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取り戻せッ! 恋人に奪われた狂気の魔剣!!

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取り戻せッ! 恋人に奪われた狂気の魔剣!!

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7章 「涙の異形」


 火口に向かうヒルフェの背中に何者かから声がかかった。
 コマンダーのドクター・ハデス(どくたー・はです)がそこに仁王立ちしていた。
 白衣を纏っている彼の姿は、まるで天才科学者ように見える……だが、錯覚である。

「そこの……ヒルフェ、だったか? フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、
 天才科学者ドクター・ハデス!」

 大げさなリアクションと動きで彼は自らのことを語る。

「フフフ、呪いの魔剣というその強大な混沌の力……まさしく!!
 我ら悪の秘密結社ッ!オリュンポスに相応しいッッ!!」

 手を広げて白衣を翻し、彼は高らかに笑い声を上げながらヒルフェに近づく。

「ヒルフェとやら、その魔剣……お前の手に余るものだろぅ……どうだ?
 我らオリュンポスにその魔剣を渡さないか? 我らであれば、その魔剣を正しく世界征服の
 役に立ててやろうッ!!」

 ヒルフェの肩にポンッと手置いたハデス。
 彼にとっては、何も気にしていない、ただの触れ合いことだったのだろう。
 しかし、本能のみで動いている今のヒルフェにとっては、そうでは済まなかった。

(触れ……た? 敵……邪魔は敵)

「グオオオオオオオオオッッ!!」

 肥大化した右腕を振り回し、ハデスを空中へ弾き飛ばすヒルフェ。
 右腕から連続で放たれる黒い刃が、空中のハデスを襲った。

 ハデスはボロ雑巾のように地表に叩きつけられ、地面を転がる。
 ピクリとも動かない。

 ヒルフェは足を止めずにゆっくりと火口へ向かっていく。
 何事もなかったように、むっくりと立ち上がるハデス。

「フハハハハハハッ!! 悪の幹部は打たれ強く!かつしぶといのだよ!!
 わかったかなッ! よいこの諸君ッッ!!」

 誰に向けて言っているかさえ分からないその口上は常人には理解しがたいもののようだ。

「まったく、なかなかにやるはないか……ヒルフェとやらッ!!
 ますますその力ッ! 我らのものにしたくなったぞ!!」

 ハデスの言葉に足を止めることも無く、火口に向かうヒルフェ。

「おいっ! 人の話は聞くものだぞ! ……そうか、そういう態度を取るというのか!
 ならばよいッ! 我らの力! 思い知るがいいッ! 行けッ! 暗黒騎士アルテミス、聖剣勇者カリバーンよ!」

 なんとも出ていきにくい紹介で足取り重く出てきた魔鎧のチャンピオンの少女アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)
 そして、あまり気にしていないように見える剣の花嫁でケンセイの聖剣勇者 カリバーン(せいけんゆうしゃ・かりばーん)

 アルテミスとカリバーンはヒルフェと対峙し、その禍々しい気配にすこし押され気味であった。

「ハデス様は魔剣を奪えと言ってますが…
あの魔剣は危険です。なんとか魔剣の力を抑えこまないと…」
「あの魔剣の禍々しすぎる気配……奪うとかいう次元のものではない。
 あれは、破壊しなければならない物だ! 正義の心にかけて!
 アルテミス! コンビネーションで一気にたたみかけるぞ!!」
「了解です! カリバーンさん!!」

 ヒルフェに対し、攻撃を仕掛けようとする二人であったが、薙ぎ払われたヒルフェの
 右腕が発生させた黒い衝撃波の直撃を受けてしまう。

「ああああああッ!」
「ぐあああああッッ!!」

 膝をつき、その場から動けなくなる二人。

「これは、悲しみ……それとも絶望……心が……押し潰されそうになる」
「ぐぬううう、力が……入らない……この化け物め……」

(俺が……バケ、モノ……俺が……)


 〜ヒルフェの精神世界〜


 白一色の世界にヒルフェは立っていた。

「ここは、一体……確か俺は、自分で魔剣に……」

 目の前に誰かが立っている。しかし、霧に包まれ誰かはわからない。

「誰だッ!」
「さぁ……だれでもいいじゃないか……」

 自分声と同じ声が返ってくる不気味さに、ヒルフェは警戒する。

「俺と……同じ声……同じ姿だとッ!?」

 近づいてきた男は、ヒルフェと同じ姿、同じ顔をしていた。
 ただ、瞳の色だけが紅く、ルビーのように輝いている。

「そんなことより、お前……本当は嬉しいんだろう? こんな力が手に入って。
 バケモノなんて、呼ばれてさ」
「そんなはずはないッ! 俺は、力なんて……」
「嘘だ……俺は何でも知っている……リーゼの隣でいつも思っていたよな……
 俺はこいつに勝てない……力が欲しい……力さえあればって……」

