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動物たちの守護者

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動物たちの守護者

リアクション



 
「ぐぅっは、エルデネスト、魔力を抑えてくれ。見返りは、払う」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が、苦しげに息をしていた。
 できるなら大会を見に行きたかったグラキエスだが、身に宿す魔力の乱れに断念し、アジトのせん滅に加わっていた。
――それに、組織を潰した方が後々動物達のためになるだろう?
 どこか悲しげにそう言ったグラキエスの表情を思い出し、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)は何ともいえない心地になった。
(出来れば大会を見せてやりたかったのだが、上手く行かんな)
 暗く沈みかける気持ちを切り替え、グラキエスが魔力発散に集中できるように、周囲へと警戒の網を張る。
「ウルディカ、少し離れて下さい。
 グラキエス様の魔法に巻き込まれたらただでは済みませんよ」
 厳しい口調でエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が声をかけたのは、ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)だった。
 彼らはグラキエスと契約を結んだ仲間であるはずなのだが、エルデネストはウルディカをひどく警戒しているようだった。
「…………」
 ウルディカは、赤い瞳をエルデネストに向ける。エルデネストもまた緑の瞳をウルディカに向ける。互いに無言でみつめ……睨みあう。
「そこの二人、今はやる事があろう。大概にせんか」
 やれやれと肩をすくめたゴルガイスの言葉でエルデネストはグラキエスの魔力を抑えに行き、ウルディカは少し離れた場所から眺めている。

 グラキエスの周囲がどんどんと凍りついていく。罠すら凍りつき、無効化される。ある程度コントロールしているとはいえ、それでもこれだけの効力を彼の魔力は持っていた。
(なるほど。魔力をある程度コントロールできる者がいたから、長い間抑えられていたわけか。だが常に危険を孕んでいる)
 魔力発散の様子を観察していたウルディカは、エルデネストをちらと見てからまたグラキエスに目を戻す。
「こらグラキエス、罠を地面や壁ごと破壊してはいかん。魔力を調整せねば効率よく発散できぬぞ」
 まるで八つ当たりのように荒れ狂い、すべてを凍りつかせるグラキエスにゴルガイスが注意をする。

(しかし、まるで子供だな。拗ねて、八つ当たりをして……こんな子供の中に)

 真剣な表情のウルディカをうかがったゴルガイスは少しだけ目を細めた。
(また妙な男が来たものだ……!)

「グラキエス! エルデネスト! ウルディカ! 来るぞ!」

 そうして壁と思われた場所からゾロゾロと姿を現す敵。
 同時に何かの駆動音がし、出口が閉じられた。現れた敵はみなマスクのようなものをしており、ずっと頭上で回っていた空調が動きを止めた。
 洞窟の奥深くで閉じ込められればどうなるか。……いずれは酸素がなくなり……先に待つのは死だ。




「もしかして海くん、動物好きなんですか?」
 杜守 柚(ともり・ゆず)が問いかけると、は首をかしげた。
「えっと、なんとなく海くん、怒っているような気がして……違ったらすみません」
「別に怒ってなんか……動物も別に好きでも嫌いでもな」
「いや〜結構怒ってるよね? 口ではそう言ってても、本当は好きなんでしょ?」
 また前を向いた海に、先を歩いていた杜守 三月(ともり・みつき)が揶揄するように言えば、海が三月を軽く睨んだ。
「睨むってことは図星なんだね。へぇ、意外だ。動物好きだなんて」
「三月!」
「あはは、ごめんって。あ、僕先を見てくるね」
 笑いながら斥候を買って出たのは気を使ったからだが、三月はすぐに帰って来た。厳しい顔をしている。
「2人とも、しゃがんで!」
「えっ?」
 一瞬だけ反応が遅れた柚の腕を、海がひき寄せる。先ほどまで柚がいた場所をナイフが通過していった。
 感謝を述べようと顔を上げた柚は、海の首に赤い線を見て、目をスーッと細めた。手をかざして傷をいやし、「ごめんなさい」と謝り立ち上がる。
「もう、許しません!」
 好きな人を傷つけられた。その想いが、その身を蝕む妄執という形となって、ぶつけられる。
「自分がされたらどれだけ怖いのか。体験して、しっかり反省してください!」
 怒っている柚に、少し驚いてから海と三月は苦笑いを浮かべた。
「僕らも行くよ、海!」
「ああ」
 気迫のこもった目で敵をけん制してから、三月が床を蹴った。海の左前方から襲ってきた男に三月がサーベルをたたき込み、三月の斜め後方から攻めてきた男の横から海が刀を振るう。
「手加減は、しない」
 敵を引き寄せてくれている2人に回復魔法を使いながら、柚は出口を探していた。こうして構成員たちが襲いかかってきている以上、どこかに抜け道があるはずだった。
(私たちまで捕まる訳にはいきませんし、何より……2人を守りたいから)


