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第5章 ゆる族の牢屋


「遠くで騒ぎがあったようアルが……」
 ソーイングセットのポーチにハサミを戻しつつ、チムチム・リー(ちむちむ・りー)は顔を上げる。
「……牢獄は思ったより広いみたいアルネ」
 パートナーであるレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は今頃自分を探していることだろう。いや、もしかしたら誘拐されてしまっているか、その途中なのかもしれない。
 ……今朝のこと、チムチムは、レキと共にヴォルロスにやってきた。
 生徒会長の寝具店視察及びヴォルロス観光──その社会見学用パンフレットに、「着ぐるみ観光」の文字があったからだ。もふもふに目がない「もふもふすきー」のレキが飛びつかない訳がなかった。
 大勢では目立つからと、第一陣の生徒会長を見送って、レキは第二陣として宿を出ることになっていた。
 着ると動きづらくなるからその前にお土産を買いに行くと言って、一緒に土産物屋に入って……。
「チムチムは外で待っててね〜」
 それが最後だった。声をかけられたと思ったら背後から襲われたのだ。
 幸いにしてチムチムの悪い方の想像は当たらず、レキは生徒会長の失踪を聞いたせいで携帯の通じないチムチムを心配して、探していたけれど。
「解体されるまで頑張るアル」
 ちくちくちく。チムチムは縫い物を続ける。
 呑気そうに見えるけれど、これは作戦だった。
(ここに連れて来られた子に話を聞いたら、綿を抜かれるとか……。折角この前、ゆる族の墓場で着ぐるみ復活したばかりなのに、そんな事されるわけにはいかないアル!)
 光源が松明くらいしかない暗い牢屋の中で、傭兵にゆる族とぬいぐるみの区別がつくとは思わなかった。実際牢屋の中には、ゆる族でも着ぐるみでもない、ただのぬいぐるみが多数「誘拐」されている。
 だったら選別や、連れて行かれる時間を稼ぐ役に立つはずだ。
 そこにあったパーツと、やっぱりちょっと動揺しているせいもあって、ツギハギだらけの着ぐるみになったけれど……。
「パッチワーク風で誤魔化すアル」
 端切れを使ったテディベアは、それなりに可愛い……と言いたいところだけれど、ちょっと不恰好。とはいえ、それなりに時間稼ぎはできそうだ。
 今しがたも、ダミーのぬいぐるみを抱えて行ったばかりだった。
「気が付いたアルか? ……行ってしまったアルよ」
 チムチムは、隣で熱心にもぞもぞしているカピバラに声をかける。
「……ありがとうございます」
 カピバラの中の人・藤崎 凛(ふじさき・りん)はぼんやりした声で礼を言う。
「……どうして私たち、このような場所にいるのでしょう?」
 視界も狭くぼんやりしている。頭が重く──いや、頭部が重い。
 それで凛は、今朝のことを思い出した。
「そうでしたわ。私、着ぐるみの中に入って……お姉様の後を追いかけて……」
 彼女は、レキと一緒に第二陣として社会科見学に出た組だった。
 とぼけた表情のカピバラのぬいぐるみに着替えて、ゆる族気分での観光。流石本職ゆる族のお手製だからか、意外に着心地も良く、立って歩く分にはさほど動作の妨げにならなかった。
 パートナーのシェリル・アルメスト(しぇりる・あるめすと)は普段着で、買い物を楽しむ凛たちの姿を楽しそうに見ていた。携帯で写真を撮ったりして……。
「着ぐるみじゃ熱いだろう? 何か飲み物を買ってくるよ」
 昼前になってシェリルはそう言って離れ、自分は、そう、彼女を待っていようと土産物屋に入る皆を見送って。それで……。
「タイミング的にチムチムと一緒に狙われたアルね」
「……そうですか。攫われてからどれくらい経ったのでしょうか?」
「そうアルネ。時計がないから正確には言えないアルが……半日は経ってないと思うアル」
 凛は考え込む。
(下手に動けば、口封じに酷い事をされてしまうかも! それだけは避け、皆さんを守らなければ……)
 そして決意の眼差しで牢屋を見つめた時。
「おい、何か決めたのか?」
「きゃっ」
 太い眉の下、眼光も鋭い熊の巨大なぬいぐるみが、喋った。驚いて、それから、ゆる族だと気が付く。尤もゆる族にしては強面だから別の意味でも怖いけれど。