 胸が苦しくなり、膝をつくヒルフェ。

「そんな、ことは……思っていない……」
「嘘は、いけないなぁ……言っただろう……俺は何でも知っている。
 リーゼはまるで化け物のような強さだった。ああなりたい……自分にもあのぐらいの強さがあれば……」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だああああああーーッ!!」

 ヒルフェは頭を抱えて叫ぶ。
 男は苦しむヒルフェを楽しむように見下ろし、話を続ける。

「だって……恋人を殺してまで手に入れた力だもんなぁ?」
「だが、あれは……ああするしかなかっ……」
「殺さない方法も……あったはずだよな……でもお前は彼女を殺した」
「リーゼはッ…………」
「彼女の頼みを受け入れ、考えることを放棄し……お前は彼女を殺した。
 リーゼを殺した。殺した。殺した。殺した」

 ヒルフェの表情が恐怖に引きつっていく……。

「ああ……あ、うあ………」
「なぁ……もうなっちまえよ、お前はバケモノなんだからさ」
「俺は…………バケモノ……俺が……バケモノ」
「そうだッ!! 自分の恋人さえ、殺すことのできる貴様はバケモノだぁッ!!」
「リーゼ、リーゼェ……ぐああ、あああああああああああああああああああああーーッ!!」


 〜火山・頂上〜


 黒い光がヒルフェに収束していく、黒い光はヒルフェを包み込むと周囲に暴風を巻き起こしながら弾け飛んだ。

「な、なんだ……姿が……変わった!?」

 ヒルフェの右腕の形態は元に戻り、通常の腕となんら変わらぬ細さになっていた。
 ただ違うのは、ヒルフェの右半身が漆黒に塗り潰されていた事である。
 彼は静かに笑う……その笑顔は見る者の心を凍り付かせてしまうような冷たさを感じさせた。

「ふふふ……やっとだ……やっと、こやつの精神を押し込むことができた!
 我が名は、魔剣デストルクシオンッ! 災厄と破壊をもたらす者なり……」

「う…アああ……ぐううううっ!!」

 苦しそうに呻き、息をすることすらままならないアルテミス。
 カリバーンはアルテミスを抱えると必死に声をかける。

「アルテミスッ! 気を確かに持つのだ! ……ぬうッ! 増幅した奴の力に中てられたかッ!」
「ぬぐううう……こんなところにいては、身が持たんッ!! ここは退く!!
 ヒルフェとやら、我ら秘密結社オリュンポスが、このままで終わると思うでないぞーーッッ!!」

 ハデスはアルテミスを連れ、カリバーンと共にその場を足早に去った。

「退いたか……まぁいい」

 魔剣に支配されたヒルフェは岩陰の方を見る。魔剣から黒い衝撃波を岩陰に向かって放つ。
 衝撃波によって岩が破砕される直前、機晶姫の女性がそこから飛び出す。

「こちらの気配に気づいていたッ!?」
「当たり前だ……我の前で気配なぞ……消せると思うな」

 ヒルフェは地面を滑るように低空で跳躍し、
 フェイタルリーパーのリディル・シンクレア(りでぃる・しんくれあ)に迫った。

 ヒルフェの魔剣とリディルのディザスター・リカバリーがぶつかり合い、黒と白の軌跡を描く。

「ははははははッ!! なかなかにやるではないかッ! 機晶姫ッ!!」
「私は……ミルゼア様の懐刀ッ! 魔剣風情に後れを取るはずがないッ!!」

 数回斬り結び、お互いに距離を取る。

「ほほぅ……ならば、その魔剣風情に負ける屈辱を味あわせてやろうッ!」

 ヒルフェが手をかざすと、地面から赤い刃が発生、リディルを襲う。
 四方から次々と迫る赤い刃を一振りで叩き斬るリディル。
 刃からは血のようなものが吹き出し、リディルの鎧や腕、剣に付着する。

「こんな子供騙しッ! 通用するものかッ!!」
「……お前は、次の我の攻撃を避けることができない。
 これは、もう確定したことだ……」
「何度来ようと……っ!? か、身体が……動かない……!?」

