引き出している。

 彼女が手にしているのは、《桜酒》の茶葉を自分が経営するお店で使う石臼で細かくしたものと、練りあわせたクッキー。
 優しい甘い香りが、焼きたてのクッキーから立ち上っていた。

「飲まないで 食べて楽しむ 桜酒……なんてね」
「ネージュさんのそれいい! イベントのときの俳句コンテストに出したら?」
「でもね、ソアちゃん……これ俳句じゃなくって川柳なんだよねぇ」
「ネージュのは、それで出来上がりか?」
「ううん、これから最後の仕上げをしてから」
「えへへ、みんなみてみてー!」
「まぁ、葵ちゃん凄くきれい! 本当に上手になりましたね」
「とってもおいしそうですね、葵さん!」
「そっちの桜餅もうまそうだなぁ」

 青を基調としたエプロンドレス姿の秋月 葵(あきづき・あおい)が、出来上がった苺タルトと二色のマカロンを自慢して回っていた。それをみたエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)とソア・ウェンボリスが嬉しそうな悲鳴を上げた。
 緋桜ケイはエレンディラ・ノイマンが手際よく作る桜餅に生唾を飲み込んでいた。

「どのお菓子も、桜酒にあいそうですわね」

 眼鏡をくい、と持ち上げながらパウンドケーキの荒熱を取る作業に入っていたエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)は、碧眼を細めて微笑んだ。

 彼女の作ったケーキは塩漬けした桜の花と葉から塩を抜いてから混ぜ込んだものだった。色合いは淡い桜色をしていた。荒熱が取れると手際よく切り分けて、いくつかの紙製のランチボックスにレースを敷いて丁寧に並べていく。コンロの傍では、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)がお花見弁当のおかずを着々と作成していた。


 百合園での花見茶会のお知らせと共に、ネージュ・フロゥが有志で料理を作ってくれる手伝いを募ったところ、このメンバーがそろったのだ。お茶会イベントの実行委員としては、嬉しくてたまらず口元の笑みが耐えなかった。焼きあがったクッキーの熱が取れるとすぐに小さくアイシングでワンポイント印をつけると、その上に桜の花びらを一つ一つ丁寧に飾っていく。
 その作業の横で、緋桜ケイとソア・ウェンボリスも抹茶スコーンとクッキーを焼き上げたところだった。

「会場はかなり広いみたいですから、各テーブルにわたりきるといいのですけれど……」
「俺たち以外にも、たくさんの人が作ってくるだろうさ」
「とりあえず、こちらもそれなりの量を作ったから大丈夫だと思うんだけど」

 涼介・フォレストは大量のから揚げをあげ終えてから、一息ついた。
 その横には、いくつモノだしまき卵、山ほどの筑前煮、そして摘みあがったいなりずしとまだ切り分けていない巻き寿司が並んでいた。

「うわぁ……凄くおいしそう!」
「噂が本当なら、『彼女たち』も帰ってくるんだろうし、このくらいでも質素なほうだよ。それに、まだ大事なものを作ってないしね」
「大事なもの?」

 ネージュ・フロゥが小首を傾げると、その場にいたメンバーはあ、と小さく声を漏らして微笑んだ。エイボン著『エイボンの書』はこくこくと頷いた。

「あのミモザサラダは、彼女たちも気に入ってましたからね」
「カナッペにしよう。たくさんの人と共有できるし、お酒を飲む人もいるだろうからね」

 涼介・フォレストは立ち上がると、3度あげのから揚げの作業をしながら、クラッカーの用意を始めていた。
 そんな調理室に駆け込んできたのは、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だった。両手には、製菓用の追加材料を抱えていた。そして、その後ろには思わぬ人物が立っていた。

