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かしわ300グラム

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【三 UBFベースポイントにて】

 UBF(UnitforBustingFramereorder)、と呼ばれる非常勤組織がある。
 これは蒼空学園、シャンバラ教導団、そして天御柱学院からそれぞれ、対巨大生物戦の経験のあるイコンパイロットを供出し、ひとつの部隊として編成したものである。
 部隊は、フレームリオーダーと呼ばれる巨大生物と戦うことを目的として組織されており、指揮官として馬場 正子(ばんば・しょうこ)が選任されていた。
 フレームリオーダーとは、イコンに対して強烈な敵愾心を持つ巨大魔働生物の総称である。
 太古の昔、当時のイコン開発者達は、開発途上にあるイコンの機能評価を目的として、模擬戦闘の対戦相手となる大型サイボーグ生物を何種類も誕生させた。
 これら大型サイボーグ生物は、単純に開発中イコンとの模擬戦闘のみならず、イコンの投入数が少ない戦線に於いては補充戦力として実戦にも投入された。
 しかしこの大型サイボーグ生物達は対イコン模擬戦闘を目的として製造された為、イコンに対する敵愾心と殲滅本能が強烈に刷り込まれており、扱いが非常に難しく、結局多くの個体が封印、もしくは破棄されることとなった。
 ところがこの大型サイボーグ生物達の一部は難を逃れ、当時のイコン開発者達の意に反して、パラミタの各地に潜伏したのである。
 これら大型サイボーグ生物達は逃走直前に、劇的な変化を遂げた。
 対イコン戦に於いて魔獣形態での対抗に限界を覚えていた彼らは、戦闘の際に自由に使える両手や、蹴り技を可能にする両脚部を求めてイコン開発の構造設計を盗み出し、巨人型に変形する機構を獲得した。
 この、巨人型に変形する機能を具えた大型サイボーグ生物達を、当時のイコン開発者達は『肉体構造を再配置する者』という意味で、『フレームリオーダー』と呼び、通常の大型サイボーグ生物とは区別して扱うようになったのだという。
 逆に、巨人型に変形出来ない大型サイボーグ生物は『プロトオーダー』と名づけられた。
 そしてここ数年のイコン登場に呼応し、まずプロトオーダーである二体のメガディエーターが覚醒し、空京に出現した。
 更にこの二体のメガディエーター覚醒が呼び水となって、それまでパラミタの各地に潜伏していたフレームリオーダー達が、一斉に動き出したのである。
 このフレームリオーダー達に対抗する為の組織が、UBFであった。
 UBFは基本的に、蒼空学園敷地内の大型飛行船用離陸場をベースポイントとして活動している。
 今回、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)を筆頭とするコントラクターの一団が、正子がUBF指揮官として行動している旨を聞き、わざわざこの大型飛行船用離陸場を訪れていたのであるが、周囲は何機ものイコンが慌ただしく発着を繰り返しており、どこか落ち着かない雰囲気が漂っていた。
「あの〜! すみませ〜ん!」
 イコン用ドック脇の待機エリアを訪問するなり、朝野 未沙(あさの・みさ)がフリューネに代わって声を張り上げた。フリューネの為であれば肉の盾でも鉄砲玉でも何でもやってのけるという意気込みの未沙だったが、取り敢えず今回は話を聞きに来ただけなので、正直なところ、やることといえば大抵が雑用に過ぎなかった。
 それでも未沙は、フリューネと一緒に居られるだけで相当に嬉しいらしく、ほぼ一貫して、顔がにやけてしまっていた。
 ところが、フリューネに想いを寄せているのは未沙ひとりではない。リネン・エルフト(りねん・えるふと)もまた未沙に負けじと声を張り上げ、意外と広い待機エリア内に呼びかけてみた。
「ねぇ、誰か居ないの? 馬場正子さんと、少しお話がしたいんだけど!」
 するとややあって正子の巨大な体躯、ではなく、何故か弁天屋 菊(べんてんや・きく)のスレンダーな姿がフリューネ達の前に姿を現した。
「んおぉ? 何だい、あんたら? 正子に用かい?」
 実のところ、菊も正子に用があって、このUBFベースポイントを訪れていた。
 尤も彼女の場合、SPB(シャンバラプロ野球)ツァンダ・ワイヴァーンズに入団する旨を告げに来ただけであったが。
 ところが当の正子は、対フレームリオーダー戦に出動してしまっており、現在、帰還の途に就いている最中なのだという。
「あら、そうだったの……じゃあ、ここで待たせて貰おうかしら」
「あっ! フリューネさん、そういうことなら、こちらのベンチに!」
 ほとんど抜け駆けに等しいが、未沙がいきなりフリューネの手を取り、手近のベンチへと引っ張ってゆく。
 リネンは完全に出遅れた格好となり、頬をぷっと膨らませていた。