「ふぅ〜ん、罠ってのはこのことか。ま、どうでもいいけどよ」
 背後でしまった壁を見たエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の口からこぼれた感想は、その一言だった。彼を囲んでいた構成員たちがその態度におののく。
 ニィっと口の端を釣り上げ、エヴァルトは彼らを睨みつけた。
「死にたくなきゃ、さっさと降参した方が身のためだぜ?」
 一歩、二歩と自然に下がってしまった足。しかし構成員たちは、奮いたった。相手はたった1人。
 逃げなかったことを意外と思ったエヴァルトだったが、彼の目はすでに構成員には向けられていなかった。エヴァルトを囲っている者とは別の集団が、囲いの外を移動していた。何やら大きな袋を持ちながら。
 エヴァルトの勘が告げていた。あれは――金(もしくはそれに準ずるもの)に違いない。

(さぞかし大量の金品を貯め込んでいるんだろうなぁ……おっと、よだれが)
 やる気の出てきたエヴァルトは、彼らが去ってしまう前に目の前の邪魔ものを排除するため、足を一歩踏み出した。身近な敵に肉薄し、アイアンクローをその頭にかけながら他の敵に近寄る。口元には笑みを浮かべたまま。
「ひぃっ悪魔!」
「誰が悪魔だ」
 耐えきれずに逃げ出した敵の背に、アイアンクローを引っ掛けていた男を投げつけた。それからグルリと周囲を見回す。

「こういうダークヒーローっぽいやり方も、悪くないな」


◆急げ!

 焦った顔を見せつつアジト内を駆けているのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)だ。2人の後ろでは、どんどんと壁が閉まっていく。
 それを何とか振り切って抜け出たのは、今までよりはるかに広い空間だった。
「来たか。思っていたよりも遅かったな」
「そうねぇ。それだけ予想以上に足止めしてくれていたってことね」
「ええ。惜しい人たちでした」
 美羽とベアトリーチェは、聞こえた声に息を整える暇もなく身構える。そこには六黒ネヴァン悪路の3人と、大柄な男がいた。今まで見かけたどの構成員とも違う雰囲気の男に、美羽が声を発した。
「そこのデカモジャ! 君がここのボス?」
「デカモ……ふんっそれがどうした、クソガキ」

「惜しい人たちでした、とはどういうことですか? まさか、あなた仲間を」

 ベアトリーチェが普段の温和な表情をしまいこんで聞いた。頭は口元をゆがめた。楽しげに。それは楽しそうに……いや、楽しいのだ。
「あいつらも本望だろうよ。俺の役に立って死ねるんだからな」
 あ〜、清々するぜ。これで動きやすくなるぜ。
「組織がでかくなりすぎたからな。どっちみち殺す気だった。これで分け前は増えるし、隠れるのに莫大な金使わずに済む。もっと俺は儲けられるわけだ。
 しかもお前たちをここで殺したとなれば俺の名声も上がる。一石二鳥どころの話じゃねぇ……まあ、このアジトは結構気に入っていたから、それは残念だがな」
 ガハハ、と。
 なんの罪悪感もなく笑ってのける頭に、美羽が手に持った大きな剣を構えた。いつも明るい光をたたえている青の瞳が、震えていた。
「君は、絶対に許せない!」
 ベアトリーチェもまた、油断なく構え、美羽のサポートに入る。

「強き、弱きは結果からしか決まらぬ」

 口をはさんだのは、今まで無言であった六黒。彼の纏う静かで重い空気が、場を支配する。
「弱きを助け、強きを挫く。
 挫かれた時点で其れは強きでは無く、挫いた者こそが強き者。
 最早そこに大義は無く、掲げた動機は偽善より他に無い」

――結局、力を振るう理由が欲しいだけなのだろう?

「わしと変わらぬ。どちらに立つか、それは只金貨の裏表」
「違う! 私は、私たちは、こんなやり方が許せなくて」
「異論があれば聞いてやろう。ただし――剣戟を通じてな!」

 美羽が反論する前に、六黒の姿は彼女の目の前にあった。とっさに剣で攻撃を受け止めるが、六黒の姿はすぐにかき消え、別の場所から剣が振り降ろされる。
(早い!)
「美羽さん!」
「反応は悪くないわね。でも、敵が1人じゃないことを忘れたら駄目よ」
 ネヴァンがベアトリーチェの前に立ちふさがる。
 その間に頭と悪路は、美羽たちに背を向けてどこかへと消えていく。
 美羽の意識がそちらにそれてしまった。一瞬生まれてしまった隙。六黒の刀が美羽の頭上に

