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シャンバラ大荒野にほえろ!

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シャンバラ大荒野にほえろ!

リアクション

 
「偽装の為に抗ウィルス薬は持ち込んだが、そこからウィルスを生成するのは不可能だ。空京も君も、危険に晒すつもりはなかった」
「馬鹿にしないでください!」
 のるるの声に凍りついたのは、倉田だけではなかった。誰も、彼女がこんなふうに激高するとは思わなかったのだ。
 息を呑んで彼女を見つめる視線の中で、のるるは微かに声を震わせて言った。 
「貴方の行動の為に、どれだけの人が振り回されたと思ってるんですか」
 怒りよりも悔しさを滲ませるような声音だった。
「空京を……パラミタを何だと思っているんですか? 貴方たちには理解不能な未開の異境でも、あたしたちには……あたしたちの日常を育む、大切な街なんです」
 倉田が目を逸らし、地面に顔を埋める。しかし、のるるは構わず続けた。
「あたしたちはみんな、この街と、ここに住む人たちみんなの日常を守る為に、それぞれの立ち場で必死で戦っているんです。貴方の身勝手な私怨で、それを踏み荒らしていいという道理はありません」
 顔を伏せたままで、僅かに、倉田が震えた。
「私たちの街に殺人ウィルスやバイオテロなんて危険を持ち込んで、全部嘘でしたで許されるとは……思ってませんよね?」
「……ああ」
 僅かに顔をのるるの方に向け、倉田は苦々しい笑みを浮かべた。
「確かに、ここは君らの土地だ。君らが僕を裁くというなら、それも仕方がないな」
 のるるが思わず声を上げようとしたとき。
「倉田」
 ふいに富田林が口を挟んだ。壁に寄りかかって腕組みをしたまま、相変わらず不機嫌そうな顔だ。
「刑事の仕事は犯人の逮捕で、人を裁くことじゃねえ。甘ったれた小娘だが、こいつは刑事だ。あんまりこいつをバカにするな」
 のるるが、びっくりしたように富田林を見た。富田林は彼らを取り巻くように立つ協力者たちを見回す。
「こいつらのこともだ。こいつらが、お前を私刑にかけようとしてるように見えるか」
「……そう、か」
 倉田は惚けたように呟いて、脱力した。押さえつけていた手に掛かる力が唐突に抜けて、白竜が怪訝に感じたほどだった。
 床に伏してぐったりとしたまま、倉田は視線だけを富田林に向けて、頬に僅かな笑みを浮かべた。
「……あんたが、ここは未開の無法地帯だと言ってたから、てっきり」
「なんで俺に振りやがる」
 富田林がムッとしたように顔をしかめる。
「てめえは、そうやって……最後まで、逃げ通す気か」
 倉田は息をつき、最後の力も抜けたように床に顔を埋める。
 そして、小さな声で言った。
「……こういう性格なんです」


「ったく……お前も、パラミタのガキどもとどっこいどっこいだな」
 再び拘束された倉田を連れて階段を下りながら、富田林が口を開いた。
 倉田は無言で足元に視線を落としている。
「奴らは本当にガキだからあれでいいが、お前のは重症だ。いい歳こいて、いつまでも甘えてるんじゃねえよ」
「ほっといてください」
「放っておけねぇから、言ってるんだ」
 柄にもない言葉を口にしたことに、自分では気づかないらしい。ぎょっとして富田林を見た倉田の顔も見ずに、続ける。
「……何が屑だ。お前には能力があって、意志があるんだろう。なら、人に理解させろ。のらりくらり逃げてねぇで、理解してくれと喚いてみろよ」
 そして、にやりと意地の悪い笑みを倉田に向けた。
「ま、その前に、てめぇも他人を理解する努力をせにゃならんがな」
「……誰に言われても、あんたにそれを言われるとは思いませんでしたね」
「俺はいいんだよ。理解者面したジジイなんて胡散くせえだけだろ。嫌われ者でいいのさ」
 倉田は呆れ返って呟いた。
「……貴方も十分、立派な老年性中二病じゃないですか」
「老年性とは何だ、老年性とは。せめて中年性とか熟年性とか言いやがれ」
 倉田は眉を顰めた。
「……言っていいんですか、それ」
「いいや。言ったらぶん殴る」
「……」
 倉田は、今度こそ本当に黙った。
 
 
6  空京郊外 倉庫・前

 制圧時に拘束したメンバーは入り口に集められていた。連れて来られたサカイと倉田も、その傍に座らせる。
 警察への報告も済み、メンバーたちは倉庫内の確認をしながら、撤収準備に入っていた。
 ……ええと、これで、全部だったっけ?
 のるるは、緊張が解けてぼんやりする思考を引き戻そうと、目を閉じて軽く頭を振る。
 その頭を、富田林の手がぽん、と撫でる。
「ご苦労だったな」
 短い声に、ようやくホッと肩の力を抜いたのるるの耳に、微かに遠くからサイレンの音が聞こえた。
「……あ」
 次第に近づいて来るその中に、古風なパトカーのサイレンが混じっている。一係のパトカーだ。
「おう、ルネも来たか」
 一係の先輩たちとボスの顔を思い浮かべていたのるるが、ちょっと眉を顰めて富田林を見る。
「……るね?」
「ん?」
 無意識にスーツのポケットを探りながら、富田林が答える。
「ルネ・藤堂……お前らのボスだろうが」
 ……ルートヴィヒ……つまり、ルネ。
 ……確かに。
 しかし、イメージの中の藤堂係長とその可愛い名が結びつかず、のるるは妙な顔でひとり首をひねった。
 それから富田林を見ると、彼は小さく舌打ちして探し物を諦めたところだった。
 もう何度見たかわからない、大きなため息をついて。
「くそ……煙草が吸いてぇ……」
 富田林はそう呟いて、脇に抱えていたコートを左肩に掛けた。