「なぁリネン……お前さぁ、もうちょい積極的に行った方が良いんじゃねぇの? 完全に後手に廻っちまってるぜ、今回」
「うっ……いわれなくても、分かってるわよ」
 フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)からの容赦無い指摘に、リネンはあからさまに不機嫌そうな顔を見せたが、しかしフェイミィがいっていることも事実である。
 ここで未沙に負けているようでは、フリューネに契約を持ちかけるなど、夢のまた夢であろう。

 だがともかく、正子が帰還するまでは待つしかない。
 火村 加夜(ひむら・かや)が広い離着陸場を前にして静かに佇んでいると、その左右に、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)チムチム・リー(ちむちむ・りー)コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)ラブ・リトル(らぶ・りとる)といった面々が同じように肩を並べて佇んだ。
「ショウコと会うのも久し振りだ……そういえば、君はショウコとはよく会うのか?」
 コア・ハーティオンが遥か頭上といっても良い位置から、加夜に声をかけてきた。
 ここに居る面々の中では、正子と顔を合わせている回数が格段に多い加夜は、妙に照れ臭そうな表情で、小さく微笑み返した。
「えぇ、まぁ、そうですね……SPBでは同じ球団なので必ずお会いしてますし、オブジェクティブの件でも、ほぼ最初からご一緒させて頂いてますね」
 いうなれば、加夜は正子の戦友と表現するのが相応しい。
 ここでラブが、心底驚いた調子で声を裏返した。
「うひゃぁ……あの強面と一年以上付き合いがあるっていうの!? ちょっと、それってある意味凄いんだけど……」
 更にいえば、加夜もリカイン同様、レックスフットとは既に一度、交戦している。今回の件については、この場にいる面々の中では誰よりも経験豊富であるといって良い。
 しかし、加夜は生来の性格上、決して驕ったり自慢したりするようなことはせず、ただ穏やかに笑うばかりである。
 一方でレキは、ラブとは異なる感想を抱いている。
「あの正子さんってひと、本当に凄いひとだよ……野球以外にも色々出来るし、本当、何者なんだろう? って感じで……」
「正子さんは基本的に、料理人、ですよ」
 但し普通の料理人ではないが――といいかけて、加夜は言葉を呑み込んだ。変な印象を与えては、正子の為にならないという判断が働いたのである。
 その時、イコンのエンジン音が大気を振動させ始めた。透き通るような青空の向こうに、幾つかの機影が姿を現していた。
 加夜は、そのうちの一機が正子の搭乗するイコンキュイジーヌであると咄嗟に見抜いたが、同時に彼女は、これら数機のイコンが巨大な搬送用ネットに何かを抱えているのも見逃さなかった。
「帰ってきたアルね。じゃあ、チムチムは姿を消すアル。絵面的に居ない方が良いアルからね」
 冗談めかして笑いながら、チムチムが光学迷彩を駆使してその場から姿を消したが、しかし加夜とコア・ハーティオンの耳にはほとんど届いていない。
 ふたりは、正子の部隊が何か巨大な物体をベースポイントに持ち帰ってきている事実に、すっかり意識を奪われてしまっていた。
「あれは……まさか!」
 搬送用ネットに全重量を預けている巨大物体の正体を、加夜はようやく悟った。コア・ハーティオンも、加夜のただならぬ様子に、珍しく緊張して全身を強張らせた。
 それから程無くして、イコン部隊と搬送用ネットが離着陸場にゆっくりと着陸した。すぐさま大勢のスタッフが離着陸場へと駆け出してきて、イコン格納と搬送用ネットの移動へと取り掛かる。
 キュイジーヌのコックピットから、タンクトップにカーゴパンツ姿の正子がのっそりと降り立ってきた。
「面会の客人が来ておるとの連絡があったが、うぬらであったか」
 スタッフ達にキュイジーヌのイコン用ドックへの移動を任せてから、正子自身は加夜達のもとへと歩を寄せてくる。
 ところが加夜は、大型トレーラーで運ばれてゆく搬送用ネットの行方ばかりが気になり、そのことをどうしても訊かずにはいられなかった。
「正子さん! さっき運んできたあれは、もしかして……!」
「おう、デーモンワスプだ。やっとこさ一体、仕留められたわ」
 正子のこの応えは、単純にフレームリオーダーを一体倒したという意味だけを含んでいるのではない。加夜は喉をごくりと鳴らして、そこから更に理論を展開させた。
「ということは、人工解魔房を起動する動力源も……」
「そうだ。これでやっと、ラーミラの中から鍵を抜き出せるぞ。尤も、連中がそう易々と事を運ばせてくれるとは思えんがな」
 コア・ハーティオンやレキには、何の話をしているのか、よく分からない。
 だがこの時の加夜は、軽い興奮状態にあり、正子との会話が他の面々にはまるで意味不明であるというところまで、頭が廻っていなかった。
