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魔法少女をやめたくて

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魔法少女をやめたくて

リアクション




1/ 焦りに背中を押されて


 少女が、蹲っていた。
 巨岩のごとく聳え立つ、合成獣──キメラの太く、強靭なその足許に。
「させるか! ……こっちを向けいィっ!!」
 あと一歩、キメラが前に踏み出せば少女は踏み潰されてしまう。
 そうはさせじと、ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)は無数の拳を怪物へと浴びせていく。
「ぬうううぅっ!」
 撃破を狙ったものではない、こちらに意識を向けさせるための手数。質ではなく量で、少女から注意を逸らさんと、ルファンは試みる。
「これも! とっておけいっ!」
 合成獣の強靭な皮膚が、ろくすっぽ狙いもつけぬ拳を弾いていく。だが、振り返る。今はそれだけでいい。
 背後を、頭上を疾駆し跳び上がる影に、彼は叫ぶ。
「う、おりゃあああぁっ!」
 それだけで人間の頭部以上の大きさはあろうかという、合成獣の眼。そこに向かい、フルスイングで振り下ろされる鋼の金属バット。
 ルファンの牽制から繋いだ、国頭 武尊(くにがみ・たける)の渾身の一撃だ。
 いかな強大を誇るキメラとはいえ、『眼』そのものを打ち据えられて苦しまぬはずがない。顔面を押さえ、その巨獣はよろめき苦悶の咆哮をあげる。
「今のうちだ! 戦えないんならとっとと逃げろ、バカヤロウっ! そんなんじゃ怪我するだけだろうがっ!」
 武尊の怒声に、膝を折って蹲っていた少女がびくりと肩を竦める。
 戦えない、なら。……そう、戦わないと。自分が、戦わなくちゃいけないんだ。彼女──詩壇 彩夜(しだん・あや)は、巨獣の一撃にふり払われた衝撃にふらつく頭でおぼろげにただ、その使命感を意識する。
 それは彼女の望んだわけではない、すべきこと。やらなくてはならないこと。そして目の前に、自分自身よりずっとうまくやれる者たちが存在していること。
「いかん、避けろっ!」
「っ!?」
 取り落とした武器へと手を伸ばす。半ば、それは反射的な行動だった。
 けれど反射的であったがゆえ、他のことへの対応まで手が回らない。頭上を暗く染めた影に気付いた時には、ひとりでどうこうできるにはもう遅い。
 キメラが、もう一体。もはや反応も、間に合わない。彩夜の速度ではどうしようもない。すぐ頭上に、巨大な拳が迫っている。
「そういうのを、足手まといというんだ。知らなかったのか?」
 助ける者なく。彩夜ひとりだったなら、そのまま潰されていただろう。
 しかし、彼女を抱え上げ、瞬時そこから浚っていく人間はいた。
 まさしく、助けられた当の彩夜が目を開くまでの時間すら、浪費することなしに。銀髪の男が彼女を、振り下ろされる拳の落着地点から引き離した。
「戦う気がないなら、下がっていろ。その気もなしに闇雲につっこまれたところで、助け舟をいちいち出す手間が増えるだけだ」
「あっ」
 ぴしゃりと言いながら、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は無造作に彩夜をその場へと投げ捨てる。
「戦いたくないなら戦うな。戦うのならば、それ相応の心構えで来い。わかったか」
 言ったきり、エヴァルトは彩夜を一瞥すらせず再び、合成獣へと向かっていく。
「あ、あのっ」
 その背中へとかける声も、小さくしぼんでいく。
 戦わなくちゃいけない。戦うために代々、彩夜の家はその力を、知識を受け継いできたのだから。
 納得していない。でも、そのことは理解している。戦わなくては、いけないということ。自分がしなくてはならないのだからと、幼い頃からそう言われ続けてきたのだ。
 やらなくてはならないこと。それは、自分の望み以上に大切なこと。
 わかっている。わかっているのに、強く反論できない。戦いに赴く先輩たちの背中を呼び止めて、否定を返せない。
「あの男の言うとおりだ」
 両膝を折り、倒れ伏して。言葉をただ、噛みしめるしかできない。
「戦う気がないなら失せろ。せっかくの戦いに水を差すんじゃねえ。はっきり言う、邪魔だ」
 続いて投げかけられた言葉も、やはり辛辣に胸へと突き刺さる。
 顔をあげたそこに、ひとりのドラゴニュートが刺すような視線でこちらを見下ろしている。
 ギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)。彼もまた言うだけ言い捨てて、彩夜にはもう眼もくれようとしない。
 仕方ないから戦っている。そんな者など、眼中にない。むしろ邪魔だ──……そう、行動が彼の考えを体現している。
「そんな。わたし、は。……わたしがやらなくちゃいけないから……っ」
 怖くって、辛いけれど。向いていないと、思うけれど。それでもそうしなくちゃならないと思って、今ここにいる。
 愕然と、彩夜は膝のところに転がった武器を見下ろし、首を左右に振る。
 戦いに、せっかくもなにもない。そんな風に戦いを好きになんて、なれない。なれないよ。
「あなた、大丈夫? どこか、やられたのですか?」
 いつの間にか寄り添い腰を下ろした女性、リオ・レギンレイヴ(りお・れぎんれいぶ)へと、また首を振って無事を示す。
 しかし念のためだろう、かまわずリオは彩夜に、治癒魔法によって回復を施していく。
「無理をしてはいけませんわ。戦死なんて、するのは許しません」
 俯き続ける彩夜の向こう側で、リオのパートナー、志方 綾乃(しかた・あやの)がキメラとの刃を交える。
 とにかく硬く、強固な相手だ、急所と思しき場所──関節、眼、脆そうな個所を狙い、攻撃を加え続ける。
「それそれそれっ!」
 キメラと、互角に渡り合っている。他の皆。ルファンも、ギャドルも、綾乃も。力を合わせ、強大な相手とやりあっている。
 本来やらなくてはいけないのは、それは彩夜のはずなのに。
 彩夜にできなかったこと。たった一撃で吹き飛ばされた彩夜よりずっと上手く、巧みに彼ら、彼女らはキメラたちを抑え込み、徐々に後退さえさせていく。
「あなた? ええっと、カチューシャっ子ちゃん?」
 彩夜のことを言っているのだろう、リオの発する淡い回復の光を受けながら、立ち上がる。 ゆっくりと。吹っ飛ばされただけ、大したことないと思っていたダメージだけれど、身を起こすだけで膝がぎしぎしと痛みを叫んでいた。
 他のみんなは、あんなにも戦えている。戦っているのに。
 戦わなくちゃいけない自分は、足をひっぱっているだけだ。拾い上げた剣の柄を握りしめ、彩夜は顔を上げる。
 自分がどうするのが正解で、どうしたいのか。やるべきこととやりたいこと、どちらに従うのが正しいのかわからぬまま、遠ざかりゆく戦闘を視線の先に見据える。
 迷い、晴れぬままに。
 置いて行かれること、切り捨てられることを恐れるように、彩夜は焦燥感と不安とに攻防を追いかけた。
「わたしだって。……ううん、わたしがやらなきゃいけない役目なんだから、これは」
 言い知れぬ焦りが、ふらつく彼女の背中を押したのだった。