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老魔導師がまもるもの

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老魔導師がまもるもの

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 1/ 教会の喫茶店にて、そして孤児院にて

 けらけら笑って走り去るその男の子の手には、彼のものでない眼鏡があった。
「待たんか、貴様!! 指導だ!! 指導してくれるわぁっ!!」
「あー、ほらほら。やめなよモーベット。やーめーなってば」
 それは、やんちゃしたい盛りの男の子がしでかした、ささやかな悪戯だった。
 そう。単なる悪戯である。やったのは子ども、なにもそこまで怒らずとも。そうつっこみたくなるくらい猛然と、追いかける者がいる。
 眼鏡を奪われた側の相手──モーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)は少年を追いかける。その背中に彼を止めようとしがみついたパートナー、清泉 北都(いずみ・ほくと)を引きずったまま。
 やめなってばぁ。相手、子どもなんだからさぁ。
 間延びした口調で緊張感なく北都が、無駄だと分かりつつも言っているのは、さすがに子ども相手に本気を出したり物騒なことをやるような性質でないとモーベットを理解しているからか。
 ジェットコースターにでも乗っているかのようにあちこち、上下左右に振り回されながら北都は、モーベットの背中に乗っている。……載せられている?
 そして予備の眼鏡のひとつも持っているはずなのにそれをすぐには出さないのは北都自身いくぶん、この状況を楽しんでいるからなのだろう、きっと。
「……なにやってるんだろう、あれ」
 楽しそうだなー。なんて能天気なことを思いつつ、北都やモーベットたちの織り成すその有様を、平 武(たいら・たける)が木蔭に置いたベンチから見つめている。
 向かいには、この孤児院の女の子ふたり。彼女たちへと武は、いくつかの本を読み聞かせていた。
 童話であったり。ためになる本であったり。教会の本棚から、数冊ほど見繕ってきた。
「あの」
「……はい?」
 その彼に、不意に呼びかける者がいる。武は声のしたそちらを、静かに振り返る。
「喫茶店というのは、こちらでいいんでしょうか?」
 銀髪をたなびかせた、きれいな人だった。その人と、連れが三人。
 非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)と、その一行である。
「うん、すぐそこだよー」
「ですか。ありがとうございます」
 子どもたちと一緒に手を振る武に頭を下げ、パートナーたちとともに近遠は歩き出す。
「孤児院もやっていると聞きましたけれど、たくさん、子どもたちも暮らしてらっしゃるのですね」
「ほんとうに」
 アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が言い、近遠も頷く。
 みんな元気なようで、それはすごくいいことだと思う。これから行くその喫茶店のことが、楽しみでならなかった。
「せやろ、せやろ」
 と。
 いつの間にか、自分たちに並び歩いている者がいることに近遠たちは気付く。
 ぼさぼさになった髪や、着衣のあちこちに枝や木の葉、土がついている。狼木 聖(ろうぎ・せい)、と名乗った彼はこの孤児院の出身者だという。
「じゃあ、今日は里帰りに?」
「ん、まあそんなとこや。ま、ゆっくりしてってやー」
 聖は胸を張る。だが残念ながらその様子が締まらないのは──……、
「どうして、そんなに葉っぱだらけなのですか?」
 そのひと言に尽きる。
「これは、罠にかかったっちゅうか」
 説明に窮しているのか、聖は頬を掻く。それとほぼ時を同じくして、頭上の空を飛んでいた野鳥になにやら、弾が命中し甲高い音を響かせる。
「!?」
「いてっ」
 それは、スリングの弾。ちょうどそれに撃ち落とされた鳥は、聖の上に落下し彼の頭とごっつんこをする。
「うむ、命中じゃ」
 狙い澄ましたかのように、というかその弾を放った射手はむしろ狙っていたのだろう、それを。
 鳥を撃ち落としたスリングの主は、聖のパートナーである神凪 深月(かんなぎ・みづき)であった。隣に連れた、これも孤児院の生徒なのだろう少年とハイタッチを交わし、大成功とばかりに深月は一緒になって快哉をあげている。
「みーづーきー……」
「よし、逃げよう」
 恨めし気に声を上げた聖に、深月と少年は走り出す。
 ここでも、追いかけっこが開幕する。騒がしく、ひとりとふたりは追いかけあう。
「賑やかですね」
「ええ、まったく」
 微笑ましげに、近遠はアルティアとその光景を眺めていた。
 だが、そうでない表情をとる者もいて。
「うーん……?」
「どうしたんですか、ふたりとも。さっきから気難しげな顔をして」
 近遠の、残るふたりのパートナー。ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)である。
 双方、異なる方角を見ながらなにやら、唸っている。
 一体、どうしたというのだろう?
「いえ。ここの地下から奇妙な気配を感じると言いますか……変な感じがします」
「変な感じ?」
「ひょっとしたら、霊脈でも流れているのかもしれません。それもものすごく大きな」
 ユーリカが爪先で、とんとん、と地面を叩いてみせる。
「なるほど」
「では、そちらは?」
 一方イグナはユーリカ以上に、完全に明後日の方角と思しき方向を見つめている。草むらの向こう、木々生い茂るほうを。
「うん? ……うん、ちょっとな」
「?」
 そしてより、要領を得なかった。
 腕組みして、なにやらぶつぶつ言っている。
「きっと気のせいだろう。いくら自然が多いとはいえ、ここはまだすぐそこが農道だ。民家だって多い。大したことではない」
 さ、行こう。イグナが一行の背中を押す。
 なにかを気にしている、その本人がそう言うのならばいいのだけれど。なんとなく釈然としないまま、イグナの促すままに近遠たちは前に足を出す。
 本人以外は、納得しきっていなかったのだ。
 気付いても、いなかった。
 奇妙な気配が地面の下からではなく、していること。
 自分たちがやってきた農道のむこうに一台の車が静かなブレーキ音とともに、停車したことを。