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絶望の禁書迷宮  救助編

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絶望の禁書迷宮  救助編

リアクション

 その頃、地下書庫入口であったことは、以下のようなものだ。

「どう、皆? 首謀者の逮捕は期待できないと思うけど、『ネミ』一人にこのまま背負わせ続けることはできない……
 彼らを信じて今ここで解除、していいと思う?」
 『パレット』が、魔道書達に訊いた。
「お前が俺たちに訊くのか?」
「だって、お前らここで、あの人たちの話、聞いてたんだろ?」

「私は……いいと思います。彼らの話を聞きましたが……様々な立場から、私たちのことを、考えてくれていると感じました」
 銀髪の『リピカ』がまず、口を開いた。すると、
「……まぁ、いいんじゃないか? 少なくともあいつらよりは、害にならんだろ」
「あんまり気が進まんが……『ネミ』のことを考えなきゃならんしな」
「最低な人間と、それよりは幾分かマシな人間、どっちがいいかって話だ」
「見てて結構面白かったから、僕は別にいいけど」
 『揺籃』、『オッサン』、『騾馬』、『ヴァニ』が続けて言った。
「あたしは構わないよ。ダメなら次の手を考えりゃいいことよ」
 ドレスの魔道書が言って、『パレット』は頷き、エリザベートの方を向いた。
「うん、まぁ満場一致って言えるね」

 『パレット』は、『ネミ』を抱いて一人結界の外に出てきた。
 エリザベートが一瞬、『神殿』の様子を覗いて声をかけることができたのは、『パレット』が『ネミ』と通じ合って、少しの間だけ空間を繋げることができたからだった。
「確かに、大方のメンバーは捕獲できるかもしれない。でも、やはり首謀者は――」
 そう言ってから、『パレット』は小さく首を振り、
「いや、『姐さん』の言う通り、駄目なら次の手を考えるだけだ。
 『ネミ』、もういいよ……一人で背負わせてごめんね。戻っておいで、悪夢の隠れ家から」

 えんじ色の表紙の本が、ひとりでに開き、ばらばらとページがめくれたかと思うと、そこから白い光が溢れた。
 幻想の森の、境界が光の中に溶けていく。

 ただ、そのタイミングでおかしなロケットパンチが炸裂したことだけは、魔道書にもエリザベートにも計算外のことだった。





「わあっ!!」
「なんだなんだ!?」
「『禁猟区』が反応しました!」


 光の中、混乱と声と地響きと。
 何故か外で聞こえた轟音。
 一瞬空気がぐにゃりと歪んだ。



「皆ぁ!! 無事に戻ってきましたですねぇぇ!!」
 エリサベートの声が、突然人数の増えた空間に響き渡った――

「何で、入り口の扉が壊れているんだ?」
「いつの間に!?」
 混乱が収まって気付くと、地下書庫の入口が派手に壊れていた。

 変化はそればかりではない。地下書庫の空間が、広くなっていた。
 結界に阻まれていた先の、書棚の並んだ一室が解放されていたのだ。
 おかげで、一気に増えた人数も一室に収まっていた。