「させねーよ!」
「ほお?」
 六黒の刀をゴーレムに受け止めさせたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、矢を放ちながら駆け寄って来る。その彼の強い目に、六黒が興味深げに息を吐き出した。一度大きく跳び、距離を置く。
「お前たちはなぜ戦う? 正義のためか? 金のためか? それとも名声か」
 静かな問いかけに、アキラは「理」と返す。
「人の世に理があるように、動物たちの世界にも理がある。『生きるために殺す』のは人と動物たちの両方に共通してあることだけど、『他者を売り渡して利益を得る』のは人の世にはあっても動物たちの世界にはない事だ」
 いつでも矢を放つ用意をしながら、アキラは迷いなく語る。

「動物たちの世界に踏み入るのであれば動物たちの世界の理を尊守するべきだ。それが嫌なら動物たちの世界に入んな。己の私利私欲で動物たちの理をかき乱すんじゃねぇ。
 ……共に、この世界に生きるものとして、な」

「いつまでその意思を貫けるか、楽しみよ」
「いつまでも、貫くさ!」

 アキラが矢を放ったのを合図に、2人の闘志が再び激突する。甲高い金属音と共に、火花が散った。
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が美羽たちに話しかける。
「ここはワタシたちに任せて、いくとイイネ」
 アリスは声をかけつつ、フラワシを使って攻撃や補助を行っていた。美羽が「でも」と言うと、セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が柔らかく微笑んだ。
「行ってください。彼らを逃したら、もっと多くの生き物たちが苦しみます」

「……うん! もうこんな密猟や密売なんてさせないんだから!」

 頭たちを追いかけていった美羽とベアトリーチェを、六黒とネヴァンは特に追いかけようとはしなかった。
(あの口ぶりだと動物さんたちもここに置いておくつもりのようですし、心配ですが……今は集中しないと、ですね)
 セレスティアの脳裏を動物たちのことがよぎる。この場所には酸素が供給されているが、動物たちがどこにいるかもわからない今、不安は尽きない。
 それでも真っすぐに顔を上げ、優しい声で『幸せの歌』を歌う。
「アキラ! 右に跳ぶネ」
 敵の動きを予測したアリスの声で、アキラは右に跳ぶ。すると、先ほどまでアキラのいた場所にネヴァンの魔法が突き刺さった。
 アキラ、アリス、セレスティアは連携し合いながら戦っていたが、この作戦に参加した彼らのパートナーはもう1人いた。

「ここが怪しいのぉ」
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)は、とある部屋に入っていた。閉じ込められた仲間を掬う方法と、密売の証拠……密猟された動物たちの『買い手』を調べるためだ。あの口ぶりではすでに証拠は持ち去っているだろうがそれでも何かあれば、と。
(密猟組織を潰しても、買い手がいれば結局は何も変わりはせん……とはいえ、その前にあの壁の排除が先じゃな)
 部屋の中央にある機械。それに近づこうとし、陰に人がいることに気がついた。
「おや、もう来てしまったんですか」
 悪路だ。頭の姿はなく、1人だけだ。警戒するルシェイメア、の横を通り過ぎていく。
「そんなにボケっとしていてよいのですか? お仲間が苦しんでおられるのでは」
 ぐっと息をのむルシェイメアに、悪路は笑った。その手には、メモリーらしきものが握られていた。そのまま背を向けて去っていく彼を追いかけようとし、ルシェイメアは機械に向き直る。
「待っておれ。今、助けるからの」


 ガタンっと音がしてアジトの壁が動いた。
「時間切れか」
「ええ。欲しいものは手に入りました」
 六黒がそう言うのと、その場に悪路が現れるのは同時だった。そして脱出経路を用意していたネヴァンが「こっちよ」と2人を先導し、彼らは退却していった。

「ではな。またどこかで会うだろう」



「どういうことだ! どうして」
 混乱している頭に追いついた美羽が彼の前に立ちふさがる。頭は気づいているのかいないのか。愕然とした顔をしていた。彼の手には、携帯電話のようなものが握られていた。誰かと通話していたのだろうか?
 美羽が眠りの針を頭へと投げ、ベアトリーチェが頭が逃げないよう超能力でアシストする。
「観念しなさい!」
 叫んだ美羽に、頭は反応すら返さなかった。返せなかった。
「眠ってください。今はただ」
 頭に対する怒りが収まったわけではない。それでも美羽とベアトリーチェは、殺さずただ眠らせることを選択した。その方法が正しいのか悪いのかは、誰にもわからない。

 こうして、短いようで長く感じたせん滅作戦は、無事に終了した。