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コンちゃんと私

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プロローグ

 休日の空京郊外。
 抜けるような青空を背景にそびえる銀色のタワーを見上げ、ドクター・ハデス(どくたー・はです)はつぶやいた。
「ここか……ヤツがいるのは」
「重要人物ですか」
 アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)の問いに、ハデスは重々しく頷く。
「その通り。このパークに『元・邪神』が潜伏しているという情報を入手した」
「もと、じゃしん……?」
 意味を掴みかねて首をひねるアルテミスを他所に、ハデスは不敵な笑みを浮かべた。
「ククク、パークの闇に潜み棲む元・邪神……我らオリュンポスのメンバーとして迎え入れるにふさわしい人材ではないか!」
 親子連れでにぎわう周囲の空気にそぐわぬ高笑いとともに白衣をひらめかせて、ハデスはゲートに進み、重々しく言った。
「学生二枚!」
 
 差し出された学生証を見て、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が顔を上げた。
「……ひとりは成人じゃな。大人一枚、学生一枚になるが」
「なにっ、学割は効かんのか」
 ハデスは衝撃を受けたように軽くよろめいた。
「すまぬ、規則なのだ」
「むぅ……致し方ない。それで頼む」

「おかしな客であったな」
 ハデスの後ろ姿を見送って、リリは小さく首を傾げた。
 邪神とかなんとか、妙なことを口走っていた気がするが、ショーの出演者か何かだろうか。
 しかし、チケットを買って行ったということは……?
「すみませーん、大人一枚、子供二枚お願いしまーす」
「おっと」
 リリは考えるのをやめて、自らの職務に専念することにした。
 本職は探偵とはいえ、今は「プロのモギリ」なのだ。まずはそれを全うせねばならない。
 今ごろ園内で、騎士の誇りを持ってたこ焼きを焼いているパートナーのためにも。


 ステージゾーンの入り口近く、ひときわ人だかりの多い屋台があった。
 赤地に白で「たこやき」と染め抜かれた暖簾の中で、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)がせっせとたこ焼きを焼いていた。
 豪奢な金の巻き毛をひとまとめにポニーテールに結い、白いTシャツにパークオリジナルのコンちゃんエプロンを掛けて。   
 その手には、四本の竹串。
 普段とは違う意味で、勇ましい姿だ。
 騎士たるもの、しがないたこ焼き屋のバイトであっても手は抜かない。それがララの美意識だ。
 たこ焼きを返す動作は、フェンシングで敵の剣を払う動作に似ている。
 ララは集まったお客の見つめる中、その剣技同様の華麗な動きで竹串を操り、素早く鉄板上のたこ焼きを、丸く成形して行く。
 そして……
「……はッ」
 気合い一発、一瞬の動作で全てのたこ焼きを返した。
「おおー!」
 客が一斉にどよめく。
 間髪を入れずララは串を一気にたこ焼きに突き刺し、返す勢いで舟皿に盛りつけた。
 客から歓声が上がった。ブラボーと叫ぶ者までいる。
 カウンターにずらりと並んだ舟皿に、行儀よく整列したたこ焼きの美味しそうなキツネ色を満足げに見て、ララは言った。
「日々是精進さ」
 そして、ソースの缶に入った刷毛に手を伸ばす。
 カランカラン……。
「ん?」
 ララの足元で、鍋のフタが音を立てて転がっている。鉄板に注ぐための生地を入れてある寸胴鍋のフタが、何かの弾みで落ちたらしい。
 乗せ方が悪かったのだろうかと訝りながら拾い上げ、鍋に戻そうとして、手を止める。
「いや、それはまずいな」
 食品を扱う者として、衛生面には細心の注意を払わねばならない。床に落ちたフタをそのまま戻すなど、もってのほかだ。
 ララは真面目くさった顔で布巾を手に取り、フタを拭い始めた。
 園内放送が、時報のチャイムを流し始めた。
「もう、昼か」
 このとき、何気なく鍋に背を向けたことを、ララは後々まで後悔することになる。
 もし鍋の中のタネを見ていれば、その表面が不気味に泡立っていたことに、気づいたかもしれない……。