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【九 天地鳴動】

 UBF本隊。
 即ち、馬場正子率いるイコン部隊は、ラーミラの乗る大型トレーラーから見ておよそ十数キロ程、デラスドーレ寄りの荒野に展開していた。
 そこで、二体のフレームリオーダーと遭遇していたのである。
 一体は地上に出現し、もう一体は天空を舞っていた。
「あれが……メギドヴァーン……!」
 50メートル近い巨躯を誇る白銀のワイヴァーンという外観をメインコンソール内に凝視しつつ、猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)はごくりと喉を鳴らした。
 彼の乗るバルムングのサブパイロットシートでは、セイファー・コントラクト(こんとらくと・せいふぁー)が同じく、メギドヴァーンの威容に息を呑んでいる。
「まるでアニメか特撮みたいだよな……そんな世界を、まさか自分で体験出来るなんて、思ってもみなかったぜ……」
 当初、勇平は怪獣など蹴散らしてやると相当に意気込んでいたのだが、イコンの数倍の巨躯を誇りながら、その機動力はイコンと同等、或いはそれ以上ともいえるスピードで天空を滑空するメギドヴァーンの姿に、完全に勢いを殺がれた格好になってしまっていた。
「それでマスター……今回はバルムングの何処を破壊させるおつもりでしょうか? いえ、毎回どこかしら破損させておりましたので、その、一応」
 セイファーは皮肉のつもりでそういってみたものの、しかし当の勇平はその言葉を、決して皮肉であるとは捉えていなかった。
「いや……今度は小破ぐらいじゃ済まないかも知れないぜ」
 最大まで広げた際の幅が先端間距離で100メートルを越えるという、二対の飛行翼を悠然と羽ばたかせるメギドヴァーンの巨大な姿は、見ているだけでどこか畏怖のようなものを感じさせる。
 勇平はもう一度、息を詰めるようにしてメインコンソールに視線を固定した。
 すると、そこに映し出されている映像の中で、別の機体がメギドヴァーン目がけて一気に接近してゆく姿があった。笠置 生駒(かさぎ・いこま)ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)の駆るジェファルコンであった。
「おいおい……いくらデータ採取戦闘だからって、単機は無謀だ」
 勇平は慌てて、生駒達のジェファルコンの軌道にバルムングを追随させた。
 一方そのジェファルコンのコックピット内では、味方が一機、恐らく援護の為に追尾してくる姿を、サブモニターに捕捉していた。
「あ……一緒に来てくれるんだ。これは、助かるな」
 生駒の呑気なひとことに、ジョージはすかさず横からひとこと。
「何をいうておるんじゃ……普通、単機で突っ込む方がおかしかろう」
 確かにジョージのいう通りではあったが、生駒の場合、メギドヴァーンの巨大な姿に対して恐怖を感じるというよりも、純粋にどのような戦い方をするのかという興味の方が強く、単機で向かう危険性については、いささか配慮の外にあったというのが、正直なところであった。
「うん、まぁでも、結果オーライってことで」
「やれやれ、呑気もここまでくると、一種の芸じゃな」
 ジョージもあまり緊張してない様子ではあるが、しかし生駒程に無警戒という訳でもなく、一応は、正子から与えられたメギドヴァーンのデータをサイドモニタ上で何度もトレースしている。
 すると、そこへバルムングから通信回線のオープン要求が届いた。
 勇平が心配して、呼びかけてきたのである。
『援護するから、予定のフォーメーションを教えてくれ』
「あー、はいはい」
 生駒は手早く、フォーメーションデータを通信回線に乗せてバルムングに送信した。それから程無くして、再度勇平の声がスピーカー越しに届く。
『左舷旋回経路か。了解……但し、相手はイコンや艦船とは全く異なる機動力を誇る怪獣だ。警戒には警戒を重ねた方が良いぜ』
 それだけいって、勇平からの通信は一旦途切れた。
 生駒は、勇平が語った怪獣、というフレーズに妙な可笑しさを覚え、小さく苦笑を漏らした。
「怪獣、か……面白いことをいうひとだったね」