「ところで、客人はうぬらだけか?」
 加夜のやや高揚した美貌から、正子はコア・ハーティオンの巨躯へと視線を転じた。
「いや……他にも何人か、待機エリア内に居る」
「向かいながら、用件をお話しするよ」
 レキの言葉に頷き、正子は彼らと肩を並べて待機エリアへと向かった。

「やぁ、待っていたよ」
 待機エリアに入ると、レン・オズワルド(れん・おずわるど)が最初に正子達を出迎えた。
 正子は正子で、道中コア・ハーティオンとレキから大体の事情を聞いていた為、即座に用件へと入る構えを見せた。
「ハイブリッズでは、色々お世話になったわね。今回も、宜しくね」
 フリューネが差し出してきた右手を軽く握り返しながら、正子は周囲を取り囲むひとの数の多さに、幾分驚いた様子を見せていた。
「大した人望だ。単に話を聞く為だけに、普通こんなには集まらんぞ」
「でも、一匹狼の空賊がこれだけ大勢連れ歩くってのも、妙な話なんだけどね」
 苦笑するフリューネの傍らで、リネンはやや複雑そうな面持ちではあったが、未沙はフリューネの一挙手一投足が全て愛おしいらしく、意味も無く、ただうんうんと頷いている。
 そんな微妙な空気など知ってか知らずか、正子はブリーフィング用の大型ビジョンテーブルにツァンダの地形図を展開し、更にそこへ、イコン用レーダーによる電磁解析図を重ね合わせた。
「大体の話はコアとレキから聞いた。そこでわしも、ちと引っかかる件があってな」
 いいながら正子は、手にしたポインティングレーザーで、地形図の一角を指す。
 その部分だけ、電磁解析図上の色が黄色く変化していた。そこはデュベール邸から程近い、古代の遺跡発掘現場であった。
「数日前から、その地点に強烈な空間電子結合反応が出ておる。地上のその一角だけ、物質点が全て、電子結合点に置き換えられておるのだ」
 その瞬間、加夜が短い悲鳴のような声を漏らした。
「正子さん……それって、まさか!」
「そうだ。フィクショナル・リバースだ」
 この時もまた、加夜と正子の間でだけ、会話が成立している。他の面々は、フィクショナル・リバースの何たるかが理解出来ず、戸惑いがちに互いの顔を見合わせていた。
 しかし正子は、容赦無く言葉を続けた。
「意味が分からん奴は、後で他の奴に聞け……ともかく、フィクショナル・リバースが現出しているこの地点周辺に、レックスフットの反応が数十単位で発生しておるのも確認した。奴らがフィクショナル・リバースを拠点にしておるのは、間違い無かろう」
 ここで正子はひと呼吸置いて、表情を幾らか引き締めた。
「レックスフットの出現には、裏で糸を引いている奴がおる……まず十中八九、スキンリパーだな」
 矢張りこの時も、加夜だけが息を呑んで緊張の面持ちを見せた。後で他の面々から質問攻めに遭うのは、ほぼ間違い無いだろう。
「フィクショナル・リバースを構築出来る奴は他に、スカルバンカー、マーダーブレイン、スナイプフィンガーとおるが、奴らは今、それぞれメギドヴァーン、オクトケラトプス、アイアンワームズと組んでパラミタ各地のフレームリオーダー封印位置捜索に飛び廻っておる。となれば、簡単な消去法だ。スキンリパーの他に考えられん」
 ここでフリューネが、全身を緊張に強張らせている加夜に視線を向けた。
「あなたは、事の重大性をよく分かってるみたいね……それで、どう? ここに居るメンバーも、イーライ達に合流した方が良いのかしら?」
「はい……スキンリパーが居るとなれば、すぐにでも」
 加夜の中では、スキンリパーやフィクショナル・リバースの名が出た時点で、難易度が数十倍にも跳ね上がったかのような感覚に囚われていた。
「なぁ……あたしも行った方が、良いかな?」
 菊が、丸太のような剛腕を組んで仏頂面をぶら下げている正子に訊いた。
 正子は小さく、うむ、と頷き返す。
「加夜程ではないが、うぬもこの中ではオブジェクティブ経験者といって良かろう。同行するに越したことはあるまい。勿論、わしも行く」
 菊に答えてから、正子はふと思い出したように、ビジョンテーブルのドキュメントスペースに妙な視線を向けた。何故かそこには柏餅、固焼き、和菓子セットなどが置かれていた。
「あぁ、その柏餅はあたしさね。土産にどうかな、って思って」
 菊が悪びれた風もなく、からりと笑った。
 すると続いてレキが、
「その固焼きはボクからの差し入れだよ。熱いお茶によく合うんだよ」
 更に締めは加夜が、
「あ、和菓子セットは私です。手ぶらで来るのも失礼かな、って思ったりしたものですから」
 三人があっけらかんと応じる姿に、正子は心底呆れた様子で額を抑えた。
「何をしに来とるんだ、うぬらは……」
 そんな正子の姿にレンはひとつ、大事な用件を切り出せずにいた。
(いえない……こんな雰囲気の中で、終わったらパーティーどうですか? なんてとてもいえない……)
 場を改めて、別の機会に打診してみようとは思ったが、とにかくこの場に於いては、レンは己の良識に素直に従うことにした。