 森に入っていた契約者たちは、全員無事に帰ってきた。
 そして侵入者たちは全員、捕縛された――

「あっ!! 捕まえろ!!」
 捕縛されていたはずの魔導師の一人が、隙を突いて逃げ出そうとしたが――
「なーっはっはっはーー!!!
 やーっと俺様の出番だな♪ はいはいはいはい任せてくれよーっ!!」
 外で見張りをしていたはいいが正直何も動きがなくて手持無沙汰だったメルキアデス・ベルティに、あっという間にのされてしまった。魔法本意で体術の心得のない魔術師の這う這うの体の逃走は、しかし体を張って阻止するには呆気なさ過ぎて、あまりの歯ごたえのなさに内心拍子抜けしたが。
 しかし、この騒ぎで他の契約者たちも集まってきた時、どさくさに紛れて外に出た者がいた。ハデスとヘスティア、咲耶である。
「フハハハ、400年前の盟約、しかと果したぞ! ではさらばだ」
「は、果たした……? どこが……?」
 腑に落ちない咲耶のツッコミもそこそこに、トンズラをかまそうとした一同だったが……
「おっと、お前らまさか、一言もなしにここを通ろうっていうんじゃないだろうね」
 瓦礫の山――かつてバリケードだったものを背景に、弁天屋 菊と親魏倭王 卑弥呼が彼らの前に立ち塞がる。
 このバリケードを壊したのは、実はヘスティアのロケットパンチである。ロケットパンチと、『石の学派』首謀者にしてリーダーの男が内側から空間を破るために放った魔法の光弾、それらが放たれたのとほぼ同時に、『ネミ』が自主的に幻想空間を解除した。そのため、この二つの力は『ネミ』を傷つけることはなかったが、うねりを上げて現実の空間――地下書庫に飛び出し、入り口の扉を破壊して外に出ると勢いのままに菊のバリケードを撃ち壊した。ただ、菊も卑弥呼も間一髪で避けて、瓦礫に埋まるのは免れたのだが。
「一言? 名を名乗れというのか? よろしいならば名乗ってやろう我が名は、……また今度だ!!」
 菊の静かに滲み出る怒気に圧されたかバリケード破壊のやましさからか、彼女らを強行突破するのは無理と見たハデスは、一旦後戻りしようとした。が、
「はいはい、ここにも不審者がいたよね〜。俺様の出番、第二幕キター!! って感じかぁ?」
 組み合わせた両手の指を鳴らし、不敵な笑みを浮かべて、活躍の好機に内心小躍りして近付いてくるメルキアデス。
「……ヘスティア、ロケットパンチ」
「もう撃てませんご主人様っじゃないえとえとえとっっ」
「もういやぁ……!」
 万事休す。
 ……続く凄まじい騒乱の物音はしばしやまず、断末魔の悲鳴が最後に響き渡った、らしい。


 脇で起こった小さな(?)騒ぎはともかく、『石の学派』の魔術師たちは捕縛された。いずれ、先に仲間が逮捕されている空京警察に引き渡されることになるだろう。
 あの時、神殿の中にいた一人、首謀者を除いて。

 敵も味方もすべての人間が戻ってきた中で、彼一人だけが、忽然と姿を消していた。
 『パレット』の予言通り、彼だけは捕まえられなかった。


 めい子の遺骸は、空間解除の寸前にドーラと共に突撃した恭也によって奪還され、唯斗が術者を攻撃してその意識を絶ったために彼の支配からも逃された。
 パートナーを庇って落命した彼女は、その遺志に関係なく操られ――取り戻されて、普通の「死者」に戻った。
 死した彼女が帰ってくることはもうない。それは自然の摂理。だが、捻じ曲げられて本来の彼女と無関係の酷い扱いを受けることも、これでもうない。
 魔道師が遺骸を連れ去り、死者操作してまで連れ歩いた理由は、危険な局面での盾要員というだけだったのかどうかは、分からない。
 あるいは彼らが目指す書物を手に入れた時に、何か得体のしれない実験を施されていたという可能性もある。
 今はただ、彼女が暗い目論見から解放されたことだけを喜び、安らかな眠りを祈るしかない。

 栞が封印の魔石で保護した鷹勢の精神は、エリザベートの注意深い指導と監視(間違いがあっては人命にかかわるので)の下、書庫の外、魔道書達の結界の力の影響の低い場所で封印を解かれた。
 やがて、鷹勢を搬送するルカルカ達からエリザベートに、小型結界装置が作動し、バイタルサインにもやや回復の兆しが見えてきたという連絡が入った。肉体に精神が戻った証であった。


 契約者たちが見つけてきた白い布に、めい子の遺骸は丁寧に包まれた。
 その上に、何かがポトリと落ち、傍らにいたエリザベートは顔を上げた。
 魔道書『ネミ』を胸に抱えた『パレット』が立っていた。彼の背後には、その仲間の魔道書も。
「これ……」
 遺骸の上に置かれたそれを見て、誰かが呟く。あの森の中に入った契約者たちには見覚えのある、金の枝だ。
 金色の輝きは徐々に薄れていき、見る間にそれは、現実世界にある木の枝に変わった。金色に近い色の実を付けた、それは。
「『ネミ』がくれるって。ヤドリギ――古代において、再生の象徴とされた木だよ」
 『パレット』が言った。