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最後の願い エピローグ

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最後の願い エピローグ

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第14章 何も悪いことしてないのにっ
 
 巨人アルゴスは、飛空艇の、内部への入口がある反対側の船体に寄り掛かり、足を投げ出して座って、両腕を頭の後ろに組んでいるという寛いだ様子でいた。
 二日酔いは治ったようだ。
 近くに監視としてニ体のイコンがあったが、パイロットはイコンの足元に待機し、操縦席は空である。


 一番始めに会いに来たのは、鬼院 尋人(きいん・ひろと)だった。
 しかし何を言ったらよいのかと迷っている内に、パートナーのシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)ミスノ・ウィンター・ダンセルフライ(みすのうぃんたー・だんせるふらい)を引き連れて、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が現れ、何となく、巨人の近くに腰を下ろして成り行きを見守ることになっている。

「お前か」
 と、巨人はシルフィスティを見て呆れた表情になったが、その大きな理由は、彼女等がリカインによって縛られ、さるぐつわまでされて引きずられて来たからだった。
「何をしに来た?」
「そりゃ、私達も犯罪者だから。
 あなたと一緒に裁かれに来たのよ」
 リカインが答えた。
 リカイン自身にはその気は全くなかったが、そんな言い訳は通用しない。
 未遂に終わったとはいえ、女王殺害実行犯を援護した事実は、誤魔化しようもないのだ。
「ただ、当の本人がね……」
 そう、この期に及んでも、その、援護をした本人である、シルフィスティとその生徒だったミスノに反省の色は全くなく、それでこのような状態で連れて来たわけである。
「意味がないのではないか」
 巨人は顔をしかめた。
「あー、まあね……」
 シルフィスティはさるぐつわまでされていたが、テレパシーで巨人に盛んに話し掛けてきている。
 多くは愚痴と文句だ。
(何でこんな仕打ちを受けてんのよーっ! フィスは何も悪いことしてないのにっ)
 喧しく頭の中に飛び込む叫びを、巨人は殆ど無視していたが。
 一方テレパシーの使えないミスノは、ふてくされて座り込んでいる。

「ところで、訊きたかったんだけど、どうしてフィス姉さんを助けたの?」
「何故も何も、俺の援護に来たんだろう? 理由はよく解らんが」
 リカインの問いに、ふっと巨人は笑った。
「一対多数で、生身でイコンに戦いを挑む無謀がいたら、助けるだろう。敵でないなら」
「そういうもの?」
 リカインは首を傾げた。
「あとひとつ。
 フィス姉さんと話した時、私を見て『成程』って言ったの、何で?」
「それを言っていいのか?」
 巨人はにやにやと笑う。
「類友、と」
「聞き捨てならないわよそれは!」
 抗議するリカインに、巨人はくっくと笑った。

(ところで、アルゴスは実際イコンを嫌ってるの?)
(ねえねえ)
(ねえねえ)
(ねえねえ)
「まあ、嫌いだな」
 巨人は嘆息して折れ、返答を返した。
「ラウルは、イコンをお前達の“剣”だと言うが。
 強大な力を前にする時、それがお前達の選んだ、戦う方法なのだろう。
 それを卑怯とは思わない。だが無粋と思う。
 俺は好かない。
 ……俺のような巨体の者に言われても、お前達は納得できないのだろうが、人は、己の身の丈に合った分の力を持つべきだと、俺は思う。
 強大な力を持ちたいならぱ、自身が成長すべきだと。
 身に余る力を持てば、その先にあるのは破滅だけだ」
 その話を、オリヴィエにもしたことがある。
 オリヴィエは頷いたが、でも、とも言った。
「人は、道具を使いこなすことで進化してきた生き物だからなあ。
 身に余る力を持って苦労することになっても、いつか、それに追い付いて行くんじゃないかと思うよ」
 彼も、特にその言葉を否定はしなかった。
 人は、それぞれに自分の考えを持っているものだ。

(そうよねー。そうよそうよ)
 そしてシルフィスティは、巨人の言葉にしきりに相槌を打つ。
(だったら破壊手伝うから、もっと色々教えてよ)
 乗り気のシルフィスティに、巨人は苦笑した。
「俺はもう負けた。
 これ以上、無様を晒すことはしない」
(無様じゃないのにー)
「フィス姉さん、これ以上物騒なこと考えないで」
 リカインが疲れ切った口調で言った。