「買ってきたよー!」
「おかえり、って……イシュベルタさん!?」
「緋桜、久しぶりだな」
「イシュベルタさん、いつこっちに?」

 ノーン・クリスタリアの荷物持ち手伝いをしていたらしいイシュベルタ・アルザスの姿にソア・ウェンボリスが目を丸くしていると、緋桜ケイがクス、と笑みを零した。

「さてはこの桜酒……イシュベルタが作ったんだろ?」
「む……もうばれていたのか」
「おととしのクリスマスのときといい、本当に顔に似合わない趣味ですわね」

 エイボン著『エイボンの書』が少しからかうような笑みを浮かべると、イシュベルタ・アルザスは顔を赤らめた。
 ネージュ・フロゥが出来上がったクッキーの一つをイシュベルタ・アルザスに差し出す。

「さっそく、イシュベルタさんに教わって作ってみたんだけど、食べてみて!」
「え、イシュベルタさんって実行委員だったの?」
「うるさい奴らだなぁ。今年は茶葉がうまく行ったから幻の製法の一つを使って作ったんだぞ」

 秋月 葵の突っ込みに照れ隠しをしながら、ネージュ・フロゥのクッキーをかじる。わずかに口元をほころばせると「悪くない」といって残りを口に放り込んだ。

「イシュベルタさんが、桜酒を百合園に寄贈してくれたのがきっかけで、このイベント始めたんだよ」
「出来がよかったから、くれてやっただけだ。イベントはお前たちが勝手に企画したことなんだから、俺のことは気にするな」
「でも、みんなはそう思ってませんよ」

 エレンディラ・ノイマンが笑みを零しながらそう語りかけるとイシュベルタ・アルザスはぷい、と視線をはずしてしまった。それを見るなり、ノーン・クリスタリアは小首をかしげて彼の顔を見上げる。

「イシュベルタおにーちゃん照れてるの?」
「うるさい。早く作らないと、間に合わないぞ」
「はわわ、そうだった!」


 真っ赤になったイシュベルタ・アルザスに指摘されたノーン・クリスタリアが追加材料でお菓子を造り始めると、各々作業の仕上げに入った。そして、イシュベルタ・アルザスは片隅で桜酒を煎れて保温ポットにつめていた。

「あの、すみません!」

 そこへ駆け込んできたのは、六連 すばる(むづら・すばる)だった。急いできたのだろう、呼吸ごとにお下げが弾んでいた。

「ああ、まっていたんだよ。レシピを教えて欲しい、だっけ?」
「はい、お願いします……その、できればたくさん……お願いします!」
「お花見用なら、お菓子も見ますか? 私のレシピでよければ」

 鬼気迫る表情の六連 すばるに、そこにいた者たちはレシピを快く教えてあげていた。秋月 葵からは苺のタルトを、ネージュ・フロゥからはカレーのレシピ、ソア・ウェンボリスと緋桜 ケイは今作っているスコーンとクッキーのレシピだ。涼介・フォレストは、レシピと料理のときに気をつけるといい虎の巻まで添えて、彼女に手渡す。

「おいしい料理が作れると良いね!」

 ノーン・クリスタリアから励まされ、六連 すばるは深々と頭を下げると調理室を風のように飛び出していった。







 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)とパートナーのマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)は、百合園の桜並木を練り歩いていた。
 手にしている写真は、笑顔で並ぶ機晶姫の姉妹。ニーフェ・アレエ(にーふぇ・あれえ)ルーノ・アレエ(るーの・あれえ)だった。

 二人と初対面であるはずの彼女たちが、何故迎えに出てきたのかというと……時間はほんの20分前に遡る。
 桜春の宴会場で、桜酒を振舞っていた青い髪の女性エレアノールと、談笑していたときのことだった。

「今日、妹達が留学から帰ってくるかもしれないんです」
「なら、私たちがむかえに行ってきます!」

 と、すっかり桜酒に酔いしれていたリース・エンデルフィアはマーガレット・アップルリングの手をつかんで、茶葉の入った缶と手作りクッキーを入れたバスケットを片手に、きょろきょろと辺りを見回していたのだ。
 桜酒によって酔ったといっても、アルコールととても酷似しており、普段とてもおとなしいリース・エンデルフィアをとてつもなく積極的にしていた。その現れに、マーガレット・アップルリングの手を先ほどから離さないのだ。