「面白がっておる場合ではなかろう……来るぞ」
 ジョージの警鐘に、生駒はメインコンソールに視線を転じた。
 見ると、メギドヴァーンが飛龍形態のまま、まっすぐこちらに突っ込んでくる姿がモニタ一杯に映し出されていた。

 一方、地上では巨大なアンモナイトの如き外観を見せる魔獣アイアンワームズとの最初の遭遇戦が、既に展開されていた。
 叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)の搭乗する枳首蛇と、瀬乃 和深(せの・かずみ)ルーシッド・オルフェール(るーしっど・おるふぇーる)の搭乗するゼアシュラーゲンが、大地を這うように進むアイアンワームズの左右から、ある程度の距離を保っての砲撃戦を仕掛けていた。
「結局、現在確認されている全てのフレームリオーダーが出現した、ということになりますか」
 枳首蛇のコックピットで砲撃操作を行いながら、白竜が小さな溜息を漏らした。
 デーモンワスプは既に倒されているということから、残り全てのフレームリオーダーが出現する可能性を正子は示唆していたが、それが的中した形となっていたのである。
「……ま、裏椿さんがラーミラさんの護衛につくっていってたから、うちらは、残りのフレームリオーダーを全部引き受けて、あっちに向かわせないようにしないといけないし、それはそれで良いんじゃねぇの?」
 激しい砲撃戦の最中にあって、羅儀はまるで他人事のように、さらりといってのけた。
 正直なところ、羅儀としてはラーミラを直接護衛する部隊に参加したかったのだが、白竜がほとんど羅儀の意見を無視してイコンを出すといい切ってしまったものだから、幾分モチベーションが下がってしまっているのは否定出来ない。
 それでも、やるべきことはきっちりやる。羅儀の仕事に対するスタンスは、本人の意識とは別次元のところにあった。
「それにしても……何という堅さでしょうね。殻の部分が強固なのは予想出来ますが、まさか触手部分まで、ここまで装甲が厚いとは」
 戦闘開始から、既に相当数の砲撃を加えていた白竜が、呆れるとも驚くともつかぬ表情で、メインコンソール上のアイアンワームズをじっと眺めた。
 巻貝状の上部装甲の開口部からは数十本の長大な触手が伸びてきており、その一本一本は鋼鉄の鱗に覆われたワーム型魔獣である。
 これらワーム型魔獣に対して、何発も砲撃を叩き込んできている筈なのに、まだ一本も破壊出来ていないのである。
 白竜が渋い表情を浮かべるのも、やむなしといったところであろう。
 同じような光景が、ゼアシュラーゲンの側でも起きている。
 メインパイロットシート上で、ルーシッドが何度もプラズマキャノンのトリガーを引き絞っているのだが、未だに触手の一本すら破壊出来ていない現状から、相当頭に血が昇りつつあった。
「んもう! 何で全然、壊れてくんないのよ!」
「なぁルーシー、もうちょっと、なぁ、もうちょっと冷静に……」
 サブパイロットシートから、和深が何とかルーシッドを落ち着かせようと声をかけ続けているが、当のルーシッドはもうそれどころではなく、とにかく何としてでもアイアンワームズの硬い装甲に風穴を開けてやろうと、そればかりに必死になってしまっていた。
「ほんっとに硬いわね……ようっし、こうなったら……!」
 ルーシッドは砲撃の手を止め、至近距離からの攻撃に頭を切り替えた。
 枳首蛇の側でも、ゼアシュラーゲンの攻撃方法の変更通知が流れてきている。
 白竜はあくまでも遠距離からの砲撃に終始するつもりであったが、味方機が戦法を切り替えるからには、こちらも砲撃のタイミングを変えなければならない。
 と、その時。
「……上でも始まったみたい、だな」
 羅儀がサブモニターに映し出された、上空の戦闘状況に視線を移して小さく呟いた。
 メギドヴァーンの巨躯が、信じられない程の高速でバルムングとジェファルコンを翻弄している姿が、そこに映し出されている。
 白竜は、その圧倒的な戦闘力に、思わず溜息を漏らした。
「こっちも相当に手強いですが、向こうはもっと手こずっているようですね……こっちに廻されたのは寧ろ、幸運だったという訳ですか」