 剣を持ち上げようとするものの、さっき付着した血のようなものがその重量を増加させ、うまく持ち上がらない。
 他の部位に付着した血のようなものも同様に、その重量を各々に主張し始める。
 体全体に、罪人がするような丸い玉の重りを付けられたかのような、重さが圧し掛かる。

「……くそ……これしきの重量……ぐあッ!」

 重量に耐えられず、膝をつくリディアにヒルフェの魔剣が迫る。

「ははははッ!! 断末魔の叫びを我に聞かせろおおおーッ!!」

 間一髪のところで何者かがヒルフェの魔剣を弾く。
 体勢を崩しかけたヒルフェであったが、地面に手を付き、一回転すると再び戦闘姿勢を取る。

 リディアとヒルフェの間に立つように背の低い、獣人の少女が立っていた。
 サムライの巫剣 舞狐(みつるぎ・まいこ)は無銘白太刀赫奕と無銘黒太刀掩翳を構え、魔剣と対峙する。

「リディル義姉様の危機……黙って見過ごすわけには参りませぬ!!」
「……舞狐」

 ヒルフェは額に手を当てながら、高笑いする。
 その笑い声は常軌を逸したものであり、精神力の弱いものであれば正気を保てないだろう。

「少し、痛めつければ出てくると思っていたが……とんだハズレが出てきたものだ。
 小娘にようはない、去れ」
「ハズレ……と言いましたね。その言動! 後悔させてあげますッ!!」

 舞狐など眼中に無いかのようにヒルフェは言い放った。
 精神を集中し、舞狐は右に赫奕、左に掩翳を構える。

「愛洲陰流、巫剣舞狐……推して参るッ!!」

 ヒルフェへ急接近する舞狐。その表情から幼さは消え、サムライの顔になっていた。
 舞でも踊るかのように回転しながら放たれる二刀の乱撃を、ヒルフェは魔剣で受け流す。
 さらに舞狐は乱撃を放つ速度を上げるが、一太刀もヒルフェの身には届かない。

「この程度か……稚拙、あまりにも稚拙ッ!! 乱撃とは、こうするのだ小娘よッ!!」

 ヒルフェの魔剣が縦横無尽に振り回され、舞狐に攻撃の隙を与えない。
 舞狐は攻撃を受け流そうとするが、その一撃一撃が重くうまく受け流せずに身を掠めた。
 不意に放たれた膝蹴りを腹部に受け、その場にうずくまる舞狐。

「がふッ!? う、ぐぅぅ……」
「舞狐ッ!」

 立ち上がろうとするも、身体に圧し掛かる重量を振り払う事が出来ないリディア。
 ヒルフェは舞狐を掴みあげ、持ち上げる。

「あぐ……ぅ」

 足をばたつかせ、両手でヒルフェの腕を引き剥がそうとするもその力は弱々しい。

「さっきまでの威勢はどうした? 我に後悔させるのではなかったのか?」

 舞狐を掴む腕目掛けて、桜色の軌跡を描きながら矢が飛んでいく。
 矢は腕に刺さり、ヒルフェは舞狐を放す。
 ヒルフェは驚くことも無く、その方向を睨み付ける。

 ハイエロファントの守護天使ルクレシア・フラムスティード(るくれしあ・ふらむすてぃーど)が 魔桜弓ペトローズスワールを構え、
 その隣にはフェイタルリーパーのミルゼア・フィシス(みるぜあ・ふぃしす)が立っている。

「リディアと舞狐ほどの者が……こうも簡単に……」
「……最初から全力で行くわよ。遊びが通じる相手じゃないみたいだから」
「それはいい……雑魚の相手ばかりで退屈していた所だ」

 ヒルフェは魔剣をミルゼアに向ける。
 足元から黒い霧のようなものが発生し、その体に纏わりついていた。

 ミルゼアはヒルフェに向かって疾駆する。水平に構えられた漆黒の大剣ディザスター・オリジンが、
 風を切る音を発しながらヒルフェを襲う。
 
 魔剣でそれを受け流したヒルフェは反撃に転じようするが、ルクレシアの攻撃によって、身動きが取れない。
 ルクレシアは手を上空に掲げる。その口から紡がれた言葉が眩い光を呼び出す。
 光は徐々に複数の刃を形成し、その切っ先はヒルフェの方向を向いた。

