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デート、デート、デート。

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デート、デート、デート。
デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。

リアクション


●恋人たちの夜

 スプラッシュヘブンの花火大会へと視点を戻そう。
 打ち上げ花火も佳境のようだ。やたらと派手に爆発するものから、その美を競うようなものへと性質が変わりつつあった。
 ――結局、すっかり一日、店をパートナーに任せて遊びほうけちゃったな。
 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は、終焉に近づいているこの一日について思う。
 まったく、急展開の一日だった。
「ふふん! 誰がデートは男が誘うものと言った! 私たちの場合は私が引っ張るのだ!」
 という通告一番、ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)がだしぬけに、しかもかなり強引に、店を開ける準備をしていたハイコドの腕を引っ張ってこのスプラッシュヘブンに連れてきたのがざっと半日前のことだ。
 まあそうなったらそうなったで仕方がない。結婚以来、つい店の仕事にばかり集中しすぎていたような気は彼もしていた。そこで水着に着替えると同時に頭を切り換え、店のことは忘れ思いっきり楽しむことにしたのである。
 ウォータースライダーでスリル満点の体験をしたり、流れるプールで追いかけあったり、尻尾だけで泳ぐという器用な泳法を見せ「ハコみてみてー!」とはしゃぐソランにたまげてみたり……二人だけのデートは、それはそれは夢のようなひとときだった。
 あっという間に時は流れて、今こうして二人は、プールに肩まで沈めながら、夜空に現れては消える光の劇場を眺めている。
 ソランはハイコドに背を預け、もたれかかりながら言葉を紡いだ。
「いや〜、プールに入りながら花火見ると言うのもいいねぇ」
 うっとりとした口調で、思わず「た〜まや〜!」と合いの手を入れる。
「わふぅ、夫婦になっても私たち変わらないなぁ……変わったといえばこのくらい?」
 すっと手を伸ばしソランは、薬指にはまる銀色の指輪を天降る光の残滓にさらした。
 暗いプールだ。水音はもちろん、あまり人の気配はしない。ときおり、ぱっ、と水面が光を反射することも含め、つい現世(うつしよ)にいることを忘れそうになる。
 ここが現世でないならば、つまり幻想の世界ならば、許されるはずだ、普段ないほどに大胆になっても。
 ハイコドはソランの銀の髪に顔を当てる。その香りを嗅ぐ。真夏なのに冬のような、涼やかな香りがした。そこにいくばくか、甘いものが混じっているようにも思う。
 目を落とせば、陶磁のように白くなめらかな彼女のうなじがすぐそこではないか。そこに唇で触れれば彼女はなんと言うだろう。舌を乗せれば……どんな声で甘えるだろう。
 これだけカップルがいるのだから、いかがわしいことを考えたって罪ではないだろう。オオカミさんになってしまっても……。
 そんなことを考えるや、彼は己の血潮が熱くなるのを感じた。
 ――やめとこう!
 エゾオオカミの耳をひょいと倒した。こんなところで刺激したりしようものなら、帰宅してから彼女に何されるかわかったものではない。……うん、えっちな意味で。
 ――でも。
 ハイコドは少しだけ力を込めて、ソランを振り向かせた。そして向き合う。
 ――でも、まぁ、キスくらいならいいよね?
 その意を察してソランは目を閉じた。唇と唇を重ねる。抱き寄せる。またあの甘い香りが鼻をくすぐった。もう止まらない。触れあうキスはすぐに混じり合うキスに変化した。二人は抱き合いながら、お互いを食べるくらいの勢いで夢中でキスを繰り返した。じゃばじゃばと水音が立ってしまうが気にしない、いや、気にしてられない。
 変わったのは結婚指輪くらいだとソランは言った。
 そうだろうか? とハイコドは言いたい。
 こんなに激しく愛し合えるようになったのは、やはり結ばれたからこそではなかろうか。
 