「こんにちは」
と、現れた二人に、巨人は見憶えがなく、首を傾げた。
「誰だ?」
「一言文句を言いに来たのよ」
 二人の内一人は、怒気を露わにしている。
 御凪 真人(みなぎ・まこと)のパートナー、ヴァルキリーの、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)だった。
 王宮にて巨人と戦ったイコンの、メインパイロットである。
「何よあの決着は。
 どう見ても、最後抵抗しないでやられたわよね。 
 あなたの力量なら絶対、狙撃や私の攻撃に対処することもできたはずよ! 
 そんなので決着とか、納得できるわけないでしょ!」
 その言葉に、巨人は、二人が何者かを察したようだった。
「そうか。お前達か」
 意外にも、笑みを含んだその表情に、セルファは少し勢いを圧される。
 けれど彼女の怒りは、そんな不意打ちでは治まらなかった。
「笑って誤魔化さない!
 どうせ、自分はやりきったとかもう十分だとか思ってるでしょうけど、私はスッキリしないのよ!」
 セルファの後ろで、真人は、我関せずといった様子で立っている。
 下手に口出ししたら、彼女の八つ当たりが自分にも飛び火するかもしれないからだ。
 それに、セルファの気持ちも解らなくはない。

「言っておきますが、あなたを傷つけたことを謝罪する気持ちはありませんよ」
「当然だ。そんなことをされたら興醒めだ」
 真人の言葉に、巨人は答える。
 頷いて、真人は言葉を続けた。
「……勝つ為に必要なのは、相手以上の覚悟です。俺は、それを学びました。
 だから、あなた達が勝てるわけはなかったんです」
 死ぬつもりの人間が、生きようと足掻き、前に進もうとする人間の覚悟を越えようなどと。
 ふ、と巨人は肩を竦めた。
「……そうだ。
 ラウルは、お前達の、そういうところを、信じていた。自分には無いものだから」
「あなたにも、無いじゃない」
 セルファが毒づく。
「そうだな……。昔は、あったかもしれないが」
「と、に、か、く!」
 セルファはびしりと言い放った。
「再戦するなら、生身でもやるわよ! 今は無理でも、その内ね。見てなさい!」
「ああ、そうだな」
 巨人は笑みを浮かべる。
「それがいい。
 互いに、生きた体で、生きた顔を、命を奪う者の目を見、人生を伴って、戦う方が」


「おじちゃんは、何かやりたいことは、ないのですか?」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)の問いに、巨人は首を傾げた。
「やりたいこと?」
「新しいことでも、むかしやりたかったことでもいいです。
 すきなこととか、趣味とか……」
 続く言葉に、難しい顔をする。
「ボクも、おじちゃんの、新しいこれからのおてつだいで、がんばるです!」
「新しい、これからのこと、か」
 それは、シャンバラが彼に下す判決にかかっているわけだが。
「罪をつぐなったら、こんどは、じぶんがやりたいことをやるですよ〜」
 未来を語るヴァーナーの表情は、明るく、朗らかだ。
 巨人は目を細め、過去に思いを馳せる。

「……誰かに会いたい、と、思っていた」
 物心ついた時には、一人だった。
 彼は、自分以外の同族に、会ったことはなかった。
 「巨人族のひと、ですか?」
「そうだ。
 ……だが、誰でもいい、誰かに会いたい、と、そう」
「ボクと、会えたです」
「そうだな」
「はかせだけじゃなくて、ボクともおともだちです!
 これからいっしょにがんばりましょうです!
 同族のひとも、一緒に探しに行くですよ。
 シャンバラの人になっても、探索に行ったり、任務でどこか行ったついでにできるです。
 それに、シャンバラにも、楽しいことがいっぱいあるですよ!」
 何処までも前向きなヴァーナーの言葉に、巨人はくくくと笑い出す。
「成程」
 それは、一人であてもなく彷徨うよりも、きっと楽しいに違いない。


 尋人は、巨人の側で、彼に関わる人との会話をずっと聞いていた。
 話したいことがあるのだが、うまく言葉にすることができない。
 だから、彼等の会話を、ずっと聞いていた。
 キラキラと、まるで子供のように純粋な、憧れの視線を向けて。

「……うまく、言えないんだけど」
 巨人の周りが落ち着いて、尋人は迷いながらも口を開く。
 恥ずかしいし、笑われるかもしれない。けれど伝えたい、と思った。
「オレが、女王を護る騎士として相応しいか、見ていて欲しい。
 そしていつか、仲間として認めて欲しい――認めさせてみせるから」
 巨人は、じっと尋人を見ている。
「まるで、俺が騎士であるかのように言う」
「違うのか?」
 尋人は、訊き返すというよりは、断定するかのように言った。
「あんたは、“騎士”だろう」
 尋人にとって、肩書きではない。
 女王を護る騎士となる為の、指針。
 そのように思えたのだ。
 巨人は苦笑し、そして言った。
「……まあいい。
 ならば、お前の行く末、見届けさせて貰おう」