「びっくりさせたか。済まない。しかしカピバラよ。お前は人間なのか?」
「は、はい、そうです」
「自分は東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)。街をうろついていたら不覚にも襲われてしまってな。先程起きたばかりで状況はよく分かっていないが……。ここを脱出するために、話し合う必要がある」
 強面なクマは意外にも、凄みを感じさせつつも丁寧な口調だった。
「……身動きが取れない以上、無理に行動したら……下手したら全員に危害が及ぶ。……ここは悔しいが助けを待つしかない……か……。だが……秘策がある奴がいるなら……言って欲しい……もしもの時の時間稼ぎを自分がしよう」
 神妙な口調は、現実を否が応にも思い知らされる。
 感化されたか、奥でぐずぐずとすすり泣きが聞こえた。見ると、小さな猫のゆる族が涙を流している。
「……泣くな……お前にも大事な家族やパートナーが居るのだろう? ……だったら、そいつを信じろ……きっとお前を助けに来てくれるはずだ………希望は捨てるな」
 凛は猫をなだめる新兵衛に、百合園女学院が社会科見学に来た件を手早く説明し、
「私の案をお話したいと思います。もしこの工場の誰かが来たら、『何も知らない世間知らずなお嬢様』を装い──」
 シェリルが聞いたら、苦笑しただろうと凛は思うけれど。実際はしんみりするだろうか。
「『助けに来て下さったの?』と尋ねて、着ぐるみから頭を出して身分を明かすんです。それで、お礼と称して金品を差し出したり……。上手く脱出出来たら、パートナーを通して、然るべきところに通報出来ると思いますの」
 後から考えてみれば、以前読んだ小説の主人公になったみたいで、少しワクワクしてしまったのかもしれない。危険な事件に巻き込まれる事など滅多になかったから。
「──危険ではないか? 相手が目先の金銭に目が眩取引相手の百合園生がいるということが相手の耳に入れば、口封じに消される可能性がある。もし高い身分であれば、それだけで身代金誘拐にできる。
 それに、お前だけを危険に晒すことはできない」
 ともかく全員を起こそうという彼の提案に従って、彼が周りを見回していると。
 チムチムの作ったぬいぐるみの山の中から、もぞもぞという音がした。
「ん? なんだ……?」
「もう、もうちょっと……」
 それは、熊のぬいぐるみに入っていた稲場 繭(いなば・まゆ)だ。背中を岩の壁につけ、チャックを開けようとするが、上手くいかない。
 着ぐるみを来たまでは良かったが、その上から手枷を嵌められてしまったために、着ぐるみが脱げないのだ。
「す、済みません、チャックを開けてもらえませんか」
「お主も地球人か……背中を見せてみろ」
 新兵衛が手際よくチャックを外してくれる。
 繭はうんしょ、と、弾力のある着ぐるみの中から両手をすぽんと抜いた。
「抜けました! ありがとうございます!」
 繭はぺこんと頭を下げるとそのまま頭部も外し、凛の着ぐるみのチャックも降ろし、牢屋の入り口まで駆け寄って、さっと手を伸ばした。
 そこには先程ルーシー・ドロップス(るーしー・どろっぷす)が投げた鍵が、滑り込んでいた。
「……これで皆さんの枷も外せますね」
 新兵衛やチムチムの枷を手際よく外していくと、ぬいぐるみの中に再び隠れる。
 それからルーシーたちを捕まえた傭兵の足音がやってくると、鍵を廊下にシュッと滑らせた。
「いけねぇいけねぇ、鍵カギ……っと」
 傭兵は鍵を回収した後、牢屋の扉が閉まっていることをひとつひとつ確かめ、異常がないことを確認して去っていく。遠くで扉の閉まる音がする。
 何とかばれずに済んだ繭は、小声で周囲に呼びかけた。
アナスタシアさん、いますか?」
「う……うん……ここは……。……稲場さん……?」
 向かいの着ぐるみの山の中から顔を出したのは、ペンギンの着ぐるみだった。
「よかった、無事で……心配しましたよ。他の皆さんも?」
「ええ、一緒ですわ」
 繭は手早く事情を説明すると、安心させるように言う。
「他のみんながここに突入することになってますので、それに乗じて脱出しましょう」
 枷さえなければこっちのものだ。“凍てつく炎”の金属劣化で、枷も牢屋も壊すことができる。繭は息を潜めてチャンスを待った。