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リアクション
九章 魔術師の従士 後編
魔術師の従士による氷の魔法は途切れることなく契約者たちに襲いかかる。
彼女の技量も大したものだが、問題は辺りを漂う霧。霧とは本来は大気中の水分が飽和状態に達したときに現れるもの。
その霧の水分を魔術師は凝固させることにより、彼女は自分の魔法の質と量を底上げしていたのだった。
「これではきりが無いわね……」
布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は絶えず放たれる氷の魔術により傷ついたエレノアをヒールで治療。
佳奈子が生み出した優しい光はエレノアの傷口を包み、治していく。
そんな二人を守るのは涼介の不滅兵団だった。だが、不滅兵団の消耗も激しい。消えてしまうのも時間の問題だろう。
詩穂とクレアは魔術師の従士に果敢に攻めるが、魔術師の従士はすんでのところで氷の魔術で巨大な盾を精製し、全てガードしていた。
「もう少し、戦力が私たちにもあれば……!」
佳奈子は唇を噛み締め、そう呟いた。
それと同時。先ほどまで氷と武器がぶつかりあう物々しい音しかしなかった戦場に、哀愁ただよう調べが流れる。
「なに、この音? オカリナ……?」
佳奈子の疑問は当然のこと。その場の戦場にいた者すべてもその音を不思議に思い、一瞬手が止まった。
オカリナはある一点、一段と霧が濃い場所から流れている。それもだんだんと音が大きくなっていく。
やがて、オカリナの音がその戦場を支配するころ、霧を掻き分け一人の契約者が現れた。
「通りすがりの……退魔師……加勢する」
静かに響くその声の主は銀星 七緒(ぎんせい・ななお)。続いて、ロンド・タイガーフリークス(ろんど・たいがーふりーくす)とパーミリア・キュラドーラ(ぱーみりあ・きゅらどーら)もやって来た。
三人は魔術師の従士に向けて地を蹴り、素早く駆けた。
「こんなときに増援ですか……!」
魔術師の従士は当然現れた三人に、つららを集中させて飛ばす。
数十本のあちこちから飛来するつららは三人を取り囲む。が。
七緒が超感覚を発動。生えた銀狼の耳と尻尾があらわすのは、七緒が獣じみた感覚を有したということ。
「……それでは、俺に傷一つつけられない」
両手に持ったティアマトの鱗を器用に動かし、迫り来るつららを全て切り伏せた。
真っ二つになったつららが力無く地面に落ちる。それと同時に、魔術師の従士は大きな氷の刃とつららをまたもや精製した。
たてつづけに迫り来るその氷の弾幕に、パーミリアは対抗して赤の魔法陣を描く。
「氷には炎、ってね」
パーミリアの魔力を受けた魔法陣は赤く光り輝く。そして、生まれた炎は蝙蝠を形どり、氷の弾幕に飛翔。
衝突し、音をたて気化する氷の弾幕を見て、バーミリアが叫んだ。
「あとは任せるわよ! 七緒、ロンド!!」
バーミリアが生み出した活路を七緒とロンドが風よりも早く疾走。
魔術師の従士に肉薄するやいな、卓越したコンビネーションを叩き込んだ。
魔術師の従士はこれをどうにか氷の盾でやり過ごす、が多勢に無勢、前方に展開して氷の盾にヒビが走った。
好機。そう判断した七緒はバックステップで距離を取り、両手のティアマトの鱗を構え、ランスバレストを放つ。
「押し、通る……!」
強力無比な突進攻撃が氷の盾を砕き、魔術師の従士を無防備にさせた。
彼女は焦りながらも、体勢を整えるために、バーストダッシュで空へと逃げようとした、が。
「……ッ!?」
そこで自分の身体への違和感に感づいた。僅かだが、感覚が痺れている。上手く動けない。
その原因はすぐに判明した。目をこらせば気づく、空中を漂う粉塵の存在。しびれ粉。
だが、気づいたところでもう遅い。空中へと逃げようとしたさいに生まれた僅かな隙をしびれ粉を撒き散らせた本人であるロンドは見逃さなかった。
「ほらほら、もう逃げられないよ♪」
ロンドは忍者特有の素早い動きで、魔術師の従士の背後へと回り込み、がっちりと羽交い絞めを行う。
そして、獣人であることを生かした跳躍。二人は空高く飛び、ロンドは真っ逆さまに急降下。地面へと叩きつける。
「そらっ……もーらいっ♪」
ロンドの軽快な声と共に魔術師は地面へと衝突した。
「……がぁ……ッ!!」
魔術師の従士は勢い良く血を吐いた。身体は少し痙攣を起こし、動けないのかぐったりとしている。
その場にいたものは、決着が着いたか、と安堵に近い息をこぼしたが。
「サンダー、ブラスト……!」
魔術師の従士の途切れ途切れのその詠唱に、現実に引き戻された。
彼女を中心として、空から雷が降り注ぐ。しかし、その威力は先ほどまでの氷の魔法に比べると小さなもの。
魔法陣も展開していないのだから当然だろう。かるがると、彼女の近くにいたものだけが後方に跳躍し、雷を回避した。
「……もう終わりだ。いい加減、諦めろ」
「まだまだ、ですわ……」
七緒の問いに魔術師の従士はゆっくりと立ちあがり、雷術で生み出した雷を契約者たちに飛来させる。
しかし、その小さな抵抗も、契約者たちは各々防御することで、かき消した。
ふらふらと立つことさえ困難なのか魔術師の従士はおぼつかない足取りで、契約者たちを見据える。
「ねぇ、知っていますか? わたくしほど魔法の経験が長けたものですと、雷で空気中の水分を分解することが出来ます」
魔術師の従士はほんの僅かに笑った。それは強がりではなく、何かを決意した笑み。
それに気づいたのは、契約者たちのなかで詩穂だけだった。
詩穂は背筋を冷たいものがぞわりと這い上がるのを感じて、他の契約者たちに呼びかける。
「……みんな、嫌な予感がする。詩穂のもとへ集まって!」
「もう、遅いです。さぁ、みなさんわたくしと一緒に」
契約者たちは詩穂の呼びかけに応じ、詩穂のもとへ走っていく。
それと同時。魔術師の従士は小さな赤の魔法陣を指先で描き、魔力を込めて光り輝かせた。
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