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)もやはり二人きりだ。
 しかし二人は、正しくはスプラッシュヘブン内にいるわけではない。施設に隣接した高僧ホテルの部屋、そのダブルベッドに素足をさらして寝そべっているのだ。
 つい一時間ほど前、さゆみとアデリーヌはここで愛し合った。聞こえるのは愛する人の息づかい、舌に触れるのは互いの汗。ぎゅっとシーツを後ろ手に握りしめたまま、アデリーヌは半ば気絶するようにして昇りつめ、そのまま眠りに落ちた。最後にもう一度キスしたかったと思いながら、いつの間にかさゆみも眠っていた。
 その後、まばゆい光にさゆみは目を覚ましたのである。
「……そういえば、花火大会をやるって言ってたっけ。忘れてた……」
 窓にカーテンをかけ忘れていたのが、この僥倖を招いたといえよう。
 しばし、彼女は忘我の状態で花火に見とれた。ほぼ最上階から見る花火は、地上で見るのとはまた違う美しさがある。
「ほら、見て、花火よ」
 一人で眺めるのがもったいなくて、さゆみはアデリーヌを揺すり起こした。
「ええ……なに……?」
 アデリーヌが身を起こすと、胸にかけていたシーツがするりと落ちる。一糸まとわぬ姿になったが、構わず、
「花火ね……」
 エメラルド色の目で彼女は、それきり口を閉じて光の花に見入ったのだった。
 どちらからということもなく、二人は肩を寄せ合った。シーツにくるまり、窓越しのイルージョンを鑑賞する。
 何度か、キスをした。
 小声で冗談をかわし笑いあったりもした。
 けれど流れる時間の大半は黙って、さゆみはアデリーヌの、アデリーヌはさゆみのことを考えながら光の奔流に目を奪われ続けた。
 派手な花火が一段落し、風情のあるものに変わりはじめたころ、ふとさゆみは恋人が、目に涙を溜めていることに気づいた。
「どうしたの……?」
「少しね……考え事をしていたの」
「どんな?」
「私の昔話、したことあったよね……? 儚げな花火を見ていて、なぜだか思い出しちゃって……」
 さゆみは無言だ。しかし、自分の言葉を待っているのだとアデリーヌは判っていた。
「恋人を失って数百年、私はずっと寂寥のうちに過ごしてきた。それでもあなたに出逢って、また愛する人とともに過ごす幸せを得られたけど……つい思ってしまったの。今隣にいる愛しい人は、あと何年生きられるだろう、あとどれくらい、こうして共にいられるのだろう……って。私は数百年生きられるけれど、あなたは……」
 アデリーヌの告白はここで途切れた。
 黙って、さゆみが彼女を抱きしめてくれたから。
 恋人の耳元に顔を寄せ、さゆみは囁いた。
「そんな悲しい顔、見たくない。私はアディの幸せそうな笑顔が見たいの。だから、私の前では泣き顔は見せないで」
 言葉だけじゃない。胸の想いを、しっかりと伝えようとする。
 アデリーヌの涙はさゆみが唇で拭った。
 花火に照らされる二つのシルエットが、やがて一つに重なり合った。

 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がスプラッシュヘブンを訪れるのは二年ぶりだ。以前来たときも、彼女はセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と一緒だった。今も、一緒にいる。
 毎年来たいくらいだったのだが、あいにくと昨年は、国軍の任務に追われたのと夏休みは地球で過ごしたのでご無沙汰していた。だから久々、けれど落ち着く。
 待ちに待った夜の部、古い航海地図風のプリントが入った三角ビキニ姿で、セレンフィリティはるビニールフロートを運んで来た。
「こんなのはどうかな?」
 ノンアルコールカクテルの缶を、セレアナに手渡して腹ばいになる。
「いいんじゃない。洒落てて」
 セレアナは薄いパステルカラーの水着だ。フリルのついた甘めのものなのだが、これが大人びた彼女の容姿に意外とマッチしており、柔らかい印象を与える。
 セレアナがフロートに乗ったところで花火が始まった。
 ゆったり揺れる二人の頭上で、次々と炎の花が開く。
「うわぁ……」
 セレンフィリティは一言呟いて、たちまち無言になってしまった。話すことを忘れたというほうが正解か。
 どれくらいそんな状態が続いたか。
 不意にセレンフィリティは、隣にいるセレアナのほうを見た。
 一瞥程度で済ませるつもりが、彼女は固まってしまった。
、花火の七色の輝きに彩られ、或いは一瞬の光に照らされる恋人の横顔が……これまでにない陰を帯びていたからだ。峻厳としたその表情は、まるで知らない人のようだ。
 けれど、どんなに様子が違っても、惚れ直してしまうほどにセレアナは美しい。
 とても綺麗……というだけでなく、そこにどこか儚げなものがあるように思う。
 ――無理もないか。
 それも通りである。自分たちの職業、つまり、軍人であることを意識すれば、顔が強張るのは決しておかしな反応ではない。一瞬の爆発、それは花火なら美を生み出すだけだが、戦場ならば死を意味する。ひとつ地雷を踏むだけで、あるいは迫撃砲に巻き込まれるだけで、この世とも恋人とも永遠の別れが待っているのだ。
 セレアナの気持ちは、痛い程わかる。
 わかるが……やはりセレンフィリティは陰鬱に捕らわれるよりは前向きでいたいと思った。こうして最愛の人のそばにいられる幸福を、今だけは噛みしめたい。
 セレアナは視線に気づいた。いつの間にかセレンフィリティが横臥しており、自分にもそうしろと目で告げている。それに従って瞳と瞳で向き合った。
 ぱらぱらと、金の星が降るような花火が空を満たした。その粒子のひとつひとつが見えるような、くっきりした光に包まれる。
 そのときセレンフィリティとセレアナは、光に照らされながら長い口づけを交わしていた……。
 明日をも知れぬ軍人の身、いつこの平和が終焉を迎えるかはわからない。
 だからこそ、今が愛しい。