「もう、すっかり酔っ払っちゃってるね」
「そんなことないですよーv とっても気分がいいんですっ! はやく御姉様方に逢いたいですねぇ!」

 頬を上気させたリース・エンデルフィアに、マーガレット・アップルリングは微笑を返した。そこへ、琳 鳳明(りん・ほうめい)藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が歩いてくるのが見えた。
 さっき、珍しい茶葉が入ったお茶を勧めてくれたので、二、三言、言葉を交わしていると、視線の端に赤い長髪がたなびいていた。そして、緑の髪の毛がその後を追うようにして駆け込んでくる。

「(ニーフェ?)」

 最初に気がついたのは、藤谷 天樹だった。琳 鳳明がパートナーの精神感応を聞き取って振り向いた。その先には、懐かしい顔が二つ。向こうも二人に気がついて、立ち止まり見つめ返してくる。

「……琳……鳳明? 藤谷 天樹も」
「鳳明さん、天樹さんっ!」

 懐かしい声に、その姿に、琳 鳳明はしばらく言葉を喪い、空気を求める金魚のように口をパクパクさせていた。
 ルーノ・アレエとニーフェ・アレエはにっこり笑ってそこに立っていたのだ。服装こそ百合園のものではなく、旅支度だが紛れもなく彼女たちだった。
 藤谷 天樹が手にしていたホワイトボードに、すらすらと字をつづっていく。それを掲げて、わずかに口元をほころばせる。
 そこには、こうか書かれていた。

【久しぶり、ニーフェ。
 少しは、字……上手くなった?
 僕の方は、あんまり変わった事はない……かな】

 それを見てニーフェ・アレエはぎゅうっとハグをする。少し戸惑いながらも、藤谷 天樹はホワイトボードにもう一度も字をつづり、ニーフェ・アレエに見せる。

【……あ、そうだっだ】

 それだけがかかれたホワイトボードを見て目を丸くする緑の髪の機晶姫の耳元で、藤谷 天樹は囁いた。

「おかえり、ニーフェ」

 ほんの一言、声を喪っていたはずの彼が囁いたことにニーフェ・アレエは驚きを隠せず耳まで真っ赤になって更にぎゅうっとだきついた。

「すごい、すごい! 声が出せるようになったんですね!」
【疲れるから、あんまり喋れないけどね】

 ハグしながらの二人の筆談に微笑みながら、ルーノ・アレエは琳 鳳明の手をとり微笑んだ。

「またお逢いできて嬉しいです。琳 鳳明」
「お、お帰りなさい……ルーノさん……っ! 教導団の私が言うのもへんだけど……お帰りなさい!!」

 わずかに涙を浮かべながら、琳 鳳明は微笑んだ。手を握り締めて彼女の存在を再度確認するように抱きしめる。すると、ニコニコと笑顔のままのリース・エンデルフィアが割って入り、その手をとってぶんぶん振り回す。

「噂の御姉様!? はじめまして、リース・エンデルフィアです!」
「私はマーガレット・アップルリングだよ! みんながまってるんだ、いこう?」
「え、まってるって……私たち、今日帰ってくるとは伝えてなかったと」
「凄い偶然だよ。今日は、百合園でお花見をしててみんないるんだ! あ、ううん。私だけ知らなかったのかも……だってみんなすっごく張り切って準備してたんだよ!?」

 一気にそうまくし立てると、リース・エンデルフィアは今度はルーノ・アレエの手をしっかり握り締めて歩き始めた。そのあとを、マーガレット・アップルリングたちが追いかける。桜並木は、6人を優しく包むように花びらを散らしていた。