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聖麺伝説

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<part5 大将の帰還>


「今帰ったぞお!」
 麺屋一流斉のどら声が、大通りから麺屋一流のホールに響き渡った。
 驚いて奥から出てくる店員たち。
「大将!?」「大将だ!」「よくご無事で!」「もう駄目かと」
 店員たちに取り囲まれ、一流斉は地面に大剣を突き立ててガッハッハッと笑った。
「なんじゃなんじゃ、その湿っぽい面は! わしがいないあいだに腑抜けてしもうたのか!? 気合いを入れろ! ラーメンを作るぞい!」
 へい! と店員たちは顔を輝かせてうなずく。
 一流斉は大股で店内に入った。その後ろを、豪食竜から奪った食材を抱えた契約者たちがついていく。
 ヒロユキが寸胴鍋から視線を上げて一流斉を見やった。
「店主さんかい? 一応、俺がスープを用意してたんだが、良かったら使ってやってくれないか」
「どれ……」
 一流斉は玉じゃくしでスープをすくって味見した。緊張した面持ちで待つヒロユキの背中を思いきり叩く。
「お主、良い筋をしておるのう! 合格じゃ! うちで働かんか!?」
「あ、ああ、考えておく」
 ヒロユキは相好を崩した。
 ホミカが作った生麺の入ったトレイを持って駆け寄ってくる。
「これもこれも! ホミカ特製スペシャル麺だよ! 使って!」
 それを目にした途端、一流斉はびくぅ! と震えた。若干血の気を失った顔で、ごつい手の平を突き出す。
「な、なんじゃ、その危険極まりない気配を放つ麺は……。あ、後で個人的に食べさせてもらう。常人には耐えられんじゃろ……」
「えー! 酷いよー!」
 ぶーたれるホミカ。
 ヒロユキはホミカの殺人料理スキルを見抜いた一流斉に感心する。
 一流斉の指揮の下、バイトの契約者や店員たちが総勢でラーメンの準備を始めた。


 街の目抜き通りをちんどん屋が練り歩く。
「麺屋一流の大将が帰ってきたぞー。これから開店だー」
 甚五郎はノリノリで宣伝の口上を述べた。顔を白く塗り、だぶだぶの衣装を着たピエロ姿。滑稽な踊りを披露しつつ、集まってきた子供たちに風船やお菓子を配る。
「麺屋一流、大将復活、味復活ですよ〜」
 着物姿のホリイは太鼓を叩きながら歌うように言った。背中にしょった箱にはお菓子がいっぱい詰まっており、風船もたくさん結んである。
 ブリジットはウサギの着ぐるみでサンドイッチマンをしていた。人通りの多いところにやってくると、ここぞとビラをばらまく。
 ブリジットのデザインしたそのビラには、『麺屋一流完全復活!!』『あの味が帰ってきた!』などと煽り文句が書かれ、営業時間と臨時新メニューが記されている。食材があまりに大量に持ち帰られたため、普段はない豪勢なメニューが出ることになったのだ。
 草薙 羽純は可愛らしい着物をまとい、ぱーぷーしゃんしゃんとホリィの太鼓に合わせてラッパと鈴を鳴らす。
 いつの間にかちんどん屋の後ろには子供たちが何十人とついてきており、物珍しそうに目を輝かせて行列を作っていた。最初は恥ずかしかったちんどん屋メンバーも、なんだか楽しくなってくる。
「お〜、やってみると面白いものだのう」
 羽純は満足げに言った。
「面白いですね〜」
 ホリイはバチを持っていた手で顔の汗を拭く。
「貴重な経験といったところでしょうか」
 うなずくブリジット。
「ガキの頃を思い出すわー」
 甚五郎もしみじみとつぶやいた。
 四人はしばし街角に立ち止まって息を整える。
 と、羽純はついてきている子供たちが楽器に羨望の眼差しを向けているのに気づいた。
「ん? おぬしら、やってみるか?」
 笑顔で予備のラッパと鈴を見せる。
 子供たちは大喜びで羽純に群がり、我も我もと手を差し出した。


 麺屋一流のホールでは大宴会が始まっていた。
 一般の客に加え、一働きした契約者たちが飲めや喰えやの大騒ぎ。もちろんその契約者たちはいくら食べてもタダ。最高級のラーメンが食べ放題である。