「光よ、今、敵を貫く刃とならん……我は射す光の閃刃ッ!!」

 上空から降り注ぐ光の刃がヒルフェを地上に縫い止める。

「ええい、小賢しいッ!!」

 ヒルフェは大振りに魔剣を振り、刃をすべて砕くとそのままの勢いで横凪に黒い衝撃波を放つ。
 黒い衝撃波は周囲の岩を粉砕し、速度を上げてルクレシアに迫った。
 防御し、衝撃波を耐えるルクレシアだったが、持っていた武器を地面に落とす。
 衝撃を受けた腕は痙攣し、いかに重い衝撃であったかを物語る。

「なんという、重い衝撃波じゃ……これが、あの魔剣の力……」

 ルクレシアの視線の先で激闘を繰り広げるヒルフェとミルゼア。

 魔剣が数度ミルゼアを掠めたかと思うと、ミルゼアの大剣がヒルフェを猛襲する。
 重量や重力など存在しないがごとく、予測不可能な動きを見せる両者の剣は
 弾きあい、ぶつかり合って火花を散らす。
 既に、常人ではその刃の動きを追う事すら不可能と言える領域であった。

「面白いッ! 実に面白いぞッッ!! ここまで我について来れる人間がいたとはなッ!!」

 ヒルフェの魔剣を大剣で滑らせるように受け流したかと思うと、次の瞬間には
 ミルゼアの大剣から連撃が放たれている。
 ヒルフェはそれを受け止め、黒い衝撃波を放つがミルゼアは簡単にそれを往なす。

「もっとよ、もっと激しく来て。こんなものじゃ満足できないわッ!」


「……これで、終わりにしてあげるッ! 無様に散りなさいッ!!」

 ミルゼアは踏み込むと、瞬時に力を溜める。
 危険を感じたのかヒルフェが距離を取ろうとするも、ミルゼアの方が早かった。
 彼女の刃から無数のソニックブレードが放たれる。
 鋭いその刃に斬り裂かれ、衝撃によって大きく吹き飛ぶヒルフェ。
 距離が近かった為か、血飛沫がミルゼアの服に付着するが、特に彼女は気にしていないようであった。

「ぬぅあああああーーッ!!」

 ヒルフェは叫び声を上げながら火口へと落下していく。

「貴方の返り血程度じゃ、この黒無垢は染まらない……。
 要は……役不足だっただけ…………つまりはそういうことよ」

 ミルゼアとルクレシアは舞狐、リディアを助けると、火山を下山していった。


 〜火山・火口付近〜


 ミルゼア達のいた場所からさらに下層。火口に近い熱気渦巻く場所にヒルフェは倒れていた。
 至近距離から乱撃ソニックブレードを受け、その身に受けたダメージは大きい。

「ぐぅおおお……人間の、人間の分際でぇ……はぁ、はぁ……」

 よろめきながら立ち上がるヒルフェの前に一人の契約者が現れる。

「まったく、鉄心さんの読み通りになっってしまいました……。
 まぁ、熱さに耐えて待っていたかいがあったということにしておきましょうか」

 ラヴェイジャーのセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)

 彼女は鉄心と会った際に、この場所で待機するように言われていた。
 もっとも、それは火口にヒルフェが身を投げた際に、助け出す為であったのだが。

「さーて、手負いの状態ならば、なんとか黙らせることもできますわね……」

 セシルがヒルフェに向かって走る。脚を開き、しっかりと地面を踏みしめると、スマッシュアンカーを水平に薙いだ。
 超重量の錨がヒルフェを押しつぶそうと迫る。

 ヒルフェは魔剣でそれを受けるが、手負いの身体では踏ん張りが利かず、回転しながら吹き飛ばされた。

「がああああーーッ!!」

 セシルはコルセアガントレットの甲に収納されたフックを壁に放つ。
 フックは壁の岩に突き刺さり、しっかりと固定される。
 跳躍し、セシルはフックが収納される際の速度を利用、吹き飛ぶヒルフェに接近した。
 スマッシュアンカーを構え、スマッシュアンカーごとヒルフェを壁に叩きつける。

「ごふっ!」
「決まりましたわね……これで、おとなしくなっていただけるは……!?」

 スマッシュアンカーを片手で押しのけようとするヒルフェ。
 負けじとセシルも押し込むが、徐々に押し返されていく。

「人間の……小娘がぁぁ……調子に、乗るなぁぁああああーーッッ!!」
「きゃああああーーーッ!」

 ヒルフェはセシルを弾き飛ばし、その眼前に迫った。
 至近距離からの衝撃波によって、地上に叩きつけられたセシルを思いっきり踏みつけた。
 豊満な胸が乱暴に踏みつけられ、力の限り蹂躙される。