「さぁな……けど、もうあんまり時間的な余裕な無いんじゃないか」
 羅儀は、モニターの隅に映し出されている作戦経過時間に、注意を払った。
 もう間も無く、ラーミラを乗せた大型トレーラーがこの戦闘エリアに突入してくる筈であった。

 後方空域に滞空するソルティミラージュのコックピット内でメギドヴァーンとアイアンワームズの動向を注視していた村雲 庚(むらくも・かのえ)に、正子から連絡が入った。
「どうしたんだい?」
『……時間だ』
 短い応えだが、庚は正子がいわんとしている内容を、即座に理解した。
 ラーミラを乗せた大型トレーラーが、もう間もなくこの戦闘エリアを通過する筈だったのだ。
 しかし、メギドヴァーンもアイアンワームズも、揃って大型トレーラー通過予定エリア内に留まったままである。このままでは、ラーミラの前に二体のフレームリオーダーが立ちはだかる形になってしまう。
 それは即ち、UBFの任務失敗を意味するのだ。
 庚は面白くなさそうな表情を作り、通信用スピーカーに面を向けた。
「で、どうする? あんたから聞いた情報は、俺の中では整理出来ているつもりだが」
『下を任せる。わしは、メギドヴァーンをここから引き剥がす』
 要するに、予備戦力としてアイアンワームズへの対応を任された、という訳であった。
 通信が途切れると、正子の駆るイコンキュイジーヌが、猛スピードでメギドヴァーンとの戦闘空域に飛来していく姿が、メインコンソールの端に映し出された。
「じゃあ、行こっか。正直、あんまり気は進まないけど……」
 サブパイロットシートから、壬 ハル(みずのえ・はる)がやや複雑そうな面持ちで声をかけてきた。
 ハルは、自身が望んで強化人間となった経緯と、己の意思と関係なくサイボーグ生物として製造されたフレームリオーダー達の歴史を鑑み、出来ればあまり直接的には戦いたくないという感情を抱いていた。
 が、庚が戦うというのであれば、ハルはついていくつもりである。そこに、己が私情を挟み込むつもりは欠片も無かった。
 そんなハルの気持ちを理解してはいるものの、庚とて、ラーミラをむざむざ敵の手に渡すつもりは無い。
 ソルティミラージュは、庚の操作に反応して高高度から一気に地上付近へと降下してゆく。ものの数秒のうちに、アイアンワームズと交戦する枳首蛇とゼアシュラーゲンの機影が近づいてきた。
「こちらソルティミラージュ。援護する」
 通信回線を開き、一方的に宣告してから、庚はハルに振り向いた。
 ハルはハルで、既にアイアンワームズをどの方角へ誘い出すのがベストか、計算に入っている。
 結果が出るまで、十秒とかからなかった。
「カノエくん、北北西の方角。あちらの二機にも誘導経路を転送しておいたわ」
「よし……それじゃ、行くか」
 ハルの計算結果を受けて、庚は表情を引き締めた。
「……エンゲージ」
 これが、庚の宣戦布告である。
 直後、枳首蛇がソルティミラージュに機体を寄せてきた。
『陽動を頼めますか? こちらは、後ろから追い上げます』
「了解。じゃあ早速、仕掛けるぜ」
 枳首蛇の白竜と意識合わせをしてから、庚は改めて操縦桿を握り直した。
 一方のハルは、攻撃タイミングの計算結果を口早に伝えてくる。
「カノエくん、十時の方向に、パターンC12で!」
 指示を受けた庚は、すぐさまソルティミラージュをアイアンワームズの正面左手方向へと疾走させる。
 アイアンワームズの異様な巨影に一瞬、恐怖心にも似た震えが心の中で波打ったが、庚はそれを、己の意志の力で抑え込んだ。
「よし、こっちだ……ついて来い!」
 掃射を叩き込み、アイアンワームズの注意を引きつけた後、わざと回避行動に入ってトレーラーの予定軌道から、アイアンワームズを引きずり出す作戦に入った。
 ハルの指示は、的確だった。
 アイアンワームズの注意を適度に引きつけつつ、上手く誘い出すことに成功している。
「よしよし……このまま、このまま……」
 操縦桿を巧みに操りながら、庚は口元に僅かな笑みを浮かべる。
 敵は確かに強大だが、案外単純なところがあるのか、ソルティミラージュの機影を追って、次第にトレーラーの予定軌道から外れようとしていた。
 後は、適当なところで叩くのみ、である。