 結のテーブルには、空になったどんぶりが山と積まれていた。
「信じられないほど美味しいです……。天国の味です……」
 結はそれでも飽きたらず、ずるずるずるとラーメンを貪り続ける。もはや神隠しに遭ってもおかしくないレベルだ。
 さすがにプレシアも心配になっていさめる。
「結、もうやめなさい。これ以上食べたら死ぬわよ……」
 忠告されても結は手を緩めない。
「大丈夫だよ。ラーメンは別腹だから!」
「別腹って、ずっとラーメンばっかり食べてるじゃない! 宴会始まってからもう二百五十六杯目だし、店主が帰ってくるまでもずっと食べてたし、結局今日一日ラーメン食べてるだけだったし! 手伝いもしないで!」
「ずーるずる」
 結のラーメン中毒は手が付けられない域に達していた。

 そして、セレンフィリティもまた料理のとりこになっていた。
「美味しい! 美味しすぎるよ! こんなのラーメンじゃないよ!」
 感涙にむせびながら、ラーメンのチャーシューをぱくぱく口に運ぶ。
 セレアナが呆れたように言った。
「セレン、さっきからチャーシューだけ食べてるじゃない……。それはラーメンじゃないわよ……」
「だって美味しいんだもん! 自分で倒した食材は格別だね!」
 セレンフィリティはなんだか食材ハンターが羨ましくなってくる。
「倒したというより、追い剥いだんだけどね……」
 セレアナはセレンフィリティの頬についたスープをハンカチでそっと拭いた。

「うっうっうっ……」
 総司は泣いていた。
 まりーと川で遊んでから街に戻ってきてみたら、豪食竜の食材を使ったラーメンが復活したと、ちんどん屋の宣伝で知った。そして店に来ればこのお祭りムード。てっきり豪食竜が殺されてしまったものと思い込んで悲嘆に暮れていた。
「くそぅ、こんなことが! こんなことがあっていいのか! 供養だ! 俺の中で生き続けろ、ジロー!」
 総司は泣きながらラーメンをすすっていた。
「ソノ理屈ハヨク分カラナイデス……」
 まりーは言いつつも、別に自分は豪食竜になんの思い入れもないし、むしろ憎悪があるのでチャーシューを楽しむ。勝利の味は味わい深い。
「ジローの娘、オレを恨むだろうか……。果たしてパンツを見せに来てくれるだろうか……」
「ドウシヨウモナイスケベデス……」
 まりーはため息をついた。

「がう! うがうが!」
 テラーは大満足でラーメンを食べていた。
「美味だよぉ〜。美味だよぉ〜」
 トトリは触手をフルに使い、ラーメンから餃子からチャーハンから皿やどんぶりまで、無差別に貪っていく。バリバリ、グチャグチャと病的な音。他のテーブルの一般客から恐怖の目を向けられているが、気にもしない。
 グラナダは口の中に広がるスープの豊かな滋味に喉を鳴らした。
「こりゃ、確かに評判になるだけはあるよ。こんなの食べたことがない」
「同感でありんす。一つの技を極めるとはこういうことでありんすね」
 グランギニョルもどんぶりを抱えて感嘆した。

「この味、どうやったら再現できるでしょうか……」
 ベアトリーチェはレンゲでちびちびとスープを舐めながら、プロの顔で眉間に皺を刻んでいた。
「ぷはー! ごちそうさまー!」
 美羽は満面の笑顔でどんぶりを円卓に置く。
「……」
 宴もたけなわだが、実里は既に自分のラーメンを食べ終え、心静かにお冷やを飲んでいた。椅子を立ち、喧噪の中をそっと店の外へ出て行く。
 美羽は驚いて後を追った。
「どうしたの!? 宴会終わってないよ!?」
「……この街のラーメンの平和は守られた。まだ世界には私を待っているラーメンがたくさんある」
 空を仰ぐ実里の銀色の瞳は夢見るようで、それでいて強く、遙か遠くを眺めていた。
 美羽は実里の想いを悟り、元気良く彼女の手を取る。
「分かった! 行こ! さらなるラーメンを求めて!」
「……ん」
 実里は凛とした靴音を響かせ、ラーメンの待ち受ける広い世界へと再び足を踏み出した。
 ラーメンを追い続ける彼女の旅は、終わっていない。

担当マスターより

▼担当マスター

天乃聖樹

▼マスターコメント

シナリオへのご参加ありがとうございました。
麺屋一流斉は無事救出され、店も盛り返しました。アクションのバラエティが豊かだったのが印象的です。

それでは、またなにかのシナリオでお会いできれば幸いです。