「がはッ! アああッ! ぐぅッ!!」
「我に屈辱を与えた罰として…………死した方が良いという、屈辱を与えてくれるわッ!!」

 魔剣から繰り出される斬撃がセシルの衣服を引き裂き、その身を紅く染めていく。

「ふぐぅッ! あああッ! うぐあああッッ!!」

 必死に抵抗するものの、その身の痛みにより、身体を踏みつける足をどかすことができない。

(ここで、私は……終わってしまうというの……そんなことって……)

「そこからどけええーッ! 三下ーーッ!!」

 何者かが上空からヒルフェを急襲する。手負いのヒルフェは攻撃を受けきれずに吹き飛び、
 そのまま壁に叩きつけられ、ずるずるとその場に崩れ落ちる。

 ニンジャの柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は桜の羽衣を脱ぐと、傷を受け身動きできないセシルに優しく纏わせた。

「わりいな……回復魔法の類は使えねえんだ。もうすぐ鉄心達がここに来る。
 あいつらに回復してもらってくれ」
「……ありがとう、です……わ。あの、お名前は……」
「ああ、俺か? 俺は恭也。柊恭也だ」
「私は……セシル。セシル・フォークナー……ですわ」

 ヒルフェが再び立ち上がり、咆哮を上げる。それはもう、言葉と呼べるものではなかった。

「あの野郎……まだ起き上がるのかよ。じゃ、俺はあいつの相手をしてくる……お前はここで休んでろ」
「あ………」

 ヒルフェに向かって駆けだす恭也の背中は、セシルにとてもかっこよく見えた。

「……柊……恭也、様……」

 恭也を見つめるセシルの瞳は恋する乙女のもの…………だったのかもしれない。

「……に、ニンゲんに……コんな……ワレが、押シ込マレるナぞ……」
「おい、三下……てめェ、もうちゃんと喋れなくなってんぞ?」
「ウルさいッッ!! 貴様ナンぞ! キサマなんぞおオオーーッ!!!」

 手負いの血に塗れた身体を無理やりに動かし、恭也に襲い掛かるヒルフェ。
 仕込み番傘で魔剣を受け止める恭也だが、予想以上にヒルフェの力は強く、押し込まれそうになる。

「くっ……! 手負いの獣ほど、恐ろしいってか……ん?」

 恭也は自分を見つめるセシルに気づく。

「傷だらけの女の子の危機に颯爽と現れ、それを助けて敵と戦う……これって、ヒーロー?
 俺が……ヒーロー……!!」

 恭也の瞳に今までにないほどのやる気という名の炎が灯る。
 ヒーロー、彼が憧れていた……自分にはなれないと思っていた存在。
 今、その存在に最も近い位置に彼はいた。

「ヒーローだったら、女の子の見てる前で……負けられねぇよなッ!!」

 気合でヒルフェを弾き返し、高く跳躍する。

「これで、決めてやるよッ!! 疾風迅雷ーーッ!!」

 疾風迅雷で上昇した速度に全体重を乗せ、ヒルフェに急降下する恭也。
 ヒルフェは魔剣で受けようとするものの、受けきれずに仕込み番傘の一撃を受ける。

「ぐゥおおオオおおおおおおーーッッ!!!」

 断末魔の叫びをあげ、地に倒れるヒルフェ。
 
 そこに鉄心達が到着する。セシルはイコナの命の息吹で治療され、傷痕が残ることもなく回復した。
 鉄心がヒルフェに向かって叫ぶ。

「ヒルフェッ!! あとは君の戦いだッ! リーゼさんの想いを……願いを思い出すんだッ!!」


 〜ヒルフェの精神世界〜


「リーゼの……想い……願い……そうか、俺はッ!!」

 ヒルフェは立ち上がり、自分と同じ姿をした男を睨み付ける。

「確かに……あいつを、リーゼを羨ましく思ったこともあった、それは事実だ。
 俺は、どんなに努力してもあいつに届かなかった……」
「ヤメロオオオオオオッ! バケモノナンダヨ、オマエハアアア!!」

 男は黒い霧を鋭くヒルフェに放つが、それはヒルフェに当たらない。

「俺は……怖かったんだよな、あいつがすごいって周りに言われるようになって。
 どんどん遠い存在になってしまうようでさ……」
「ヤメロ、ヤメロ、ヤメロオオオオ!!」