 風祭隼人はルミーナ・レバレッジと、二人っきりで花火を見上げていた。
 昼間は双子の兄である風祭優斗やそのパートナーたちとともに過ごしていたのだが、いつの間にか彼らとははぐれてしまった。優斗が気を利かせてくれたのだと隼人は思っている。
 だから今はルミーナと二人だけだ。このスプラッシュヘブンは恋人気分を高めるために、夜は入場制限をしているくらいなので、なろうと思えばすぐにでも二人だけになることができる。
 ゆったりと二人はビニールフロートを浮かべ、これにつかまって波の出るプールを泳いでいた。
 星が砕けて雪になったかのように、花火が滝のように降り注いでいる。
 火花に触れられるほど近くはないのだが、それでもかなりの迫力だ。
「静かで、気持ちいいですわね。隼人さんと来ることができて良かった……」
 そういえば前にもここに来たんだよな、と隼人は思い出したようにいった。あれは二年前のことだったか。
「二年前は冷たかったもんな、ルミーナさん……今とは見違えるようだよ」
 隼人はわざと、拗ねているように口を尖らせた。
「え? 二年前……? スプラッシュヘブンでの話、ですよね?参照
「そうだよ。あのときは、心ここにあらず、って感じでさ……」
「そんなことはないですっ、あのときは……まだ照れがあったから、ですわ。今よりずっと」
「照れ? じゃあ、好意はあったんだ?」
「そりゃあ…………あれだけアプローチかけて下さる殿方が、気にならない女性はいないのではなくって……?」
「嫌がってたんじゃないんだ?」
「そ、そうですよ……本当は、ちょっと嬉しかったり……もう! あまり恥ずかしいこと言わせないで下さいまし」
 ルミーナが赤くなったので、これ以上いじめるのはやめておこう。
 そのとき、大輪の花火が大きな音をあげて破裂した。
「綺麗ですわね」
 溜息をつくようにルミーナが行ったので、
「花火も綺麗だ……が、今夜は二番目だ。俺にとっての一番はルミーナさんさ」
「花火と人と同じベクトルで語れるものですの?」
 きょとんとしてルミーナは返した。
 そうだった。忘れていた。
 ルミーナは、冗談とか詩的な言い回しが通じにくい人だった。
「いや、じゃあ言い直すと、俺が一番夢中なのはあくまでルミーナさん、ってこと」
「……ありがとうございます」
 消え入りそうな声で、ぽっと頬を染めてルミーナははにかんでみせた。
 隼人は思わず、彼女にキスしたくなった。けれどいきなりはだめだ。理性的に紳士的に誠実に……。
 だから彼は手を出すかわりに、肌寒いような仕草をした彼女の肩に、黙って羽織るものをかけたのだった。
「……隼人さん……優しい」見上げる彼女は、瞳でなにか訴えかけてきた。
「ルミーナさん……」
 ルミーナは目を閉じた。
 隼人はそっと唇を与えた。
 理性的に紳士的に誠実に、だけど情熱的なキスだった。