 男は更に黒い霧を放つが、そのどれもがヒルフェに当たることはない。

「でも、あいつは笑って言ったんだ……あなたがいてくれるから、頑張れる……どんなことを
 言われても平気だって……だからッ!!」

 ヒルフェの右手には剣が握りしめられていた。彼は男に向かって走る。

「俺は、アイツの想いを……願いを……叶えるんだッッ!!」

 上段に構えた剣を振り下ろし、男の身体を両断する。

「グギャアアアアアーーーッ!!」
「もう……お前なんかに、俺は負けないッ!!」

 両断された男は掻き消えていく。

(やっと、気づいたの? まったく……遅いわよ?)

「……ああ、すまない……リーゼ」


 〜火山・火口付近〜


 ヒルフェに何があっても対応できるような位置に鉄心達は待機していた。

「ヒルフェは……自らの身に刺したとはいえ、魔剣の使用期間がリーゼに比べて短い。
 魔剣を調査した者の話によれば、もしかしたら彼は助かるかもしれないということだった」
「今は、心の中で魔剣自身と戦っているんですね……」

 ティーが心配そうにヒルフェの方を見る。

(ヒルフェ、頼むから……負けないでくれよ。もし、負けてしまったら……俺達はお前を……)

 鉄心は俯き、最悪の状況まで想定する。そうならないことを祈りながら。

 数分後、ヒルフェが急に脈打ったかと思うと、倒れているヒルフェの身体から弾かれるように魔剣が吹き飛ぶ。
 魔剣は、からんからんっと地面に転がる。
 先ほどまでの禍々しい気配は微塵もなくなり、ただの剣のように感じ取れた。

「魔剣は俺が火口に投げ入れるッ! イコナとティーはヒルフェを頼むッ!!」
「は、はい!」

 鉄心は走って魔剣を掴むと火口に向かって思いっきり投げる。
 魔剣は放物線を描きながら、火口に落下……マグマに飲み込まれていった。

 鉄心達は、ヒルフェを連れて火山を下山する。
 一行の心は、全てが終わった安堵感に包まれていた。


終章 「前を向くという事」


 〜ミューエの宿屋・庭〜


 優しい風が吹いている。
 風はミューエとリーゼが世話をしていた草花を、穏やかに揺らしている。

 庭の真ん中、花に囲まれた位置に一つの墓が立っている。
 墓には、『我が最愛の妻、リーゼ・シュメルツ……ここに眠る』と刻まれている。

 その前に、ヒルフェは立っている。

「リーゼ、いろんな人が……協力してくれたよ。あの人達がいなかったら、俺は……ここにたっていないだろう。
 お前の分も生き抜くって……約束したのにな、本当……俺は馬鹿だ」

 墓の前に腰掛け、彼は豪華ディナーのチケットを墓に供える。

「食いしん坊のお前のことだ……花なんかよりもこういうほうが、うれしいだろう。
 現物じゃないのは、簡単に食わせたくないからだ、高いんだぞ? ここは」

 彼は立ち上がり墓に背を向ける。

「俺は……もう、立ち止まらない。いつか、お前以上の剣士になって……そっちに行った時、自慢してやるからな!
 だから……首を長くして、待っていてくれ」

 宿からミューエが顔を出し、ヒルフェを呼ぶ。

「ちょっとッ! まだ仕事は残っているんですよ! 病み上がりだからって、休んでる暇はないんですからね!」
「ああ、わかってますよ、ミューエさん……今、行きます!」

 ミューエは宿に引っこみ、忙しそうに駆け回っている。
 溜息を吐きながら、彼は小さく呟く。ミューエに聞こえないように。

「ま、しばらくは……お前の姉さんに勝つのが目標になりそうだけど」

担当マスターより

▼担当マスター

ウケッキ

▼マスターコメント

お初な人もそうでない人もこんにちわ。ウケッキと申します。
まだまだ始めたての、LVのひくーいマスターである、
私のシナリオに参加して頂きましてありがとうございます。

もう、長々と書いてしまったもので、読むのに大変苦労したと思います。
頑張ってここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!!

称号につきましては、慣れてきたころにちゃんとつけていこうと
思いますので、首を長くして「まだかなーまだかなー」と
待っていただければと思います!!

それでは、ここまで読んでいただき、ありがとうございました!!
また次の参加を、お待ちしております!!

▼マスター個別コメント